なぜこんなことに? DISの描くオバマ時代、金融危機とテクノロジー
ニューヨークを拠点とする共同体が、専制的な新時代の資本と楽観的思考について語る
- インタビュー: DIS
- 画像提供: DIS (画像および動画)、Spooky Bauhaus (ポスター)

DISの起源が、世界金融危機と大不況の副産物に繋がっているのは間違いない。私たちが共同でオンライン マガジンを作ることに決めたのは、2009年のことだった。そして、10年近く経った今になってようやく、この金融危機後の時代に対して、「オバマ バロック」という楽観的な見方をすることができるようになった。
「Obama Baroque (オバマ バロック) 」および「UBI: The Straight Truvada (ユニバーサル ベーシックインカム:ストレートのためのHIV予防薬ツルバダ)」は、世界的金融危機と10年を経た現在、その文化的、政治的、経済的影響についてDISが考察する、動画3部作の作品である。金融化という専制的権力に、私たちの家や資産、身体までもが担保に差し出されてしまう今日、「なぜこんなことに?」と問うことが必要だ。
動画「UBI: The Straight Truvada」の評論を書いた、ライターのクリストファー・グレイゼック(Christopher Glazek)がDISと語る。
DIS
クリストファー・グレイゼック(Christopher Glazek)
DIS:数年前のことだけど、ヒト・スタヤル(Hito Steyerl)と話す機会があって、そのとき彼女は歴史がどれほど均一でないかという話をしていたんだ。現に歴史は80年代にスローダウンし始めて、ついには完全に止まってしまったと。そしてどん詰まりの時期があり、当面、何も起きていなかったのが、突然、金融危機にオバマ政権、インターネットの急速な拡大という、3つの大事件が起きた。こうして、経済が完全に狂ってしまうと同時に、私たちの元にはイノベーションの波が押し寄せた。
クリストファー・グレイゼック:私たちは今、トランプ政権のせいで、そのどん詰まりの時期にいるんだろうか。トランプが生み出した渦に、私たちのメンタル面でのリソース、時間、すべてが飲み込まれてる。このたったひとつの物語と、このひとりの人間に、桁外れのレベルでカルチャーが集中しているんだ。必然的に、人々は他の何も見てはいないっていうことになる。このことは、人々が仮想通貨の取引に病みつきになっていることとも対照的だと思う。アート コミュニーティーの一角には、基本、メインのコミュニティから離れたところで、仮想通貨を毎日のように取引してる人たちがいる。それで事実上、活動を休止しているアーティストがたくさんいるけど、彼らの関心が仮想通貨からトランプへと移ったら、一体何が起きるだろうね。
私はずっとトランプ時代がファッションや映画、音楽で記録されるのをずっと待ってるんだけど、今もまだ待ってる途中の気がするんだ。多分、スタヤルが言うところの、この文化的な行き詰まりのせいだろうな。危機の時代には物事が発展を止めてしまうんだ。第一次世界大戦とモダニズムの誕生を巡る重要な学術的議論があって、これまで、モダニズムは第一次世界大戦の大惨事から生まれたと考えられてきた。でも今の学問では、モダニズムは世紀の変わり目頃にはすでに発展していて、実際には、モダニズムが第一次世界大戦を妨害し、その展開を遅らせたという考えで意見が一致している。


決して金融危機によって直接引き起こされたのではないとはいえ、当時の経済のシフトとネットワーク化された技術の成長に伴い、イデオロギー面での変質が明らかになったよね。従来型の金融のあり方が崩壊するにつれ、もっぱら投機的なアイデアがもてはやされるようになり、新しい野心的な展望の先触れとなった。起業、ギグ エコノミー、スタートアップ、シェアリング エコノミーの精神など、人は皆、自分のために働くべきだという考えだ。進歩という考えが、ソリューショニズム(解決主義)なんかの考えの中に飛び込んできてしまった。
つまり、コンデナスト社みたいな大企業で仕事を得られなければ、起業するしかないってことだよね?
そういうこと。そして、インターネットの普及により、ビジネスマンの外見も変化した。2008年以降は、例年、ますます親しみやすいものになってきている。企業の幹部たちは髭をはやして、ネクタイもしてない。
そうそう。クライアント主導のビジネスだとスーツを着るけど、今では誰もクライアントのために働いているとは見られたくないんだ。ドレスダウンは、自分のために働いていることを意味していて、それは暗に、自己充足性を表している。一方で、スーツを着ることは、誰かに従属している人のスタイルになり始めていると言っていい。「君ってドアマンなの?」みたいな。

スーツ姿の男女が、私物を詰め込んだ箱をリーマン・ブラザーズの建物から運び出していた光景は、決して忘れないだろうね。当時はニューヨークに?
いや、大学卒業後はしばらくアメリカの外にいたんだ。イギリスのケンブリッジにいた。でも最初の出来事は、リーマン・ブラザーズではなかったと思う。2007年には何もかも変わり始めていたし、実際、イギリスではもっと変化を感じていたかも。
それで2008年は、大統領選挙にすごく注目していたんだ。私にとって、現に自分の思春期の成長に関わる、トラウマになるような歴史的事件は、金融危機ではなく、フロリダ州での再集計とイラク戦争だった。2008年の時点で、経済うんぬんという観点では、多分、私の焦点は、経済そのものよりも、それが2008年の大統領選挙にどんな影響を与えるかの方だった。私はとにかく共和党に政権から降りてほしかったから、この危機は多分オバマにとって追い風になるだろうと思ってた。だから、経済が打撃を受ければ、世界にとっても良いことだろうって。その点は、私の読み違えだったが。

2008年の金融危機は、どんな社会的あるいは経済的な可能性をもたらしたと思う?それかむしろ、可能性を無駄にしたと言った方がいいのかな。
明らかに、この金融危機はオバマの頭痛の種となり、オバマ当選後に多くのリベラルや進歩主義者たちがヘマをやることになった。オバマはいくつか本当に大きな失敗を犯したよ。特に彼は、連邦政府を使って、住宅所有者が住宅ローンを借り換えられるようにするのに失敗した。今にしてみれば、これはケアレスミスだった気がするんだ。もちろん、景気刺激が不十分だったことや、医療制度改革の法案には公的保険という選択肢がなかったことなど、他の要因もある。でも、10年後の今振り返ってみると、住宅所有者の救済に失敗したのは、最大の過ちだったと思う。最終的に銀行を救済しただけで、他の誰も救済されなかった。そのせいで、金融セクターはさらに力を増し、安価な資金経路を管理し、そこから利益を受ける人たちのために、多くの機会を創出することになった。

そこでの予想外の結果について考えるなら、実際はもっとひどいよ。50年間かけて中流階級が積み上げてきた富が、根こそぎなくなったんだから。銀行は納税者の税金で救済され、ブラックストーン・グループのような未公開株を扱う投資ファンド運用会社は、所有者に対して抵当権を実行して盗み取った家を貸し出すことで、新たな「賃貸住宅社会」の計画に着手してる。彼らの「スマート ホーム」の広告がすべてを物語っているよ。後期資本主義は、実際には、すべてがひたすら悪くなる一方なのに、何もかもが良くなっているかのように思わせるんだ。実際には、手に入るものは以前より確実に減らしながら、もっと多くのものにアクセスできているよう思い込ませるんだ。
賃貸料が高くさえなければ、賃貸はそれほど悪くないと思うけどね。正直言って、私には、金融危機が、皆が思うほどには重要だとは思えないんだよ。カルチャー産業における、ミレニアル世代の雇用不安なんかに関しては特にね。金融危機は、それまでにすでに存在していた傾向を悪化させたかもしれない。でも、アート業界で働くミレニアル世代が直面している最大の問題は、私に言わせれば、実は学生ローンの借金と都市中心部での家賃の値上がりで、金融危機は間接的に関係しているにすぎない。
学生ローンを支払っているのに、家を買ったり、子どもを持ったり、子どもの教育にお金を出したりすることを考えるのは無理だしね。退職後の蓄えなんて言わずもがな。資本主義が加速する中、債務を負う人の数が増えれば増えるほど、そして借金を抱えるほど、貸す方の数は少なくなっている。
以前は皆、家の購入のために借金を負ったけれど、今では学位を買うために借金をする。問題は、学位に対する融資については規制がずっと少ないってことだ。学位というのは不動産などと違って価格の評価がとても難しいし、価値の上がる資産でもない。家を買う場合、いつか売ることができるけど、学位は売れないから。しかも、理論上その学位が授与するとされる専門的な労働スキルでさえ、売れない可能性がある。それに、言うまでもなく、既存の学生ローンに関する基準は滑稽なほど面倒だときてる。場所によっては、住宅ローンの債務はかなり簡単に消滅することができる。ただ家を捨てて去ればいいだけで、特に大きな影響も受けない。



以前、学生ローンと家のローンが現代社会における原罪であり、ユニバーサル ベーシックインカム(UBI)という望みが、資本不足の人生を送る無気力感という束縛から人々を解放するのだと言っていたよね。左派からのUBIに対する批判というのは、どういうものなの?
1つ目は、UBIは社会保障制度を廃絶する危険性をはらんでいるというもの。2つ目の批判は、1つ目に関連した懸念でもあるけど、UBIは労働意欲を削ぎ、労働運動に害を及ぼすというもの。歴史的に見て、労働運動というのは、これまで労働者階級の人々が社会の実際の権力に対して影響を与えることができる唯一の手段だった。UBIが社会保障制度の廃絶のために利用されると、つまり権利や資格を、額面の変わる小切手に置き換えるようになると、豊かなエリートは社会で今よりさらに大きな権力を握ることになりかねない。
左派からのこの批判は、右派の訴えるような、UBIは働く尊厳をむしばみ、社会のまとまりを脅かすという批判とも一致する。こう解釈すると、働くことは現代の宗教なのだとわかる。もし人生やアイデンティティを構築する仕事が存在しなければ、社会は解体してしまうだろうということだ。これに反論するとすれば、シリコン バレーはすでにほとんどの種類の仕事の価値を下げてしまっており、ある種の不平等の形はもう刻み込まれてしまっているということ。UBIは、ほとんどの仕事の価値がすでに低下してしまった世界では、自然な成り行きだよ。



人々がホームレスになることや飢餓に怯えて暮らす必要がなくなった場合、UBIによって、どの程度、人類の本当に欲するものが明らかになるんだろう?
確かに、そこでどんなことが明らかになるのかという懸念はある。その批判とは、UBIが離婚したり、ドラッグをやったり、ゲームをして暮らしたりするための道具にされるというものだ。また、UBIは人種戦争を掻き立てはしないかという懸念。現在すでに、多くの失業中の人々が、ネットで人種差別的なヘイトの扇動に、毎日何時間も費やしている。そんな人たちが毎月、政府からお金を受け取るようになったら、人種差別的なヘイトをさらに熱心に、要はフルタイムで専念させることになりはしないかって。
君がDISのために書いたこのエッセイ、「UBI: The Straight Truvada」の中で、経済面でユニバーサル ベーシックインカムが約束するものを、子宮内避妊器具による避妊や、1日1回、HIVへの感染を予防するために飲むピル、いわゆる曝露前予防投与(PrEP)になぞらえていたよね。
UBIについて調べ始めたとき、多くの批判が、エイズ感染予防薬ツルバダに対する批判や、それよりはるか以前の避妊に対する批判に、どれほど似ているかということに気づいて愕然としたんだ。当然ツルバダに対しても、似たような疑念があって、実は、このユートピアのテクノロジーのように見える薬は、超富裕層が人々を支配し続けるために生み出した筋書きなのだと考える人がいる。私の考えでは、このような批判は的外れだよ。


金融危機後の数年間、仕事は減り、予算は激減し、クリエイティブ産業にはお金を稼ぐ機会が本当にあまりなかったんだ。DISを始めた私たち7人には、時間だけはたくさんあったから、そうやって『DIS Magazine』は進化した。経済的にはなんとか生き延びた感じ。もちろん、DISで働く人は誰もお金のためにやっていたわけじゃないけど。でも、この完全な予算不足があったからこそ、結果的に、予算があった場合より面白いものが作れた可能性は高いと思う。多分、UBIがカルチャーに与える効果のひとつとして、誰もがひとつは雑誌を持てるというのがあるかも。
UBIに関していちばん好きな引用は、シリコンバレーで最も著名なUBI支持者のサム・アルトマン(Sam Altman)のものだ。UBIによって膨大な数の失業者が出るという懸念に対して、サムは「確かに、90%の人はマリファナを吸ってゲームをして暮らすようになるかもしれない。でも10%の人が何か途方もない新しい製品やサービス、新たな富を作り出すようになるのなら、なおも結果としては大成功と言えると思う」と答えている。このことが明確に示しているのは、人として生きることのいちばんの意味を起業家精神に見出し崇拝しているような、アルトマンのようなシリコンバレーの人間が、どの程度まで、圧倒的多数の人が携わっている仕事を、基本的に「役に立たない」ものと考えているかだ。いわゆる「どうでもいい仕事」なんだろうな。
誰もが自分の雑誌を始めるというのは、要は、すでにInstagramで始まっていることだよね。面白いのは、ソーシャルメディアが、ちょうど4〜5年前に実際に会話の大部分を占め始めた頃、私はこれが「オスカー・ワイルドのジレンマ」の解決に役立つかもしれないと、かなり期待を寄せていたこと。簡単に言えば、平等主義は退屈で、上流社会は楽しいというジレンマだね。これが基本的に、彼が『社会主義下の人間の魂』の中で論じたことだ。ワイルドによれば、難関はいかに富を再分配するかだけではなく、今と変わらず、珍奇な自己顕示癖にそれなりの繋がりを持っていた上流階級の感性を、文化を破壊することなく、いかに民主化するかが問題だった。ソーシャルメディアに期待できると思ったのは、これを使えば、まるで自分自身の「ザ・リアル・ハウスワイブス」の撮影クルーに追われているかのように、誰もがセレブリティとして振る舞うことが可能だったからだ。思うに、その危険性は、新たなWeb 2.0の世界、つまり『社会主義下の人間の魂』の世界においては、金持ちの上流階級が、情緒に支えられた上流階級に取って代わった点にあった。ソーシャルメディアでは、カリスマと、個人情報の過剰な公開が特別視され、意気地のない人たちは、不当に扱われる。当時は、これをかなり良いトレードだと思ったんだ。でも現在、私たちは悪夢のような、トランプによる真のTwitter政治の時代を生きている。この世界では、クリスティン・フォード教授(Dr. Christine Ford)のような人は「根絶」され、 ブレット・カバノー(Brett Kavanaugh)のように、攻撃的なふざけた奴が成功する。
UBIが実施された世界で、私たちは毎日、自分自身を主題にした渾身の動画クリップを作って過ごすのか? あるいは、公的支援があろうがなかろうが、どのみち私たちはその方向に向かっているんだろうか? 少なくともUBIがあれば、日中の10時間労働から帰宅して、その後の4時間を私生活に関するコンテンツの投稿に費やす必要はなくなるかもしれないね。

「Obama Baroque」
脚本:Sean Monahan、撮影監督:Alex Gvojic & Rory Muhlere、編集:Anthony Valdez、衣装:Vaquera、セット デザイン:And or Forever、キャスティング:Midland Agency、カメラ アシスタント:Kyle Taylor、音響技術:Joseph Watson、ヘア:Sean Bennett、メイクアップ:Ingeborg、 出演:Dese Escobar、Bailey Stiles、Milina、Syrena、Juliette、Enya、Kat、Maria、Heajin、David、Alex、Harley、Chad、Donovan、撮影場所:Pier59 Studios |制作:DIS.ART、提供:SSENSE
「UBI: The Straight Truvada」
脚本:Christopher Glazek、撮影監督:Alex Gvojic、編集:Anthony Valdez、Post-Production:Rory Mulhere、音響技術:Rob DeBruin、ヘア and メイクアップ:Marcelo Gutierrez. 出演:Christopher Glazek、Ada O’higgins、Judith Lados、Justin Backus、Chris Gonzalez、Gabrielle、Becca、Hope、Yvesmark、Jeff Moorhead、Abigail | 制作:DIS.ART、提供:SSENSE
「A Good Crisis」
SFX メイクアップ:April Towne、Styling Assistant:Greg miller、出演:Brett Benowitz
- インタビュー: DIS
- 画像提供: DIS (画像および動画)、Spooky Bauhaus (ポスター)