神話を着る

ビッグ バンするセーター ドレス

  • 文: Zoma Crum-Tesfa
  • 写真: Kenta Cobayashi

きっと大丈夫。ランチタイムに星占いを注意深くチェックしては、「たぶん宇宙からのお告げだと思うんだけど…」なんて前置きの話を友達に繰り返すのもOK。何であれ、心地良い抽象的アドバイスを信じたいと願う欲求は正常だ。宇宙が拡張するにつれ、その96%を構成する暗黒物質と闇のエネルギーもまた拡張する。しかし、ミュージシャンのモービー(Moby)がいみじくも表現したごとく「人は一緒になる。人は離れる。誰も僕たちを止められない。僕たちはみんな、星でできているから」。闇を前にして、あなたの光の力を失ってはいけない。自分で道を切り開くパイオニアになろう。

ボンバー ジャケットが注目される時期がある。リメイクされたミリタリー風カジュアルも市場に登場した。しかし、この不確定な時世に2017年プレシーズンのマキシ ドレス コレクションを見ているのなら、是非もう一度、Valentinoの「Enchanted Wonderland」を見直してほしい。このセーター ドレスは着る神話だ。ウールとアップリケで時に凍結されたドレスの中心には、火道から白熱の光のブーケを放出する火山がある。光のブーケは結晶して星になる。これは、火山の噴火の最中にも再生があるというステートメントだ。赤い砂に咲く蘭の花もしくは星屑の刺繍は、不毛の地にも生命が宿ること示す。セーターは、テレビの砂嵐のような白黒の斑点で縁取られている。テレビ電波が遮断されたときに現れる粒子の一見無意味なノイズの中にも、ビッグ バンの電磁気エネルギーの音が聞こえる。

クリエイティブ パートナーのマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が去ってDiorのクリエイティブ ディレクターになったとき、Valentino唯一のクリエイティブ ディレクターとなったピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Pccioli)は、ローマのオフィスをほんの少しだけ変えた。すなわち、かつてキウリと向かい合わせだったデスクを暖炉の正面へ移動させた。暖炉の上には、金色の額縁に飾られた19世紀の女性の肖像画。はたしてこの絵画は無意識に「Enchanted Wonderland」のイメージへ反映されたのか。米紙「ニューヨーク タイムス」とのインタビューで、ピッチョーリは変化を禅的冷徹さでこう語っている。「孤独でいるより、ここに存在することの方が重要です」。危機の時代に直面する暗黒の王国を粉飾するとき、対決させるのは私たちの信念にしておこう。私たちの傷跡ではなく。

  • 文: Zoma Crum-Tesfa
  • 写真: Kenta Cobayashi