インフルエンサーの前、
アンジェリンがいた

ハリウッドを象徴する謎の巨大看板スターのブロンドとピンクの世界

  • インタビュー: Erika Houle
  • 写真: Kenny Griffiths

ロサンゼルスで有名人に会う場所といえば、普通は高級和食レストラン「ノブ」と自然食品の老舗「エレホン」あたりだが、私は今、ファミリー レストラン「デニーズ」の片隅のボックス席に座って、アンジェリン(Angelyne)を待っている。本番インタビューの前に、ここで準備インタビューをやることになっているからだ。この「インタビュー前インタビュー」はアンジェリンが必ず指定する手順で、インタビューに関する約束事を列挙し、悪意のある記事を事前に防止する意味がある。さて、「何事もアンジェリンが決定する」から本当の意味でのマネージャではないそうだが、一応マネージャという肩書のスコット(Scott)が、電話でアンジェリンの到着を伝えてくる。非公式ながらハリウッドの女王ともなれば、こちらが車まで出向いてお出迎えするのが望ましいとのこと。私は外へ出て、一目でそれとわかる、ショッキング ピンクのコルベットへ向かう。そこに彼女がいる。「ANGELNN」のナンバー プレートをつけたコルベットの運転席のドアから、高々と脚を上げたアンジェリンが…。

キスのプリント柄のミニドレス、ベージュのストッキング、オープン トゥのハイヒール、大きく盛った金髪にリボンという出で立ちのアンジェリンは、とても親しげに挨拶をしてくる。「あなたがインタビューのカナダ人?」とからかい、そのまま、さっと車の後ろへ私を誘導する。トランクを開けると、そこはさながら移動グッズ ショップ。ありとあらゆる商品で溢れかえっている。キーホルダーあり、犬用のタグあり。私は猫を飼っていると言うと、じゃあ、あなたが着ければいいとアンジェリンは言い張った。それから、「I Believe in Angelyne(私はアンジェリンを信ずる)」や「Kiss Me L.A.(私にキスして、ロサンゼルス)」といったスローガン入りのアパレル、絵葉書、バッジ、トート バッグ、瞑想用カセット テープ、300ドルを超える値札が付いた限定版レコード、等々。私が「ウォーホル風」グラフィックのファンクラブ Tシャツとテーブルの上に寝そべったアンジェリンのマグネットを選んだところで、店内へ入る。テーブルへ向かう途中、「幸運のために」と、アンジェリンは鉢植えの植物から葉を2枚ちぎり取る。

エリカ・フウル(Erika Houle)

アンジェリン(Angelyne)

色々と、迷信を信じるほうですか?

心に迷いがあるときは、「万事任せなさい。神々と妖精より」って、自分で自分宛てのメモを書くの。願いを聞き届けてくれる天使がいるって、私は信じてるわ。何かやり遂げたいことがあるとき、天使がその願いを叶えてくれるって想像したら、本当にそうなるのよ。

アンジェリンは、職務を果たすべく、しゃっきりと背筋を伸ばしヒールを鳴らしてお気に入りのテーブルへ向かいつつ、イギリス王室風に店員に手を振ってみせる。明らかに、彼女はこの店の常連だ。テーブル担当のウェイターが飛ぶようにやってきて、私たちふたりはコーヒーを注文し、さあ、アンジェリンの仕事が始まる。「私は何者か」、「私はどこで仕事をしているか」、「私は何を求めているか」、「私は何を買うか」が、次々に説明される。店内のスピーカーからはシンディ・ローパー(Cyndi Lauper)の「Girls Just Wanna Have Fun」が大音量で流れ、アンジェリンは音量を下げるように3度も丁寧にお願いして、ようやく私たちはインタビューの規定条件に合意する。ここからのインタビューは、いつも最高のプレゼントとアドバイスをくれる、頭の回転が速くて変わり者の叔母さんと、そんな叔母さんのテンポにすっかり巻き込まれた姪の対話、といった様相へ変化する。アンジェリンは手のひらほどの大きさがあるラインストーンのヘア クリップをバッグから取り出して、私にくれるという。前日に買ったばかりだと言い、私に手渡してしまう前にもう一度引っ込めて、尋ねる。「あなた、これ、どういうふうにつける?」

私はもつれた髪にフューシャ ピンクのバレッタを緩く押し込み、アンジェリンのOKを待つ。すかさず、アンジェリンは私の携帯を出させると、レストランの窓の下で私の写真を撮り始める。「ホントに、恥ずかしがり屋さんなんだから!」と甲高い声で言うと、うまいアングルと最適な照明の重要性を詳しく説明し始める。そして、ようやく満足する1枚を撮影したあと、私にも同意を促す。

流行には注意を払いますか?

とんでもない! ノー、ノー、ノー。そんなことしたら、反骨精神の名が廃るわ。

では、ファッションについて、どう考えていますか?

ファッションは、セクシーに、豪華に、思いっきり大胆になりたい人のためにあるのよ。上品と下品が両方、混ざってるの。

子供時代に、いちばん憧れたのは?

バービー。

毎日、必ずやってることは?

バブル バスよ、当然! それと、開脚スプリッツ。

最近いちばんワクワクしたことは?

あなたよ! あなた、ブルーのオーラが出てるわ。

最近手掛けている仕事を尋ねると、いちばん新しい音楽プロジェクト、ビルボード広告、もう1年以上前にスタートして近々完成予定のドキュメンタリーの詳細を、あますところなく教えられる。ハリウッド大通りとバイン通りの角にあるビルに彼女の肖像画が描かれたときのビデオ クリップを見せ、レンガの壁面の、実物よりはるかに大きいおっぱいに作業員がペンキを塗っているところでは、「くすぐったい!」と合いの手を入れる。かかりつけの歯医者とは特に懇意にしているそうで、彼が書き、レコーディングし、彼女の名前をタイトルにした歌のオーディオ ファイルを再生する。数々のコルベットを一体どこに置いているのかと尋ねると、「ベッドの下よ」。インタビューが終わったあとの夜の予定を話しているうち、大好きな無声映画へと、どんどん話は逸れていく。

ハリウッドのいちばん最初の思い出は?

2歳のとき、私のベビーシッターの家の窓から見たわ。たくさんの星が輝いて、私を手招きしてた。

有名人になる運命だと、いつも感じていましたか?

[そのために]必要なものは、備わっていたと思うの。才能は全部揃ってた。人間って、深く感じたエモーションに動かされるのよね。どういうことかと言うと、私の両親は私が5歳のときに亡くなったの。だから、失ったものを埋め合わせるために、私は世界中の愛を求めた。孤独だったのよ。ちょっと反逆的になったのもそのせい。他の子どもたちが、みんな、私の後にくっついてきたもんだわ。法律を破らずに欲しいものを手に入れるのが、いつもとても上手だった。規則を守るのは好きだけど、新しい規則を作るのも好きなの。

トム・アンダーセン(Thom Andersen)は、2003年のドキュメンタリー『Los Angeles Plays Itself』で、映画に登場するロサンゼルスの街が、屈折した、時には誤解を招く方法で描写されていることを示した。ロサンゼルスの描写に、ポップ カルチャーがそのイデオロギーに染まった基準を持ち込むことで、事実と異なる街のイメージを定着させていることを明らかにし、これまで描かれてこなかった、ショッキングな、ありのままのロサンゼルスの現実を世にさらしたのだ。アンジェリンと2度目に会って、彼女の車の助手席に座り、ふたりともケイト・ブッシュ(Kate Bush)が大好きとわかって親しみを感じ始めたとき、アンダーセンがロサンゼルスに対して感じたのと同じ直観のひらめきを、私はアンジェリンに感じた。メディアは飽くことなく彼女の過去を曝露しようとするけれど、どうしても有名人になる前のアンジェリンに行きつくことができない。それは彼女が、自分で作り出したキャラクターを永遠に演じ続けるために、全力で情報を管理しているからだ。録音されるのは気が進まないという理由で、私たちの対話もその場で筆記することを要求された。まるでリハーサルしたみたいに、そしておそらく実際にしたのだろうと思うが、アンジェリンは私の問いに答えるごとに、「なぜだと思う?」という彼女自身が用意した問いを私に尋ねさせる。もう何十年も繰り返し演じ続けた台本は、すでに彼女の習性になっている。

あなたのキャリアで、いちばん難しいことは?

自分の信念を曲げずにいること。

最初のビルボードが出たときの気持ちを覚えていますか?

普通。ようやく普通になれたと思ったわ。

誤解されてると感じることはありますか?

いいえ、全然。私は、どのレベルでも、完璧に理解されてる。ポルノ スターと思われようがバービーと思われようが、そんなことはどうだっていいの。私はね、人間の体はあるけど中味はロボットということにならないよう、みんなに勇気を与えてるんだから。

その翌日もう一度「デニーズ」で会うことにしたが、今度はデニーズで落ち合ったあと、ルーズベルト ホテルへ向かった。道すがら、アンジェリンは前の晩に見た夢を話してくれる。それによると、アンジェリンはジャンヌ・ダルク(Joan of Arc)と同じようなレガシーを遺すことがわかったという。もっともこれには、まったく根拠がないわけでもない。私たちのあいだに芽生えつつあった関係を試すために、アンジェリンは私に給油を頼む。私が辞退しても、アンジェリンは意に介さない。「だって、ガソリンを入れるのはセクシーじゃないでしょ」

ホテルに到着すると、アンジェリンはツアー ガイドよろしく、ハリウッドの黄金期を象徴する建築、層をなす噴水、いくつものカクテル ラウンジを案内してくれた。さあ食事ということになって下の階にあるハンバーガー レストランのテーブルに座ったのはいいが、音楽で「気が散る」し、空調のせいでアンジェリンは涙目になってしまう。そこで、アンジェリンのお気に入りのイタリア料理レストラン「ミチェーリズ」へ場所を変えることになる。1949年にオープンした「ミチェーリズ」はハリウッドの名所で、同店のウェブサイトによれば、「お食事中はウェイターによるイタリアのアリア、ミュージカルのヒット曲、クラシック ナンバーのセレナードをお楽しみください」と紹介されている。だが、アンジェリンの新曲を聴きながら10回以上周囲をまわっても、駐車できそうな場所は見当たらない。目の前にチキン パルミジャーナこそなかったけれど、アンジェリンによる「Sex Goddess (セックスの女神)」と「I’m So Lucky (私はとっても幸運)」のセレナードに耳を傾けていると、正直どうしたい? と尋ねられる。歩行者が立ち止まって写真を撮りに来たり、警察官が投げキスを寄越したりするなかで、アンジェリンは「デニーズ」へ戻ることを提案する。わたしたちふたりの関係に欠かせないレストラン、「デニーズ」だ。

あなたの音楽を聴く人に、何を感じてほしいですか?

踊りたい人には、踊れる曲があるわ。セックスのための曲もあるし、瞑想用の曲もある。BGMに使える曲は、運転中や食事中にぴったりよ。パンク ロッカー向きのもあるし、ラップだってあるんだから。「You Are My Boyfriend(あなたは私のボーイフレンド)」ってタイトル。

ビヨンセ(Beyoncé)が『ヴォーグ』に特集記事を書くはるか以前、ラナ・デル・レイ(Lana del Rey)が「私は仮面をかぶったことはない。仮面なんか全然必要なかったし、これからも必要ない」とツイッターに書き込んで、ラジオ局NPRの看板音楽評論家アン・パワーズ(Ann Powers)を公然と攻撃する前、カイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)が「一代で億万長者になった世界最年少の人物」に認定される前に、アンジェリンは自分自身を創造した。オンラインで目にする噂はどれも信じちゃダメと言うアンジェリンは、前インターネット時代にスターになった。「有名であるということだけで有名」になった、セレブ第一号だ。アンジェリンは捉えどころがないけれど、飽くことなく本物であり続ける。自分で築いたビジネスに手腕を発揮し、嘘偽りなく一代で作り上げた「謎」を見事に演じ通す。彼女の過去は、ほとんどが噂や憶測の断片としてインターネットのそこかしこに登場しているが、どれもアンジェリンとは結びつかない気がする。

あなたについて私たちが知っておく必要がある、いちばん大切なことは何でしょう?

私がバカではないってこと。きちんとリサーチしてるの。私はここよりいい場所があることを知ってるから、その場所を探してるのよ。

Erika Houleははモントリオール在住のSSENSEのエディターである

  • インタビュー: Erika Houle
  • 写真: Kenny Griffiths
  • スタイリング: Stacy Ellen Rich、Tabitha / Cipriano Custom Tailor
  • ヘア: Josh Valentine
  • メイクアップ: Kallisto Damore
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: October 23, 2019