ドキュメント
アメリカ

ギャレット・ブラッドリーが撮影する現代アメリカの本質

  • 文: Madeleine Seidel
  • 画像/写真提供: The Museum of Modern Art、Amazon Studios

「私は、『America』はインスタレーションだと、ずっと思ってた。映像で歴史を見せるんだから」。アーティストであり映像作家であるギャレット・ブラッドリー(Garrett Bradley)はここでちょっと口を噤み、3月21日までニューヨーク近代美術館で上映される作品の、万華鏡みたいな印象を言い表す言葉を探す。「手を目のすぐ前まで持ってきたら、よく見えないでしょ。でも少しずつ離していくと、手の細かいところまで見えるようになる。歴史と現在も、それとすごく似てるわ。今を理解するためには、少し距離を置く必要がある」

『America』(2019年) 監督:ギャレット・ブラッドリー。同氏の厚意により掲載。冒頭の画像:写真 Alexander Smith

電話で話しているブラッドリーは、とても打ち解けた様子で、自分の作品を語る口調には情熱が溢れている。彼女の映像作品は、自由という言語に導かれて特定の個人を追い、ありきたりのレベルを超えた非常に私的な人間関係で焦点を結ぶ。『America』と並んで、先頃発表された『Time』は、夫の収監によって犠牲を強いられるルイジアナ州の家族を記録した骨太の作品だ。サンダンス映画祭でのプレミア試写以来、現代ドキュメンタリー映画の傑作と高く評価され、ブラッドリーは同映画祭の栄誉あるU.S.ドキュメンタリー監督賞に輝く初の黒人女性となった。1月には、ゴッサム インディペンデント映画賞で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞。次は、天才的テニス プレーヤーの大坂なおみ(Naomi Osaka)を題材に、Netflixのドキュメンタリー シリーズを手掛ける予定だ。

『America』には、歴史の再構成や回顧ではなく、アメリカは自らを省みることで進化するという視点が示されている。現在ニューヨーク近代美術館で上映中なのは、長年にわたるハーレム スタジオ美術館との提携によるものだ。今年の下旬にはField of Visionでも公開が予定されている。1900年代初期のアメリカにおける黒人の生活を夢の中の幻想のように描いた『America』の手法を、ブラッドリーは新しい「視覚イメージ」と表現している

ハーレム スタジオ美術館のアソシエイト キュレーターであり、ディレクターのセルマ・ゴールデン(Thelma Golden)と共にブラッドリーの展示を手掛けたレガシー・ラッセル(Legacy Russell)は、社会のメインストリームが自らの中核に巣食う黒人への醜悪な人種差別を見直しつつある今だからこそ、アメリカが信仰する価値観を見せつけるブラッドリーの構想とインスタレーションには大きな意義があると言う。「『America』を展示したのは、もちろん、歴史の今の時点で、非常に時宜に適った作品だからです。『America』は、集団の意識と体験を見せると同時に、歴史を映し出すさまざまな瞬間があることも教えてくれます。つまり、アメリカという国の中で、人々は数多くの異なるアメリカを生きているのです」

ギャレット・ブラッドリーによるプロジェクトのインスタレーション光景:ニューヨーク近代美術館で2020年11月21日から2021年3月21日まで展示。デジタル画像:Digital Image © 2020 The Museum of Modern Art, New York 写真:Robert Gerhardt

ブラッドリーはニューヨークで生まれた。両親はふたりともアーティストで、結婚後、時を経ずして別れた。16歳のときにブラッドリーが作った最初の映像作品は、両親の離別を分析する試みだった。母と父がそれぞれに語る事情の突き合わせであり、「カメラがなくては安心して聞けない気がした、あらゆる疑問を質す」ことができたと、『New York Times』のイスマイル・ムハンマド(Ismail Muhammad)に語っている。

ハイスクールを卒業したブラッドレーは、UCLAの映画学部で学ぶために、ロサンゼルスへ向かった。同校では70年代から80年代にかけて映像ムーブメント「L.A.リベリオン」が生まれたが、その新たな流れを先導した黒人映像作家たちの作品と彼女の作品が今や並べて論じられるのは、不思議な縁を感じる。卒業制作の時期が来ると、ブラッドリーはニューオリンズへ場所を移して、最初の長編映画となる『Below Dreams』を撮影した。ニューオリンズの経済危機にはまり込んだ20代の若者3人を描いた同作は、まだカリフォルニアで暮らしているとき、何度かニューオリンズへ向かったバスの中で他の乗客と交わしたインタビューと会話が下地になっている。ブラッドリーの親友でもあるジャーナリストのコリア・マイヤーソン(Collier Meyerson)は、2014年にトライベッカ映画祭で『Below Dreams』のプレミアを見て、自意識を潜り抜けるブラッドリーの素晴らしい能力に改めて感心したことを覚えている。「実際に顔を合わせているときも同じよ。全然見せかけがなくて、相手を知ろうとする真剣でひたむきな気持ちしかないの」

『Time』フォックス・リッチの家族(2020年)。Amazon Studiosの厚意により掲載

『Below Dreams』の撮影が終わった後の2015年、Craigslistを使ってブラッドリーがキャスティングした俳優のひとり、デズモンド・ワトソン(Desmond Watson)が逮捕された。ワトソンのパートナーのアロネ・ワッツ(Aloné Watts)がワトソンの釈放を求めて奔走する中、ブラッドリーは彼女の闘いを記録しようと決意する。そして誕生した短編『Alone』では、自分の家族にワトソンとの婚約をはねつけられたワッツが、支援の制度を探していく。最後に行き着いたのは、同じく身近な人が収監された家族のために、ルイジアナ州の腐敗と怠慢で悪名高い刑務所制度に闘いを挑んでいる女性活動家の一団だった。

この道のりでワッツとブラッドリーが出会った女性のひとりがシビル・フォックス・リチャードソン(Sibil Fox Richardson)、別名フォックス・リッチ(Fox Rich)だ。撮影を始め、ブラッドリーが「収監された友人や家族のために活動する「Friends and Families of Louisiana's Incarcerated Children」という組織に電話で問い合わせたところ、共同設立者とディレクターを兼任してるジーナ・ウォマック(Gina Womack)に、『ともかく先ず、フォックス・リッチに会うことね』って言われたわ」

映像作家としては、特定の黒人フェミニスト、南部特有の視点、家族の視点、影響と事実に絞った視点から、収監にまつわる対話を大きく広げていく方法を考えることがとても重要だった

『Time』フォックス・リッチ(2020年)。Amazon Studiosの厚意により掲載

こうして偶然に始まったリチャードソンとの出会いから、情感に溢れ、哀愁に満ちた『Time』が結実した。『Alone』と同じように、『Time』は、ルイジアナ州刑務所に収容された夫ロブの釈放に向けて苦闘するリチャードソンを追う。ロブと友達が凶器を持って強盗に入り、捕まったのは20年前のことだ。ふたりとも懲役60年の実刑判決を受け、シビル自身も従犯として3年半を刑務所で過ごした。刑期を終えたシビルは、ロブとの間に生まれた幼い子供たちが待つ家へ帰り、夫の釈放を求める長い旅路についた。それから20年のあいだに、彼女は、同じ立場の家族を支援するコミュニティのリーダーへと変身した。一方で、自分のビジネスを起こし、息子たちを育てた。全編を通じて、シビルは会合で語り、刑事司法制度の絶え間ない暴力に捕らえられた家族を支援し、官僚制度と無関心から生まれる残酷を非難する。

取り返せないものを取り返そうとして、シビルは子供たちとの生活をカムコーダーで記録し始めた。初めて学校へ行く日の朝に起こしたときの様子をはじめ、ありきたりなものから大きな意味があるものまで、生活の時々を写した映像があることを、『Time』の制作がかなり終わりに近づくまでブラッドリーは知らなかった。「Film Comment」のエイミー・トービン(Amy Taubin)とのインタビューで、ブラッドリーはこう話している。「撮影もこれが最後っていう日に『これでよし。後は編集に入るから、今度会うのは3か月後ね』ってフォックスに言ったら、『ちょっと待って。持ってきたものがあるんだ』て言うじゃない。差し出されたバッグを覗いてみたら、18年分のミニDVテープがぎっしり。最悪の悪夢と最高の夢が現実になったみたいだったわよ。撮影時間は合計で100時間近かったはずだけど、全部観たわ」

シビル自身が「監督としての権利を得た」意味で、これらのテープは非常に大きな意味があったとレガシー・ラッセルは言う。ブラッドリーの映像作品は「制作時の一種のヒエラルキーを拒否した手法の素晴らしい記録」であり、ブラッドリーとコミュニティのメンバーとの自由な共同作業に道を拓くとも言っている。そのことは、あちこちに挿入されたシビルのテープやニューオリンズでの初期の作品を形作った会話が実証しているとおりだ。シビルは「奴隷制と刑務所産業の複合体を、驚くほど鮮明に結び付けられる」人だと、ブラッドリーは言う。「映像作家としては、特定の黒人フェミニスト、南部特有の視点、家族の視点、影響と事実に絞った視点から、収監にまつわる対話を大きく広げていく方法を考えることがとても重要だった」

アーティストおよび映像作家としての自分をどう考えているかを尋ねると、自分を二元的に決めつけることはしないと言う。「アーティストを自認したり、アーティストや映像作家だと人に思われることに、たいした意味はないわ。レッテルにも、ジャンルにも、興味ないの。そういうのは、他の人が決めること。私は、作品が望む形態に従うことが必要なんだと思ってる。同じアイデアが違う形になることもあるしね」。ギャレット・ブラッドリーの映像作品がかくも本質的である要素をひとつあげるなら、それは、ストーリーとストーリーの登場人物が何よりも大切にされていることだろう。現状改革の活動を支えているのは彼らの人としての想いであり、それらがちょっとした折りに発露する。そんな些細な瞬間を掴もうとする純粋な欲求と天与の映像作りの才能に導かれて、ブラッドリーの物語は私たち全員が立ち合うコミュニティ プロジェクトになるのだ。

Madeleine Seidelは、ブルックリン在住のキュレーターでありライター。以前はホイットニー美術館およびアトランタ コンテンポラリーに勤務。映画、パフォーマンス、アメリカ南部のアートに関する記事を、『Art Papers』、『frieze』、『The Brooklyn Rail』、その他に寄稿している

  • 文: Madeleine Seidel
  • 画像/写真提供: The Museum of Modern Art、Amazon Studios
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: January 25, 2021