アレクサンドル・マテュッシの密かなレシピ
良い生活と良いセーターを提案する、AMIのクリエイティブ ディレクター
- インタビュー: Alex Vadukul
- 写真: Fabien Montique

古びたラウンジの薄暗い一角に、アレクサンドル・マテュッシ(Alexandre Mattiussi)は腰を下している。ぼんやりとした光だけが私たちの会話を照らす。しかし、薄闇の中で自分の仕事やファッション観について話すことに、彼はまったく痛痒を感じないようだ。ブラックのスウェットシャツとブラックのパンツという出で立ちで、文字通り闇に溶け込んでいるからかもしれない。シンプルなスタイルは、彼が設立し、クリエイティブ ディレクターを務めるメンズウェア ブランドAMIを象徴している。
37歳のマテュッシは、2010年に、現在の形でAMIをスタートさせた。そのビジョンは、シンプルなデザインと手頃な価格設定に重きを置き、禅のごとき純粋主義を追求する。ブランドの形容には似たような言葉が繰り返し登場する。すなわち、リアルで、自然で、着やすく、パリ風で、安価で、そして何より大衆的。ブランド名「AMI」はフランス語で「友達」の意。対話を続けるうちに、どうして彼の感受性が実用とシンプルを提唱するメッセージの方向へ向かったのか、理解する手掛かりがあった。マテュッシはフランスのノルマンディーにあるのどかな田舎で育った。子供の頃に初めて心を奪われたのは、優雅なバレエだった。そして彼の制作プロセスは、曰く「料理に似ている」。その夜、外で煙草を吸いながら、私たちの対話は終わった。遠ざかるマテュッシは、やがて夜に紛れて見えなくなった。

アレックス・ヴァドゥクル(Alex Vadukul)
アレクサンドル・マテュッシ(Alexandre Mattiussi)
アレックス・ヴァドゥクル:このバーはお気に召しましたか?
アレクサンドル・マテュッシ:いいね。とても暗くて。ほとんど君が見えないぐらいだ。
だから私もここが好きなんです。何を飲みますか? 私はマルティニを注文しますが。
昨晩、ピノ・ノワールで酔っ払ってね。でも、赤ワインを頼もうかな。
最後に髭を剃ったのはいつか、覚えてますか?
かなり前。
DiorやMarc JacobsやGivenchyにそのまま在籍していれば、安泰なキャリアを築けたでしょうに、どうして辞めようと思ったんですか?
自由だよ。今の僕には上司がいない。敬意を払ってる有名ブランドがデザインして欲しいって声をかけてきたら、今でももちろん引き受けるよ。でも今は、僕のブランド、僕の会社を築いてるところだ。ものすごく大きな会社にする必要はないんだ。100店舗オープンしようと思えば今日にだってそうできるかもしれないけど、そんなことはしたくない。ATMマシンにならなくたっていい。僕は人生の自然なリズムに従う。田舎で生まれたことと、関係あるかもしれないな。
美味しそうに見えても、食べられないんだったら、いったい何の意味がある?
故郷はノルマンディーのジゾールだそうですね。古城や牧草地が広がる田園地方ですよね。ご両親は、あなたの仕事をどう思われていますか?
父は家具職人だった。でも若いときは、写真家をめざしてたんだ。でも、家業を継がなきゃいけなかった。16歳になったばかりで、写真の道を諦めざるをえなかった。ずっと挫折感を抱えていたよ。僕が子供の頃、ダンサーになりたいって両親に言ったら、母は「ぜひやってみなさい。お父さんは自分の好きな道に進むチャンスがなかったんだから」って言ってくれた。父も同じ考えで、僕を応援してくれたよ。だから僕の子供時代は映画の「リトル・ダンサー」みたいだった。田舎で大きな夢を抱いてる少年。両親は、最初から協力的だった。今じゃ、父のレナート・マテュッシ(Renato Mattiussi)は、毎回ショーに来てくれる。母もそう。ふたりが離婚して20年になるけど、ショーのたびに僕はふたりを並ばせるんだ。いっしょに座って話してるよ。
あなたの制作プロセスを教えてください。
ファッションは選択だ。長いか短いか? 白か黒か? 僕は絶えずそういうチョイスをしている。先ずチームにリストを渡して、そこからスタートして、進むべき方向を見付ける。僕にとっては、料理みたいなものだ。もっと酢が要るとか、塩が要るとか。そうすると、強く感じる味と薄く感じる味が現れ始めて、素晴らしいハーモニーができあがる。シャツのエッセンスを使いたいな、なんてこともある。そういう時は、70年代スタイルのシャツを見たりして、すごく好きな色だったら、そこへ全インスピレーションを集中させたり...。それから、僕はちょっとしたミスに惹かれるんだ。「不器用」っていうか、乱れたものや不格好なもの。完璧なものには惹かれない。リアルなほうが好きだ。日を追う毎に、どんどんやることが上達してるような気がするよ。シーズンが始まる時期が好きだな。自分が理解しているものを全部捨てて、また一から始めるプロセスだから。
ずいぶん楽しんでいるように聞こえますが、将来のことは考えますか?
将来もずっとこの仕事をしているかどうか、分からないよね。ずっと続いてほしいけど、やる気がなくなったり、プレッシャーが大きくなりすぎたら、辞めるしかない。もちろん、人生、何事もそうだけど。今はまだ、AMIとして、僕たちはとても楽しくやっている。何もかもまだ自然に運んでるし。



「良いか悪いか」の評価は、たったひとりの人間で決まるわけじゃない
クリエイティブな業界はどこも変化に直面してきました。ファッション界で、何か気付いたことはありますか?
僕が10年前に始めたときは、今あるものは何もなかった。僕にはフランス系パリジャンの視点しかなかったし、知ってる10人のファッション ジャーナリストを喜ばせることしか、気にかけてなかった。今は、その10人だけを喜ばせたいとは思ってないよ。ショーの批評が悪くても、それほど気にしない。気に入ってくれている人が、世界に1000人もいるんだからね。つまり、「良いか悪いか」の評価は、たったひとりの人間で決まるわけじゃないってことだ。それが、何よりいちばん大きな変化じゃないかな。
ファッション写真も変化をしています。イタリア版「Vogue」の表紙を撮るのは必ずしもスティーブン・マイゼル(Steven Meisel)ではなくなったし、フランカ・ソッツァーニ(Franca Sozzani)は亡くなったし、デビッド・ベッカム(David Beckham)のティーンエージャーの息子がBurberryのキャンペーンを撮りました。伝説的なファッション フォトグラファーの時代は終わったのでしょうか? あなたのように成功を手にした若手デザイナーは、そういうフォトグラファーと仕事をしたいと思っているのでしょうか?
僕個人としては、イエス。僕は伝統をとても尊重するからね。もしイネス&ヴィノード(Inez and Vinoodh)かスティーブン・マイゼルが僕の服を撮りたいとしたら、光栄だよ。ああいう人たちと一緒に仕事ができたら、それだけで信用が手に入る。そもそも、僕がファッションの世界に入ったのは、何といってもあの黄金期のおかげなんだ。16歳の頃、母といっしょにソファに座って、 Thierry Muglerのウィンター ショーをテレビで見たことがある。解説はヴィヴィアン・ブラッセル(Viviane Blassel)とマリー-クリスチャン・マレック(Marie-Christiane Marek)。ふたりは当時いちばん古参の服飾評論家だった。ショーは1時間も続いたよ。今なら10分で終わる。そしてあの時代は、カメラマンがランウェイに上がったんだ。今は、ゲストが最前列でカメラマンは後ろだよね。とにかく、僕はそのショー全体の雰囲気に胸が躍った。鳥肌が立ったくらいさ。だから、僕のショーであの雰囲気を出したいんだ。一度、人工の雪を降らせてモデルたちを歩かせたことがある。そんな古典的なコンセプトなんて、もう誰かが20回位やっているけど、そのエモーションは今でも共有できると思ったから。
オートクチュールは、今や時代遅れでしょうか?
そんなことはない。それはワインとか美味しい料理と同じだし、僕たちフランス人はそういうものを味わって楽しむからね。オートクチュールという言葉に果たしてまだ意味があるのかどうか、僕には分からない。だけど、オートクチュールは素晴らしいし、美しい。
あなたに一番大きな影響を与えた人物は?
クリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)は僕の最大のヒーローだ。ルールに従ってプレイするか、自分でルールを作るか。どちらの道もあるけど、ルブタンは自分のルールでプレイする。ありきたりなマーケティングのルールなんて気にしない。香水を手掛けるときも、真逆のやり方でやるんだ。僕もああなりたいよ。ほかには、アズディン・アライア(Azzedine Alaïa)。今でもミシンの前にいるし、今でも服が彼の人生だ。一度、ヴェルサイユ宮殿で会ったことがあるよ。夜遅くだったけど、アライアが食事をしてるテーブルへ行って、自己紹介したんだ。「アレクサンドルと言います。アイ ラブ ユー」って言ったら、彼も「僕からもアイ ラブ ユー」って言ってくれた。エディ・スリマン(Hedi Slimane)からも影響を受けたな。彼の仕事にはとても知性が感じられる。

今や有名人になって、あなたのブランドが大衆に向けて発信してきたメッセージを捨てる気にはなりませんか?
これまで以上に、あのメッセージを守りたいね。僕は有名ブランドで働いて素晴らしい経験を積んだけど、あれから何もかも変わった。当時の僕は鬱憤がたまってたよ。自分がデザインしてるブランドの服が高過ぎて、僕自身、手を出せなかったんだ。だから、会社を辞めてAMIを考え始めた当初から、もっと本当の自分を表す洋服を作りたいと思った。美味しそうに見えても、食べられないんだったら、いったい何の意味がある? 今でもそう思うし、何よりも、僕のメッセージを支持してくれる人も増えてる。だから僕は新しいことをもっと色々試せるんだ。
結局のところファッションは商業的な営みだとおっしゃいましたが、アートと商業主義が出合う領域をどう考えますか?
それはガレス・ピュー(Gareth Pugh)がいい例だな。10年前、彼は一番の注目株の「イット」デザイナーだった。それこそマドンナ並みに注目されたけど、それほど売れなかった。つまり、自分がどこを目指して、何をしたいのか、そこが問題なんだ。はっきり言って、僕はああはなりたくない。僕がいちばん感激するのは、カフェで、僕のTシャツを着てる人を実際に目にすること。本と同じさ。誰かに僕の本を読んで欲しいし、誰かの人生に存在したい。
ファッションの経済面はどうですか? あなたのブランドは友好的なメッセージを発信していますが、それでもまだ高過ぎると思う人がいるでしょう。
僕たちは世界を変えるつもりはない。ただ、良いセーターを作ろうと思ってる。

アレックス・ヴァドゥクル(Alex Vadukul)は、「ニューヨーク タイムズ」の定期寄稿者であり、「T マガジン」「ローリング ストーン」「メンズ ジャーナル」「ルオモ」「ニューヨーク」その他の出版物にも記事を提供している
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