Thom Browne
SS21コレクションを記念して:
ネイビー ブルー小話

トニ・スミスをティレル・ハンプトンが撮り下ろす

  • 文: Luc Sante
  • 写真: Tyrell Hampton

ネイビー ブルーが送る人生は多様だ。政治家、ビジネスマン、銀行マン、船乗り、市立校の反逆児、ピーコート姿のビートニク世代、スポーツ ファン。いずれにせよ、権威の中にいると、ちょっとネクタイを緩めてひと息つく必要がある。きちんとした学校に通いながら、思いっきり羽根を伸ばしたくてうずうずしている女生徒をモデルのトニ・スミス(Toni Smith)が演じ、それをティレル・ハンプトン(Tyrell Hampton)が撮り、今や伝説のパンク ライターとなったリュック・サンテ(Luc Sante)がニューヨークを新たな色合いに染め上げて、9つのネイビー ブルーなシーンを切り取った。2021年春夏シーズンにThom Browneが問いかける。ネイビー ブルーは規則を作る色なのか、規則を破る色なのか。

1.

その年、セント アダルバート校の生活指導委員会は制服に関する新しい規定を発表した。それによると、それまでチェック柄だった女子のスカートは、男子の上着およびネクタイと同じネイビー ブルーとされた。新規則が適用された初日、デニムを履いて登校したマフィーとメイジーは帰宅を命じられた。自分で服を選んだメイジーは、両親から1週間のテレビ禁止を言い渡された。子供たちの服をすべて手作りするマフィーの母親は、断固抗議すべく、マフィーを引き連れて生活指導委員会の事務室へ乗り込んだ。そして繊維メーカーの色見本を取り出し、「ネイビー ブルー」と記された布片をマフィーのスカートに押し当てた。

「これは一番濃いブルーのデニムなんですよ。ほら、まったく同じ色じゃないですか」

「申し訳ないですけどね、お母さん、いくらネイビー ブルーでも、野良着みたいなスカートは認められません」

2.

ターニップフィールド マラウダーズは、ここ何年も不運に見舞われていた。やがてチームのゼネラル マネージャーは、チーム カラーをマスタードとカーキに変えることにした。だがネイビー ブルーのユニフォームに罪を着せたのは、科学や迷信ではなく、デート相手だったベラの入れ知恵だった。室内装飾が職業のベラは70年代を風靡したアース カラーのリバイバルを固く信じ、大志を抱く若者たちのために、かつてはヒッピーのユーエル・ギボンズ(Euel Gibbons)やデニス・ホッパー(Dennis Hopper)がドングリを煮て食べた場所で、ニューメキシコのタオスで見かける円形テントみたいなアパートをせっせと出現させていた。ベラにとって、ネイビー ブルーは闇の象徴、大地に根差した「ファッショナブルでエキサイティング」なセンスの宿敵だ。だからゼネラル マネジャーの頭の中で動かしがたい不文律に変わるまで、自分の好みを吹き込み続けたのだ。

3.

通りの向かい側にあるバー「モーリーズ」では、これまでマラウダーズが試合に勝つ度にピンク シャンペンが溢れた。淡いピンクがチームカラーのネイビー ブルーによく映えた。マラウダーズのファンは勝利の色に髪を染め、ハイウェイでも車の色でサポーターの見分けがついた。シーズン初日の観客席はネイビー ブルー一色だった。みんなが大きなブルーのプラカードを掲げたが、メーカーが違うので、微妙に違うブルーの海が広がった。だが、選手たちが駆け足でフィールドへ姿を現したとき、観客は盛大なブーイングを飛ばした。マスタードのユニフォームでは、揚げたチーズ ボールが転がっているようにしか見えなかった。だが、非難と嘲笑に屈することなく、選手たちは堂々と笑顔を浮かべ、やがて同時にユニフォームのボタンを外し始めた。最初はとてもゆっくりした動作だったが、突然両腕を広げて前をはだけた。マスタードの下からネイビー ブルーが現れた。

4.

エドナとアリスは夕食の後に公園をぶらつき、草に覆われた小高い場所に並んで寝そべった。そして夜空を見上げながら、星座を思い出そうとしていた。

「あれ、オリオン座!」

「カシオペアだと思うよ」

「あっちはおおさかな座だ」

「おおさかな座なんて、ないの。おおいぬ座とおおぐま座はあるけど」

「絶対さかな。尻尾をみてこらんよ」

「一体どこ見てるの?」

「ほら、あそこ。ちょっと紫っぽく見えるところがあるでしょ、あの松の木の上」

「あれは紫じゃないよ。目の錯覚」

「わかってる。そりゃ空は青いけど、夜は紫に見えるところがあるの」

「あれもブルーよ。ミッドナイト ブルー」

「ミッドナイト ブルー? そんなの、聞いたことないわ」

「今見てるじゃないの」

「あれはネイビー ブルー。私のピーコートとまったく同じ色」

5.

『カサブランカ』のかの有名なシーンでドーリー・ウィルソン(Dooley Wilson)が歌った「ブルースは何色?」は、結局カットされた後、今は杳として行方が知れない。本当に、歌そのものが消えてしまったのだ。おそらく1932年にファッツ・ウォーラー(Fats Waller)が書いたものを、多分音楽出版社が紛失したのかもしれない。もしかしたら、それより20年前にニューオーリンズで作られた曲だったのかもしれない。バディ・ボールデン(Buddy Bolden)その人が書いたという説もある。理由ははっきりしないが、とにかくこの曲が出版されたことは一度もないのだ。デューク・エリントン(Duke Ellington)楽団とライオネル・ハンプトン楽団のリードシートに曲名があるのだから、レコーディングの間際まで行ったことは何度かあるらしいが、実際の録音が世に出たことはない。手掛かりは、バブス・ゴンザレス(Babs Gonzalez)の回想録のひとつに書かれた歌詞の断片と、『シカゴ ディフェンダー』紙の1936年のコラムに登場した歌詞の断片しかないし、それがとても同じ歌だとは思えない。時折、テレビのドキュメンタリー番組で、年老いたジャズ プレーヤーがちょっとした節を口ずさむことはある。一度は恋人に捨てられた男が海を見ながら嘆く歌だったし、もうひとつは、かつての婚約者の結婚式に何色のドレスを着たらいいだろうと思い悩む女性の歌だった。三つ目は、なんと、草分け的な黒人解放賛歌だった。誰もが覚えているのは1946年、ジャズ クラブ「ミントンズ プレイハウス」でのある夜のことだ。観客席から、誰かがディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)に向かってリクエストを叫んだ。「ブルースは何色?」。するとガレスピーはすかさず「ネイビー ブルー」と応じて、軽快に「ソルト ピーナッツ」を吹き始めたことだ。

6.

「Nel blu' dipinto di blu (青く塗られた青の中)」。これがダイニング ルームの塗装に関する指示だった。青く塗られた青。遊び心に溢れた注文主は、地球の反対側からさまざまな仕様をメッセージで送信してきた。この家もオンラインで購入したし、作業員を雇うのも、仕事を割り振るのも、すべてDMだ。家具と台所用品の輸送コンテナは一週間後に到着予定で、同じく遠隔指示を受けた別の作業者の一団が荷ほどきと配置を請け負っている。イタリアのポジターノ出身だった塗装工のジャンニは「Nel blu' dipinto di blu」が有名なカンツォーネ「Volare」の歌詞なのを知っていたから、他の塗装工たちに翻訳してやった。それにしても、一体どういう意味だ? 書斎はマニラ封筒の色、キッチンは若い茄子の色、メインの寝室はエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)の瞳の色。ここまではわかる。だが、ブルーに塗られたブルー? どのブルーだ? 藍色か、空色か、日日草の青か、デルフト陶器の青か? 塗装工たちは色々な意見を出し合ったが、早く決めないことには仕事が終わらなくなる。結局、行動を起こしたのはアナンドだった。彼はとりあえずブルーの塗料の缶をひとつ開けて、壁の一部に塗ってみた。速乾性のラテックス塗料だったので、次に別のブルーの塗料の缶を開けてその上に塗った。出来上がったのはネイビー ブルー。注文主から文句は来なかった。

7.

アビゲイルとイストヴァンは、ショッピング センターで甚だしく長い時間を過ごすのが常だった。出店している店舗をひとつ残らず見て回るのだ。アロマ キャンドルのショップも通り過ぎはしない。馬鹿な連中が大音量の音楽を引き連れて歩ける、スピーカー付きフェイク レザーのジャケットを売ってる店も例外ではない。とにかくブラブラと時間をかけて店から店へ移動し、あっちの通路こっちの通路と流れ歩き、立ち止まるのは、時たまフードコートで何かを食べるときと、ごく稀に化粧室で居眠りするときだけだ。とても金を持っているようには見えないふたりだったが、どうしたものか、いつも新しい商品を手に入れるらしかった。好みのスタイルは、揃って、思いっきりカラフルなレイヤード。首回りにはたくさんの薄いスカーフを結んだり、無造作に巻いたり、ドレープにして垂らしていた。こういうスタイルならロック スターみたいに気取って歩くこともできたし、たまたま傍を通り過ぎる売り物の服と自分たちが着ている服の境目をぼかすこともできた。

3月のある水曜日の夜、メガネの店と壁の間の奥まった場所に、衣類の段ボールが詰まれているのを見つけた。ショッピング センターの中でもいちばんトレンディなチェーン店宛てに、首都タリンにある本社から配送されたものだった。神のみぞ知る方法で、ふたりは段ボールが積み上げられた荷台をショッピング センターから運び出して、アビゲイルが母と暮らしている家へ、それからアビゲイルの部屋へ運び込んだ。

開けてみると、多数のTシャツ、スラック、スリッポン式のスニーカーが出てきた。そのすべてがあくまでシンプルなデザインで、色はひとつ残らずネイビー ブルーだ。同封されていた販促用の印刷物には、青の単色の作品で有名なフランスのアーティスト、イヴ・クライン(Yves Klein)が宙に向けて跳躍している黒白の写真があり、「新たなエッセンシャル」となる「モノクローム セット」と謳われていた。ただし、クラインが作り出して特許をとった「インターナショナル クライン ブルー©」との関連や相似は、極小のフォントで打ち消してあった。労働者のアバンギャルドなレジャーウェアともいうべき衣類の山を前に愕然として、アビゲイルとイストヴァンのそれでなくても色白の顔からさらに血の気が引いた。ようやく金切り声を上げたのはイストヴァンだ。「ヤク中やアル中が治療のときに着せられる服じゃん!」

8.

明るい未来が待っている若者、あるいは明るい未来が待っていると言われていた若者は、車に寝泊まりする生活を続けながら、何百となく応募した会社のどれかから連絡があるのを待っていた。シャツとネクタイは後部座席でハンガーにかけてあるし、たった1着しかないおとなしいダーク グレーのスーツは、きちんと畳んで、トランクのマットの下に敷いてある。巡回セールスマンだった彼の父はホテルに宿泊することが多かったので、ベッドのマットレスの間に挟んでスーツの折り目をつける方法を発見し、それを息子に伝授していた。ホテルのベッドは使えないが、上にマットを置いて、その上に本の入った箱を2つ3つ置けば同じ役目を果たすだろうと、若者は考えた。

ある日、ようやく電話が鳴った。なんとそれは、照明器具業界の最先端を手掛けるコンサルティング会社からだった。今やコンサルタント業を席巻しているのは彼と同じように若く聡明な若者たちだが、彼らがその会社を跳躍台にして出世していった実績でも定評がある。だから彼はマットの下からスーツを取り出し、目には見えない小さな埃を幾度となく念入りに払い落し、セーム皮の袋に入れて保管していたオックス フォードシューズを履き、ちょうどよい長さになるまで何度もネクタイを結び直してから、会社の受付へ出向いた。

だが、面接は凍てつくような雰囲気に終始した。熱意をみなぎらせ、すべての質問に対して模範回答を提示し、機転の利いた言葉を控え目に挟んだにもかかわらず、面接官は目に見えて冷淡だった。若者は意気消沈し、うなだれてオフィスを後にした。その様子を見た受付嬢はハロウィーン用のキャンディを入れたボウルを差し出して、慰めの笑顔を浮かべた。「どこがいけなかったのか、わからないよ」と若者は打ち明けた。「まあ、ハニー」と受付嬢は答えた。「今年のスーツはネイビー ブルーでなくちゃね」

9.

当時、母親が息子に着せるのはネイビー ブルーのブレザーと相場が決まっていた。ボタンは真鍮、胸ポケットに架空の紋章。ブレザーと言えば、これしかなかった。その他は、ものすごくむず痒いサージ生地のグレーのトラウザーズ、ホワイトのワイシャツ、アスファルトとセメントがストライプになった安物のネクタイという組み合わせだ。このスタイルでようやくちゃんとした場に出るにふさわしいと見なされた男子は、ジュースとクリスマス クッキーを手に、人ごみをかき分けて一番遠くにあるソファを目指し、そのまた一番端っこに腰を下ろし、部屋にいる人を見ては暗い考えをめぐらすことになる。3杯目のカクテルを飲み干して足取りが多少怪しくなり始めた大人たちを見ては秘かに冷笑を漏らし、マントルピースの上に置かれた時計が本当に止まってしまったのではないかと疑い、もし誰かが気を利かせてテレビをつけたら何をやってるだろうかと想像し、何か言いたげな大人が近付いてくるのを察知したら狸寝入りする。

だが大抵の場合、良識的な大人たちは彼に構わなかったし、それはいいことだった。きちんと髪に分け目はついていても、中味は良い子ではなかったから、偉そうなことを言われたら歯向かっただろうし、スポーツの話を聞かせられたら本当に居眠りを始めたはずだ。だが大人たちはブレザーを一瞥しただけで行儀のいい子だと決めつけたから、試されることは滅多になかった。ひょっとしたらブレザーは銀行強盗に向いているのではないか、と思い始めるほどだった。

Luc Santeはライター、批評家、アーティスト。『Low Life』、『Kill All Your Darlings』、『The Other Paris』などの著作がある。最新刊は『Maybe the People Would Be the Times』

  • 文: Luc Sante
  • 写真: Tyrell Hampton
  • スタイリング: Ian Bradley / Cartel & Co
  • ヘア: Myss Monique
  • メイクアップ: Mimi Quiquine / She Likes Cutie
  • 制作: Philippa Andren / Rosco Production
  • モデル: Toni Smith / The Society
  • スタイリング アシスタント: Terrell Spence
  • 制作アシスタント: Ewelina Nietupska
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: November 26, 2020