新世界のコラージュ

切り抜いたイメージで黒人の連帯を構成するジャズ・グラント

  • 文: Claire Marie Healy
  • 画像/写真提供: Jazz Grant

今年は、コラージュ アートに新境地が切り拓かれた年だった。コラージュには、結局のところ、机とハサミ、そして混沌とした視覚イメージの集合体からひとつの視点を抽出する能力さえあればいい。それだけのものから、慰めを見出せる場所、溢れるばかりの繋がりのすべてを内包する構造、画面を通してさえ実体の浮かび上がるオブジェが誕生する。そんな広がりを見事に実証しているのが、ロンドンを拠点とする新進コラージュ アーティスト、ジャズ・グラント(Jazz Grant)の作品だ。2020年には集団意思が高まりを見せ、映画監督スティーブ・マックイーン(Steve McQueen)のアンソロジー プロジェクト『Small Axe』などにも反映されているが、100%手作業のグラントの作品にも又、抗議と喜びの両方で縫い合わされた黒人の全体性とコミュニティが包含されている。作品中の小さな人物像が周囲と調和しているのは、そうあることがグラントにとって必要だからだ。触覚的な存在感を感じさせ、デジタル処理を一切使わない作品は、特に今早急に求められるバランスを実現している。

「新しい世界を作るのが、楽しくて仕方ないの」。ノース ロンドンにある共同アトリエで自分が使っている場所へ案内しながら、グラントは言う。「それには、コラージュがすごく向いてる」。グラントの机の上方、白いレンガの壁には、ミニチュアのコラージュが等間隔に並んだ星のように貼り付けてある。Instagramで見たものもあるし、明らかに制作中のものもある。空の雲、生い茂った熱帯の樹々、燃えるような日没、NASAの太陽観測がとらえた太陽の爆発。それらの中に人体がある。集団、シルエット、クルマを運転しているところ、汽車に乗っているところ、そして仲間。ここ2週間は、これら多数の素材と昨年のスリランカ旅行で撮影した写真から、2020年にふさわしい配置と構成の何かを作り出そうとしている。終末論のことも考えている。そう、世界の終わりだ。「二通りの考え方がある。ひとつは恐ろしい地獄へ堕ちる日、最後の審判の日ね。だけど私が興味を持ってるのはもっと神秘的な考え方。惑星が地球の大気圏へ侵入して、それですべてが変わる。世界が何か別のものに変わる」

左の画像:ジャズ・グラント「Rhyging Sun Stills」2020年 右の画像:ジャズ・グラント x Missohio「Don't Look Directly into the SUN」2020年 冒頭の画像:ジャズ・グラント「Beautiful Jamaica 2」2020年

アーティストとしての転機は、去年の暮れにやって来た。もともとロンドン カレッジ オブ ファッションでファッション デザインを勉強したグラントは、ブリクストンで開催するグループ ショーへの参加をデザイナーのビアンカ・サンダース(Bianca Saunders)に誘われたのを契機に、コラージュをもっと真剣に考えるようになった。以来コラボレーションしたパートナーは、Nikeをはじめとするブランド、ノッティング ヒル カーニバルを特集したThe Black Curriculum発行のZINE (ジン) のような地元プロジェクト、ノーネーム(Noname)その他のアーティスト、妹のマヤ・グラント(Maya Grant)とマヤのボーイフレンドによるフォトグラファー デュオMissohio、批評家兼アーティスト兼キュレーターのアリア・ディーン(Aria Dean)、フォトグラファーのアンバー・ピンカートン(Amber Pinkerton)、等々。だが彼女のもとを訪れる顧客が増え、それぞれに異なった結果を期待されるにつれ、現在28歳のコラージュ アーティストはますます深く自分の制作の本質へ沈潜していく。本や印刷物から直接、切り抜き、スキャンする。デジタル処理で縮尺を操作することは決してない。グラントにとって、ディストピアからユートピアを作り出すことは、手元にあるものを利用することに他ならない。

グラントのスタジオへ向かうとき、67番線のバスの2階の窓から青い銘板を見かけた。「雲に名前を付けたルーク・ハワード(Luke Howard)が暮らし、生涯を閉じた家」とある。こういう銘板は、英国の歴史を記念する目的で、大抵は歴史に名を残した白人男性とゆかりのある建物に設置されているのだが、このときは何かもっと広がりを感じた。下を見下ろすのではなく、上を見上げさせる何か。グラントのコラージュも同じだ。無限に形を変えながら、上昇と降下を繰り返すような雰囲気がある。グラントは黒人が辿ってきた歴史と黒人が共有する記憶を掘り起こし、大切にその意味を認識する。そんな行為と青い銘板の間には果てしない隔たりがあるようだが、頭の中でふたつが出会ったことで、私は考えた。もしかしたら、グラントの作品に登場した素材を違う目で見ることができるかもしれない、と。つまるところ、別のものに作り変えるのがコラージュなのだから。

クレア・マリー・ヒーリー:切り絵のインスタレーションで有名なカラ・ウォーカー(Kara Walker)が言ってたんだけど、紙とハサミさえあれば何かを作れることがわかってるって。そういう自信があるってことだよね。

ジャズ・グラント:100%そのとおりよ。彼女と私の作品を結び付けて考えたことは一度もなかったけど、インタビューでシルエットを使う理由を話してるのは見たことがある。あれは絵画を罵倒するためのようなものだ、って言ってた。ただ紙を切るだけなんて、最下位のアートということになってるからね。私はそういう一種粗野なところが好きなんだけど。それに私は絵がうまくなくて、いつもがっかりしてたから。私は紙を切ることで絵を描くの。コラージュなら時間を費やす意味があると納得できたし、それ以外にはありえなかった。

一時期はファッション デザインを勉強していたあなたがコラージュに行き着いたのは、おもしろいね。自分にはコラージュが向いてるってわかったとき、解放感みたいなものを感じた?

精神的にはファッションに執着してたから、すごく葛藤があった。はっきり覚えてるけど、「何か別のことをやる気はないの?」って母に言われたことがある。そのときも「どういう意味よ、ファッション以外にありえないでしょ!」って答えたんだけど、突然すっぱりファッションを手放したってことは、きっとコラージュに手応えを感じたからね。最初は、家族やボーイフレンド用のプレゼントに作ってた。ケチでしょ(笑)!

グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)とも仕事をしたことがあるわね。作品作りの面で、彼女に似てると思う?

つい最近もそのことが話題になって、同じことを言われたわ。彼女の卒業制作のショーを見たときは、これこそずっと待ち望んでたものだと思ったし、私以外にも「ようやく!」と感じた人が大勢いた。このインタビューを始める前に、ペリー・ヘンゼル(Perry Henzell)監督の『ハーダー ゼイ カム』の話が出たでしょ。あれはレゲエ ムービーの元祖って言われてるけど、私も、ジャマイカのスタイルからメンズウェアに興味を持つようになったのよ。父方の祖父母はふたりともジャマイカ人で、英国政府が労働不足を補うためにカリブ諸国からの移民を奨励した例のウィンドラッシュでイギリスへやって来た。父はロンドンの北のルートンで生まれたけどジャマイカが大好きでね、若い頃はよく「自分は国籍は英国だが、意志と気質はジャマイカ人だ」って言ってた。するとおじいちゃんが「黙れ。お前は英国人だ」。海を越えてやって来たジャマイカの人々が、この国に馴染むために変えざるを得なかったもの、祖国から携えてきたもの、祖国へ残してきたものを考えると、圧倒される思いよ。グレースの作品にはその何かがあったし、私が捉えたいのも同じものだと思った。

あなたが育った家庭には視覚的な要素がふんだんにあったの?

父は研究者で、本を書いてる。1冊目は『Negro with a Hat』。黒人民族主義の先頭に立ってジャマイカの国民的英雄になった、マーカス・ガーベイ(Marcus Garvey)の生涯を書いた本。私も16のときに読み始めたんだけど、途中で投げ出しちゃって、今ちゃんと読み直してるところ! 母はアートを勉強したの。私が生まれたのもグラスゴー芸術大学の学生宿舎だったから、2歳の頃の私はグラスゴー訛りだったのよ! 笑っちゃう。その後、父と母はまだ小さい私を連れて、ブライトンへ引っ越し。ブライトンの廃ビルで、時々、母が友だちと展示をやってたのを覚えてるけど、すごく素敵だった。小さな顔のある彫刻を作ったり、新聞を集めて、政治家の頭の部分を切り取って、その周囲に絵を描いたり。私はどういうふうにものを作ればいいのか分からなくて、難しそうだなとずっと思ってた。ファッションならと思ったけど、いつも何かに躓いて。それでも、作る人になりたいってことだけは、分かってた。母はいつでも助けてくれたし、ふたりで一緒に解決策を見つけてきたわ。

ジャズ・グラント x Missohio「Many Arif's」2020年

ジャズ・グラント x アリア・シャーロックシャヒ(Aria Shahrokhshahi)「Abdou and Ebrima」2020年

隔離という特別な今の状況で、あなたの作品には安らぎが感じられる。静けさっていうのかな。抗議の意志、抗議の視覚イメージ、群衆…、さまざまな要素が使われているのに。そういうバランスはどうやって作り出すの?

あなたが今使った言葉、好きだわ。そうね、静かな感じはバランスから生まれるのかもしれない。基本的に、バランスがとれたときに作品が完成するの。世界中にものすごい数の人間が溢れてることに、私はいつも圧倒される。なんか人間のフィルターみたいなものがあって、心の整理がつかないというか、うまく折り合いをつけられない。人間のネガティブな面にも圧倒される。だけどその反面、世界で抗議が生まれつつあるし、そっちを見ると、どうしたって多少の希望を感じる。人も人に対する私の感心も、そこから来てると思う。つまり、連帯してる感覚。慈善団体のリサイクル ショップで見つけたネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)の本にも、同じような民衆の結束が書いてあった。本当、参考になる資料は山ほどあるのよ。なかにはすごく攻撃的なのもあるけど、それは民衆が攻撃的だったわけじゃなくて、緊迫した状態に追い込まれていただけ。途方もなく残虐なものへの抗議だったからよ。かと思うと、政治的なコンサートへ行って、単純に楽しむ人たちだっているでしょ。そこには喜びもある。どちらの場合にも共通してるのは連帯、そして希望よ。大勢の人がひとつにまとまることには、とても美しいものがある。

ジャズ・グラント「Divine」2020年

人の体は、ハサミを入れないで、そのままにしておくのね。ローナ・シンプソン(Lorna Simpson)は、元に戻したときの中心の感覚を得るために、体をバラバラに分解するんだって。あなたがコラージュするときは、どんな感覚の動きがあるの?

そうね、言うなれば、潜っていく感じ。

コラージュ作品を作る黒人女性のアーティストはずっと前からいたのに、ここにきて急に注目され始めたでしょう。やたらと記事になってるし、シニカルにならざるを得ないわ。そういう人気の移り変わりとは、どう折り合いをつけるの?

自分の内面を見極めるしかないわね。1920年に始まったハーレム ルネサンスのときだって、「ここが自分たちの居場所だ、絶対に手放さないぞ」と思った黒人の若者は多かったはずだけど、1928年頃には終わってしまった。ほぼ100年前の話だけど、そういう前例を見るにつれ、いつ終わりが来るか、終点に注意しておく必要があると思う。こんなに急に注目されるとは思ってなかったし、それもこれも黒人差別に対する抗議運動が起こったからだし、あらゆる方法で黒人が命を失ったからなのよね。そういう意味で、歴史に興味を感じるわ。先を見越すことなんかできないのだから、よく考えるしかないのよ。

Claire Marie Healyは、ロンドンを拠点とするライター兼エディター。現在、『Dazed & Confused』のエディターを務める

  • 文: Claire Marie Healy
  • 画像/写真提供: Jazz Grant
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: December 10, 2020