「ベスト」を 超える「ベスト」:SSENSEの 2016年を振り返る
SSENSEは1年前に032Cマガジン創設者のヨルク・コッホを編集長に任命し、コンテンツ、ショッピング、文化の結び付きを探るエディトリアルの制作に、新たな章の幕を開きました。そして、これまで12ヶ月以上にわたってエディトリアルを増加し、テーマ領域を拡大してきました。また、様々なフォトグラファーによる豊かな視覚イマジネーションを紹介し、アーティスト、デザイナー、建築家、ミュージシャンへの敬愛を読者と共有してきました。ここで、2016年に掲載されたエディトリアルの一部を振り返ってみましょう。
ロンドンを拠点に活動するフォトグラファー デュオが、日本を代表するウィメンズ ウェアと絵葉書を彷彿とさせる日本独自の風景をファインダーに収めました。Sean + Seng の写真には、見慣れた風景の中にも、日本の春の真の美しさが写し出されています。家路につく車の流れに反射する夕日。ラッパスイセンのような黄色に照らし出されたアパート。まるで巨大なウォーター ボトルに描かれたロゴのようにそびえ立つ富士山。ここで紹介するのは、これまで数百万もの写真に撮影され、ジオタグが付けられてきた魅惑的な風景の、Sean + Seng 流の解釈です。これが、いにしえの歴史を誇る国の、現在の日常の風景です。

フォトグラファー兼フィルムメーカーである Jamie Morgan が、伝説的な Buffalo Collective の共同創業者として手掛けた肖像写真技法とストリート ファッションを融合させ、Grace Wales Bonner がデザインしたメンズウェアの世界観を表現豊かに描き出します。Wales Bonner 自らがアート ディレクションを務めたこのショート フィルムは、彼女のモデルでありミューズである King Owusu が、2016 SS「Malik」コレクションのスピリットを身にまとって登場するビデオ ポートレートです。
TELFAR AND BABAK GO TO WHITE CASTLE
“Critique has always been a commodity. All of yesterday’s rebels are now the creative class today.” If the fashion-art complex is destined to crash into a wall of emojis and brand collaborations, then Babak Radboy is likely to be its driver. He is an artist disguised as a creative director. Or, he is a creative director disguised as an artist. His work is a puzzle, a dialectic, and sometimes a joke.

Rae Sremmurd:
「永遠にFlex Zoneの中で」
ラグジュアリーは、つまり自分が一生懸命働いた金を費やして何かを買うということ、そしてそれによって自分が幸福を感じるということだと思うよ。豪華ってことだろうね。みんなが注目して、「これは単なる子供騙しじゃねえ、紛れもない本物だ」ってなるものかな。ある人にとってはダイヤモンドのRolexかもしれないし、ある人には小さなイヤリングかもしれない。— Swae Lee
珍しさはラグジュアリーだと言うことができるだろうね。別に莫大な金をかける必要はない。超高額である必要なんてないのさ。それに大きくなくたっていい。でもどこにでもある訳ではないもの。それが贅沢品だと思うよ。— Slim Jxmmi

SSENSE初登場のMiu MiuのためにMaxime Ballesterosが選んだ舞台は、監督ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)がコスタ・パラディーゾのサルデーニャ島に建築し、そして打ち捨てたブルータリズムの隠れ家です。サルデーニャ島は、モニカ・ヴィッティ(Monica Vitti)が1960年に主演した、Antonioniの代表作「情事」の中で、ひとりの女性が忽然と姿を消す舞台となった場所です。ビーチに建てる隠れ家は、奇抜で、ひときわモダンでなくてはなりませんでした。まるでユニコーンのような彼のガールフレンドにふさわしく。そこで、Antonioniは、建築家のダンテ・ビニ(Dante Bini)にコンクリートのドームの建設を依頼しました。しかし、その完成を待たずしてAntonioniとVittiの関係に終止符が打たれたことにより、この建物は、ほぼ無人の島にポツンと取り残されてしまったのです。

最近、いっしょに育ってきた奴らのことを考えると、みんな歳をくって、ひとつのことに固執してると思うんだ。「1993年にこんな経験をした。オレはその経験について考えて、そのことを話す」って。オレもだんだん年をくってきて、まわりは「そんな新しいことやってんのか。オレは好きじゃないな」ってなるんだ。新しいことに批判的になる。そもそも新しい言語を学ぼうとしないから。止まってしまうんだ。それが年々積み重なっていく。世界は成長しているのに、ますます関わりを持たなくなってしまうんだ。

誰もが腹を立ててしまうようなセレブたちに興味がある。いわゆるソーシャライト。セレビュタントと呼ばれていたような、有名だという理由だけで有名な人たち。言うまでもないけれど、こういう名声は、何よりもその人のカリスマ性を物語るものだわ。何もしないで、ただ自分であるだけで有名になる人に対して、人々がものすごく腹を立てるのが面白いなって、いつも思ってた。わたしにとっては、そういうセレブたちの方がよっぽど正直に見える。

Edison Chenが解き明かす、
グローバル時代のスワッグ
彼らはネットで見たどうでもいいことを僕に教えてくれる。そういう時、僕は言うんだ。「おい、日本に連れてってやるから、行って実際に体験して来い」ってね。Undercoverの回顧展には、誰か連れて行くつもりだ。実際に触れるために。JPEGを見てるだけじゃ、だめなんだ。かき氷の屋台をやっている友達が香港にいるんだけど、この前、彼に聞いたんだ「美味しいの?」って。すると彼は「味なんかどうだっていいんだ。見た目が良ければ、写真がネットに上がって、商売ができるんだから」って。それは完全に間違ってるって思うよ。インターネットはツールであるべきなんだ。真実であるはずがない。「僕は40センチのペニスを持っている」ってツイートしても、それは現実にはならないからね。

僕はティーンエージャーのために作ってる。誰かと付き合っていたり、別れたばかりだったり、それか、幸せで満足してるティーンエージャー。物語りのスタイルが好きなら、それもクールだけど、僕のはだいたいティーンエージャーの感情がテーマなんだ。おう、それだそれだ! そいつを次のアルバムのタイトルにしよう。

クリエイティビティの純粋な形というのは、何も持たないことから来るんだと思う。自分が作りたいものの材料を持っていなかったり、自分の欲しい服を買うお金がないから、自分のスタイルを作り出すために自分で袖を切ったり。あとトレーニングの経験がないというのもある。僕はファッションスクールの名前をふたつ挙げることすらできないよ。CFDAが何の略語かもわからない。例えばカニエにはトレーニングの経験がない。彼に対しては、好きなだけ資金を提供しても大丈夫だよ。でももし、表現したい明確なアイデアがあるけど、その実現に必要なトレーニングの枠組みがない誰かに資金を提供したら、結果は悲惨か魔法のどっちかだ。

フォトグラファーのダンコ・シュタイナー(Danko Steiner) が、彼にとって初となるSSENSEエディトリアルのため、先行き不透明な未来の片鱗を写した。スクリーンが絶えずアップデートで溢れる現在、数分は数十年に相等する。ティーンエイジャーには犬年齢がふさわしく、彼らの知恵は数世紀に跨る。くすんだ背景に時折出現するオレンジ色の閃光。アイデンティティの不明瞭な霧。柔らかく焦点を結ばぬままにうなだれるバラの花。もはやすべてを目にした今、あなたはいったい何を夢想するのだろうか? これが氷河よりも生を長らえる青春の姿だ。

Alyxの2つの春コレクション「New Happiness」と「Love Chaos」にあわせ、SSENSEは写真家ニック・ナイト(Nick Knight) とのコラボレーションを企画した。真夜中のロンドン、通りがかる車のヘッドライトに照射されて、光反射ギアで全身を包んだ女性ライダーが街路を疾駆する。服をデザインする以前、すでにアイデアが生まれていたこのビデオ作品で、動的なフォースがファッションとテクノロジーを融合する。 ウィリアムスのデザインは「ラグジュアリーなストリートウェア」と評されるが、ウィリアムス自身が考えるラグジュアリーは、エンジニアリングと耐久性に根ざしている。
Timo Feldhaus:あなたの作品は、皮肉に丹念に失敗の姿を描くことが多いですね。悲劇なのか喜劇なのか判断し難い。
Friedrich Kunath:僕は失敗にある種のエレガンスを添える、と言えるかもしれない。恐怖を取り去ってしまえば、失敗はスーツを着ているんだ。文芸批評家のMarcel Reich-Ranickiはかつて、電社の中で泣くよりもタクシーの中で泣くほうがマシだ、と言ったよ。
そちらの方が見栄えがいいからですか?
要は、そっちの方が気分が晴れるってことだな。

東京を拠点に活躍する写真家が、表現豊かなスワイプを駆使して、新アイコンシリーズをパワーアップします。



僕が彼らの年代や13歳だった頃は、パンクやイギリスのファッションが本当に刺激的でした。Johnny Rottenのような格好がしたいと、真剣に思ってました。彼が着ているのと同じTシャツが欲しかった。「そういうものがある?」って自分の生徒に質問してみると、ひとりの女の子が言うには「あります。でもレディ・ガガみたいに生肉を着ることができますか? 私は生肉なんて無理だわ」。もう状況がまったく違うんだな、と思いましたね。たぶん、ポップ アイコンとファッションが同じではないんです。以前、ティファニーに会いに行ったとき、たくさんミュージシャンがいて、それぞれにスタイリストが付いてるのにびっくりしました。ロックバンドにはスタイリストなんていないと思ってたから。

若者は若さを無駄にすると言った者は、何かに成長したい、とにかくそこから脱皮したいと、猛烈にもがく焦りを知っていた。青春の背景には、困惑のシルエットが刻印されている。けれど、戸惑いの外見に騙されることもある。移行の時に漂う者は、自由に世界を移動する。タンポポの綿毛は知っている。自分が、溝にころがる小石よりも速く空中を旅することを。SSENSE エディトリアルに初登場のマイルズ・ホール(Myles Hall)が、10代の気だるい午後の奔放をとらえます。
