表紙デザイナーからのメッセージ

著名ブック デザイナー、ロドリゴ・コラルが、アンソロジー『SNEAKERS』 と、プロセス、未来、視点の表現を語る

  • インタビュー: Maxwell Neely-Cohen
  • 画像提供: Rodrigo Corral's studio

過去20年、ロドリゴ・コラル( Rodrigo Corral)は数多くの本の表紙をデザインしてきた。中には、現代を代表する文学作品もある。どこの書店に入っても、必ず彼の作品を目にする。ジェフ・ヴァンダミア(Jeff VanderMeer)の謎めいたフィクションには不気味さを感じさせる視覚イメージ、 ジェイ・Z(Jay Z)の『Decoded』にはアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)が制作したゴールドのロールシャッハ、ローレン・グロフ(Lauren Groff)の『 運命と復讐』にはアクアブルーの波と白い波頭。

先月、コラルがふたりのジャーナリスト、アレックス・フレンチ(Alex French)とハウィー・カーン(Howie Kahn)とのコラボレーションで完成させた『SNEAKERS』が出版された。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、DJのクラーク・ケント(Clark Kent)、アレキサンダー・ワン(Alexander Wang)、セリーナ・ウィリアムズ (Serena Williams)など、もっとも存在の大きい60人のインフルエンサーが語るフットウェア文化のアンソロジーである。ありきたりな豪華写真集ではない。『SNEAKERS』の主役はストーリーだ。予想を裏切る斬新なグラフィックを触媒として、サブカルチャーの方向性に影響を及ぼす人物たちがプライベートな動機と履歴を語る。

今回、コラルをインタビューしたマクスウェル・ニーリー=コーエン(Maxwell Neely-Cohen)は、コラルが作品の表紙をデザインしたこともあるライターであり、友人でもある。ふたりはフットウェア、スポーツ、視点の構築、美学の今後について対話した。
対談の場所となったのは、色を塗ったテニス ボールやバスケットボール コートのスケッチなど、作業中のビジュアルが壁のあちこちに貼られている、マンハッタンのダウンタウンにあるスタジオだ。

マクスウェル・ニーリー=コーエン(Maxwell Neely-Cohen)

ロドリゴ・コラル(Rodrigo Corral)

マクスウェル・ニーリー=コーエン:『SNEAKERS』が出版されてから考えてたんだけど、スニーカーはどういう風にあなたの美学に影響したのかな。 この本ができる前、あるいは少年だった頃、スニーカーはあなたにとって、どんな意味を持ってたんだろう?

ロドリゴ・コラル:『SNEAKERS』はたくさんの人の協力で完成したけど、その人たちと同じように、僕も早くからスニーカーに惹かれたな。多分、13歳から15歳の間だと思う。ヒップホップやスポーツ繋がりで入っていったんだ。そのうち、学校へ行くときも、「こういう風に自分を見せたい」って意識するようになった。外見で何かを伝えたかった。どうせ何を着て行ったって、ほかの生徒がすぐバカにするって分かってたんだけどね。とにかくそういうわけで、ピンクのポロシャツにホワイトのKedsとかAdidasで決めてた。あらゆることを全部試したよ。Jordanも欲しかったけど、「高すぎる」の一言で両親に却下された。だけど、『SNEAKERS』に登場する人たちと同じで、「車は買えないけど、まっさらのスニーカー程度なら買える」という思いはすごく早い時期からあった。そう考えると特別な気持ちになるんだ。事実、僕なんか、望みのスニーカーさえ手に入れたら、もっと高くジャンプできて、もっと速く走れるような気がしてたからね。スニーカーはその日の服装の額縁だ。そういう感じがしばらく続いて、そのうち沈静して、それから何年も経ったけど、完全に消えたことはないと思う。謎解きをしてる感じとよく似てるんだ。ずっとどこかに引っ掛かってる。

あなたの前の世代のアーティストやデザイナーには、車のデザインに強く影響されてる人が多いと言ってたね。車はアメリカが描く理想だった。工学的な観点で言うと、スニーカーもそれに近くなったのかな。

絶対そうだよ。Jordanなんか、ほとんどフェラーリと同じ要素がある。通気システムとか…。間違いなく繋がりがある。最初の方で寄稿してくれたサリーヒ・ベンバリー(Salehe Bembury)は31歳くらいだけど、彼にはスニーカーが宇宙船に見えるらしい。だから、その点で、スニーカーはものすごく現代と関連性があるということを書いてる。みんなが未来を思い描くキャンバスなんだ。それぞれが思い描く将来ってとこかな。

『SNEAKERS』は、影響力のある人を色々な分野から選んで、スニーカー文化に関連させる形をとってるけど、その手法を選んだ理由は?

『SNEAKERS』がいいアイデアだと思った理由のひとつは、既存のほとんどの本がスニーカーの物理的な域を出ていないと感じたから。僕たちはみんなの内面にあるストーリーを語りたかった。例えば君は、「どうして僕がスニーカーを愛するようになったか」という問いかけでこのインタビューを始めただろ。僕は、寄稿者の一人ひとりからその答えを貰いたかったんだ。「あなたはどんな道を歩んできましたか」。僕が関心を持つのはその問いだ。10年前だったら、そういう次元での深さが成功したかどうか、分からない。だけど、インターネットがある現在、ただスニーカーの写真が出てるだけの豪華本なんて誰も要らないよ。ピント外れだ。

グラフィックを通してスニーカーを表現する方法には、僕が「キャンディ クオリティ」って呼んでるある種の特徴がある

『SNEAKERS』のデザインで難しかった点は? すべての内容を、どうやって二次元にまとめたの?

僕はカバーのコンセプト作りとデザインがほとんどだから、それほど本の内側のデザインはしないんだ。今回は、それぞれのセクションが独立した1冊の本のように考えるやり方に、どうしてもこだわりたかった。だから、4~5人で集まっては机を囲んで、寄稿者のストーリーを一度にひとつずつ作業していった。それを6週間、毎日続けたんだ。どれくらいもどかしいか、想像できるだろ? 60人の素晴らしい人物がいて、それぞれが語るストーリーを独立した本のように考えて、表紙のアプローチをそれぞれのセクションに応用していく。本の中身が専門の友達にそのことを話したら、全員に「クレージーだ。そんなこと無理だ」って言われたけど、僕たちの本にはそれが必要だって気がした。

でも、全体を通じて、繰り返し出てくるテーマもある。

確かに共通する脈絡がある。例えば、「がむしゃらに働く」ことを話した人が多かった。そういった、働くことに対する倫理は大きな共通点だったね。僕個人としては、いつも家族の話に戻るユー-ミン・ウー(Yu-Ming Wu)に共感したな。両親の苦労が、ウーの表情からはっきり見てとれた。だけど、『SNEAKERS』にはとても幅の広い経験が語られている。だから、素晴らしい本になったんだ。

スニーカーやスニーカーに関連したビジュアルはもちろんだけど、そうじゃないビジュアルもたくさん出てくるよね。音楽とか、スポーツとか、あるいはカルチャーを表現する抽象的なビジュアルとか…。でもどれも、どこかで必ずスニーカーと繋がっている。

グラフィックを通してスニーカーを表現する方法には、ある種の特徴がある。僕は「キャンディ クオリティ」って呼んでるんだけどね。たくさんイラストがあるし、ベクター グラフィックもたくさんある。だから、そういうものはすでに世の中に十分あるということを、先ず念頭に置いた。果たして僕たちは、違う視点を持ち込めるだろうか? 僕はグラフィック デザイナーだし、スニーカーが好きだ。だけど、駆け出しじゃないし、経験がないわけでもない。そのことをすごく自覚してプロジェクトをスタートしたと思う。出来上がる頃にはそれほど強迫観念じみてはいなかったけど、自分の視点が貴重だと思えるようになっていたよ。とても良かった。

あなたにとって『SNEAKERS』はいわばサイド プロジェクトで、この数年は、スポーツのビジュアルに関する新しい感覚を探っていたと思うんだけど、一体何を探してるのか、興味があるな。

面白いことに、僕だけじゃなくて、それを探してる人はすごく多いと思う。君だって、このあいだ写真を送ってくれただろう? ゲッティ イメージズ(Getty Images)のクリスチャン・ピーターセン(Christian Petersen)が撮ったNBA選手の写真、試合中にとてもエモーショナルに考え込んでる写真。もう単なるゲームじゃないんだ。プレーヤーにとってのゲームの意味、感情に目が向いてるんだ。僕は、花形選手の写真を使ったシリアルの箱や、完璧なダンク シュートの瞬間のポスターを見て育った世代だけど、スポーツってそれだけじゃないよね。あの後は、敗北の苦しみ、苦痛と悲嘆が強調されて、ようやく今、両極のあいだのあらゆるものに目が向くようになった。みっともない瞬間、静謐な瞬間、長いシーズン中の退屈な瞬間、緊張した瞬間。その全部だ。だけど、スポーツにビッグなビジネスの面があることを考えると、ちょっと微妙なんだ。スポーツは商品化されてるから、魅力を感じることは問題じゃないかと考えることがある。

今、あなたが言うまで、シリアルの箱が、実はすごくいいカバー デザインだなんて考えもしなかった。素晴らしいよ。

そうなんだ! とても躍動的だ。動きがある。初期のGIF画像みたいだ。静止したGIF。

以前、スポーツの要素にも、デザイン オブジェクトとしてすごく感心するものがあると話してたね。例えば、テニスコートとか。

デザイナーは、そういうものに異常にこだわるんだよ。日常的に関わる対象を、本来の背景から取り出して、新しい関係性を作るんだ。

君にちょっとした資料とコンセプトを与えて部屋に閉じ込めたら、きっと新鮮なものを作って出てくると思うよ

本のデザインを考えるとき、デジタルの時代はどういうふうに影響してる? Instagramでの見栄えとかは考える?

うん。だけど、プロジェクト次第だから、答えは「イエス」と「ノー」だな。プロセスの途中で、すごくエキサイティングなソリューションを見つけたり、何かを発見したようなときは、インターネット上の反応は二の次。だけど、例えばジョン・グリーン(John Green)みたいに、すごく商業的な期待が高い場合は、実験はしない。失敗は許されないし、スピーディに仕上げなきゃいけない。余韻のあるインパクトが要求される。結局、プロジェクト次第なんだ。だけど別に「この写真はiPhoneでどう見えるか」なんて、いつも考えてるわけじゃないよ。同じ事を言ってるデザイナーがいるかどうか知らないけど、デジタル時代は僕らが学校で習った規則を書き換えてるんだ。ロゴをデザインするときは、「黒と白の色使いでいいだろうか」だけじゃなくて、「小さく表示されてもOKか」を考慮する。

表紙のデザインで驚くのは、あなたがものすごくたくさん本を読んでることだ。

ああ、そうだね。

あなたの作品にはこのナラティブな感覚があって、ある時点では、仕事のすべてにそれが染み込んでるはずだ。マーケティング資料に目を通してロゴをデザインするんじゃなくて、深みのあるストーリーから自然にデザインのアイデアが浮かぶの?

先ず最初に、君の口からそういうことを聞くのはすごく意味がある。まだ駆け出しの頃、原稿の感想を話したら、編集者が呆れたことを今でも覚えてるんだ。僕が何かを読んで、ページに書かれたことから何かを汲み取って、僕自身の視点を持って、その視点がソリューションに転換しうる可能性を、その編集者はまったく真剣に受け止めようとしなった。その経験がずっと消えなかったんだ。「だって、それが僕の役割じゃないのか? 僕の仕事は一体何なんだ?」という疑問を感じてた。そのうち、本を読むことが期待されていない、市場に迎合してデザインする、そういう部分も業界にはあることが分かるようになった。幸運なことに、僕は実直な性格だから、そういうふうには考えなかったけどね。僕は、見て、考えて、僕自身の視点を表現しようと思った。

ずっと前、僕たちが知り合ったばかりの頃、あなたが本を読むときは本の良し悪しは考えない、その代わり「新鮮かどうか」を考えると言ったんだ。あなたの分類は「新鮮か、そうじゃないか」の2種類だし、そのどちらにせよ、批判ではない。ずいぶん前に亡くなった作家の本や権威のある古典は、当然、降って湧いたような新作じゃない。それでも君が読むときの区別は「新鮮かどうか」

その通りだよ。不思議なんだけど、もしペンを渡されて5日間で体系的に説明しろと言われても、何が派生的なものなのか、何が新しい形態の語り口を試している作家の特徴なのか、指摘できないだろうと思う。説明はできないけど、十分な数の本を読んできたから分かるんだ。作家がやっていることを、自分自身がやれって言われたらできないのに、おかしな視点だと思うけど。でも、僕はストーリーを違う何かに変換しなきゃいけないから。

逆も真なり。僕だってあなたのやることは真似できない。

僕にはそうは思えないんだ。いつになったらこの曖昧模糊とした感じが消えるんだろうと思ってる。本当に! もう20年もこの仕事をやってきたじゃないか、って自分を納得させなきゃいけないんだ。学校で勉強もしたし、何年も本に打ち込んできた。それでもなおかつ、確たる手応えを持てない! いい加減、確信を持てないものかと思う。だけど、君にちょっとした資料とコンセプトを与えて部屋に閉じ込めたら、きっと新鮮なものを作って出てくると思うよ。

本のデザインは、これからどこへ向かうと思う? 僕たちはおもしろい時代にいると思うんだ。過去10年間支配的だったパラダイム、特定の大胆な色使い、特定の配置…そういうものが文字通りこの時期に飽和状態になって、アウトプットがインプットを下回っている。 そして、僕らはそこから脱出しようとしてる。

うん。みんな自分の工房に戻って、道具を磨いて、次の動きを練ってるみたいだよ。

あなたの次の動きは?

もし分かってたとしても、教えるかな? だけど実際のところ、僕たちは作品に呼応するんだ。デザイナーとして、作品に呼応してるんだ。だから、何が語られるか、それにかかるところが大きい。トランプが勝利した選挙後の時代を語るのか? 僕たちが目にするのはどんな光景なのか? デザインはそれを反映する必要がある。

あなた自身の次のプロジェクトは?

僕たちは今、熟考の段階。まだこれから考えなきゃいけない。答えは出てないんだ。だけど、いろんな人とのコラボレーションは、ぜひ続けたいね。君とはいつ始めようか? このインタビューは抜きにして。

Maxwell Neely-Cohenはニューヨーク在住の作家。著書に『Echo of the Boom』がある

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  • 画像提供: Rodrigo Corral's studio