VETEMENTSの着るミックステープ

パリ発ブランドの音楽的なインスピレーションの宝庫を解体する

  • 文: Adam Lehrer

私たちは、服が好きだというだけで、ブランドのファンになることはない。ブランドが伝達する文化的な背景と同調し、ブランドが自らの何らかのアイデンティティを表現していると感じるとき、初めて、私たちはブランドと繋がり、ブランドを消費する。しかし、Raf Simonsのオルタナティブな若者のカルチャー像や、Gosha Rubchinskiyが魅了されているロシア連邦崩壊後のスケーターと違い、Vetementsは、デジタル時代における人々の文化との関わりを最も的確に反映する方法で、文化と相互に作用する。すなわち、いかなるときも、すべてを。Vetementsは、フォロワーに狭義の「クール」を供給することもなければ、文化のあるべき姿を明確に示すこともない代わりに、すでに存在する素材と相互に作用する方法を提案する。例えば、Vetementsの音楽的なインスピレーションは、ひとつのスタイルやひとつのジャンルの恩恵にあずかっているわけではない。ファンが信頼するのは、Vetementsの音楽の趣味ではなく、音楽を受け入れて解釈するVetementsのアプローチなのである。

Земфира — Ощущенья (LIVE @ Крокус/Стрелка, Москва 2010) youtube

ロシアン ロックンロール

Vetementsの限定フーディには、ロシアのオルタナティブ ロック ミュージシャン、ゼムフィーラ(Zemfira)の文字が踊る。Vetementsのデザイナー、デムナ・ ヴァザリア(Demna Gvasalia)と同様、ゼムフィーラも、かつては遠い存在であった西洋の文化に惹かれたひとりだ。ソビエト連邦全盛の70年代、まだ若かりしゼムフィーラにとっては、兄のレコード コレクションだけが唯一のロックンロールだった。クイーン(Queen)やブラック・サバス(Black Zabbath)を知った。キノー(Kino)やアクアリウム(Aquarium)など、ソビエトのポストパンク バンドのカバーからキャリアをスタートしたゼムフィーラは、1999年にデビュー・アルバムをリリースした。

The Notorious B.I.G. - Warning (Official Music Video) [HD] youtube
Snoop Dogg - Murder Was the Case youtube

ヒップホップ

ソビエト連邦崩壊後、ジョージアのトビリシで14歳を迎えたヴァザリアは、90年代アメリカのイーストコースト ヒップホップを崇拝する「イーストコースト ギャング」の仲間だった。雑誌「032c」に語ったところによれば「オレたちのヒーローはノトーリアス B.I.G.(The Notorious B.I.G)だった」。スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)やトゥーパック(Tupac)を好む似たようなグループ「ウェストコースト ギャング」とは、しょっちゅう悶着を起こしていた。明らかなイーストコーストへの傾倒にも関わらず、Vetements 2016年秋冬コレクションのTシャツには、ウェストコーストを代表するラッパー、スヌープ・ドッグが登場している。このTシャツを購入するか尋ねられたスヌープの答えは、「買うわけないだろ!」

The Sisters of Mercy - More youtube

ゴス

16歳になったヴァザリアは、10代特有の「暗い苦悩」時代に突入し、ゴス音楽やゴス カルチャーに心酔した。「極端に反社会的で、落ち込んで、あらゆることを憎んだ」と、インタビューで語っている。「Sisters of Mercyなんかを聴いてた。反抗期だったから」。イギリスのリーズ出身のゴスロック バンドSisters of Mercyが、パワフルかつ長期的な影響を与えたことは明らかだ。ヴァザリアが手がけたBalenciaga 2016年秋冬コレクション ショーにも、Vetements 2016年秋冬コレクション ショーにも、Sisters of Mercyが使用された。いずれも、DJを務めたのはVetementsのコラボレーターであるClara 3000。Vetements 2016年秋冬コレクションでは、ドクロをプリントしたフーディや大きなチェーンをぶら下げた服(ウォレット チェーンはゴス カルチャーと長い付き合いがある)など、ゴスへの傾倒が存分に発揮された。

Rammstein - Sonne (Official Video) youtube
CRADLE OF FILTH - Blackest Magick In Practice (OFFICIAL VIDEO) youtube

メタル

ヴァザリアは明らかにヘビーメタル好きだ。ハイファッションの世界でヘビーメタルの美学を広めた、少なくとも再び広めたのは、Vetementsの功績である。

Vetements 2015年秋冬コレクションで、ヴァザリアは「Polizei(ドイツ語。警察の意味)」と警察関連のグラフィックを、ドイツのメタルバンドRammsteinを髣髴とさせる強圧的な権威と結び付けた。「恐ろしい服だよ。それを着ると、誰だって恐ろしい男や女になるんだ。Rammsteinとか、オレが個人的にドイツから連想するもの。オレが権力や恐怖を連想するものばっかり」

Vetements 2016年秋冬コレクションには、Cradle of Filthグッズを思わせるグラフィックTシャツが登場した。Cradle of Filthは、Hot Topic(ショッピングセンターでお馴染みのロック関連グッズ チェーン店)を愛好する若者に人気があるブラック メタル バンドだ。この関連から、ヴァザリアが「良い趣味」という従来の概念を全く気にかけていないことがきわめて明白である。メタル ファンの間でさえ、Cradle of Filthは特別高い評価を受けているわけではない。評論家クリス・チャントラー(Chris Chantler)はイギリスのメタル雑誌「Terrorizer Magazine」に書いたことがある。「Cradle of Filthを嫌うことは、ヘビーメタルのエリート主義を誤魔化す手始めだ」。80年代のスピード メタル バンドPowermacは、これまたヒドいバンドだが、Clara 3000が2016年春夏コレクション ショーの選曲に「Slaughterhouse」を忍ばせた結果、Vetementsに歓待された。

Black Flag - TV Party youtube

パンク

Vetementsは、反体制的権威の雰囲気を維持しつつ、陳腐なポップカルチャー的表現にも手を出す。Vetements 2016年秋冬コレクションで、モデルの首に巻いた首吊り縄のようなタイ、裾を押し込んだだぼだぼのシャツと組み合わせて登場した格子柄のドレスは、反抗的なパンクロック好きの女学生を連想させる。

パンクロックのDIY精神は、Vetementsブランドの起源にも当てはまる。ブランドをスタートさせた当初、ヴァザリアと彼のチームのメンバーは全員、Louis Vuittonのようなラグジュアリー ブランドに在籍していた。そして、ファッション業界の特定の側面に対する不満から、夜遅くまで、自分たちの服のデザインに勤しんだのである。

throbbing gristle - discipline youtube

インダストリアル

Vetementsのミューズとしてモデルをこなす20歳のフランス人ポール・ハメリン(Paul Hameline)は、映画やアートから暴力的な画像や性的な画像を拝借して、コラージュを制作するアーティストでもある。Vetementsとインダストリアル ミュージックの強烈で不快なサウンドとビジュアルを繋ぐのが、このハメリンだ。先ごろ「Wonderland Magazine」誌のインタビューで列挙した好きなミュージシャンは、Coil、Vår、Death in June、Psychic TV、Lebanon Hanover。ほとんどがインダストリアル ミュージックに分類される音楽だ。ハメリンは、Vetementsの美学の一部を成す、ダークで粗雑な美学へ通じる扉だ。

Celine Dion - My Heart Will Go On (Live) [HD] youtube

メインストリーム ポップ

2016年春夏コレクションで発表された人気のフーディには、1997年に大ヒットしたジェームス・キャメロン(James Cameron)監督映画「タイタニック」のポスターからとったイメージがプリントされている。「タイタニック」とセリーヌ・ディオン(Celine Dion)が歌ったテーマソング「My Heart Will Go On」は、何百万人が経験を共有した、避けがたい地球規模の現象であった。現在あなたが何に情熱を燃やしてどのような人生を送っていようと、1997年に「タイタニック」を見た可能性はきわめて高い。Vetementsの世界では、ヒップになるために、「タイタニック」やセリーヌ・ディオンを愛した子供時代を封印する必要などない。

  • 文: Adam Lehrer
  • 画像提供: Pierre-Ange Carlotti / Idea Books