ロサンゼルス コンクリート最前線

事故車から壊れた電話へ

  • 文: Hannah Bhuiya
  • 画像提供: VENUS, New York and Los Angeles

「ロサンゼルスは歴史の浅い都市ではない。むしろ、20世紀で最古の都市、集団的想像力が作り上げたトロイのような街だった。我々のもっとも深奥な夢の根底にある流れは、ガソリンスタンドやハイウェイといった過去の遺物と混ざって層を成した」

— J. G. Ballard
「女たちのやさしさ」

1987年、イギリス人作家J・G・バラード(J. G. Ballard)は、彼の半自伝的小説を映画化した、スティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督作「太陽の帝国」のプレミア上映に参加するため、ロサンゼルスにやって来た。そして瞬時にして、天使の街を過去と現在のあるがままに見た。パラダイス的であると同時にパラノイア的な街、陰湿な夢を見る漆黒の都市、不定形に揺らぐ様々な幻影。記録によれば「あらゆるところが好きだった。すぐに寛いだ」。広大な大陸の最果てにあるこの街の、長大な灰色のハイウェイをついに体験したのは、アメリカの車文化の宿命的な魅力にずっと釘付けにされてきた男だった。1970年、挑発的なアートのステートメントとして、バラードは本物の事故車を展示した。展示されたのは、最後を迎えたときの血痕や破片の損傷を残したままの車だった。1973年には、路上での誘惑的な破壊行為に執着した衝撃作「クラッシュ」を執筆し、後にデヴィッド・クローネンバーグ(David Cronenberg)によって映画化された。そして1974年には、ロンドン中心街にあるウェストウェイ高架道路の下で孤立した男を描いたポストモダンのロビンソン・クルーソー物語、「コンクリート アイランド」が続く。コースを外れて新しい生活を楽しみ始めた主人公は洗練と教養を次々と脱ぎ捨て、颯爽たる建築家から、燃え尽きたジャガーの横で割れたボトルのワインを飲む、ぼろぼろのスーツ姿の怠け者に変容していく。

そして2017年、私たちが縁石に乗り上げて停車したのは、ダウンタウン ロサンゼルスのサウス アンダーソン通り601。そこヴィーナス ロサンゼルスでは、「コンクリート アイランド」という言葉をパワフルに解釈したグループ展が開催されている。30人の参加アーティストのうち、28人はLAが拠点だ。「面白いのは...」キュレーターでありギャラリーのディレクターであるアーロン・モールトン(Aaron Moulton)は説明する。「...もともとはJ・G・バラードの小説をテーマにした展示が、実際には思弁的実在を表現した作品になったことです。私たちのプレスリリースでは、『展示です』とは言っていない。『ようこそコンクリート・アイランドへ』と表現しています」

「コンクリート・アイランド」には、ロサンゼルスと明確に結びつきのある側面以外を探求した作品が選ばれている。「人類学的な鏡にLAの美的文化を映してみよう、と思ったんです。LAの文化アウトプットにまつわる陳腐な落とし穴じゃなくてね」。その結果は、LAの影の世界、有名なランドマークに挟まれた境界の空間、誰もが通過せざるを得ないにも関わらず、せいぜい「渋滞箇所」としか表現されない中間領域の小宇宙旅行だ。アーティストたちは、預言者かスパイのように、表層のすぐ下で沸き立つ活動を記録し、この都市で発生するエントロピーの循環から「財宝」を引き出す。

しかし、何が、誰が、どこか、実在のロサンゼルスなのか? 「コンクリート アイランド」展をみた後は、以前と同じようにこの街を見ることは二度とないだろう。どの象徴的なシンボルにも、すでにその起源に存在した影があることを理解するだろう。ハリウッド サインは、急勾配の丘を宅地として売り込む野心的な看板だった。ハリウッド大通りの星型プレートは、とうに全盛期を過ぎた通りのさらなる衰退を喰い止める試みだった。ベニス ビーチの過剰なスタイルは、真にカウンター カルチャーであった時代の名残に過ぎない。豪奢なシャトー マーモント ホテルやサンセット タワーでも、少し前から荒廃が始まり、俳優たちが薬物を過剰摂取する場所になった。マリブで波に乗るサーファーたちは、今やIT富豪ばかり。ヒッピーではない。ロサンゼルス リバーは、1938年にコンクリートで「舗装」され、姿を消して久しい。(有害な)シルバーレイク貯水池は、何年も水枯れの状態が続く。夕陽の色すら天然ではない。大気汚染のかすみに存在する化学物質が光を屈折させるから。ギャラリーを後にしたら、グリフィス天文台にあるジェームス・ディーンの胸像付近まで車を走らせ、ツアーを締めくくろう。太陽が沈み、電光が格子状に燦然と輝く広大なLAが目前に立ち上がる様を眺めよう。大通りも並木道も、点滅する信号の中に縁取られた長い線になる。これこそ、コンクリート シティーの全容だ。

  • 文: Hannah Bhuiya
  • 画像提供: VENUS, New York and Los Angeles