デニムの領土を冒険するアイター・スロープ
高性能コンセプチュアリストが、Raw Researchを解説する
- インタビュー: Xerxes Cook
- 写真: Lukas Gansterer

アイター・スロープ(Aitor Throup)は、長い道のりをやって来た。地理的な意味ではない。アムステルダムにある現在のオフィスは、成長期を過ごしたイギリス北部の脱工業化都市バーンリーからわずか480キロの距離なのだから。しかし、デザインがあまりにもコンセプチュアルなためにシーズンを追うファッション界のサイクルに適した規模では生産できず、紙造形の生活を強いられる可能性がちらついた時代は、遠い過去になった。オランダの巨大デニム ブランドG-Starのエグゼクティブ クリエイティブ ディレクターとなった今、過去のすべては振り出しに戻った。Aitor ThroupとG-Star RAWの共同ブランドRaw Researchの最初の2シーズンは、ジーンズにとって、クリス・クロス(Kris Kross)が後ろ前に履いたとき以来のもっともエキサイティングな出来事だ。
スロープのユニークな手法に注目したComme des Garçonsのエイドリアン・ジョフィ(Adrien Joffe)は、スロープを天才と評した。スロープは、多くの場合、先ず、変身のプロセスを辿りつつあるキャラクターのイラストを描く。描いたストーリーのシーンはやがて紙上を離れ、ワイヤーフレームを使った模型あるいは実物大の立体像として構築される。これらがパターンを作る土台になる。インスピレーション集約型のこのアプローチを、スロープは「New Object Research」と呼んでいる。これはスロープ自身のブランドに与えた名前でもある。目標は真に新しいデザインの原型を作り出すこと。ただし、シーズン毎の生産に対応した実践管理と美学の両面のニーズを満たせるように、参照と再調整ができなくてはならない。この理論が実践に漕ぎつけるまでに、ロンドンのロイヤル カレッジ オブ アートを卒業してから10年近くが過ぎた。その間にスロープは、ロンドンとパリのファッション ウィークでジャンルにとらわれないプレゼンテーションを見せ、Stone Island、C.P. Company、Nikeとのコラボレーションで探究的な手法を活かした。これらから誕生したひな型のデザインは、今日に至るまで、サッカーウェアに活きている。

デザインに対するスロープの特異な視点を、クリエイティブ界が見逃すことはなかった。ミリタリーにインスパイアされた30年にわたる生デニムのアーカイブを有し、マーク・ニューソン(Marc Newson)やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)とのコラボレーションを経験したG-Starは、自分たちの世界とスロープの世界を組み合わせる可能性に強く関心を引かれた。そこで、New Object Researchのスタジオをアムステルダムへ移し、独立したイノベーション ラボとして運営することを提案した。それによって、スロープ個人の探究を促進し、G-Starの製品全般に採り入れる。つまり、Raw Researchは原型のプロトタイプ、未来のG-Starコレクションの青写真という位置付けである。
レム・コールハース(Rem Koolhaas)/OMAが設計したG-Star本社の一角で、私はスロープに会い、脚部デザインの基本概念、デニムにおけるイノベーションの余地、モトクロスが象徴するリスクについて対話した。

クセルクセス・クック(Xerxes Cook)
アイター・スロープ(Aitor Throup)
クセルクセス・クック(Xerxes Cook):デニムのどういう部分に、イノベーションの可能性があると思いますか? クラシックな5ポケットのジーンズを改良することは可能でしょうか?
アイター・スロープ:究極のチャレンジだね。何かを再発明するには、どうすればいいだろうか? 僕は、絶対、改良という言葉は使わないんだ。改良というのは、とても客観的なことだから。アートとデザインの本当の価値は、可能性の変化を後押しできることなんだ。ビートルズがやったこと、あれは改良だったのか? それとも、新しい考え方、新しい構築化、新しい可能性を作り出すことだったのか? 僕たちが考える「イノベーション」は「探究」と同じ意味だよ。だから5ポケットのジーンズと競争することはない。生理学、解剖学、人間工学のレベルで、デニムのデザインの可能性を広げるだけだ。
Raw Researchについて教えてください。
Raw Researchは、イノベーションと実験を目指すG-Starのラボ。会社として、商業的な意向やニーズに制約されずに、探究や実験が許される場所。シーズン毎にある程度の数のアイテムを作るけど、それは自動車会社のコンセプト カーみたいなものなんだ。Raw Researchのプロトタイプに採り入れた新しいスタイルやデザインのディテールを、通常のコレクションで使っていく。
最新のコレクションが、モトクロス ギアのコンセプトから生まれた理由は?
僕の場合、アーティストとしてデザイナーとして、それからプライベートな生活でも、前へ進むにはコンセプトの枠組みが必要なんだ。モトクロスのバイクやヘルメット、スポンサー ロゴのビジュアル言語やクレージーな色使いに、どういうわけか、僕はすごく色々なことを感じるんだよね。モトクロスにまつわるものは、何もかも、すごく自由だ。ちょっと青春時代の自由に似てるかな。普通のバイクのヘルメットとモトクロスのヘルメットを比べてみてよ。モトクロス全体が、反逆の美学を表現しているみたいだ。だから先ず、モトクロスがどうしてそんなに訴えてくるのかを考えて、その後、モトクロスのシンボルをデザインの枠組みへ変換してみた。伸縮性のあるパーツとリジッド デニムを組み合わせたMotac-X 3Dトラウザーズは、モトクロスからの影響がそのまま現れてる。モトクロスで脚部をデザインするときの、明確な人間工学に基づいてるんだ。モトクロスには、スポーツとして独自のニーズがあるからね。膝と太腿の部分には伸縮性が必要だし、バイクに跨ったときのグリップを上げるために、脚の裏側のかなりの広い範囲がリブになってる。
トラウザーズは
社会や文化の
バロメーター


感覚、だろうね。僕は今、G-Starのようなグローバル企業で働いているから、モトクロスはリスクを取ることを忘れないための象徴だと思ってる。G-Starは来年で創立30年だ。成熟して、大人の段階に差し掛かる。だから、外に出て、楽しんで、歴史に息の根を止められないようにしようって、会社に思い出させるツールだと言えばいいかな。ただ実験的であるために実験するんじゃなくて、スタンダードの定義を見直す視点が必要なんだ。そういう見方には、本物の理念が必要だよ。小規模でコンセプチュアルな僕個人のスタジオに制限されていないことに、感謝しなきゃね。
プロダクト デザイナーには椅子作りにエネルギーを注ぐ人が多いですが、あなたの場合、2009年パリ ファッション ウィークのデビュー コレクションで、それまで4年越しでデザインした45本のトラウザーズを発表しましたね。トラウザーズは、構造的にも構築的にも、類似したパラメーターでクリエイティブなビジョンを表現できるのでしょうか? 服のデザイナーとして、どう考えますか?
トラウザーズは社会や文化のバロメーターだと思う。僕はバーンリーで育ったから、生活の中で目にしたカジュアルなサッカー ファッション、具体的に言うとC.P. CompanyのMille Migliaジャケットから、洋服やデザインに興味を持つようになったんだ。どうしてそのジャケットにそれほど感情が詰まっているのか。それを分析して理解するのが、僕のやり方だった。理解できたら、今度は視点を変えて、ジャケットに宿る魂をトラウザーズの中に組み込もうとした。ある意味で、服の着方をもう一度考え直すことだよ。トラウザーズをいちばん大切な衣類として着てもいいんだ。脚だけに焦点を合わせるんだったら、あとは白いTシャツと白いスニーカーでもいい。G-Starは、デニムのブランドであるのと同じぐらい、脚に特化したブランドだよ。デニム界の外からディテールや参考するものを引っ張ってきて、トラウザーズのパラメーターを見直しながらチャレンジしてきたんだから。
でもそれは、新しく見せるために装飾を付け足すことではないですね?
それは違う。僕はいつも、あらゆるデザインの決定に対して自問し続ける。だから、プロダクト デザインのコンセプトと哲学的なコンセプトが繋がったときが、特に面白い。見た目が面白くなるからという理由で、ディテールを付け足すことは絶対にしない。分かる? 僕がやりやいのはストーリーを語ることだし、優れたプロダクト デザインはアートみたいなものだと思う。感情を伝えるツール。その感情は、とても明確なフィルターやパラメーターを通して、デザインに挑戦することで表現できる。プロダクト デザインはアートから生じる問題の解決を助けるツールで、そのふたつの対話からストーリーが生まれる。ストーリーがないんだったら、伝えるものなんか何もないよ。




あなた個人のインスタグラム アカウントは、デザイン重視のグラフィック ノベルから飛び出したようなキャラクターのイラストで埋められています。あなたのスタジオでは、そういうキャラクターがワイヤーフレームのメッシュで作った立体像になっている。二次元デザインと三次元デザインのあいだでは、どういう力が作用するのでしょうか?
解剖学、身体の上に乗せたとき布地の動き、そのふたつの限界を見極めること。だから、描画やすでに存在する服からはスタートできない。形状と布地が必要なんだ。このラボでは、かなり早くから3Dスケッチを始めた。車のデザインみたいにね。すべての線と角度が結び付く必要があるから、すべての線の交差を、僕は頭の中で考えるんだ。そして「全体的調和」を作り出す。カー デザインでもよく使う用語だけど、ラインの調和、複数のラインが調和した状態だよ。人間が脳で良くないデザインだと判断するのは、調和が乏しいからなんだ。
どうすれば、人体の骨格や筋肉の動きからスタートして、全く新しい服の原型を作れるのですか?
デザインするのがいちばん簡単なのは、機能性のあるプロダクト。問題がとても明確だから、ソリューションをどんなデザインにも落とし込める。でも、一般的な服や既存のデザイン ソリューションを踏まえたデザインでないと、結局は、非常に特有な動きをする人体、布地という平面、身体と相互作用する3Dプロダクトの必要性、という根本的なパラダイムへ戻ってくるんだ。僕は、知識を捨てて、ジーンズが生まれる前の地点へと戻ろうとしている。リーバイ・ストラウス(Levi-Strauss)が初めてジーンズを作ったときと同じ人体、同じ生地へ戻るんだ。社会的に、文化的に、技術的に、こうあるべきだと考えさせるすべてを捨ててみる。そして、昔のパイオニアたちが選択して、今では制限になっている要素にチャレンジするんだ。
人間が脳で
良くないデザインだと
判断するのは、
調和が乏しいから



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- 写真: Lukas Gansterer