ロー・エスリッジの忘れられた隣人たち
ニューヨークの写真家と、人、アート、商業の引力を解明する
- 文: Zoma Crum-Tesfa
- 画像提供: Mack

アーティストであり写真家であるロー・エスリッジ(Roe Ethridge)は、現代世界でますます分化の度を増す役割のどこかに、自分の居場所を見出せることを示す。過去20年で名を広めたエスリッジは、かつてアイデンティティと商業を等記号で結ぶ文化の元凶とみなされたものを、新しい意味が芽生える肥沃な土壌へ反転することで、成功を手にした。「僕が素晴らしいアイデアだと思っても、ほとんどの場合、世界と関連させてみたらどんどん悪いアイデアに思えてくるんだ」。エスリッジは言う。「僕の場合、物と物を並べたほうがもっと良い意味が生まれる」。これまでの活動は、ファッション写真だけでなく、アーティストとして制作した展覧会や書籍にも記録されている。新旧の写真を大雑把に分類した最新の著作「Neighbors」には、海岸での家族旅行から、ぶどうを食べるパメラ・アンダーソンや、田舎の素朴な動物までが登場する。空に浮かぶ朧月のロマンティックな存在を中心に構成されたこの写真集は、私たち自身、私たちの家庭、私たちの忘れられた隣人の衝突し合う引力を検証する手段だ。

「僕は、15年ほど、自分で遁走モードって呼んでる状態で仕事をした」。ファッション写真家として活動した時代を振り返って、エスリッジはそう語る。遁走状態では、しばらく健忘的な徘徊が続いた後、出発した場所から遠く離れた別の場所で意識を取り戻す。以前のアイデンティティ、シンボル、言語からの解離は、新たな言語やハーモニーが発展する余地をもたらす。脱構築の自由だ。

「Neighbors」を制作する前、2015年の暑い夏にエスリッジは髭を伸ばし始めた。理由は彼にも分からない。いわゆる写真家のスランプの状態だったので、地に足がつくのではないかという期待から、雑草の写真を撮り始める。「身の回りに何があるだろう?って考えたんだ。そしたら、雑草ってやつはどこにでもあって、すごくエネルギッシュなんだ」。髭は、詩人ウォルト・ホイットマンへの敬意であり、彼自身の変装でもある。そして、彼の息子は黄金の龍に変身する。




「どんなポートレートでも、被写体は、何らかの方法で何らかのマスクをつけている。見る者を遠ざけて、私的なストーリーを隠す方法なんだ。これは正式な写真なのか? それとも、何かを語りかけているか?」

「もし何かに嫉妬するとしたら」と、エスリッジは言う。「それはテレビだな」。月が地球の周りを回転して、地球が太陽の周りを回転する、っていうのは誤解だ。実際には、すべての物体は共通重心の周りを移動せざるをえない。では、共通重心をばらばらに引き離したら、どうなるか? 月と地球の共通重心は、地球の表面から1600キロの地下にある。この遠心力が、水の極性や潮流、大気の乱流を引き起こす。小道具や照明台を始め、写真の錯覚を作り出すその他の道具類がしばしば登場するエトリッジの写真は、滑らかなもの、艶やかなもの、笑顔を引き剥がしたとき生じる部分に目を向ける。良い写真がすでにもう全部撮られてしまったのなら、それらを解体する力に注目してもいいではないか?

先ず「Double Bill」シリーズの一部として展示され、次にジェントルウーマン誌に掲載されたこの写真には、スタジオに束の間存在する物とファッション オブジェが混在している。エスリッジは、小道具担当のアンディ・ハーモン(Andy Harmon)にこの作品を捧げた。多彩なオブジェの集合を見る限り、あらゆるものをミックスしたピザを焼くには、明らかに現代言語としての写真が一番良い方法のようだ。別のChanelのスチール写真では、No. 5パルファムのパッケージの天辺に生きたスズメバチをとまらせて撮影した。





普通は、写真をパフォーマンスとみなすことはない。けれど、現代の若者文化や消費文化では、おそらく写真こそもっとも儀式に近いだろう。セルフィー、立てた中指、グループタグ、フードポルノ。それらは、現代通過儀礼の象徴だと言えるだろうか? 私たちは、通過の途中で立ち往生しているのだろうか? ふたつの扉の間に立っているのか? ひとつはこの時代へ通じた扉、もうひとつはここから連れ出す扉。

今私たちがいる道の性質、そしてひとつのイメージを次のイメージへと結びつける宇宙論が、ロー・エスリッジの写真に見られる混乱の源である。だが、作品をもう一度並び替えることによって、エスリッジはそのイメージの独創的な役割を指し示す。ヤギの写真であろうと、UPSのトラックに描かれたロゴであろうと、現在生じていること、私たちがしていること、そして可能なことへと、写真は私たちを導くことができる。
- 文: Zoma Crum-Tesfa
- 画像提供: Mack