デイヴ・イーストのパラノイド ニューヨーク
ハーレムとクイーンズブリッジで成長し、ナズの後押しで道が開けたラッパー
- 写真: Mark Whittred
- スタイリング: Ani Hovhannisyan
- ヘア & メイク: Tim Mackay
- 文: Thom Bettridge

「他所から来たやつらにオレが最初に言うのは、ニューヨークはひとつじゃない、いろんなニューヨークがあるってこと」。ラッパーの デイヴ・イーストは言う。場所は、ハーレムの伝説のジャズ クラブ「ミントンズ プレイハウス」のレストラン。周りにいるスタッフはすぐにもファッション撮影を始められるが、イーストは約束の時間から遅れること2時間、ふんだんにジュエリーを光らせた姿で現われた。Monclerのスライム グリーンのパファー。Gucciのシークインがほどこされたフーディ。ブラック ダイアモンドとホワイト ダイアモンドの8番ボール チェーン。ミントンズのボックス席に腰を落ち着けたイーストは、15分のうちに2本目の葉巻「バックウッズ」の封を切って火をつける。ちびりちびり飲んでいる小瓶のジュース「ブラック ゴースト」は、ニュージャージーからやってくる途中、126番街とマディソン アベニューの角で買ったという。私たちが今いる場所から10ブロック程度しか離れていない場所で成長したイーストだが、今はもうハーレムで暮らしていない。顔が売れすぎて、自由に外を出歩くこともできなくなったからだ。だが、住んでいるのは橋を渡った直ぐのところだし、ほとんど毎日この近所へ来ている、と急いで付け加える。
「オレはハーレム育ちだけど、クイーンズブリッジへ行ってることも多かった」。イーストは、ゴッサムの異名を持つニューヨークの二面性を語る。「ハーレムでお袋と揉めると、列車に乗っておばさんの家へ逃げてたんだ。二人目のお袋みたいなもんさ。ふたりのお袋がオレに目を光らせてた。ストリートで悪さを始めたのはクイーンズブリッジだったな」
90年代のヒップホップを懐かしむ人たちが、今のヒップホップはスキニーなジーンズとMDMA粉末「モーリー」入りのドリンクで駄目になったと嘆く…そんなときに引き合いに出される「本物のラッパー」、それがイーストだ。身長2メートルを超えるイースト自身は、今時のラップ ロック スターのひとりに見える。10代のときは、ケビン・デュラント(Kevin Durant)やマイケル・ビーズリー(Michael Beasley)といった仲間と共に、アマチュア アスレチック ユニオン(AAU)のバスケットボール チームに属していた。「チーム メンバーの90%はNBA入り、そうじゃなくても、少なくともディビジョン1へ進むのが当たり前だった」と、イーストは回想する。「オレはNBAだろうと思ってた。ラプターズかどこかで、シューティング ガードになるだろうって。だけど、タウソン大学の在学中にトラブルったんだ。本物のトラブルに足を踏み込んだのは、あれが最初だ。銃を持ってるところを捕まって、ボルチモア シティの刑務所にぶち込まれて、出てきたときは奨学金もパー。しょうがないから1年目はリッチモンド大学へ変わったけど、うまく行かなかったな。他人を色眼鏡で見るやつらと付き合うのに嫌気がさしたんだ、分かるだろ? 要するに、オレみたいな前科は大学のスポーツ選手にふさわしくなかったってこと。ラッパーなら勲章になるけどな。今でも、気をつけなきゃいけないんだ。ニューヨーク市警が、隙あらばと手ぐすね引いて待ち受けてる。だから、賢く立ち回らなきゃいけないんだ」
ある日目が覚めたら、それまでの生活が丸ごと消え失せている。警官との不運な遭遇が、たちまち子供時代からの大志を狂わせる。そんな気配が、イーストの個性にも作品にも刻み込まれている。荒稼ぎするハスラー暮らしの、もう一方の様相だ。フィットネスクラブ「エクイノクス」で時給12ドルでタオルを畳み続け、給料を貰えばたちまち使い果たし、もっといい稼ぎを探し、バンダナで覆ったマイクを使って隣人の居間で最初のミックステープを録音する…そんな暮らしを歌った曲には、危うい気配が浸透している。ミントンズに座っていながら、正統派ニューヨーク ラップのように流れ出す言葉で、イーストはストーリーを映像のように描き出す。そんな才能が認められ、キャリアが完全に変わったのもうなずける。「ナズ(Nas)の弟のジャングル(Jungle)に兄貴がオレの曲をプレイしてるって聞かされたときは、『ジャングルのやつ、ホラ吹いてやがる』って思ってた。だけど、その後、アンジー・マルティネス(Angie Martinez)の番組で、ナズがオレの名前をシャウトしたんだ。その後、生活がガラッと変わった。あれは、一番大きい後押しだった」

着用アイテム:シャツ(Maison Margiela)
だが、ようやくブレイクを手にしても、安泰とは言えない。そこからさらに、ミックステープをコンスタントに発表したり、スタイリストを雇ってインスタグラムから新しいスタイルを探さすといった努力を常にする必要があるのだ。どんな栄光の座でも、それに胡坐をかいているとあっという間に終わりがやって来るから、とイーストは断言する。今年の初めに発表された初のスタジオ アルバムは、『Paranoia: A True Story』という、まさにうってつけのタイトルだ。ヒットした『Phone Jumpin』では、バスタ・ライムス(Busta Rhymes)が『Gimme Some More』で使ったストリング セクションとサイレンの音を変えたように聞こえるサウンド ウェーブの狭間で、ビートが荒々しくクロスフェイドする。ニューヨーク シティの混沌によって、びりびりに引き裂かれるときの感覚は、そんな音なのかもしれない。「ニューヨークはパラノイドの街さ」と、イーストが思い出させてくれる。遅々として進まない渋滞とお粗末な交通網は、無敵の官僚主義的神によって全宇宙からコケにされてるような気分を住民に味わわせる。ほぼすべての業界の中心地として、才能ある新人が押し寄せる大都会だ。新人は古参を追い越そうとする。「ラップするやつがハーレムに一体何人いると思う? まったくクレージーだ。オレと同じ程度にラップできるやつを、今すぐここへ10人連れてこられるぜ。ぶっちぎりのラッパー揃いだ。それでも、大した暮らしはしてない。NBAのプレーヤーもかなわないようなやつが、一体何人いると思う? それなのに、NBAへ行ったやつらと同じ道を進んでない。だから、いつオレが追い越されても不思議じゃないんだ。みんなオレが失敗するのをうずうずしながら待ち構えてる。成功すると、必ずそうなる。先ず成功を手に入れて、その後は成功を守らなきゃいけないんだ」
数ある立ち向かうべき課題の中でイーストが注意を向けているのは、彼がやるような歌詞中心のラップと不明瞭な言語が抑揚するラップの関係だ。後者は主流を占めつつある。ヒップホップ専門誌『XXL』で、一緒に2016年のフレッシュマンに選ばれた顔ぶれにイーストは納得できない。例えば、リル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)、リル・ヨティ(Lil Yachty)、21サヴェージ(21 Savage)。「やつら、ホットさ。超ホット。けど、一緒にやるのはちょっと無理だな。オレの本当のファンもそれは分かってる。ウージーとは1トラックだけ一緒にやったけど、あの歌は大して好きじゃない。オレじゃない。一緒にご機嫌になって、Airbnbをシェアして、メトロ・ブーミン(Metro Boomin)とかクラブで流行ってるビートを聴いて…そういうことはできるけど、大したことじゃない。オレみたいに、歌詞中心で、書いたり、先輩ラッパーのことを調べたりするのが好きなアーティストは、ただ煽るんじゃなくて、何かを語って聞かせたいんだ。フューチャーは毎日40錠、本当にクスリをやってるわけじゃないぜ。それなのに『今、15回目のモーリーをキメてる』って歌う。鵜呑みにして本当に同じことを試したら、どこかで昏睡状態になるのがオチだぜ。オレがガキだった頃、音楽はハスラーのためだった。いわば売人のためであって、ヤクを使ってる連中のためじゃなかったと思う。今の音楽はジャンキー用だ。彼らが「お客」になっちまったんだ! 前はハスラーになること、カネを儲けることが目標だった。今の主役は常習者だ!」
ニューヨーク ラップの典型的な成り上がり物語は、ドラッグ売買の売人サイド、言うなればパラノイド側のストーリーが中心的な要素だ。だが、アメリカ全体のメインストリームではるかに強い関連性を発揮するのは、買人サイド、恍惚たる過剰摂取側のストーリーだ。文化としての我々は、買い、クリックして選ぶ行動に親しみを感じる。動画を見たければNetflixがあるし、ウーバーの後部座席でヘッド バンギングしたければトラップ ミュージックがある。
我々の人生が、ストーリーになりうるという期待は、どこから生まれるのだろうか? バスタ・ライムス(Busta Rhymes)が「Gimme Some More」のイントロ スキットで言っているように、子供の頃に体験した不思議な頭の怪我から生じるのだろうか? ストーリーに秘められた可能性に賭けるデイヴ・イーストは、時として、どうしようもなく旧式な気もする。だが、彼が自分自身を語るとき、歌詞に託された意味から逃れることはできない。「オレには語るべきストーリーが山ほどある! オレ自身の生い立ちを語りたいのは、自分の現在を家族のせいにするやつが沢山いるからだ。だけど、それが人生だろ。みんながみんな、ハクスタブル一家みたいに恵まれてるわけじゃない。オレにはクラック中毒の叔父がいるし、オレから盗みかねない叔母もいる。まだ生きてるから、歌にしたときの影響を考えて、そういう親戚のことはまだ歌ってない。だけど、それがオレのファミリーなんだ。バーベキューで親戚が集まる度に、顔を合わせるんだぜ! 危ういところでバランスをとってるようなもんだけど、そういうストーリーこそ語るべきだと思うんだ。同じ境遇にいて、どうして自分の家族はこんな風なんだろう、って頭を抱えてるキッズが絶対どこかにいるはずなんだ。崩壊家庭だろうが何だろうが、それでも金持ちにもなれるし、家族とは違う人間にもなれる。まだ言葉にしてないドラマが、オレには沢山あるんだ。分かるだろ?」

着用アイテム:セーター(Gucci)、トラウザーズ(Fear of God)
ストーリーが説得力を持つのは、誰しもが自分なりのストーリーを持っているからだ。そして、何かに対する異常なこだわりも…。

着用アイテム:セーター(Gucci)
- 写真: Mark Whittred
- スタイリング: Ani Hovhannisyan
- スタイリング アシスタント: Raymond Gee, Gabriela Rosario
- ヘア & メイク: Tim Mackay
- 動画: Austin Nunes
- 制作: Ani Hovhannisyan
- 制作アシスタント: Tim Mackay
- 文: Thom Bettridge