女になれるほど 男らしい男

イギリス人アーティスト、ジュリー・ヴァーホーヴェンの頭の中とスタジオの中

  • インタビュー: Jina Khayyer
  • 写真: Ellie Tsatsou

ロンドンのエレファント&キャッスル駅。スタジオのドアベルは故障中。その横に貼りつけたポストイットに手書きの電話番号。ジュリー・ヴァーホーヴェン(Julie Verhoeven)が自らドアを開けてくれる。背が高く、深い暖かい声。彼女の名前を耳にしたことがない人もいるかもしれない。しかし、彼女の美しく詩的な描画、紙に描いたグワッシュ画、インクのイラストレーションの特徴的な筆使いを、大多数の人は、目にしたことがあるはずだ。イギリス・ケント州に生まれ、ロンドンを拠点に活動しているヴァーホーヴェンは、もともとファッション デザイナーとしての教育を受けたが、イラストレーターとしてキャリアをスタートさせ、「Vogue」を始めとする雑誌、Louis Vuitton、ChloéVersaceなどのブランドとコラボレーションを重ねた。仕事の中心は常に描画だが、現在の活動は、彫刻、アッサンブラージュ、インスタレーション、ビデオ、と幅広い。

彼女のスタジオに足を踏み入れるのは、多彩な要素を取りむ彼女の頭に入り込むような気分だ。棚で囲まれた空間には、シュールリアリズム好きを反映した本や雑誌が溢れている。大量の塗料やコスチュームがうず高く積まれている。彼女の作品は、むきだしの生々しさと困惑するほどの官能性とパワフルな色彩や質感の組み合わせである。作品が散在したようなインスタレーションは、ポップ カルチャーのあらゆる産物の衝突を演出する。すべての作品には、フェミニズムや階級の平等に根差す政治的な側面がある。愉快なインスタレーションが私の目をとらえる。おっぱいの形のアイマスク。放り出されたペニスのドレス。イギリス最大規模のフリーズ アートフェアをもじったフリーズ ファートフェア(ファートは放屁の意) トイレットペーパーは「The Toilet Attendant… Now Wash Your Hands Frieze(トイレの清掃員…さぁ、手を洗ってください)」と題したインスタレーション兼パフォーマンスからの作品。たくさんの描画やスケッチといっしょに、虹の切り抜きが置いてある。先ごろ、大好きな自然現象である虹から、Marc Jacobs2017年春夏コレクションに登場するプリントを制作した。

私たちの対話で、ヴァーホーヴェンは実存主義を披瀝し、マナーに対する特別な関心を説明した。

ジナ・カイヤー(Jina Khayyer)

ジュリー・ヴァーホーヴェン(Julie Verhoeven)

ジナ・カイヤー: 先ずは、私が作ったカード ゲームで始めたいと思います。質問に正直に答えて下されば、あなたがどういう人物なのか判るはずなんです。題して、「真実か挑戦か:カイヤー・アンケート」。では、最初の質問です。あなたは誰ですか?

ジュリー・ヴァーホーヴェン: 私はジュリーです。

今いる場所は、あなたがいたい場所ですか?

物理的には、イエス。

あなたの正反対は?

リラックスしている状態。

あなたは幸せですか?

そこそこ。

幸せとは何ですか?

満足していること。

あなたにとって、今いちばん大切なことは?

気が変にならないこと。

恐れや常に心の中で膨らみ続ける不安に、どう対処しますか?

あらまあ、とにかく飲むことね。アルコールよ!

逃避を考えることはありますか?

よく知ってるわね。あるわ、いつもよ。

どういう逃避を想像しますか?

それは、死しかないんじゃないかしら?

新しい夢はありますか?

いいえ。隠れたいだけ。隠れることって、夢に入るかしら?

あなたにとって愛とは?

妖精みたいなもの。

もっとも深刻な変化は何ですか? 体は別にして。

今は、前よりずっとひねくれてるわね。昔は、まったくの楽観主義者だったの。どうしてこうなったのか分からないわ。自分でも好きじゃない部分よ。

最後のカードです。今までに学んだいちばん大きな教訓は?

すぐにやること。人生長くはないから。

私は、あなたの展示会のタイトル「Man Enough To Be Woman(女になれるほど男らしい男)」が好きなので、この記事のタイトルに選びました。女性になるというのは、どういう意味なんですか?

主体性よ。私は男性に嫉妬しているの。私にもペニスが欲しかった。男って、ペニスなんておかしなものが付いてるから、あんなに自惚れてるんだと思うわ! だから、やたらに突進するのよ。

もうひとつ、私の好きな展示会のタイトルは「Feathers Up My Arse(私のお尻をくすぐって)」。これは何を指しているのですか?

女性が肛門について話すのって、すごく面白いと思うの。普通はしちゃいけないことになってるけど。肛門ってかなり笑える要素じゃない? アートの世界のことも指してるの。受身で鈍感なアートの世界。今もすごく男社会のままだわ。だから、あの人たちのお尻の穴をくすぐって、気に入るかどうか試してみたわけ!

あなたの作品は礼儀を守ることを促していますね。あなたにとって、マナーは大切なことですか?

私はいつもマナーを考えてるわ。とくに、公衆のエチケット。公共の場での振る舞いで、その人の人となりが全部判るのよ。実際に、バスや電車やタクシーで人の行動を観察するのが好きなの。通りを歩いているとき、どう振る舞ってるか。公衆トイレの中ではどうか。「The Toilet Attendant… Now Wash Your Hands Frieze(トイレの清掃員…さぁ、手を洗ってください)」は、フリーズ アートフェアでやったプロジェクト。会場のトイレで、入ってきた人とインタラクションしたパフォーマンスよ。トイレを飾って、私は清掃員の仕事をしたわ。

It has to be death, doesn’t it?

どうしてですか?

トイレの清掃員という仕事にハイライトを当てたかったから。トイレ清掃員とアーティストには、似ているところがたくさんあると思ったの。アーティストとしての人生は、大半が脇役よ。ずっと無視されてる。それに、アート界にも馬鹿げたヒエラルキーがある。

本物のトイレ清掃の人たちは、どう反応しましたか?

私はちょっと考えが甘かったわ。本当の清掃の人たちはいないだろうと思ってたのに、実際にいたの。彼女たちが仕事をする環境を目の当たりにして、私はゾッとしたわ。腰を下ろす椅子さえないんだから。勤務時間中は、鏡と洗面台の後の狭苦しい場所に詰めてるのよ。予備のスタッフなのは嫌だったから、立派なトイレ清掃員になろうと頑張ったわ。やることがたくさんあった。片付けも大変だったけど、いちばんは見張りね。

どうして?インスタレーションを盗む人がいたんですか?

そう。見張ってないとね。一度、注意していなかったら、グルー ガンが盗まれたわ。用もないのにたむろする人に注意しなくちゃいけなかった。アルコールが切れると、トイレに来る人も少なくなるの。面白かったわ。想定外のことも色々あったし。そうそう、私、カーペットの色も変えてたの。男性トイレにピンク、女性トイレにはブルーのカーペット。女性トイレにはおっぱいのサイン、男性トイレにはペニスのサインが付いてるのに、みんな、すごく混乱するの。あんなにステレオタイプな性別の色分けに引きずられるなんて、思いもしなかった。いちばん好きだったのは、マナー ウォッチング。公衆トイレという場所で、人がどう振る舞うかを観察すること。

あなたの作品には政治的な側面がありますね。フェミニズムや階級の平等に根差した作品がたくさんあります。ファッション業界とコラボレーションするとき、自分の信念をどう表現しますか?

Marc Jacobsとのコラボレーションでは、グラフィックに気を使い過ぎないようにしたの。特別必要のない男根像や家電をこっそり忍び込ませたわ。

洋服を紙のように扱うのは、どういう点が刺激的ですか?

洋服を紙のように扱うのは、どういう点が刺激的ですか?

あなたは自分のスタイルを「手頃なパントマイム」と表現していました。あれは、どういう意味ですか? あなたの個人的なスタイルのことですか? それともアーティストとしてのスタイルのことですか?

両方よ。洋服にも画材にも、たくさんお金を使えるほど予算がないもの。私は、ちょっと変な、メロドラマっぽい、なんだか芝居がかったものを買うのが好きなの。ちょっと外れた、少し違和感のあるものが好き。私の存在自体が、ある意味で実験。朝お化粧をしているとき、時々自分でも笑っちゃうの。「もうできない」って思う。でも「どうにか頑張ろう!」って自分を勇気付けてるのよ。

仕事場へはどうやって行くのですか?

徒歩8分。

その途中で、1日に何回変な顔で見られますか?

ここの通りなら心配いらないわ。ここの人はみんなちょっと変わり者で、問題を抱えてるから。でも、私の気分次第ね。気分が良くないときは、誰も見たりしないの。嫌な反応が目に入っちゃうかもしれないから。でも気分が良いときは、喜んでみんなを見るの。どんな反応が返ってきても、気にしないわ。

ひとつ色を選ぶとしたら、何色ですか?

ちょっと言うのが恥ずかしいけど、ピンクよ。

  • インタビュー: Jina Khayyer
  • 写真: Ellie Tsatsou