インスタ映えの彼方で現実とVFXが交わるとき

クリエイティブ・デザイナー、ポリーナ・ザクが、Sila Svetaとレイブ文化を取り入れたドレイクの「Scorpion」ツアーを語る

  • 文: Whitney Mallett

「今では誰もが『没入型の体験』を求めているわ」とポリーナ・ザク(Polina Zakh)は笑う。「私の方は、あら本当? でもその言葉は使わずに済ませられない? って感じなんだけど」。彼女の笑いは、ここ数年間、言葉が無意味化するまでに、この流行フレーズが使い倒されてきたことを如実に表している。とはいえ、この包括的な言葉こそ、3Dマッピングやレーザー プログラミング、インタラクティブ インスターレション、セット デザインを専門とする、ニューヨークとモスクワに拠点を置くデザイン スタジオ、Sila Svetaの副社長として、ザクが取り組む未来志向の仕事をまとめる言葉であるのは間違いない。ザクは、こうした経験が熱望される背景には、「今では誰もがiPhoneにかかりきりで、コンテンツを必要としている」事実があると説明する。高い確率で、あなたも携帯でSila Svetaの作品を見かけたことがあるはずだ。ドレイク(Drake)の「Scorpion」ツアーのInstagramで投稿されていたように、今年の夏、クリティブ ディレクターのウィロ・ペロン(Willo Perron)のによって連れてこられた彼女たちは、コンサートで毎晩繰り広げられる、大掛かりなVFXを実現した。また別のスナップ写真見ると、2017年のメットガラでは、Vogueのためにゴードン・フォン・シュタイナー(Gordon von Steiner)と共同で川久保玲にインスパイアされたビデオ ブースを製作している。

こうしたマルチメディア作品の中心には商業とアートの均衡があり、さらに、オンラインでの見え方と現実世界における体験のされ方の間のせめぎ合いがある。Sila Svetaのクライアントにはブランドだけでなくアーティストも含まれ、その仕事は、企業イベントや製品のローンチ、また美術館やレイブで取り入れられる。そして当然のことながら、私たちはこれらの作品を、携帯スクリーンを通して見ることになる。「ブランドは常にインスタ映えする瞬間を求めている」とザクは言う。「でも、人々がこうしたインスタレーションをただInstagram目的にしか考えていないのは、少し癪に障るわ。実際にその場に来れば、マジ?ってなるはず。考えているものとは全然違うから」。ザクにとって、その空間に足を踏み入れた観客にアッと言わせることは、極めて重要だ。「それが私にとって最高の褒め言葉ね。それがInstagram上でも再現できるなら、いいわ、やりましょう」

ロシアで生まれたザクは、子ども時代はサンクトペテルブルクで育ち、一時期、サンフランシスコでも過ごした。だが最終的に彼女がアートとビジネスを学んだのは、ロンドンのSotheby’sだった。そこで現代美術のディーラーをしていた2015年、彼女は、モスクワでSila Svetaの創業者、アレクサンダー・ウス(Alexander Us)とアレクセイ・ロゾフ(Alexey Rozov)に紹介される。3人は、エルフのコスプレイヤーが集う「真夏の夜の夢」のレイブ イベントを企画していたアーティストの友人を通して知り合った。アート ディーラーだったザクは、自分の仕事がクリエイティビティと市場を結びつけることができるという点に関して、時に、当惑されることがあった。「皆に『こんな商業的な場所にいて、どうしてアートのためにやってると言えるの?』って言われてた」と当時を思い出す。「でも私は、『何を言ってるの? 私はエモーションを売ってるのよ』って答えてた」。ザクは現在のSila Svetaでの仕事も、基本的に同じだが、若干異なると考えている。「人々にエモーションをもたらすのが私の仕事。ただ、方法が違うだけ。今は、人が空間に足を踏み入れると、『うわー!どうすればこんなことが可能なの?』って感じね」

ある空間に足を踏み入れて、そんな感動を得た、もっとも思い出深い体験はどんなものだろうか。ザクにとってのそれはディズニーランドだった。「私が5歳か、6歳のときで、ライオンキングのパレードがあったの。あれは、今でいうところの没入型の体験だった。実際に映画の中にいるような気分だったわ」。他にインスピレーションとなったのは? 「建築にとても興味がある」とザクは答える。「ロシアの教会はかなり強烈なのよ。正教会の教会建築は、どこも金ピカで、内装がそれは美しいの。個人的には、教会はあまり好きじゃなけど、あのエネルギーを感じに行くのは好き」

教会の壮麗さというのは、WiFiや第4世代のネットワークが存在する以前の、没入型の体験を思い出すにはぴったりのものだ。だがやはり、100個のVRゴーグルを用いたAudiのローンチであれ、年越しイベントであれ、ブラックホールの中に落ち込んでしまいそうに見えるプロジェクション マッピングであれ、Sila Svetaの作品の大きな特徴は、スマートフォンに取りつかれた昨今の風潮を体現している。Sila Svetaは、常に記録を続けずにおれない私たちの衝動を満たしてくれる。それは、この瞬間を生きることは不可能だという考えや、インスタの投稿に気を取られて何かを純粋に経験することなど不可能だという考えを補強するものに思えるかもしれない。だが同時に、これら拡張現実技術を使った光のショーや、最新のハイテク技術を使ったクリエーションは、そのあまりに現実離れした美しさのために、たまには携帯のスクリーンから目を離し、上を見上げてみようかという気にさせてくれるものだ。

レイブ カルチャーはSila SvetaのDNAにしっかりと刻み込まれているものだ。ザクに出会って意気投合してから、Sila Svetaの創業者たちは、モスクワで、今は使われていない工場にあるナイトクラブの中にスタジオをオープンした。このクラブは、彼らが実験的なプロジェクションをクラブで行うことを交換条件に、オフィス空間と食べ物を提供してくれたのだ。レイブの特徴は体験が作り上げられる点にあるとザクは説明する。「空間自体が異なるものでなければならないの」と彼女は言う。「インスタレーション、ライト、うるさい音楽、そして人々。これらすべてが、普段の生活から離れたものであるとき、そこに集った人々は心を通わすようになる。その空間の中にいると、自分の感情と繋がれる感じがするのよ」

学生時代、ザクはコミュニケーションと言語学を学び、異文化に触れる空間としての美術館についての論文に取り組んだ。これらの作られた環境が与えるインパクトについて深く考えることは、ザクが今日行う仕事にとって重要な基礎となったようだ。時にはそれが、実際の美術館でのプロジェクトで役立つこともあった。そしてその関心は常に、どのようにして抽象的概念と感情を3次元の空間に読み替えるか、という点にあった。今日の彼女の仕事に、学んだことがどのようにつながっているかについて、「今やってるようなことを考えたことは一度もなかった」とザクは話す。「でも[私がアートの世界に入る前から]、私は常にこうした空間に対して人々がどのような反応を示すのかに、好奇心をそそられていた。どうすれば、人々の知覚に影響を与えられるだろう? 美術館に入ったら、人はどんな香りを嗅ぐのだろう? ってね」

ここ数年で、美術館の空間は適応し、よりオープンで心地よい場所になったとザクは言う。「子どもの頃は、美術館に行くというのは、文字通り、保守的な空間に足を運ぶということだった。ちょっとでも早く見て回ると、皆が『何やってるの?』って感じでね」と昔を思い出す。「ロシアの美術館の警備員ってすごく面白いのよ。こんなバブーシュカをかぶってるの。その辺におばあさんたちが座っていて、全員があなたのことを見張ってる。そんな場所でどんな体験をすると思う? 自由には程遠いものよ」

今年はザクとSila Svetaにとっては重要な年だった。8月12日のカンザスシティを皮切りに始まったドレイクのツアーで見せた彼らの仕事は、ポップスターのスタジアム コンサートに私たちが期待するビジュアル エフェクツの基準を、一気に押し上げるものだった。コンサートのステージは3Dのサソリに形を変え、バスケットボールのコートになり、iPhoneのスクリーンになり、亀裂の入った氷になり、ドロドロの溶岩になった。さらに、ビジュアル エフェクツはNotchを利用したBlackTraxという人間の動きをトラッキングするソフトウェアで、ドレイクの動きにリアルタイムで反応することができた。事前に録画したエフェクツを使わない、この即興的な要素を強調しつつ、「こういうことをするには、アーティストとクリエイティブ ディレクターにかなりの勇気が必要よ」とザクは言う。そして、この43回にわたるライブで70万枚近くのチケットを販売し、彼女たちは幅広い観客に対して、最先端の体験を提供した。「これほど多くの人が、現代のテクノロジーの美しさを生で見られるというのは素晴らしいことだわ」とザクは話す。

ドレイクのステージが公開されて数週間後、ザクはバーニングマンのため、ネバダ州の砂漠へ向かった。携帯電話から離れて休息する時間が絶対に必要だった。この埃っぽく、電気や水道のない、カーニバルのような儚い都市を訪れるのは、今回が初めてだった。ここでは、毎年のように干上がった湖底の真ん中に人々が集まり、ヒッピーとスチームパンクを合わせたようなフリークショーが繰り広げられている。「4日目には、私は本当に落ち込んでいて、ああ、まだあと3日も残ってるんだって、すごくイライラしてた。でもそれから、なんとなく諦めて、あの空間に溶け込んでいったの」と話すザクは、気づいたら、普段はまったく好きでなかったヨガをしていた。そして、ペアになって信頼関係を築くアクティビティに参加し、目を閉じて踊っていた。「やっと自分自身に戻れた気分だった。私にとっては強烈な1年だった。本当にすごく強烈だったの。でもようやく、周囲にノイズがない、自分だけの空間を見つけた」。この感覚は彼女の中に残った。そして彼女はこれをSila Svetaの没入型の環境の中で引き起こしたいと思っている。「体験の中で、観客の皆にもっと自分自身に集中してほしいの」

  • 文: Whitney Mallett
  • 翻訳: Kanako Noda