映画で語るKENZOのビジョン
クリエイティブ・ディレクター、キャロル・リムとウンベルト・リオンが映画を通して広げる高田賢三の世界
- 文: Arthur Bray
- 写真: Arthur Bray / Carol Tam

彫りの深い顔が次々と楽屋のカーテンから突き出てきては、押し寄せるカメラマンたちに挨拶をする。一方、俳優たちは、髪の毛のセットとメイクアップのため、どこか別の場所へと連れて行かれる。振付師が全員に向かって「本番まであと10分」を告げる。ここはパリのメンズ ファッションウィークのファッションショーの舞台裏だと思うかもしれないが、実際は、ジュリアード音学院でのパフォーマンスのリハーサルだ。KENZOのクリエイティブ・ディレクター、ウンベルト・リオン(Humberto Leon)とキャロル・リム(Carol Lim)にとっては、どこでも同じことだ。ひとつのアートの形態が別の形態を補い、ふたりが頭の中で描いた物語を紡いでいく。ウンベルトは以前、『The New Yorker』誌に次のように話している。「僕たちが撮影するのは普通の広告キャンペーンとは違う。僕たちは映画を作っているんだ。映画のポスターの撮影をして、その映画のポスターが広告になって、そこで服を取り上げている」

かねてからの友人で、ショッピングモールでたむろしていた10代を経てリテールのオーナーになったふたりは、いつもアーティストやミュージシャン、スケーターなどに囲まれていた。いわば、ふたりが2002年に創設したマルチブランド ショップ、Opening Ceremonyに足繁く通う類の人たちだ。KENZOとOpening Ceremonyの両方とのコラボレーションをしている面々には、スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)やソランジュ(Solange)といった名高いアーティストや、アキノラ・デイヴィス・ジュニア(Akinola Davies Jr.)やラファンダ(Lafawndah)といったアバンギャルドのアーティストなどがおり、彼らが皆、ウンベルトとキャロルの美学を実現してきた。これらの映画監督やミュージシャンが様々な媒体を通して語る物語によって、KENZOはいろんな意味で、ブランドというより、いつ何時でも他の形に変身できるものになった。いちばん最近では、それは、パリのファッション ウィークにおける、演劇パフォーマンスとランウェイショーの合体という形で現れている。

28台のカメラが回る中、リアルタイムで撮影と上映を行なったKENZOの2018年秋冬コレクションが見せたのは、主役のデザイナーたちの生きた人生を観客が垣間見ることのできるような、自伝映画だった。この映画体験で明らかになるのは、古典的カルト映画作品、『花様年華』や『恋する惑星』を思わせる個人的な物語だ。今回、キャロルとウンベルトが、パリ ファッションウィークの舞台裏の写真とともに、自分たちの仕事における映画の重要性と、どのように高田賢三のビジョンを展開しているのかを語る。

アーサー・ブレイ(Arthur Bray)
キャロル・リム(Carol Lim) & ウンベルト・リオン(Humberto Leon)
アーサー・ブレイ:ファッションショーの自伝的な部分は、とても私的な感じがしました。
キャロル:今シーズンは完全にメタで行こうと思ってるの。今後6ヶ月は、もっとメタなことをやるわよ。それに自分たち自身を笑うのも楽しいわ。何から何まで厳格な感じにはしたくないから。
ロジスティックの面では、このパフォーマンス全体をどのように実現したのですか。
ウンベルト:28台のカメラが同時に撮影してはいるけど、台本は慎重に編集してあって、スクリーンには一部の映像だけが映されるようになってるんだ。例えば、ディナーのシーンは3つのパートに分かれていて、異なる配置が映し出されるようになってる。映画で見ると、すべてがひとつに織り合わさってるけど、リビングはダイニングの空間とは別のセットなんだよ。
何度もリハーサルしたんですか。
キャロル:それほどじゃないわ。
ウンベルト:3日間だっけ?
どのようにしてパフォーマンスを映画に変えることができたのか、聞かせてください。
キャロル:2018年の秋冬コレクションのショーに出席できなかった人のために、直後に映画を公開したの。ライブパフォーマンスが行われたあと、これをまとめた作品がただちに映画の形になるのを見るのは、すごく面白いプロセスだった。テクノロジーのおかげで何もかも本当に即席でできるようになったわ。私たちは、使えるものは何でも使って、壁を越えていくの。今回の映画は過去の時間軸に出席者たちを引き込んでいるのよ。


ファッション映画をどのように定義していますか。
キャロル:以前なら、ファッション映画の定義はただ完成されたビジュアルを作ることで、そこにほとんど物語はなかったでしょうね。でも私たちはそんな風にしてせっかくの機会を無駄にしたくないの。だから、映画の意味を再考して、脚本を書く映画監督と一緒に仕事をしてる。俳優のキャスティングにも関わっているし。いちばんオーセンティックな方法で何でもやりたいのよ。
ウンベルト:映画の封切りはファッションショーの二次会でやるのも好きだね。ちょうど『YO!MY SAINT』でやったみたいに。あれはアナ・リリー・アミールポアー(Ana Lily Armirpour)が監督で、音楽はヤー・ヤー・ヤーズ(Yeah Yeah Yeahs)のカレンO(Karen O)が作ったミュージック ビデオだった。アレックス・ザング・ホンタイ(Alex Zhang Hungtai)やジェシカ・ ヘンウィック(Jessica Henwick)、水原希子といった個性的な俳優が出演してる。僕たちにとっては、ファッションと映画、アート、パーティーといったものは互いに補い合うものなんだ。
あなたたちのキャンペーンには、常に映画や演劇的体験が根底にあるように思えます。これらのプロジェクトにがっつりとアートの要素を取り込むことがこれほど重要なのは、なぜですか。
ウンベルト:当初から常に、僕たちはブランドにカルチャーを取り入れてきた。僕たちは常にいろんな世界に関わっていたし、仲間たちをファッションに取り込むのが好きなんだ。キャロルと僕は、ソランジュとのプロジェクトをやるにせよ、スパイク・ジョーンズと映画を作るにせよ、映画の世界に浸ったり離れたりしつつ、ミュージシャンたちと作り上げて行くんだ。この文化が交差する場所というアイデアは、僕たち自身の考えを表現する際、常にオーセンティックな方法だった。僕たちがファッション映画を撮り始めたのは、6年前、KENZOに参加したときだけど、作品が発展して、ファッション固有のものとは異なるチャンネルでシェアされていくのを見るのは興味深かったね。
シーズンごとに新しい監督やスタイリスト、ダンサーを取り入れていますが、KENZOが単なるブランドを超えて、クリエイティビティに焦点を当てたプラットフォームであることの重要性はどのような点にありますか。
ウンベルト:僕たちはふたりとも、生来ものすごく好奇心が強いんだ。あらゆる種類のアートが好きだし、こうした異なるジャンルの作品を、自分たちの仕事にも組み込みたいと思ってる。


繰り返し登場するデザインがありますが、どの要素についてKENZO高田賢三のスタイルを継承していると思いますか。
ウンベルト:アーカイブのプリント、花柄、ジャングルのモチーフを自分たちのデザインの中で再考するのが好きだね。KENZOで有名な刺繍でも色々と遊んでる。『恋する惑星』や『花様年華』のような映画がインスピレーションになっていて、ダッフルコートみたいなアウターを作り直すのも好きだし、他の角度からも色々と映画を参考に作るのが好きだ。
刺繍の虎は80年代からKENZOの象徴でしたが、最近は、刺繍は完全にトレンドのひとつとなり、ランウェイからストリートウェアまで、あらゆるデザインに見られます。KENZOではこのスタイルはどのように進化しましたか。
ウンベルト:もちろん、ファッションでは色々と流行り廃りがあるけれど、僕たちが表現しているのはブランドの物語なんだ。刺繍の美学というものが僕たちにはある。この技術は、虎を使うのと並んで、僕たちの物語の重要な一部だ。他の人たちが皆、刺繍を取り上げているからといって、僕は刺繍をやめたりしないよ。
異なる要素が入り混じった伝統は、KENZOではスタイルとしてどのように存在しているのでしょうか。
ウンベルト:KENZOは正真正銘アジアとパリのブランドなんだ。その自分たちのフィールドの中で遊ぶのが好きだね。高田賢三はパリに来てパリのファッションブランドを始めたアジア人のデザイナーだ。そしてキャロルと僕はアジア系でカリフォルニア生まれ。他のブランドが異文化のミックスをブランドに取り込もうとしているからといって、必ずしも、僕たちはそれをやらないってことにはならないと思う。彼らには僕たちが持っているような物語がないからね。
キャロル:私たちは創設者の原点を見てるの。これは、他のブランドが今シーズンはツイードを使ったデザインをしているからといって、どのパリのブランドも、自分たちの従来の手法をやめたりしないのと同じよ。オーセンティックな立場と土台を維持するために、私たちは努力しているの。

ブランドのアーカイブを継承しながら、どのようにして若者と機能性というテーマを新たに創ることができたのですか。
キャロル:私たちにはとても単純なことだったわ。楽しみながら、たとえばソウルの学生、とかニューヨークの弁護士、みたいな感じで、着る人をイメージしながら、服を作るだけ。欲しいものは何でも、案外近くの、手に届くところにあるという考えよ。店に行くと、よく母親と娘の両方が一緒になって買い物をしているのを見るでしょう。
香港への旅行でインスピレーションを受けてOpening Ceremonyを立ち上げたということですが、街のどんなところに感化されたのでしょうか。最初に店舗で販売するために持ち帰ったブランドやアイテムにはどういった物があったのか聞かせてください。
ウンベルト:キャロルと僕は2002年に友人に会いに香港に行って、そこで現地の若いデザイナーや雑誌の人たちに紹介されたんだ。ニン・ラウ(Ning Lau)みたいなエディターが 『STORE』という雑誌をやってて。オンライン ショッピングではすぐに簡単に手に入りそうになかったから、Izzueや5cmといったブランドをアメリカに持ち帰った。
高田賢三も、もともとデザイナーになる前はリテーラーでしたね。ウンベルトに聞きたいのですが、Opening Ceremonyの経営で培ったスキルの中で、KENZOのデザインチームを率いるのに役に立っているものは何でしょうか。
ウンベルト:僕たちが作るものは着れるものでなければならないということかな。ランウェイに登場するもののほとんどが店舗にも置いてあるんだ。僕たちのお店に入ってきた人が、色々と試着して、自分の着こなしに取り入れられそうなアイテムを見つけられるのがいいと思う。
Opening CeremonyでもKENZOでも、「実際に着こなせる」というのが大きな要因なのですね。
ウンベルト:僕たちはランウェイも既製服も同じものだと考えてる。区別はないよ。結局のところ、すばらしい服というのは機能性が鍵なんだ。僕たちが作るのは「ストーリとウェア」でも「ハイファッション」でもない、単に着やすくて良い服だ。


Arthur Brayはファッションと音楽が専門のライター。以前は『HYPEBEAST』のマネージング エディターで、現在は『Crepe City Magazine』の総合監修を行う。また『032c』、『FACT Mag』、 『Intelligence』にも執筆している
- 文: Arthur Bray
- 写真: Arthur Bray / Carol Tam