書き下ろし短編シリーズ:ジェニー・ツァンの496語
一足のブーツから、ニューヨーク在住の「Sour Heart」作者が物語る
- 文: Jenny Zhang
- 写真: Jenny Zhang

新たにスタートする「書き下ろし短編シリーズ」のアイデアは、いたってシンプル。SSENSEの依頼を受けた作家が、SSENSEのサイトから500ドル以下のアイテムを1点自由に選び、写真に撮り、そのアイテムにインスパイアされたストーリーを500語以下で書き下ろす。
躓き
彼女は履き心地の悪い靴で歩き回ることにすっかり慣れていたので、履き心地の良い靴は、むしろ問題をひき起こした。安定感が彼女を混乱させたのだ。そもそも、彼女から苦痛を取ってしまったら、一体何が残るだろう? 大きな哀れっぽい無の存在だ! 彼女の周囲の裕福な人たちは、少なくとも彼女の見る限り、新品を着古すことはなかった。よく使い込んだものしか、目にすることはなかった。使い込んだのは彼ら自身なのか、あるいは他の誰かか? 彼女はちょっと考えて、他の誰かに違いないと結論する。なにせ彼らは、何でも誰かが代わりにやってくれる階級だ。実際、栄養の行き届きた体にまとった、もっといいのは欠乏感を味わうためにあえてやせ細った体にまとったボロほど、贅沢に見えるものはなかった。
彼女が手にした最初の高価な靴は、フロントに3つのメタルのバックルがついた足首丈の黒いブーツだった。彼女はそのブーツを酷使してみた。わざと足を引きずって歩いたり、汚らしい水たまりに踏み込んだりして、ついにブーツはくたびれた姿になったが、それでもなお、どこかしっくりこないものがあった。アシュリーはそういったことを気にせずにはいられないたちなのだ。それがまた彼女を貧乏くさくし、身分の低い出自をさらけ出した。

画像のアイテム:ブーツ(Toga Pulla)

画像のアイテム:ブーツ(Toga Pulla)
結婚した後、彼女はひどく目眩がするようになった。症状は激しく、いつ何時崩れ落ちるか分からなかった。夫のベネットは、ぐったりと倒れた彼女の姿が格別美しいと思った。ぐらりとふらつく様子も魅惑的だった。そういう事態が発生しているとき、快楽が罪悪感に勝って、ただそばに立ち尽くしていることもあった。あるとき、彼女は前歯を2本折り、履いていたブーツは空中へ投げ飛ばされた。きっと誰か違う人が履くことになるわ、と彼女は思った。これと言えるほどお金のない家庭の、妄想に惑わされた少女にあげればいいわ。まさしく彼女がそうだったような少女に。
この上ない喜びに打たれたベネットは、彼女のそばに膝をついて、彼女の頭を搔き抱いた。「とてもとても愛してるよ。知ってるだろう?」 もちろん、彼女は知っていた! 彼女の体がくず折れると、彼は英雄のような気分を味わった。ともかく、見苦しい様が醜いものとして映るのは、貧しい者のみにあてはまることを、身分の高い夫に嫁いだアシュレーは理解していた。以前は忌まわしいことだった多くのことについて、それは真実だった。例えば、盗むことは今や政治的な行為だった。
彼女の母親は感染した歯が原因で死んだ。父親はしつこい咳が続いた挙句に死んだ。でもアシュレーは生きるだろう。アシュレーには健康保険があるし、資産家の家庭に生まれてさらに資産を増やであろうす男と法的な関係を結んでいる。初めてベネットに会ったとき、アシュレーはパーティに連れて行かれた。そこにいる人々は誰ひとりとしてまったく働かないか働くとしても2時間程度、残った時間はアートを創造したり、社会運動家として活動したり、3人から6人くらいを相手にロマンティックな関係を掛け持ちしていた。上下関係のない反国家統制的アプローチによって賃金労働から解放された結果、人々はどういうわけか自由な性的行為にいそしむようになった。パーティが終わる頃には、アシュレーは「行動! 理論より行動! 行動に移すべきよ」と叫んでいた。その夜まで耳にしたことさえなかったそれらの言葉が何を意味するのか、アシュレーはよく分からなかったが、みんなが笑っていた。
「どうやって私がここへ行き着いたか、知りたくない?」と、欠けた歯の間から血を吐き出しながら、アシュレーは夫に尋ねた。
彼は顔を輝かせて「いや」と答える。 気にかけないことがロマンスの極みだと思いながら。
ジェニー・ツァン(Jenny Zhang)の作品:短編集「Sour Heart」、詩集「Dear Jenny, We Are All Find」
- 文: Jenny Zhang
- 写真: Jenny Zhang