痛みを力に変える
パフューム・ジーニアス
聖リアーナ、そして悲しみと憂鬱の違い
- インタビュー: Sanja Grozdanic
- 写真: Inez & Vinoodh

ポップ スターは、離れたところから親近感を生み出す力がある。ロンドンはチャリング クロスにある伝説のゲイ クラブ「ヘヴン」の外では、この現象が存分に実証されていた。先頃4枚目のアルバム「No Shape」をリリースしたパフューム・ジーニアス(Perfume Genius)、別名マイク・ハドレアス(Mike Hadreas)の公演を目当てに集まった、たくさんの若者の群れ。


列に並んでセキュリティ チェックを待つ10代の少女たちは、親友や恋人のことを話すときしか使わない口調で、ハドレアスについて喋っている。ハドレアスを知り合いだと思っている。あるいは、ハドレアスが彼女たちを知っていると。おそらく、そのことの方に意味があるだろう。
理論家フレドリック・ジェイムスン(Fredric Jameson)によれば、ポストモダンの時代は 「情緒の衰退」を特徴とし、皮肉と隔たりが誠意と信頼を覆す。だが、ここの群衆には優しさ、共同体の感覚、仲間意識がある。ショーのチケットは売り切れ。年若い少女少年たちと、揃って親しみを感じさせる年長の観客若干名で、クラブは満員だ。それをみるかぎり、行き当たりばったりでヘヴンへやって来たと勘違いしても無理はない。全員がハドレアスの名を叫び始めるまでは。観衆がやって来たのは、ハドレアスへの共感を示すためでもあるのだ。いよいよ、波打つようなブラウスとコルセット タイプのピンストライプのジャンプスーツに身を包んだハドレアスが、舞台に現れる。発散される華麗な魅力は、観客へ伝染し、パワーを漲らせる。「俺が気取って歩けば、どんな家族も無事じゃ済まない」と歌いながら頭を反らせば、観客は大喜びだ。魅力というものは、挑戦的でもあるのだ。
ハドレアスの経歴紹介は、ほとんどの場合、過去の逆境と中毒の闘いから始まる。それは理解できる。未完ではあっても、ウケるストーリーになるから。だが、ハドレアスは過去よりはるかに大きな存在だ。ヘヴンに集まった群衆に尋ねてみれば分かる。ハドレアスは、自らの痛みを探ることで、痛みと結び付けられた恥辱から私たちを解放してくれる。欲望と喪失の只中に、気高い勝利がある。

サンジャ・グロズダニック(Sanja Grozdanic)
マイク・ハドレアス(Mike Hadreas)
「No Shape」を制作している間、どんな感覚でしたか?
本当の話、波みたいだった。何かをやるとき、最初から理由がはっきりしてることは、まずないんだ。だけど、自分の感じてることをありのままに書くのが一番大切、それは曲を書いてるときからはっきり分かってた。すでに起こったことを曲にしてたわけじゃないんだ。僕が書いてたのは、もうちょっと複雑。まだ結末がなくて、何層にも重なり合ってる。ほんの2〜3時間のあいだに、温かい気持ちになる瞬間もあったし、暗い気持ちになる瞬間もあった。時には、両方を同時に感じたり...。終点がないから、最初は自分でも混乱したし、さらけ出すのはちょっと怖かった。繋がりとか、ある種のスピリチュアルな充足とか、そういうものを探してる状態を温かく表現するのは、挑戦に近い気分だったな。探してるものはまだ全然見つかってないけど、基本的に、あのアルバムはそこへ辿り着こうとしてる僕の姿だ。
最近聞いたジェッサ・クリスピン(Jessa Crispin)のインタビューで、私たちの凡庸さをよく知ることは成功を検証することと同じくらい大切だ、とクリスピンは言ってました。
その方がもっと面白いしね。僕はエキサイティングでエモーショナルな状況が好きなんだ。極端なのが好き。今の瞬間に存在することが僕を落ち着かない気持ちにさせるのは、そのせいだと思う。すごく卑小に感じるんだよ。でも、本当はそうじゃない ただ僕の脳が、そう考えるように条件付けられてるだけだ。そうやっていつも何かビッグな瞬間を追いかけて、常に自分の思考に捕らわれてる。僕が書いたり音楽を作ったりするのは、僕の人生の些細な瞬間をドラマに仕立てる手段だ。些細な瞬間がどれほど神聖で特別な瞬間になりうるか、それを理解したり、学んだりできる。
アーティストの自己紹介欄で、あなたの音楽は常に抗議するだろうと書いていますね。最近「抵抗することが忠誠であり、服従することが背信である段階へ、我々は達した」というカール・シュルツ(Carl Schurz) の言葉を目にして、とても考えさせられたんですが、あなたも私たちがそういう段階に達したと感じますか?
それはまた、深遠な質問だな(笑) 僕には分からないよ。今、アメリカはもうメチャクチャだからね。時々は現状を意識したりもするけど、全然希望は持ってない。どこまで行っても、光は差さない。そのあいだ、どうやって生きていけばいいと思う 生き延びることができない人たちもいるさ 物理的にね。くだらないと思うこともあるよ。「ああ、僕は自分の気持ちを音楽にしてるんだ」って(笑)。何かの手掛かりから、何が起きてるかを知って、戦いを挑んで行動を起こす。一方で、何らかの喜びを見つけて、ただ存在するだけの瞬間を確保する。両方のバランスをとるのは、奇妙な感覚だ。
どこまで行っても
光は差さない。
そのあいだ、
どうやって
生きていけば
いいと思う?
あなたは、大半のミュージシャンと逆の方向に進んできましたね。ドラッグを止めてから、音楽を作るようになった。メリッサ・ブローダー(Melissa Broder)を知ってますか @SoSadTodayというTwitterのアカウントで有名ですが、素面だと想像力を使わなきゃいけないからもっとクリエイティブになる、って書いていました。彼女のツイートを引用すると「私が頼りにするのは創造力。人生の鋭さを削ぎ落としてくれるものは、他にないから」。これは、あなたにとっても真実ですか?
100%真実。創造はほとんどクスリの代用じゃないか、って思うこともある。さっき、僕はあらゆることを劇的な出来事にしたいって話しただろ それって、クスリとアルコールを同時にやった状態なんだ。クスリとアルコールをミックスすると、そういう感じになるんだよ。誰かの地下の部屋に4日間閉じこもってても、すごく素晴らしいことが起きてるように感じる。実際には、自分は全然動いてないんだ。それか、36時間ぶっ続けで掃除機をかけてるだけとか。 音楽は、クスリみたいな即効性がない場合もある。って言うか、もっと思いやりがあって、忍耐強い。現実だから。とにかく僕は、うまく処理できる方法を見つけるしかない。はけ口なしで生きていける人間じゃないんだ。クスリとかアルコールとか...確かに効く 本当に効果がある。これまでに僕が見つけた中で、絶対に最高のものさ。音楽はそれに近いけど、2番目に最高、かな。
確かに、創作は単にクスリとかアルコールがあればいいってわけにはいかないですよね 幻覚剤を飲むと、何でもすごく深遠な気がするんだけど、その気分がいつまでも続くわけじゃないから。
(笑) 深遠な「気がする」んだよ 繋がる瞬間があって、それを直接的に、もっとリアルに感じる。そういう体験は少ないけどね。でも、長い目で見ると、影響がはるかに長続きする。僕は、そういう瞬間を失くす気はないから...。
現在、ツアー中ですね。キャラクターを演じ続けることは、肉体的にとても消耗するんじゃないかと思うんですが、肉体的、感情的にどう対処してますか?
奇妙な感じだよ。目的意識に溢れてる気分なんだけど、なにしろこれまでの人生で、目的を感じたことはほとんどなかったからね。今までエネルギーをどう使ったらいいのか、指針となるものがなかったから、僕のエネルギーは、基本的に破壊へ向かってた。僕は長い間、そうやってきた。時々、リアーナのことを考えるよ。ものすごく忙しいんだろうな、って。なのに、いつも完璧。崇めるしかないよね。


リアーナ...
崇めるしかないね
まさに聖リアーナですね。
ツアーは楽しい。ツアーの決まった流れを繰り返すのが好き。とっても具体的なことを気を掛けるのがいいんだ。はっきりしない全般をあれこれ心配するのとは違う。一覧表だってあるんだから。ただイライラ歩き回る代わりに、一覧表に載ってる項目で頭をいっぱいにするわけ(笑)。
苦痛を整理分類することで、生きやすくなりますか?
うん、そう思う。憂鬱な音楽を演奏し続けるのはどんな気分って、いつも訊かれるんだ。そういう人たちには僕の音楽は憂鬱らしいけど、僕にとっては全然憂鬱じゃない。すごく自由で、浄化される感じ。繰り返し繰り返し、解放してる感じ。今はもっと体験の共有って感じもして、それが力になってる。自分の外へ、少し引っ張り出されるんだ。今でも僕の音楽は僕だけど、僕を捕えてきた問題からようやく距離を取り始めてる気がする(笑)。それで、自分に対して前より優しくなれる。悲しい歌かもしれないけど、極端な状態が実際に起きてるときは、それについて書くときほど、忍耐や優しさを感じられない。だから、もうちょっと居心地のいいものに作り変えなきゃいけないんだ。音楽自体も前ほどミニマルじゃなくなったし、サウンドも前より少しワイルドになった。とても開放感がある。ステージで自意識が消えたときや、自分が書いてることと繋がれたときは、ほとんどスピリチュアルな気持ちになるよ。うまくできたと思うし、それでエゴも満足する。
一躍有名になったことに、どう対処していますか? 日常生活は変わりましたか?
いや。ただなんて言うか、飼ってる犬のフンの始末をして、その10分後には気取って雑誌の取材を受けてるって、変な感じ。スケールが大きくなったとかじゃないけど、確かに変わった。以前は、普段着のままでステージに上がってたんだ。パフューム・ジーニアスの場合は、別の人間にならなきゃいけない気がする。もちろん僕のままなんだけど、以前より、何かのスイッチを入れなきゃいけない。いい意味でね。それで、音楽も良くなったし、パフォーマンスも良くなったから。
今回のアルバムがリリースされる前、アルバムについてどう話すか、考えてみようとしたんだ。100%率直でないと、本当じゃないと思った。でもそうすると結局、正しく答えられなかったり、神経質になったり。でもアルバムについて考え抜いたから、本当のことが言えるようになった。細かい点について考えるから、ちょっと疲れるけど。でも、分からないな。自分でも、どうやってるのか見当もつかない。いつもその場次第でやってるような気がする。
- インタビュー: Sanja Grozdanic
- 写真: Inez & Vinoodh