ウォン・カーウァイの映画セットに見るビジョン

香港の写真家ウィン・シャが、自身の作品と、映画監督ウォン・カーウァイの現場で撮ったプライベートショットを公開

  • インタビュー: Thom Bettridge
  • 画像提供: Wing Shya

Thom Bettridge (トム・ベットリッジ)が、香港のフューチャリズムについて、そしてWing Shyaがファッション写真を映画的に撮影する方法ついて、話を聞いた。Shyaがシェアしてくれた自身の作品と、Wong Kar Wai映画のセット裏をおさめたスナップショットを、合わせてご覧いただこう。

Wing Shya(ウィン・シャ)の写真に登場するキャラクターたちは、煙とネオンの光を浴び、暗闇の中で寛いだ表情を見せる。Wing Shyaの作品は、彼の出身地である香港にとても似ている。猥雑と粗野に支配された荒涼たる地域を内包する、超現代的なメトロポリス。香港は、私たちが考えていた未来とは違った形の未来、物語に出てくるどんなユートピアよりも暴力的で性的な雰囲気が充満した未来を指すランドスケープだ。アート、ファッション、映画の分野をまたにかけて活動するShyaがスティール写真に焼き付けるキャラクターは、まるで長編映画から抜け出してきたようだ。このような手法について、彼は、長年の友人であり助言者でもある映画監督Wong Kar Wai(ウォン・カーウァイ)の影響だとしている。Shya自身も、グラフィックデザイナーあるいはセットカメラマンとして、長年Wong Kar Wai作品に関わっている。

トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)

ウィン・シャ(Wing Shya)

トム・ベットリッジ:通常、未来を想像するとき、私たちはピカピカで秩序だったものを想像します。でも、香港はもっとパンク的な意味での未来を感じさせる都市ですよね。

ウィン・シャ:実際、香港はとても独特な場所だよ。パリやロンドンは何かしらのスタイルやトーンがある都市だけど、香港にはとにかくあらゆるものがある。決定的に。とても伝統的でありつつ、すごく現代的でもある。全ての街路の趣が違う。すべてが一緒くたに混ぜ合わされているんだ。ライフスタイルも含めて。香港では、すごく安い地元のレストランに行った後に、超高級品のショッピングを楽しむことだってできる。とにかく商業的だから、何もかもが騒々しいし、色鮮やかだ。すべてがとてもポップ。写真家としてWong Kar Wai映画の仕事を始めたとき、クロス現像のテクニックを多用したんだ。色がとにかく強烈で、まさに香港だった。

香港には、独特の質感を持ったビルがありますよね。これは、カリブ海の街中のビルを想起させます。海の色を吸収して、端が少し緑がかったようなビルです。

それは九龍の方だね。僕はあの辺りにあるものがすごく好きなんだけど、地元の人はそうは思わないようだ。美しいと感じないらしい。僕がファッションストーリーを撮影するときは、必ず香港の九龍側でやることにしているよ。

アニメ映画に出てくる建築についての本を見ていたんですが、アニメ映画に出てくる未来的な環境の多くが、明らかに九龍の写真に基づいたものですね。

九龍城にまつわる話を聞いたことがある? 昔は1区画まるまるのビルが建っていて、政府はその中に立ち入ることができなかったんだ。だから、逮捕されるのが嫌なら、そのビルの中に隠れれば、警察も後を追ってくることはなかった。カナダから帰って来たとき、そこに行ってみたけど、内部は常軌を逸していたよ。ドラッグがあり、ギャンブルがあり、売春婦がいて...とにかくあらゆるものがあった。本当に狂気としか言いようがなかったね。そのビルが取り壊される前日に、女の子をひとり連れて行って、中でヌードの撮影をしたんだ。日本人はその場所を「Go City」と呼んでいた。実際にその地域を調査して本も作っている。すごい本だよ。でもその本も、もうなくなっただろうな。

九龍と香港は、いまだに全く違う場所だと思いますか? もしくは、以前よりも似通ってきていると思いますか?

似通ってきていると思う。香港の住民たちが以前のような状態にならないようにしているからね。香港をもっと国際的な都市としてアピールしたいんだ。ニューヨークを、もっと清潔にして、もっと大きくしたような都市にしたいんだ。地元の村落を避けて、ワンルームマンションに住みたがる。でも僕は、古き良き香港が好きだね。Wong Kar Waiが映画のコンピューターグラフィック処理をするときは、そういう伝統的な要素を混ぜ込んで、たくさんネオンを使って,香港を象徴的に見せるんだ。

Wong Kar Waiこそ、まさに未来のダーティな面に共鳴している人物のような気がしますが。

実際のところ、僕たちが香港で撮影をしたのは、たぶん全体の30%くらいなんだ。大部分はタイと上海で撮影した。Wong Kar Wai は、実際の撮影をする前に、いつも、リハーサルと別のストーリーを何度も試すんだ。全く違うものを撮影してから、微妙にアイデアを変化させていく。そしてもう一度撮影するんだよ。世に出るのはふたつ目の方。最初の映画を完全に撮り終えてから、もう一度やり直すんだ。

凄いこだわりですね。

いつも、いつもだよ。彼と一緒に仕事をするのは楽しいよ。彼は止めるということを知らないからね。絶対に諦めないんだ。芸術的に関しても、アングルに関してもも、演技に関してもね。彼のこういう部分にはすごく刺激される。彼が自分自身の作品をどれだけ愛しているかってことを物語っていると思う。

彼の現場で写真を撮ることについて、話を聞かせてください。

撮影現場で写真を撮るのはすごく好きだよ。僕のことなんて誰も気にしないから。重要人物ではないからね。役者たちは、僕のフィルムカメラより、ビデオカメラに神経を傾けている。だから僕は只の人で、誰の目にもとまらない。存在していないみたいな感じ。

あなたは、ファッション写真もやりながらアート写真を撮ったり、一度に色々な違った方法で仕事をしていますね。それぞれの仕事は、全て同じところから生まれてくるのですか? それとも、見方が違うんでしょうか?

香港は本当にカオスのようだから、人もすごく柔軟なんだ。僕の仕事も、同じようにカオス的だ。色んなスタイルの人から仕事の依頼がくる。僕が何でもやれると思っているらしい。こういう状況のおかげで、僕は違ったスタイルの仕事を同時進行で楽しむことができるんだ。

今あなたが夢中になっていることは何ですか? 何に興味を惹かれますか?

最近は、映像の方に強い関心が向いている。まだ写真は撮っているけれど、アート写真の近寄ってきてるね。ファッション写真は、もう巷に山ほどあるから。インスタグラムを見れば、1日で多過ぎるくらいの写真を目にする。自分が何を見たか、ほとんど忘れてしまうぐらいさ。

今はどんなイメージを追い求めているんでしょうか?

ファッションビデオに関して言えば、映画のような映像を作ろうと心がけている。モデルにはキャラクターがあって、役を演じる。見る人がそのキャラクターを好きになれば、着ている服も好きになるから。

ご自身で気に入っている最近のキャラクターと言えば?

知り合いに、映画の登場人物たちが着るような洋服を作っているファッションデザイナーがいるから、彼を香港に呼んで、マフィアのストーリーをテーマにした。モデルのほかに、タトゥーの入ったエキストラを入れた。香港という街を背景に使って、ちょっとした喧嘩シーンや疾走シーンを撮影したよ。

「マフィア」というのは、すごく過小評価されているファッションのジャンルだと思います。ブライアン・デ・パルマのギャング映画『スカーフェイス』(1983年)に出てくる洋服を見ればわかるように、ギャングは面白いスタイルを持っていますよね。なぜなら、ギャングには贅沢に着飾る術があるけれど、マフィアという古い社会では、「良い趣味」を決めるルールなんてなかったからだと思います。

そんな風にうまく作用するキャラクターをひとり作ることができれば、すべてがうまく行くんだ。洋服に命が吹き込まれるんだよ。Wong Kar Waiの映画の撮り方を見ていて、自分も同じことがファッションで出来ないだろうか、と思ったんだ。そこで、ファッション誌の紙面上で映画のような雰囲気を作り上げるために、撮影作家や舞台デザイナー、スタイリストを使って、練習したんだ。

自分でストーリーを作るんですか?

うん。最近の撮影では、モデルの女の子にこう言った。「君には、パリに行ってしまった、すごく魅力的で仕事のできる旦那がいる。でも、その旦那はいつも素晴らしい洋服を送ってきて、君はその服を娘と一緒に着るんだ。だから、いつもハイファッションに身を包んで、赤ん坊を抱いているんだよ」。撮影した写真の中には、旦那に置いてかれてしまった悲しみから、彼女が村の洞窟の中で涙を流しているのもあるよ。

洋服を見たとき、即座に物語を作り始めるんですか?

まず最初に、どんなキャラクターを設定すべきかをスタイリストと話し合う。歌を用意することもある。北京にはたくさんのインディーズバンドやロックバンドがいるから、北京の映画にはそういうバンドに曲を提供してもらったんだ。その曲をもとにして、物語を演じる女優に「ずっと中国から出たいと思っているロックバンドのシンガーのように演じてくれ」と伝えた。そこから、物語を書き始めた。とても楽しいよ。

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  • 画像提供: Wing Shya