アンナ・ブレスマンが愛着にこだわる理由

A_PLAN_APPLICATIONを始動したドイツ出身のデザイナーが、新ブランドの長期的な視点を語る

  • インタビュー: Rosie Prata

アンナ・ブレスマン(Anna Blessmann)は、同じティーポットをもう20年以上も使っている。買ったときからすでにアンティークだったそのティーポットは、今では欠けたところもあるが、使い込んで痛んだところに彼女は一層の愛情を感じる。ベルリン出身のアーティストでありデザイナーであるブレスマンの洋服ダンスには、1990年代に軍の放出物資店で見つけて自分でカットし直した作業着が、今もぶら下がっている。新ブランドA_PLAN_APPLICATIONをスタートするにあたって、ブレスマンは同じ原則に立っている。すなわち、長年にわたって対象に愛情を持ち続ける人のために服を作ること。ロゴや不要な虚飾とは無関係な服、ファッション界の流行り廃りに左右されない息の長い服を作ること。

彫刻を学んで美術の修士号を持つブレスマンは、近年の多数の展示で、パートナーであるグラフィック デザイナーのピーター・サヴィル(Peter Saville)とコラボレーションしている。そんなブレスマンが、2~3年前、Louis Vuittonのアート ディレクターも兼任する Off-Whiteのデザイナー、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)に、自分のアパレルの会社をやってみたらどうか、と持ちかけられたときは、正直ちょっと戸惑ったという。「そのとき私が着てたのは、自分でカットし直したChampionのスウェットシャツと、スリムでフェミニンなフォルムに改造したトラックパンツだったわ」と、ブレスマンは言う。「ヴァージルのアイデアを聞いて、最初は笑い飛ばしたのよ。ところがどう、その2年後にはこうなっちゃった」。ブレスマンが呼ぶところの「システム ワードローブ」は、さまざまな色調のブルーで展開する明確なシルエットが特徴だ。どのアイテムも、組み合わせるアイテムとぴったりフィットするように作られている。「服を着るときは、個性なんか振り回したくないわ。何より先に目に入るのは、あなた自身であるべきだもの」

Anna Blessman 着用アイテム:ジャンプスーツ(A_Plan_Application)

私は、ロンドンでブレスマンとサヴィルが共有している、自宅を兼ねたスタジオを訪れた。そして、自分で決断すること、友情によく似た服との関係、適度な単調さはとてもセクシーになることを語るブレスマンに、耳を傾けた。

ロージー・プラタ(Rosie Prata)

アンナ・ブレスマン(Anna Blessmann)

ロージー・プラタ:A_PLAN_APPLICATIONのアイデアは、どのようにして生まれたのですか?

アンナ・ブレスマン:私はずっと自分で自分の服を作ってきたけど、デザイナーになろうなんて、考えたこともなかったわ。若い頃にちょっとモデルをやったことがあって、ファッションの業界は私向きじゃないと思った。だけど、服に関しては、いつも自問していたの。「もし私が自分の周囲の視覚イメージにものすごく敏感だったら、どういう服を着るかしら?」ってね。するとだんだん、あからさまな服は着たくなくなった。理由は、すごく簡単に読み取れてしまうから。誰かの掲示板の役目を果たしたり、いつも次のものを欲しがるシステムの一部にはなりたくない。そう感じたの。

あなたにとって、A_PLAN_APPLICATIONはアート活動の延長ですか、 それとも別個のもの?

別物だわ。だって、A_PLAN_APPLICATIONはファッション業界での仕事だし、ファッションの世界とアートの世界はとても違う。アートは特定のフォルムを必要としないけど、服はちゃんと2本の足と2本の腕があって、頭を出せる場所が必要だから! できるだけ自分で考えて、一貫性と独立心を失わないようにしてるの。モノの感触、それから、みんなが自分の体をどういうふうに捉えるか…そこに興味があるわ。

デザインするとき、頭に思い浮かべる人は?

意見や知識を持てるのは自分自身に関してだけ、私はそう思ってる。マーケット リサーチなんて信用しない。そういうものから生まれるものは、どうしたって、凡庸にならざるをえないわ。私のデザインは、私が生活している世界から得た私自身の経験と観察が基盤よ。そして私の経験からすると、実際には、ファッション雑誌みたいな格好をしてる人なんていない。A_PLAN_APPLICATIONが大切にするのは、幻想ではなくて、現実的な機能性。いちばん良いのは、長く手元に置いておけるものを作ることね。それこそ、何も買わないことの次に環境に優しいことだもの。

コレクションにハイとローが共存しているのが、とても面白いですね。例えば、ワークウェアから着想したジャンプスーツが、そこらのお店で使われてるショッピング バッグとまったく同じシアン ブルーだったり…。社会階級が暗示されているし、もちろん、プラスチック バッグは使い捨て文化を象徴するシンボルだし。あの色調のブルーを選んだとき、そういう関連性について考えましたか?

というより、プラスチック バッグは日常的な存在だってことね。あのブルーを選んだのは、さまざまなヒエラルキーに行き渡ってるからよ。作業着でもあるし、海軍の将官の制服でもあるし、銀行員のスーツでもある。とてもたくさんの生活に登場するカラーよ。2~3か月で終ってしまうトレンドに投資する資金も時間も、私にはないの。それなら、自分の生活に合ったものを見つけて、それを大切にすれば?ってこと。

A_PLAN_APPLICATIONのコレクションは、アンチ トレンドと位置付けますか?

私は、現代を反映するものには関心がある。だけど、現れては消えていく、膨大な数の些細なトレンドには興味がない。もっとほかに考えることがあるもの!

ラグジュアリー ベーシックという考え方について、どう思いますか? あなたのコレクションに当てはまるコンセプトですか? A_PLAN_APPLICATIONと他のブランドの違いは、どこにあるのでしょう?

私のコレクションは、「ベーシック」と言って差し支えないわ。「ラグジュアリー」は難しい言葉ね。この時代に西欧世界で生きていること自体、ある意味で、贅沢なことだもの。もちろん、高品質の材料を使ってイタリアで生産するのが「ラグジュアリー」、と定義することもできる。でもそうすると、経済の問題になるわね。どこで作るか? どこの人々を搾取するか? 値段が安いということは、誰かが搾取されてるってことだもの。

言葉に対して、とても敏感なのですね。

色々なことを定義するのは難しいわ。私は言葉から出発しないから。先ず直感からスタートして、その後で、自分がしてることを表現する言葉を探すの。

A_PLAN_APPLICATIONという命名の由来は?

アイテムをシームレスに組み合わせられる、「システム ワードローブ」のコンセプトを表す名前にしたかったの。合理的で、ファッション ブランドらしくない名前。「A_PLAN_」は最初のプランとか、たくさんあるうちのひとつのプランっていう意味。「APPLICATION」は「応用」って意味だから、世界へ向かって開かれて、色んな人の環境に対応することを表してる。

ブランド名に入っている下線部分は?

私にとって大切なのはフォルム。下線を入れずに単語だけだったとしても、文章としては設立するけど、下線を入れることで、ひとつのフォルムを伴った存在になる気がするの。

今の説明を聞いて、ファイル名を連想しました。内容を適切かつ簡潔に明示して、エラーを回避する…。エラーと言えば、グリッチを模様にしたスカーフはピーターとのコラボレーションですね。

コレクションのアイテムは、どれも、相互関係的に作ってあるの。アイテム同士を組み合わせられるコンセプトは、今後も進化しながら展開していくわ。だけど、大きくは変わらない。そこで、なにか対比するものを含めようと思ったの。変化のない日常着に付け足せて、現在を感じさせるもの。それにはスカーフが適役だと、ピーターと私は思ったの。グリッチを模様に選んだのは、いちばん端的に現代を象徴しているから。

ピーター以外に、一緒に仕事をしてみたいデザイナーやアーティストはいますか?

それは今後、このスタジオを見てもらえれば、明らかになると思うわ。

絶対に組みたくない人、 A_PLAN_APPLICATIONのコンセプトと正反対の人は?

それを言うなら、世界のほとんどがA_PLAN_APPLICATIONの対極じゃないかしら! それに、すごく違う人と仕事をしてみるのは良いことかもしれないわ。例えばヴァージルのやり方はまったく違うけど、素晴らしい仕事をしてると思うもの。視点がとてもかけ離れている人とは、必ず、おもしろい対話があるわ。

インスピレーションが欲しいとき、参考にする人は?

私は、私自身の経験や考えを大きな基盤にしているから、「インスピレーション」という言葉には抵抗があるわね。もちろん、繋がりを感じるときはあるわよ。例えば マルタン・マルジェラがHermèsでやった仕事とかね。だけど、マルジェラの作品全体に彼特有の個性がある。あまりインスピレーションに頼りすぎると、二番煎じにしかならないわ。私としては、誰の真似もしたくないわね。

A_PLAN_APPLICATIONをデザインするうえで、守るべき規則や境界のようなものを決めましたか?

あらゆるものに、適度な単調さと、その中で何かセクシーなものが必要だということ。私は、付け足すことと取り除くことを、同じ程度に考えるの。でも、あからさまじゃ駄目。1度目じゃなくて、2度目に見て気付くものが好きだわ。服って、肌の上に着るものでしょ。そこに、あなたと着るものの関係が育っていく。それなのに、たった3か月後に捨ててしまうの?

人との関係と同じですね。使い込むほどに愛着が湧く。私は、いつも、靴の同じ側が最初に駄目になるんです。それで、自分の歩き方の癖に気付きました。

そのとおりよ。私も駄目にしたブーツがあるんだけど、どの夜に踊り明かしてそのブーツを駄目にしたか、わかってるの! 例えば、生活が変わって友達と疎遠になってしまって、だけど再会すると、以前の友情が蘇ってくる。それと同じ関係を、私は着るものに感じるの。数少ない、だけど本当に選んだものを大切に持ち続ける。そこに意味があると思う。たまに1年くらい姿を見かけなくなっても、そのうち必ず戻ってくるの。

Rosie Prataは、ロンドン在住のライター兼エディターである。現在は、『Monocle』誌のアソシエート・エディターであり、過去に『Canadian Art』、『The Globe and Mail』などでも原稿を執筆している

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  • 写真: Ollie Adegboye