ペイズリーが渦巻く銀河へ

パシュミナ ショールからPalm Angelsまで、エイサップ ロッキーからドレイクまで、しずく形のプリント模様が大人気

  • 文: Tyler Watamanuk

多彩な才能に恵まれたボビー・キム(Bobby Kim)は、ストリートウェアの歴史と切っても切り離せないデザイナーだ。ザ・ハンドレッズというブランドを立ち上げてボビー・ハンドレッズの異名をとったキムは、先頃出版された回顧録『This Is Not a T-Shirt』に、ザ・ハンドレッズが予想外の大ヒットを飛ばした2000年代初頭のことを書いている。「僕たちが最初に流行させたプリント柄は『ペイズリー』だった。クラシックなバンダナにプリントされている模様から思いついて、『ブータ』と呼ばれるあのしずく形の模様を、フードが付いたブラックのジップアップ スウェットシャツの全体に散らしてみた」。その結果、当時まだ微小ブランドだったザ・ハンドレッズは、一晩に10万ドル相当のフーディを売り上げるほどになった。それもこれも、スニーカーやストリートウェアの熱烈なファンが、ペイズリー模様に魅せられたからだ。

さて、その後の時の流れを早送りして2019年秋冬シーズンへ目を向ける….ペイズリー模様が息を吹き返し、ストリートウェアのみならず、ファッション界全体で大きな盛り上がりを見せているではないか。有名なラッパーやバスケットボール選手から着こなしに気を配るファッション エディターまで、至るところでペイズリーに出くわす。4月のラプターズのプレイオフ ゲームでは、[値の張るVisvim のジャケット](https://www.instagram.com/p/BwzOGYIg4Wi/)を着たドレイク(Drake)が観客席の最前列に陣取っていたし、NBAのスター選手ジェームズ・ハーデン(James Harden)は、上も下もペイズリーLoeweのアンサンブルという出で立ちだった。もう少しトライブ的なブランドでは、カルト的な人気を持つ日本のブランドNeedlesが、お揃いのシャツとショーツでひねりを加えたペイズリー模様を使っているし、ジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)やリル・ヨッティ(Lil Yachty)らが愛用するロサンゼルス発ブランドRhudeは、キャンプ カラーの襟のシャツとパファー ジャケットにペイズリー模様を登場させている。SupremeとイギリスのブランドClarks Originalsが毎年行っているコラボでは、この4月、Clarks Originalsのシグネチャであるワラビー ブーツがペイズリー模様で店頭に並んだ。GucciPalm AngelsSaint Laurent…メンズ、ウィメンズを問わず、コレクションにはペイズリー模様が目白押しだ。

現代にも通用するペイズリー模様の魅力は、一言で説明するのが難しい。一見したところ、混沌とした印象のグラフィックだ。涙のしずくのような形、緻密に曲がりくねったライン、湾曲した先端が合わさって、顕微鏡のレンズの下で動き回る一群のアメーバを思わせる。ところが視線が落ち着くと、美しい混沌へと変わり、やがて繊細な模様が浮かび上がってくるのだ。ペイズリーが誕生したのは、今を遡ること数千年前、場所は現在のインド・パキスタン国境付近のカシミール地域とイランの辺り。もともとの呼び名は「ブータ」あるいは「ボテ」、「花」の意味だ。ブーケのようなフラワー アレンジメントと杉を様式化したデザインが起源だとする歴史家も多い。西欧世界で使われるようになった「ペイズリー」の名称は、この柄の織物を量産した西スコットランドのペイズリー市Paisleyに由来する。何世紀もの長い年月を経て、ペイズリー模様は東から西へ旅をした。11世紀にはチャンタンギ種の羊のウール(カシミア)を使ったパシュミナ ショールに現れ、15世紀には儀式に使われる官服に使われて名誉を象徴し、18世紀後半になると、ヨーロッパの豪華なシルクのペイズリー プリントが爆発的な人気を博した。

19世紀が終わりを告げる頃には、ペイズリー模様をプリントした安価なコットン製品が豊富に出回っていた。バンダナもそのひとつで、大抵はレッドかブルーのファブリックにペイズリーがプリントされていた。アメリカのカウボーイ、農民、その他額に汗して生計を立てたあらゆる類の労働者が、安価なバンダナを使った。1960年代には、サイケデリック調のディテールがヒッピーに愛された。1970年代のゲイ コミュニティは、ペイズリー模様のハンカチの色で性的な嗜好を暗に伝達し、1980年代のストリート ギャングは、ペイズリー模様のバンダナの色で所属グループを示した。そして現在、チェックやへリンボーンと同じく、ペイズリーはれっきとしたファッション用語の仲間入りを果たした。

長い時間をかけて地位と品格を培ったペイズリーであるから、ハイ ファッションの世界へ参入する機は十分に熟している。確かに1枚3ドルのコットンのバンダナはペイズリーを大衆化したかもしれない。だがファッションの流れは原点へ回帰したらしく、ショールや威厳のある式服から現代のステータス シンボル、すなわち高価なトラック パンツやパファー ジャケットへと、ペイズリーは新たな一歩を進めた。Saint LaurentのハイヒールAlexander Wangハワイアン シルク シャツやアスレチック ショーツとも、しっくり合う。Palm Angelsのボウリング シャツDries Van Notenトラウザーズにも、同じことが言える。ペイズリー フィーバーという高熱に浮かされ、しずくと渦が飛び交う夢を見ているかのごときファッション界で、アートの歴史、ストリートウェア、ハイ ファッションが結び付いた。ラグジュアリーを求める今日の消費者に応える姿で、畏敬に値するプリントが生まれ変わったのだ。

ウエスト ハリウッドにあるブティック「RTH」は、手びねりの陶器や凝ったビンテージのデニムなどの一風変わった品揃えで広く知られ、絶大な人気を誇る。2009年からは、バンダナから着想したペイズリーのトート バッグを作って売り始めた。1度限りの限定商品ではなく、いわば、自社生産のシグネチャ製品だ。だから、今シーズン、Saint Laurentが驚くほどよく似たバッグを発売したときには、事態を深刻に受け止めた。厚かましい模倣デザインを糾弾するDiet Pradaのインスタグラムには取り上げられていないものの、RTHは先月矢継ぎ早の投稿で、態度を明確に表明した。「Saint Laurentよ、恥を知れ」。ペイズリー プリントほどの豊かな長い歴史があれば、所有権の問題は一筋縄では行かない。バンダナ トートは盗用か、はたまた公正なビジネスか? いずれにせよ、ファッション トレンドには必ず一服のドラマがつきものだ。

Tyler Watamanukはニューヨークを拠点に活躍するライター兼プロデューサー。『The New York Times』、『The Wall Street Journal』、『GQ』など、多数に執筆している

  • 文: Tyler Watamanuk
  • Date: August 26, 2019