イージは異文化体験を操る
シンガーとしてDJとして2018年に大きく羽ばたいたイージが、言語、仲間、今後の計画をパフォーマンス アーティストのビクトリア・シンに語った
- インタビュー: Victoria Sin
- 写真: Lucka Ngo

2017年の夏のロンドン。私はアシッドでいい気分になって、ビクトリア パークのど真ん中の芝生の上で寝そべっていた。空を見上げながら、別の次元へ飛んでいた。そのとき友達がかけた「Feel It Out」が、イージ(Yaeji)との最初の出会いだ。この歌がそうであるように、イージの音楽には内観を感じさせるものが多い。外側から内側を見ているような、あるいは内側から外側を見ているような…そんな場所に身を置く体験が伝わってくる。はっきりこれとは指摘できないけれど、異文化の境界にまたがって育った人なら良く知っている感覚だ。
その1年後、イージと私は揃ってロンドンのサーペンタイン ギャラリーが主催する「パーク ナイト」に出演したのだが、彼女と彼女のクルーからは、純粋な温かさが伝わってきた。その後、私のコラボ パートナーのシャイ・ワン(Shy One)と一緒にニューヨークへ招かれて、「One More」ツアーの最後を飾るショーの前座をやらせてもらったとき、改めて同じ温かさを感じた。ニューヨークという場所で、懐かしいその雰囲気は説得力を持ち始めた。自分が他人を評価するのと同じくらい、自分のことを認めてくれる仲間を集める – イージは、意識してそう心掛けているアーティストだった。
ニューヨーク在住の25歳の韓国系アメリカ人、キャシー・「イージ」・リーは、シンガー、プロデューサー、DJとして活動し、自分の名前をタイトルにした2017年のEP『Yaeji』でブレイクした。2018年には、すでに、BBC ミュージック サウンド オヴ 2018にノミネートされ、『フォーブス』が選んだ音楽分野の「30アンダー30」にリストアップされ、『フェーダー』マガジンの表紙を飾った。『フェーダー』が「半分ハウスで半分ヒップホップ」と評した陶酔を誘うビートは、ポップなサビや体中の骨に響いてくる低いベースの唸りと、ごく自然に調和する。心地よい歌声は韓国語と英語を行き来する。歌い、ラップする。文の途中で、ふたつの言語が入れ替わることもある。優しさと不安を表現する。ディープでエモーショナルな思索と不釣り合いなユーモアのセンスが同居する。イージの歌は感染してくる。幾重にも重なった成り立ちと感覚がひとつに合わさった体験が、とても深いところで、聴く人の情動に作用してくる。それは、親密感を呼び覚ますと同時に、これまで音楽にはなかった体験だ。
イージと腰を下ろして語り合うのは、「One More」ツアー以来だ。文化、社会、言語、音楽、感情のすべての面で、どこか完全には馴染めない体験から、作品や帰属したい集団を求める気持ちが生まれることを語り合った。

Yaeji 着用アイテム:タートルネック(Pleats Please Issey Miyake)、スカート(Pleats Please Issey Miyake)、スニーカー(Nikelab)、スカーフ(Loewe) 冒頭の画像のアイテム:ポロ(Cecilie Bahnsen)、トラウザーズ(Issey Miyake)、ボディ チェーン(Comme des Garçons)
ビクトリア・シン(Victoria Sin)
イージ(Yaeji)
ビクトリア・シン:あなたが文化の特定のカテゴリーに属さなかった体験は、音楽でも特定のカテゴリーに属さないことと関係してる?
イージ:それは、私が仕事でも生活でもずっと考えてることだけど、いまだに言葉にして説明できないんだ。音に関しては、私はすごく色んな興味がある。私が育った環境には、同じバンドやアーティストが好き、みたいな実生活で繋がれる友達がいなかったのよ。アメリカにいるときはブリトニーやらなんやらを聴いてたけど、韓国に引っ越したら、当時はまだインターネットが普及してなくて、アメリカやヨーロッパのポップやメインストリームの音楽が入ってくるのは2~3年遅れだったし、Kポップは好きになれなかった。だから、いつも我が道を行く感じ。結局、ほかの誰も聴かないような歌を聴いてた。私が好きな音楽は、音的にも、感覚的にも、特定のカテゴリーじゃなくてその中間だなってわかったのは、音楽をもっと真剣にやりはじめてから。だけど、もともと私は、何でも中間が好きなのよ。
まわりの仲間が変わると、音楽も変わってくると思う?
うん。私はスポンジみたいな性格だから。小さい頃はあまり友達ができなかったの。人との出会いという点に関しては、私の子供時代はかなり難しい状況だった。だからインターネットで音楽を聴くことに向かったんだけど、学校へ行くようになって、カーネギー メロン大学の学生がやってるラジオ放送の仲間になって、ニューヨークへ越して、アングラな仲間と知り合うようになったの。今は友達がたくさんいるし、そういう友達にすごく影響も受けてる。みんな、大好き。それに、以前はそういう繋がりがまったくなかったから、特に大切に思ってる。でも、確かに以前は友達を見つけるのが難しかったけど、身の回りの人たちに関してはすごく恵まれてたと思う。両親にもすごく大切にされたし。ふたりとも、違う世代の韓国で生まれて韓国で育った人達だから、私を理解できないこともたくさんあって、たまにイラつくけどね。あなたも同じ経験あるでしょ。

Yaeji 着用アイテム:スカーフ(Loewe)
あるある。私の場合は中国式の家庭で、愛情もふんだんに注いでくれた。だけど「私たちは、あなたを愛してるけど、あなたにとって何がいちばんいいかもわかってる」っていうタイプの愛情なのよね。だから、それに対してかなり反抗したし、中国のカルチャーからは、はみ出てたわ。言語もそれを生み出した文化の反映だから、違う言語を話すときはちょっと違う人格が出てくる。そう感じることない?
全くその通りだと思う。韓国語は…もっとニュアンスがあって、特別な意味がある言い回しもすごく多い。皮肉はほとんど使わない言語だから、抑制されてるけど、同時に率直なの。韓国にいるときは、それが私の性格にも何らかの作用を及ぼしてると思う。もうちょっと物静かで、もっと穏やかで、あまり感情を表現しない人になるもの。アメリカにいるときは正反対。すごく自己主張して、金切り声で騒ぎたてるとかね。
韓国語の歌詞を歌うときと英語の歌詞を歌うときで、そういう別の人格が出てくる?
韓国語で歌うときの私は、もっと微妙でセクシーだと思う。もっと隠喩的で思索的。英語で歌うときは、悪趣味に聞こえることがあるし、ちょっときまりが悪いときもあるのよ。単刀直入にはっきり言おうとすると、何かちょっとズレてる気がする。韓国語だと、それが自由にできるんだけどね。別のペルソナがいるみたい。
西欧社会の環境で外国語で歌う – そういう場合の曖昧性もあるよね。私が小学生だったとき、同じ広東語を話せる友達がいて、広東語を私たちの秘密の言葉にしたの。だけど、世界中の人に聴かせる音楽を作るとなると、まったく話が違うね。
実はそれって、私にとってはすごくおかしな体験なんだ。私の韓国語は、話し言葉としてこなれてないし、韓国の友達が聴く前提の歌詞でもないのよ。不自然な言い回しがかなりある。だから私の歌を韓国の人が聴くようになったとき、最初はすごくばつが悪くて…。結局これって暗号じゃないんだ、私の日記を見られてるのと同じなんだ、って。だけど、韓国の人たちは、ああ、イージってすごく詩的だ、というふうに好意的に受け止めてくれたの。ほんと感謝してる。
2017年から、みんなで一緒に食事をする「Curry in No Hurry – ゆっくりカレー」をやってるでしょ? あれは、コミュニティを育てて、ネットワークを広げることが目的だったの?
そもそもは、すごく純粋で率直、まさに名前通りの目的で始めたのよ。あの頃はしょっちゅう、週に5日は出かけてた。ニューヨークへ移ったばっかりだったし、若かったし、とってもテンションが高かったから。それで、クラブで色んな人に出会うようになったんだけど、考えてみると、ある意味、クラブではみんなの一番プライベートで自由な面を見てるのよね。ダンスは肉体と個性の表現だから。つまり、とても深い部分で出会ってるわけ。だけど、音楽がすごく大きいから、会話できないじゃない? それで、もっとよく知り合いたいと思ったのと、仕事を回してくれる人もたくさんいたから、それに対してもお礼をしたかったし。じゃあ、みんなを一か所に集めたらどうだろう、みんなに私のアパートへ来てもらって、料理をご馳走したら、どうなるだろう?ってね。カレーを選んだ理由は、ママがしょっちゅう作ってた我が家の家庭料理だったから。みんなには、かける音楽を持ってきてもらうの。気楽に音楽を聴きながら、カレーを食べる。それがなんとなく発展して、定着しちゃった。
今後のイベントの予定は?
今年はのんびりやるわ。書くことに時間とエネルギーを割く予定よ。「One More」や「EP2」の続きみたいなのもあるけど、それとは別に、もっとエモーションから出てくるものもたくさんある。制作に凝るんじゃなくて、本当に感情で繋がれる音楽。夏の終わりには、地元のブルックリンで仲間内のイベントを企画してる。具体的にはまだ何も決まってないけどね。私を感じ取ってくれて、私がお返しするやり方も理解してくれる仲間だから、しっかり根を張っていくつもり。
Victoria Sinは、ロンドン在住のアーティストであり、ライターである。最近は、Serpentine Galleries、Hayward Gallery、Whitechapel Gallery、RISD Museum、Knockdown Center、Chi-Wen Gallery、Taipei Contemporary Art Centreで、作品が紹介されている
- インタビュー: Victoria Sin
- 写真: Lucka Ngo
- スタイリング: Monica Kim
- ヘア&メイクアップ: Dana Akashi
- 翻訳: Yoriko Inoue