アンドリュー・リチャードソンとの対話
スタイリストからエディターを経てデザイナーへと転身したリチャードソンが、下品に宿るパワーと作品に隠された秘密の暗号を語る
- 文: Thom Bettridge
- 写真: Jonas Lindstroem

「趣味が良い、それも厳格に趣味が良いなんて、すごく退屈に思えるんだ」。アンドリュー・リチャードソン(Andrew Richardson)はそう説明する。スティーブン・マイゼル(Steven Meisel)、テリー・リチャードソン(Terry Richardson。血縁関係はない)、デイヴィッド・シムズ(David Sims)らと密接に仕事をしてきたリチャードソンであれば、下品に宿る洗練を理解していることは、少しも不思議ではない。それが、彼の仕事を推進する大きな動力なのだ。
スタイリストからエディターを経てデザイナーへと転身したリチャードソンは、1998年から自身の名前を冠した雑誌を出版し、セックスを文化的な探究の理想的な出発点と位置づけてきた。Supremeのジェームス・ジェビア(James Jebbia)の提案で誕生したRichardsonのアパレルラインは、今やこの雑誌の読者のユニフォームとも言えるストリートウェア ブランドとなった。注意深く見れば、架空のビジネスRichardson Hardwareとニューヨークのチャイナタウンにあるブランド路面店の住所を記載した、宣伝Tシャツに気付いたかもしれない。これは、仲間内でしか通用しない数多くのグラフィックのひとつに過ぎない。事情を知らない者には不可解な暗号。挑発的でありながら洗練された美学への忠誠を示し、Richardsonの世界の基盤として機能する「秘密の暗号」だ。
トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)が、ロサンゼルスで週末を過ごすアンドリュー・リチャードソンを訪れ、ヴァーチャル リアリティー ポルノ(VRポルノ)、卓越の認識、アイデアを製品へ転換する充足感について対話した。

トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)
アンドリュー・リチャードソン(Andrew Richardson)
トム・ベットリッジ:20年位前の「Charlie Rose」(司会者のチャーリー・ローズがゲストを迎えてインタビューを行うトーク番組)を見ていたんですが、作家デヴィッド・フォスター・ウォレス(David Foster Wallace)が「VRポルノが出回るようになったら、現在のような社会は一体どうなるんだろう」と言ってたんです。それを見て私は、「今は、実際にVRポルノがあるな」と思ったんですよね。
アンドリュー・リチャードソン:え、あるの? 知らなかったな。でも、想像するほどスゴくはないんじゃないかな。
今のご時世では、性的な題材で人々を驚かすことは、すごく難しいように思います。そういったメディアの状況の中で、紙媒体を使って、どのようにして人々の興味をかき立てるような活動をしているのですか?
雑誌は、ずっと、すごく個人的にやってきたし、その時々の自分の居場所を反映してきた。スナップチャットやインスタグラムやタンブラーにどんな画像が出回ろうと、すごく有名な写真家がどんな作品を発表しようと、俺にとっては大したことじゃない。今や誰もが参加できる公平な場だ。誰にでも道が開かれて、その道を進んでいくだけ。構造化されてないんだ。先へ先へとプッシュする重要な瞬間があちこちにあって、最後に崖を越える瞬間がある。
そのような重要な瞬間を具体的に挙げられますか?
ブラック・チャイナ(Blac Chyna)を撮影した時。彼女はこの雑誌の撮影に、なかなか同意してくれなかった。その後、実際に彼女とスティーブン・クライン(Steven Klein)を同じ場所に連れて来て、写真シリーズを制作するにも、長い時間がかかったんだ。何かをやるのにすごく苦労して、もうこれは駄目なんじゃないかと思ってしまう。それでも先へ先へと、とにかくプッシュした結果、最後に実現する。そういう「ユリイカ(何かを見つけた、という意のギリシャ語)」な瞬間だったね。まるで、しぼんでた風船が膨らんで浮かび上がる、みたいな。それとか、アトランタのストリップ シーンの実態を撮影するために、ニック・ワップリントン(Nick Waplington)がMagic City(アトランタの著名なストリップ クラブ)へ行ったときとかね。良いものになるだろうなという勘はあったけど、実際に現場に行って撮影に入ったら「これだ、これだ。これはスゴイ」って感じだった。
Magic Cityのストーリーは興味深いですね。ストリップ クラブのルポタージュであると同時に、アメリカのラップについての心理地理学的考察とも言えます。業界人は、全員、あのクラブに行くんですよね。
あのクラブは、俺が行ったことのある、どのストリップクラブとも全く違う。説明するのは難しけど、言うならば、毎週月曜の夜にMet Ball(年に一度開催される、メトロポリタン美術館の募金パーティー)が開催されてるようなもんだな。独特なやり方があって、みんな見に行くと同時に、見られに行く。とても面白い社会力学だよ。すごく上手いDJばかりで、時間の進行や会場のエネルギーの流れをちゃんと調整するんだ。MCたちもすごくスキルが高い。世間が考えるストリップ クラブよりも、ずっとずっとディープで、複雑で、驚くほどプロフェッショナルな環境なんだよ。


今までに、悪趣味なプロジェクトになるんじゃないかと不安を感じたことはありますか? 例えば「これはやり過ぎだ」とか、「これは下品過ぎる」とか。
もちろん。俺のファッションのバックグラウンドは、下品なことを扱いながら、その扱い方に配慮するという伝統から来ているんだ。ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)は、下品で悪趣味なものが大好きだった。俺たち全員に大きな影響を残しているよ。趣味が良い、それも厳格に趣味が良いなんて、すごく退屈に思えるし、息が詰まりそうだ。下品なもので人を攻撃するのがすごく良いんだよ。
スティーブン・マイゼルといっしょに仕事をして、何を学びましたか?
15年間断続的にスティーブンと働いて学んだのは、自分のやることをよく考えて、イメージを制作するチャンスを最大限に活かすということ。怠惰にならず、偶然を敏感に察して、自分が興味を持つアイデアに臨機応変でいること。趣味が良くないと、下品な作品は作れないんだ。趣味が良ければ、それを壊して、すごく面白いものを作れる。スティーブンが制作した最も素晴らしいイメージには、誰も思いもよらないような方法で、その場の美しさをぶち壊して生まれた作品がある。
ということは、あなたは、そういった仕掛け、つまり非常に厳密に計算されたイメージを制作した上で、その中に裂け目を作り出すと。そういう瞬間は…
ポン! 「これは永遠に反響を呼ぶイメージだ」と思う瞬間だ。テリー・リチャードソンは、いつも、15年間引き合いに出されるような作品を作るんだ、って言ってるよ。常にそれが目標だったんだ。単に、数をこなすんじゃなくて。最近の新しいイメージは、広告主や経済面を心配する編集者にかなりコントロールされているものが多いと思う。まるで、ダイアナ・ヴリーランド(Diana Vreeland)前のファッション誌に逆戻りしてるみたいだよ。ただブランド品を売りさばくための、カタログ見たいな雑誌。彼女が登場してから、ファッション誌はアイデアや感性の溢れる場になって、一種の文化的な雑誌になった。今は、前よりもそういう要素が減っていると俺は思う。ものすごく残念だ。
その一部として、ファッション写真の中にセクシャルな表現が減ったことが挙げられるでしょう。去勢されてしまったとでも言いましょうか。
性に関するバカげた決まりごとが多いんだよ。みんな、自分が撮影するファッションだけで自分を表現しなきゃいけないと感じてる。それで、「クール」にするために、つまらないエロティックなモチーフを使うんだ。全部、すごくやる気のない、退屈極まりないことだよ。


どうやって自分の気持ちを高め続けているんですか?
この雑誌はセックスの雑誌だけど、実際のところは、挑発の雑誌なんだ。セクシャリティやカルチャーを土台にして、読者の思考を刺激するんだ。そして、雑誌がファッション ブランドに発展した。だから、洋服について考えるし、グラフィックについても考えるし、雑誌の精神にあるアイデアを洋服に転換することも考える。Richardsonの世界にはやることがたくさんあるのさ。おかげで俺はかなり忙しいし、満足を感じてるんだ。
洋服のブランドを始めようと思ったきっかけは?
俺は、Supremeのジェームスと友達なんだ。彼が「雑誌のアートワークを使ってTシャツを作るといいよ」って提案してくれたんだ。それまで、そんなこと考えてもみなかった。だからそれを実行に移して、約7年間雑誌を作らなかった。雑誌に戻ったときに「Tシャツを何枚かやってみよう!」と思ったんだよ。ファッションは俺の根底にあるものだし、ずっと楽しんできたからね。
インタビューで、ストリートウェアを「民兵」的だと形容したことがありますね。ストリートウェア ブランドを立ち上げるというのは、ある意味で、架空のギャングのユニフォームを作るようなものですよね。
俺が子供の頃は、モッズがいて、パンクスがいて、テディボーイがいて、ロッカーズがいて、スキンヘッドがいて、ルードボーイがいた。インターネットなんてなかった。だから、自分の音楽や文化や政治の方向性を世間に示そうと思ったら、特定の着こなしで自分の所属を示せたんだ。たぶん今はそうじゃない思うけど、今でも、洋服のタイプで、自分が誰であるか、何に興味があるかを示す場所があるんじゃないかと思う。秘密の暗号みたいなものだよ。自分で自分の外見を選んで、それで自分自身を表現できるというのは、心強いことだよ。それこそ俺たちがやろうとしていることなんだ。ブランドが象徴する文化の愛好者のユニフォームみたいなもの。
今興味を持って取り組んでいることを、いくつか教えてください。
2016年秋冬コレクションにリリースされた中で、すごくワクワクしているアイテムがいくつかあるんだ。アメリカン スタンダード(トイレやシンクを扱う会社)のシリーズを作ったんだ。便器についてるロゴの絵柄なんかを使ってね。そのほかに、ダズル迷彩を使ったアイテムとか、アメリカ中西部のアイテムとか。中西部にはダークな魅力がある。



トイレのアイデアはうまいですね。アメリカン スタンダードは、誰もが目にするすごく普及した存在だけど、いつもオシッコにまみれてるわけですもんね。
変に性的な感じがするよね。人によって、そう取る人とそうじゃない人がいるだろうけど。 ストリートウェア ブランドをやっててすごく楽しいのは、内心クスッと笑っちゃうようなアイデアが全部、自分の個人的なビジョンの中にあること。そして、実際にアイデアが繋がっていくように、操作できること。例えば、この香炉。俺が作った物の中でもお気に入りのひとつなんだけど、実は、ドイツのニンフェンブルクの灰皿を持っていたんだ。それの真ん中に大きな柱が付いててね、家にいた誰かが「これはすごくクールな香炉になるぞ」って言ったんだ。でも、そのままでは香炉として使えなかった。そこで、エットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass)が作った花瓶を見たり、チベットの男根のシンボルのリンガムを見たり。そして、そういう3つ4つの要素を一緒にすると、このおかしな香炉兼灰皿ができあがったわけ。
この雑誌は、あなたにとってセックスの雑誌であると同様に、挑発のためでもあるということでしたが、私たちを何に向けて挑発しようとしているのですか? あなたが越えたい境界は何ですか?
俺たちは今、「いいね!」と「恥」の文化を生きている。どんな意見の相違や否定にも不寛容なファシスト的文化だと感じるよ。微妙な差異もほとんど残されてないし、個人の真理が入り込む余地なんてほとんどない。俺たちは、政治的であれ性的であれ暴力であれ、とにかく何であれ、思想の自由を提示してるんだ。俺たちは、これを着れば自分をメインストリームの文化と切り離せる、そんなものを提示してるんだ。俺たちは、よく考えよう、って言ってるんだ。俺は、物事を受け入れて、意思を伝達できて、自分の弱点や脆さや本当の姿を恥じない人々に、いつも感銘を受けてきた。俺たちが提示するいくつかのアイデアは、かなり挑発に本気じゃないと着たいと思わないだろうな。

- 文: Thom Bettridge
- 写真: Jonas Lindstroem