リコ・ナスティはモッシュが大好き

メリーランド出身のラッパーが、変幻自在であること、彼女の熱狂的なファン、そしてステージにあがる恐怖心への対処法について語る

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Zhamak Fullad
  • スタイリング: Haylee Ahumada

「5日間ぶっ通し、休みなし、それも仕方なし」。最新シングル「Time Flies」のオープニングでリコ・ナスティ(Rico Nasty)はそう嘆く。3日前に「Time Flies」をリリースしたばかりのラッパー、本名マリア・ケリー(Maria Kelly)は、カリフォルニア州アルハンブラのカビ臭い廃墟と化したアパートメントのキッチンで椅子に深く腰掛け、今週末だけでも5本目となる撮影の準備をしている。彼女のリリックの通り「休みなし」の現実を、その現場にいる大勢の人たちに披露しているのだ。外は灼熱の暑さのうえに、撮影現場にエアコンはない。まあ、それも仕方なし、といったところか。

わずか22歳にして、リコはすでにいくつもの人生分の経験をしてきた。2016年に、一度聴いたら頭から離れないバブルガムラップ「Hey Arnold」と「iCarly」でブレイク。それ以来―もちろん2014年の『Summer’s Eve』からのファンも多くいるが―3歳になる息子キャメロンの母親でもある、このメリーランド出身のラッパーは、雑誌の表紙を飾り、批評レビューに掲載され、海外ツアーに出かけるなど、上手に自分磨きを続けてきた。2017年には、アルバム『Tales of Tacobella』で彼女が演じた弱く繊細な人格、タコベラ(Tacobella)を、そして彼女の特徴である「シュガー トラップ」スタイルの限界を押し広げるためのハードコアな分身キャラ、トラップ・ラヴィーニュ(Trap Lavigne)として、ファンを魅了している。

そして2018年には、アトランティック・レコードと契約し、とてつもなく大胆で洗練された6本目のミックステープ『Nasty』をリリースした。それによってプロデューサーのケニー・ビーツ(Kenny Beats)との間に新たなコラボレーション関係が生まれ、リコ・ナスティというキャラクターも確立されていった。今年に入り、2人は、音楽を使って怒りを爆発させることで精神の浄化作用を促すプロジェクト、「Anger Management」でタッグを組んだ。こうした数々のプロジェクトは、リコ特有のストレートな感情表現の幅広さを引き出すと同時に、彼女をラッパーとして、またアーティストとして際立たせている人としての複雑な面も捉えている。自分が舞台に穴をあけてファンをがっかりさせることを想像して泣きそうになっているかと思えば、ペンで人をぶっ刺すことについてラップする。彼女にとっては、どちらも同じくらい自然なことなのだ。

メリーランド特産のご馳走と言えばカニ。インタビューが始まって10分が経つと、リコのオーダーが、デリバリーサービス「ウーバーイーツ」で届く。茶色の紙袋からカニの足が入った大きなビニール袋を取り出して、彼女は笑う。「こんな風に食べられるんだったら、誰だって食べたくなるわよね」と言って、ボーイフレンドのマリックにカニの足を食べさせてもらっている。体の線にぴったりと沿う黒いドレスに身を包み、まるで彼女の足もとにお花畑が広がっているような人工芝付きDolce & Gabbanaのサンダルを履いて現れた。だがそれも束の間、ヘアメイクが始まり、どんどん変わっていく彼女を見ていると、リコ・ナスティには、もともと目まぐるしい変化に適応する抜群の素質があるのだと実感する。

カリラ・ドーズ(Khalila Douze)

リコ・ナスティ(Rico Nasty)

カリラ・ドーズ:これまでに、タコベラやトラップ・ラヴィーニュというキャラとしても活動してきましたが、リコ・ナスティという人格は永遠のものだと思いますか? それもとも、彼女は一時的な存在だと感じますか?

リコ・ナスティ:リコ・ナスティは間違いなくずっと続いていくわ。だから私のメインキャラクターなの。むしろ、タコベラが、ある種の「ジャンル」なんだって感じ始めたわ。シュガートラップと同じような。でも、リコ・ナスティは、私自身。どちらも私の音だし。『Sugar Trap』とか『Sugar Trap Two』とか、その間にリリースした全てのシングルについて他人が言うことなんて何も気にしてない。その音楽を聴いてみるといいわ。今じゃ、みんなその音になっているから。女性のラッパーひとり残らずね。私はそれを別に「わぁ、みんな私の真似してる…」って指を加えて見ているわけじゃない。そんなことしてたら自分が傷つくもの。一方で、自分が人に与えた影響について聞くと、誇らしく思うわ。私は、ただのフローやリズムだけのラッパーじゃない、ってね。だから、どんどんコピーして、どうぞご自由にやって、って感じ。でも、誰も「Rage」みたいな曲は作れない。あんたらビッチやニガーたち、誰ひとりとしてね。あれは紛れもない私だけのものだから。リコ・ナスティでいることは、単に、よりハッキリものごとが言えるってこと。

あなたの最新曲「Time Flies」のサビ部分の歌詞は、「I live every day like I'll die by the nighttime (夜には死んでしまうように毎日を生きている)」、そして「It took me so long getting back to my right mind (正気に戻るまでかなりの時間がかかった)」というものですが、こうした歌詞の裏にはどんな体験があったのですか?

「正気に戻る」というのは、ただ幸せで自信のある自分に戻るってこと。私はしばらく、世の中に対して怒りをぶつける存在、いわばゴスであることに縛られていたの。人から「彼女は本当に暗くて、暗くて、暗い」って言われていたから、ある意味、それを自分で受けて入れていた。

ただ実行あるのみ。いつまでもグズグズ怖がってちゃダメ

ケニー・ビーツとの関係は、あなたにとって、よい影響を与えていますよね。

音楽業界で駆け出しの新人で、黒人の女性なら、どうしたって壁を作ってしまうものよ。他人が本当の自分を奪うんじゃないかって心配だし、自分が手にしたいものは、はっきりしているから。当初、男性と仕事をすることについては、「あらまあ、男なのね」って感じだった。私の地元だったら、それが「あらまあ、白人なのね」ってなる。ケニーは、周りの人が「絶対に近づかないでおくべき」と忠告する条件―つまり白人で男性―の両方に当てはまるわけだけど、会ってみたら、ものすごいクールな人間だった。 彼との出会いのおかげで人生に対する考えが変わったわ。音楽で繋がれるベストフレンドが30歳だなんて想像もしなかったけど。彼は私自身のことをたくさん教えてくれた。人に気を許すことについても、音楽のことについても、たくさん。

あらゆる感情を遠慮なくストレートに表現できる能力は、あなた自身の感情を浄化する作用があるのかもしれません。そしてあなたの曲を聴くファンにとっても。自分の感情を伝えることについて、どのようなことを教わって育ちましたか?

ママから影響を受けた部分が大きいわ。何でも包み隠さず話してくれて、強い信念を持っている彼女を見てきたから。ママの機嫌が悪い日には、誰にでもすぐにわかる。私が何か悪さをした時は、よく罰を与えられたんだけど、ママが1ヶ月って言ったら、言葉通り、1ヶ月続くの。ほんとに、31日間罰を受ける感じ。一度何か言ったら、その通りやれ、ってことよね。何か考えがあるなら、実行しろ。やりもしないで、他の誰かがやったのを見て文句を垂れるくらいなら、黙ってろってこと。要は、ただ実行あるのみ。いつまでもグズグズ怖がってちゃダメ。私がモッシュが大好きなのも、そういうとこ。

もっと詳しく教えて。

よく人から、「ステージに上がる時、どうやって自分を奮い立たせているの?」って訊かれるけど、私も同じことをモッシュ ピットの中にいる人たちに訊いてみたい。だから、モッシュを見るのが好きなの。だって、私たちには同じ葛藤があるわけだから。ステージ上で、何千人もの人の前に立つのは怖いことよ。リコ・ナスティのファンでもなくて、私の言ってることなんて全然気にしない人たちが、目の前にいたりするわけだし。「おいおい…何、この狂ったビッチ」って冷めた目で私を見てる。ステージで私がどんな衣装を着ているか、みんな知ってるでしょ?マジでクレイジーだと思われてるの。逆に、私も彼らを見る。皆はそっち側にいて、私はこっちにいる。これってまさにモッシュと同じよね。

ステージで大勢の人に向かってそういうパワーを与えるのは、どういう気分ですか? 逆に、観客もあなたのエネルギーをもらって、今度は同じようにあなたにパワーを返しているわけですよね。

私のファンは、彼らが私を力づけているってことを、わかってるわ。ツアーに出て、皆に会うと、そう実感する。そこには本物の繋がりがあるの。みんな日々辛いことがあっても、オシャレして、髪型もキメて、私のショーに駆けつけて来てくれる。日常の色々な現実に打ちひしがれながらも、文字通り、立ち上がって、私のショーにちゃんとした格好をして来てくれる。ただ、そこに立って音楽を聴きながら、押されてまくって揉みくちゃになるためにね。それって、素敵なことじゃない。だから私は舞台に穴をあけたことがないのよ。

あるインタビューで、ケニー・ビーツが私に、アール・スウェットシャツ(Earl Sweatshirt)が、彼の前座にあなたを選んだのは、必ずしも音楽が理由というわけではなく、あなたのファンに来てほしかったんだ、と。

私のファンたちに会ってみたかった…わかるわ、だって、私のファンは、ホント、変わってる人たちだから。というか、ファンのためじゃなかったら、 音楽なんて何のためにやるの? 何のために音楽をつくるの? お金のため? 偉くなりたいから? そんなのもう手にしているわ。友達もいるし、家族もいるし、自分で稼いだお金はあるし、それに伴うクールなものは全部持っている。でも、5年間も私のことを見ているのに、一生直接の知り合いになることなんてないかもしれない人たちもいる。なら、私のショーに来てほしい、って当然思うわよね。これまで私のショーに来て、そこで良い友だちになった人もたくさん見てきたわ。本当の話よ。トロントに行った時なんか、フロアーは女の子たちで埋め尽くされていて、みんな笑ったり、楽しく盛りがってた。その中に、ふたり組の女の子が一晩中ずっと一緒にいたから、「昔からの友達なの?」って聞いたら、「違うの、今会ったばかり」だって。でも、これって私のまわりだけじゃない。ミーガン・ジー・スタリオン(Megan Thee Stallion)のファンもそういう感じ。ほんと、家族みたいなノリなの。

お子さんが大きくなるにつれて、どんな母親になることを思い描いていますか?

今のところ、私は母親としてかなりうまくやっていると思う。彼が成長するのが、とても楽しみよ。5歳、6歳、7歳になる息子が待ちきれないし、母親として彼にいろんな人生のアドバイスをする準備はできている。彼が学校にあがって、どんな友達を作るのかも楽しみね。でも、そうなっても、関係は変わらないわ。

彼はまだあなたが誰なのか、わかっていないかもしれませんね。

そんなことないわよ、私がリコ・ナスティだってことは、メチャクチャわかってる。ほんとに笑っちゃうけど「リコ・ナスティ! リコ・ナスティ! ケニー! ケニー! リコ! リコ!」って言うもの。あと、「お尻」ってしょっちゅう言ってる。息子のいちばん好きな言葉がそれなの。お尻。

カリラ・ドゥーズは、タロット占いに夢中になっているロサンゼルス在住のフリーランスのライター。『The FADER』、『Pitchfork』、『The Outline」などで活躍中

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Zhamak Fullad
  • 写真アシスタント: Stephane Wafer
  • スタイリング: Haylee Ahumada
  • ヘア: Hachoo Johnson
  • メイクアップ: Scott Osbourne
  • 制作: Emily Hillgren
  • Date: August 27, 2019