聖なるサボテン王国へようこそ

同好の士が集うNYとLAの店舗に愛が溢れる

  • 文: Erika Houle
  • 写真: Sam Muller

モントリオールの閉めきったアパートで、窓を横切って伸びた多肉植物を見つめていると、ふっと意識が飛んでいく。時は1726年、ジョナサン・スウィフト (Jonathan Swift)の『ガリバー旅行記』が出版された年だ。すべてがミニチュア サイズのリリパット国へ漂着したガリバーは、体が大きいがゆえの過大な要求を再考しなくてはならない。この物語は現代の風刺に通ずる寓話であるばかりか、世界でいちばん小さいサボテンの学名にもなった。名付けて「ブロスフェルディア・リリプタナ」。ニューヨークのエコ パークにある「カクタス ストア」を訪ねたのは、3月初旬のことだった。近隣の人々には「ホット カクタス」の名で親しまれている同店のオーナーのひとり、クリスチャン・カミングス(Christian Cummings)は、温室内の新しいコレクションからこの世界最小の品種をいくつか見せてくれた。「自然の生息地では、なかなか見られないよ」。割れ目を人差し指で辿りながら、彼は言う。「でもよく見ると、すごく綺麗な花を咲かせるんだ」

友人として植物への限りない情熱を分かち合うマックス・マーティン(Max Martin)、カルロス・モレラ(Carlos Morera)と共に、カミングスとカクタス ストアのスタッフは珍しい砂漠植物の由来や背景を紹介し、同好の士が集うコミュニティと熱烈なファン集団を作り出している。2017年には広範な資料を編纂した『Xerophile: Cactus Photographs from Expeditions of the Obsessed』(乾生植物:魅せられて自生地へ遠征した人々によるサボテン写真)を出版し、サボテンをプリントしたTシャツなど、わざわざ遠出しなくても母なる自然への愛を示せるグッズの販売も開始した。ちなみに、ふわふわの白い毛を生やしたサボテンのプリントTシャツは、売り上げの全額がバーニー・サンダース(Bernie Sanders)の選挙キャンペーンに寄付された。

そのサンダースが大統領選から撤退を表明した朝、私はマーティンに電話して、植物の手入れに慰められていることを話した。国際多肉植物協会からフーディを買ったばかりだと話すと、「ショッピングは効果のあるセラピーだからね」と言い、植物は気軽に処分できる商品じゃないと続ける。カクタス ストアで大事に守り育てられるサボテンは、現在もウェブ ショップで注文できる。スタッフはローテーションを組んで、今もサボテンの世話に精を出し、世界各地の愛好家が所有するコレクションの写真を収集している。マーティンとカミングスが自然に捧げる賛美と感謝の念は、増すばかりだ。

エリカ・フウル(Erika Houle)

マックス・マーティン(Max Martin) & クリスチャン・カミングス(Christian Cummings)

一緒にビジネスをするようになった理由は?

マックス・マーティン(MM):昔から植物愛好家は、色々な種類を収集して、寄り集まっては互いに交換する歴史があるんだ。フランクフルトやチリビーンズを食べながら、愛する植物について話に花を咲かせるわけだ。西海岸の渓谷周辺だと、老人ホームのホールみたいな場所で、サボテンや多肉植物の集いが毎週開かれてる。だけど、店頭のように利用しやすい方法で販売されることはなかったからね。

ニューヨークとロサンゼルスのビジネスは、どう違いますか?

クリスチャン・カミングス(CC):ニューヨーク店では、講演から映写会まで、あらゆる種類のプログラムを提供している。どれも人と自然界の関係を作り出すイベントで、それはずっと僕たちがやりたいと思っていたことでもある。来店した人は、これまでニューヨークにはなかったものを初めて見て、みんなびっくりしてるね。ジョナス・メカス(Jonas Mekas)監督は、生前、毎週日曜日にやってきては、ただ花を眺めたりして過ごしてた。ジョン・ケージ(John Cage)が所有していたサボテンを持込んだ女性もいたな。ケージは、接触型マイクとサボテンのトゲを使って、サボテン音楽を作るプロジェクトをやってたんだ。そういうちょっと風変わりなコミュニティではあるけど、みんながサボテンの真価を認めている。ロサンゼルスだと、家の裏庭に生えてるのが当たり前で、必ずしも大切にされないから。

MM:僕たちの店は、今じゃ、植物大好き人間が集まるクラブハウスだ。見習いに採用したマルコ(Marco)は、ウエストチェスターのハイスクールに通ってたんだけど、週末になると毎週やってきてね、家で宿題をやる時間になるまでずっと店にいた。スケート ショップの変種になったみたいだよね。

植物の従来の販売方法と違うのは、そこですか?

MM:植物が生え育つ背景を知ったら、見方が変わるんだ。標高600メートルを超えるアンデスの、他にはどんな植物も育たない環境で、白い毛を生やして雪から体を守ってるなんて知ったら、その植物がまるっきり違う存在に見えるから。

CC:単に造形的なオブジェとして扱うんじゃなくて、僕たちはもっと奥へ分け入る。

あなたたちのコレクションを見てると、規格外の野菜や果物を連想します。型にはまらない植物には、何か感じるところがあるのでしょうか?

CC:玄人の鑑識眼じゃないかな。何かを長年鑑賞していると、一見美しくないものに惹かれるようになる(笑)

MM:ほとんどの種苗店は、普通、完璧な苗を並べるけどね。

CC:赤ちゃんみたいに、ぽっちゃりとして、ピンク色で、非の打ちどころがない苗。

MM:僕たちのところにある植物は、得てして、なにがしかのドラマを体験してる。

その分、賢い?

CC:カクタス ストアは、いわば植物の養子縁組の斡旋所か殺処分ゼロのシェルターになった感があるね。例えば、ちゃんとした置き場所のない人には売らないこともあるし。

全部、質問する先に答えられてしまうわ!

CC:マックスが言ったように、僕たちの店で売ってるのは大半が個人のコレクションだったものだけど、栽培業者から仕入れるときも、敷地の後のほうにあるくたびれた温室へ入ってみるんだ。そこに、作業台から落ちて放置されたまま、根を下ろして、台の脚に巻き付いて伸び上がってきたようなサボテンがあると、それを買う。頭がおかしいと思われてるけど、あながち、間違いでもないな。

そういう隠れた温室は、どうやって探し出すの?

MM:サボテン愛好家の寄り合いで、どこそこの誰かが素晴らしいディオスコレアを栽培してるとか、年を取って世話をするのが大変になってきたのでコレクションを売るつもりらしいなんて話を耳に挟んだら、即、次の日にトラックに飛び乗って会いに行く。コーヒーとドーナツを手土産にしてね。そういう年季の入った栽培家とお近づきになって、実際に会う算段をつけるには、それなりの手順を踏まなきゃいけない。大抵、最初は用心深くて口も堅い。25歳のときから今や75歳!まで、手塩にかけてサボテンを育てたような人たちだから、そりゃ当然だよね。生涯をかけた情熱や取り組みを、その人たちが生活している場所で直に目にできるのが、いちばん感動的な部分だよ。

CC:そういう人たちとの関係が、ほかのプロジェクトにも繋がってくる。例えば今マックスが着てるシャツは、栽培歴40余年のベテランがデザインしたんだよ。去年僕たちをチリのアタカマ砂漠へ案内してくれた人物で、世界でいちばん乾燥したアタカマ砂漠で育つ、すごく特殊なサボテン属の秘密の生息場所を見せてくれたんだ。おまけにサンドイッチも作ってくれたし、ペットのトカゲを抱く体験もさせてくれた(笑)。

自然の生息地から植物を持ち帰る場合の、倫理的なガイドラインは?

CC:僕らは、そういうことはしない。生息地で自生している植物の根は、決して荒らさない。

MM:幸運なことに、今は、そういう生息地の多くが保護区になっている。世界的に、サボテンや多肉植物の取引は急激に増加しているのが現状で、生息地で採取した植物は引く手あまただ。普通に手に入るものは大抵が温室栽培で、温室育ちと天然ものとはかなり外見も違ってくる。自然界での成長はすごく遅いしね。1年に1~2ミリしか成長しないアズテキウムが硬貨の大きさになるまで50年も待つ気がないと、地元の人を買収して採取させるんだ。

つまり、非合法なブラック マーケットがあると?

MM:ブラック マーケットは世界中にあるよ。特に、アジアと東欧が活発だ。実際、大きな問題になりつつある。僕たちは、厳密に、現地で見て写真を撮るだけ。

これまで店頭に並べたなかで、いちばんレアだったのは?

CC:アルゼンチンの希少なオプンティアを一生研究し続けた人物から、コレクションを入手したことがある。70年代にリマの北方の生息地から採集したハアゲオセレウス・テニウスで、世界中で130もない珍種だ。そういうものを手に入れるのは、かなり難しい。でも、組織培養を熱心に研究してる友人がいるよ。ラボで幹細胞を組織培養するんだ。種から栽培するには長い時間がかかるけど、この方法だと非常に短時間で個体数を増やせるから、是非成功させてほしい。上手くいったら、絶滅の危機に瀕したハアゲオセレウス・テニウスの運命を、10年で完全に逆転できるだろう。

買う人の個性に合わせて薦める植物って、ありますか? スケーターにはこれがイチ押し、とか?

MM:明らかに日本人アーティストたちのInstagramに入れ込んでる若い子が、「アストロフィトゥム、ある?」なんて言ってきたりする。Neighborhoodのデザイナーが大好きな種類だから、自分も同じのが欲しいらしい。スニーカーは植物ほど面白くないから、Nikeのコレクションに飽きるのはわかるな。

カフェとか本屋を展開する気はありますか?

CC:実は、もうすぐ実行に移したいアイデアがあるんだ。コピーの本屋。つまり、出版されている植物関係の本をpdfフォーマットでプリントして、ホッチキスで留めただけの体裁で売る。大量だったら、サム ドライブにコピーしてもいい。要するに、一種のアナキストな本屋だな。

室内植物がこれほど人気になった理由は、何だと思いますか?

CC:環境という言葉は、特定の限られた場所ではなくて、全地球の気象、生物の大量絶滅、海が死に絶える日、そういう全部を含んでいる。とても人間の頭ですべてを捉えて理解できないほど、大きくて広い。だけど同時に、自然界で発生したことが人類の責任であることを、僕たちは事実として自覚している。すごく恐ろしくて、悲しいことだ。植物と関係することは、人が自然との繋がりを復活する方法だよ。園芸ブームについて僕たちに意見を求める人は多いけど、答えはいつも同じ。植物をブームと呼ぶのは、酸素をトレンドと呼ぶようなものだ。植物失くして、人類は存在できない。

Erika HouleはSSENSEのエディター。モントリオール在住

  • 文: Erika Houle
  • 写真: Sam Muller
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: April 22, 2020