アレキサンダー ・ワン:黒く塗れ!

2017年秋冬ウィメンズ コレクションを前に、アメリカ人デザイナーがブラック パワーとライフスタイル ブランドからテクノロジー企業への発展を語る

  • インタビュー: Thom Bettridge
  • 写真: Amy Li

「もう誰も何も必要ないんだ」。ニューヨークのロキシー ホテルで、ソーセージのパイ包みを前に、アレキサンダー・ワンは考え込む。「何か必要だったら、H&MかZaraかUniqloへに行けばいいんだ。そうだろ?」

すべての産業で「混乱」が発生しつつある現在、テクノロジーの速度と効率に歩調を合わせるべく、ファッション業界は過激な変化にそなえて身構えている。アレキサンダー・ワン(Alexander Wang)は、来るべき劇的な変化に乗ずるデザイナーだと自認する。20代で自分のブランドを立ち上げ、加えてBalenciagaのクリエイティブ ディレクターを務めた現在33歳のワンは、ラルフ・ローレン(Ralph Lauren)以来、もっとも卓越したアメリカのラグジュアリー デザイナーと言えるかもしれない。しかし、彼の場合「ラグジュアリー」といっても王道を行くのとは一味違う。サンフランシスコ生まれの経歴は、東海岸のラルフ・ローレンが示したヨーロッパへの憧れに対して、シリコンバレー的解決を提示しているようだ。批評ではなく、自分のインスタグラムに投稿されたコメントを読む。パリに職のあった当時は、ほぼ毎週末、夜行便でニューヨークへ戻った。もっとも信頼できる親友は、高校時代の友達。そして、未来のファッション ブランドの手本はAmazonだと考える。

トム・ベットリッジ(Thom Bettridge)

アレキサンダー・ワン(Alexander Wang)

トム・ベットリッジ:あなたのブランドを考えると、すぐに黒を連想します。どうしてあんなに黒に惹かれるのですか? どうして非常に多くの人が黒を着るのでしょうか?

アレキサンダー・ワン:「全身、黒」というのは、もちろん、僕が考え出したわけじゃないよね。たくさんのデザイナーがそれぞれの表現に使ってきたし、文化的にさまざまな意味がある。僕の場合、快感なのかアティチュードなのか分からないけど、エッジのあるものとか、危険や不吉を感じさせるものに、自然と引かれるんだ。自分のライフスタイルに関しても、同じ。

生活の中で危険を感じるのは?

ナイトライフ。

それは、もちろんですね。

たぶん、だから夜に引き寄せられるんだろうな。何でも、夜のほうが、もうちょっとミステリアスで、もうちょっと危険な気がする。好奇心が刺激されるんだ。だから、夜に出かけて、クールなパーティを見つけたり、色んな人と出会うのが好きなんだと思うよ。昼よりも夜のほうが、もっと色んなことが起きるもんね。

同時にふたつのブランドを手がけていたときは、夜出かける時間の余裕なんてありましたか?

パリではなかった。パリでは、誰とも知り合いにならなかった。すごく型にはまった、すごく厳格な生活でね、朝の8時にオフィスに入って、夜の8時まで仕事。夕食はホテルの部屋でルームサービス。週末になると夜の便でニューヨークへ戻って、ソーシャル ライフを送るって感じだったんだ。パリでは、ナイトライフを試すチャンスがなかった。気分転換には良かったけどね。

ニューヨークで過ごせる時間が増えて、自分のブランドにもっと時間が割けるのは、精神的に楽ですか?

うん。後悔はしてない。ラッキーなチャンスだったし、素晴らしい経験だった。でも、自分のブランドに全力を注入する時期に戻ってきたのは、絶対正しい判断だったって思う。その判断にはとても自信があるんだ。これからどう展開していくか、とてもワクワクしてるよ。

「もう誰も何も必要ないんだ」。ニューヨークのロキシー ホテルで、ソーセージのパイ包みを前に、アレキサンダー・ワンは考え込む。「何か必要だったら、H&MかZaraかUniqloへに行けばいいんだ。そうだろ?」

現在のBalenciagaについて、どう考えていますか?

デムナ(Demna Gvasalia)はすごく良い仕事をしてると思う。実はね、デムナが今の職に就く前に、彼と会ったことがあるんだ。僕のデザイン ディレクターに採用しようと思って会った人物が、デムナだったんだ。すごい才能の持ち主だったことを覚えてる。僕の好きなスタイルだったし、とっても新鮮なビジョンを持ってたし。僕たちはずっと仲が良かったんだよ。今の仕事に就くって分かったときに、大喜びでメッセージを送ったんだ。ショーも見に行くはずだったけど、結局パリには行けなかった。デムナは素晴らしい仕事をしてる。すごく楽しんで仕事をしてるって感じるな。僕自身も、あそこは楽しかったからね。

フランスの有名ブランド、自分のブランド、H&Mのラインと、色々な肩書きでデザインされてきましたね。そこで、またブラックの話に戻りますが、私はこれらのモードがブラックで結び付いているように思うのです。今は、携帯電話のスクリーンで見やすいことを中心にして作られるファッションがすごく多いので、その点からも、とても面白いと思います。

僕はカリフォルニア出身だからね、スウェットとかTシャツとか、ありふれた普段着のスポーツウェアで育った面もあるんだ。だから、ニューヨークに引っ越して来たときは、そういう面を取り入れて高めたかったんだと思う。スウェットシャツを着るんだったら、ブラックを選んで、ちょっとドレスアップとかね。別に大げさな考えなんか、ないんだ。ブラックは開放的か閉鎖的か、人それぞれ解釈だと思う。僕の場合は、ブラックは典型的なニューヨークって感じなんだ。ニューヨーカーは黒が好きだからね。僕が考えたのは、自分の好きなものを、どう使って、フィルターにかけて、独自のカテゴリーに仕上げるかってこと。

そこで、そういうものを取り入れて、黒くする。すると、それらが意味を持った表現の一部になるわけですね。でも、洋服を「高める」というのはどういう意味ですか?

僕らのプロセスは、いつも対話なんだ。常にふたつの方向性がある。参考になるイメージや身近に響く何かを見つけたら、そこからありふれたものを取り出して、それを高めていく。でも、貴重なものを取り出して、それを解体して、見かけを剥ぎ取ることもある。僕は、そういうふうに考えるのが好きだな。ふたつの真逆なものをくっつけて、混ぜ合わせて、中間にまたがるものにしたい。すごくありふれたものなら、色か素材か裁断か、ひとつの要素を変えるだけかもしれない。僕は、アティチュードが完結していない状態が好きなんだ。

では、「ラグジュアリー」を作る要素は存在しないということですね。

「ラグジュアリー」という考えには、いつも息が詰まりそうだ。それに、必ずしも僕がつながりを感じるものでもない。それより僕が考えるのは「丁寧に作られていると分かるか?」「高級に見えるか?」「上質に見えるか?」ということ。「ラグジュアリーに見えるか?」とは正反対のチェックリストなんだ。Balenciagaで仕事を始めたときだって、色々なプライスポイントを試せたからこそ、制作のプロセスや技術の層を次のレベルにまで押し上げることができたんだ。でも、いちばん「ラグジュアリー」なアイテムはどれかって聞かれても、いちばん高価なものとは限らない。コンサートで手に入れて、誰も持ってないレアなTシャツかもしれない。

Amazonのようなブランドのクリエイティブ ディレクターを想像してみてよ。どんなものだと思う?

あなたのブランドには、常に、手に入れやすい要素が備わっていますね。ディフュージョン ライン(普及版)を作ったのも、かなり早かったし。

あれはディフュージョン ラインじゃないよ。ディフュージョン ラインっていうのは、メインのコレクションからアイテムを選んで、別の客層に向けて安価なバージョンを作るって考えから出発してるんだ。アメリカのブランドとして僕が絶対に譲らない点は、プライスポイントで自分たちを定義しないこと。アメリカのファッション システムでは、とても難しい。僕がブランドを始めたときも、プライスポイントで分類されたからね。僕は、包括的なブランドを顧客に提供したかったんだ。例えば、ショップで50ドルのTシャツを買った顧客が、その後に5万ドルのドレスを買う。僕にとっては、どちらも同じ顧客なんだよ。

それは、市場全体でのファッション アイデアの動きを手中に収めるやり方でもありますね。ラグジュアリー ブランドやデザイナーのレベルでどのように物事が起こり、それがメインストリームに吸収されていくか。あなたのH&Mコレクションで興味深かったのも、そこです。コピーされる側ではなく、ある意味で、システムの主導権をにぎって発信源になることができた。

H&Mは、Balenciagaに入ってちょうど1年目で、ほんとに絶好のタイミングだったな。みんな、僕がスーパー ラグジュアリーになって、ラインも軒並み値上げするって予想してたと思うんだ。でも、僕の真意はそういうことじゃなかった。ひとつのカテゴリーを試してみたかったのと同時に、別のカテゴリーも試してみたかったし、すごく広い客層を対象にできるのが、あの当時はとてもエキサイティングだったよ。H&Mに関して考えたのは「まだやったことがなくて、今できることは? 今のリソースでできないことは? チャンスがある分野は?」。僕はずっとパフォーマンスウェアやアスレティック ウェアをやってみたかったし、まさに完璧なタイミングだって思ったよ。

いろんなモードに同時に関わっていると、自分のアイデアが共食いしてしまうような恐怖はなかったですか?

そうだね。本当、簡単じゃなかったよ。だから僕は、何かを試すときは必ず、別の興味を注入するんだ。それをとても上手くやっているのはカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)。Chanelをやって、自分のラインをやって、その他に色んなコラボレーションもやっている。いつだって、色々な場所で彼自身のブランドを作ることができるんだ。彼と知り合いになったり、彼の商品を買ったりするのも、クチュールの顧客や有閑マダムだけじゃない。スニーカーを買うような消費者ともつながれるんだ。

朝の8時にオフィスに入って、夜の8時まで仕事。夕食はホテルの部屋でルームサービス。週末になると夜の便でニューヨークへ戻って、ソーシャル ライフを送る

いくつかのインタビューで、友達がとても刺激になってるっておしゃってますね。それは個人として充足を与えてくれるものですか? それともあなたのクリエイティブなプロセスにも反映されるものですか?

というより、友達には、僕に何でも正直に意見を言ってほしいから。友達からは率直な意見が聞けるって分かってるんだ。今も親しくしている仲間は、高校や大学時代からの知り合いだよ。もちろん新しい友達もできたけど、コアな友達は昔からずっと一緒。いちばん正直に批評してくれる、かけがえのない存在だ。ゾーイ・クラヴィッツ(Zoe Kravitz)とかエリン・ワトソン(Erin Watson)とかヴァネッサ・トライ(Vanessa Traina)とか、仕事を通じて知り合って、刺激を与えてくれる女性もいる。ぞれぞれに全然違っているけど、彼女たちが共通して引き付けられる固有のスタイルがあるんだ。それが、彼女たちの立ち居振る舞いにも反映される。食べ方、手の上げ方。例えば、ゾーイはエチオピア料理を食べて育ったから指を使って食べるし、ヴァネッサはすごく几帳面な食器の並べ方やフォークの扱い方で育ったんだ。そういう仕草が、あらゆる行為に反映される。それがとても刺激的なんだ。

レビューの意見は正直だと思いますか? あるいは、残酷なほどに率直でしょうか?

実を言うと、僕は、レビューより自分のソーシャル メディアのコメントを読んでるんだ。そっちのほうが僕の本当の対象だと思うから。インスタグラムやツイッターで僕たちを探して、クリックして、フォローしてくれる人たちね。たまに雑誌や新聞を読んでて、レビューに目を通すと、僕のことが書かれてることがある。その新聞が僕の記事を載せたからだよ。でも、その記者は絶対僕の服を買ったことがないと思うんだ。僕は、たまたま業界にいるだけの人の意見より、自分をフォローしてくれている人たちの意見を尊重するね。

あなたの洋服に関して、その受け取られ方に誤解があると感じますか?

みんな分析し過ぎるし、意味を探し過ぎると思う。現在の文化では、自分の発言、自分の行動、自分の投稿に、とても慎重でないといけない。みんな、自分勝手に解釈するから。なんだか悲しいよね。何かする前に、よくよく考えなきゃいけないんだから。誰もが注意深くなる。僕は自分たちの洋服の中にあるユーモアが好きだけど、それが上手く理解されないこともある。確かに、みんなが同じユーモアのセンスを持っているわけじゃないし、僕は自分の対象に対して、自分の友達みたいに話しかけるんだ。「これが私たちの新しいコレクションで、ランウェイで披露したものです」ってことだけじゃなくてね。そういう情報も伝えるけど、幼馴染と話題を共有しているような感じで、情報を伝えたいね。

将来のことを考えると、Alexander Wangの次は何ですか?

ライフスタイル ブランドを築くことに興味があるな。僕は、ラルフ・ローレンにものすごく刺激されるって、ずっと言い続けてきたんだよ。彼の場合、服や靴やカバンだけじゃなくて、彼の世界だからね。例えロゴがなくても、それが分かるし、それを感じる。すごいことだよ。僕たちは、カバンや靴やコレクションを超えて知られるブランドになれる。特にファッション業界は今ちょっとした岐路に立っていて、右へ行くか左へ行くか、考えてるところなんだ。「次に来る大きな動きは何だ」って。もう誰も何も必要ないんだ。何か必要だったら、H&MかZaraかUniqloに行けばいい。そうだろ? ファッション業界の大きな部分を、わずかな大企業に持っていかれたんだ。だから、僕たちが作るものは、いわゆる「ラグジュアリー」なものだろうとニッチなものだろうと、すごく限定的で、すごく特別で、すごくユニークでないといけない。あらゆるものをあらゆる人に提供するブランドなんて、もうありえない。そのせいで、どっちの方向へ行けばいいか分からなくて、身動きできないデザイナーやブランドがたくさんいる。僕たちはまだ、主に卸売りに頼ってる。マーケティング上のポジショニングや、必要最低限の人の目に触れて試してもらえるという点で、重要だから。ただ、どう見ても、大きなチャンスがあるのはデジタルだね。僕の見るところ、テクノロジー企業みたいに運営しているライフスタイル ブランドは、まだないよ。テクノロジーを使っていろいろやってるファッションブランドも多いけど、実際、テクノロジー企業のような運営は全く別物なんだ。機能性とスピードとサービスが必要だ。僕たちには、その領域を試してみる大きなチャンスがある。

テクノロジー企業のように運営されるライフスタイル ブランドとは?

主に、バックエンド、インフラ、プラットフォーム化、ロジスティクス。Amazonって、何だと思う? 確かに、Amazonにはファッション ブランドがある。でも、Amazonのようなブランドのクリエイティブ ディレクターというのを想像してみてよ。それって、どんなものだと思う? 美容とか、そういうことが今起きている分野は沢山あるんだよ。でも、そういうふうに、あらゆる種類のものを直接顧客に販売してるライフスタイルブランドってあるかな? そこが僕の狙いだ。

ファッション業界は、あらゆる点で古風な産業です。古いルールでそのような新しいアイデアを発展させようとする場合、弱点がありますか?

もちろん! でもそういうことは無視するようにしてる。僕は混乱させるのが好きなんだ。今じゃ陳腐な表現になっちゃったけど、ほんとにそうなんだ。僕がいちばん興味がある業界は、エンタテイメントとテクノロジー。テクノロジーはもちろんイノベーションがあるから。でもエンターテイメントのほうは、人がほんとに追いかけるものだから。自分の対象とのコミュニケーション、インタラクション、関わりという点で、今は本質的に誰もがブランドなんだよね。リアーナやカニエだって、エンタテイナーであるだけじゃなくて、ブランドなんだ。何かひとつのジャンルの中にあったものを使って、そこから自分の周りに帝国を築いた。だから今エンターテイメント業界がやってることにすごく惹かれるんだ。

アマゾンからクリエイティブ ディレクターの仕事をオファーされたら?

ノー コメント。

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