シネフィル:手袋

Balenciaga、MSGM、Gucciの手袋が新春の心を掴む

  • 文: SSENSE Editors

手袋から、何を連想するだろう? 手、防寒、保護…といったところだろうか? 映画では、手袋が覆い隠すものは、それが暴き出すものと同じくらい重要な意味を持つ。好きな色、隠された計略、秘密のアイデンティティ…。「シネフィル」シリーズ第3弾では、SSENSEエディトリアル チームが指折り数えながら、映画に登場した手袋のレガシーを振り返った。あなたのハートが手袋に包まれた手で鷲掴みにされる新年でありますように。

画像のアイテム:グローブ(Calvin Klein 205W39NYC)

『ファースト・マン』(2018年)

Calvin Klein 205W39NYCの2018年秋冬シーズンでラフ・シモンズ(Raf Simons)がデザインしたメタリック シルバーの宇宙飛行仕様の手袋は、年初めにデビューを飾るやいなや、たちまちヒットした。ファッション雑誌はマタタビを与えられた猫のごとく興奮し、あらゆるエディトリアルが飛びついた。『Allure』誌の9月号では、ついにリアーナ(Rihanna)までこの手袋をしている。ほとんど実用性のないまったく無意味なこの手袋は、完全にステートメントとしてのアイテムと言えるだろう。だが、デザインを着想した源は宇宙飛行士であり、宇宙飛行士には最高度に機能優先の制服が必要だ。その上、今年はラフ・シモンズだけでなく、ファッション デザイナーの大多数がNASAや宇宙時代のコンセプトに熱中した感がある。おそらく、トラヴィス・スコット(Travis Scott)がリリースした3枚目のアルバム『Astroworld』関連のグッズも影響したと思われるが、ともかく巷には、宇宙飛行士の装備にインスパイアされたフーディ、ブーツ、バッグが溢れたのである。しかし、宇宙空間での滞在は、私たちが想像するようなエキサイティングな体験とは程遠い。予告編がどんな印象を与えるにせよ、『ファースト・マン』は、英雄としてのニール・アームストロング(Neil Armstrong)ではなく、人間としての彼を描いた作品だ。彼が体験した喪失、抑鬱、絶望との闘いは、今やかつてなく人類に蔓延したテーマである。宇宙の闇は私たちの内にある闇と同じ程度に広大であることを、『ファースト・マン』は実感させてくれる。そんな時代に、新たな喜び、あるいは新たなトレンドを見出すには、別の銀河系に目を向けるしかないのかもしれない。

画像のアイテム:グローブ(MSGM)

『200本のたばこ』(1999年)

『200本のたばこ』は、カップルのお話。(ケイト・ハドソン(Kate Hudson)が演じる、アッパー イースト サイドのお嬢様シンディから、コートニー・ラブ(Courtney Love)の演じる、ロウアー イースト サイドのグランジ系女子ルーシーまで、ニューヨークのさまざまな場所で生活するキャラクターたちが登場する。同じニューヨークでも生活はまるきり違うのだが、全員が大晦日をいっしょに過ごす相手を探している。つまり、多様なキャラクターとエピソードをつなぐのは「パートナー探し」のテーマ、そして ヒップでボヘミアンなアルファベット シティのバンドマンであれ、フィフス アベニューで買い物するような人であれ— 寒い冬には欠かせない手袋だ。パーティに誰も現れなくてハラハラと気を揉むホストは肘まであるデリケートなメッシュのイブニング グローブ、郊外のロンコンコマからやってきた、ティーンエイジャーのヴァルを演じるクリスティーナ・リッチ(Christina Ricci)は赤いレザー グローブ、有名なパンク クラブ「CBGB」の常連トムを演じるケイシー・アフレック(Casey Affleck)は、スタッドが付いたブラック レザーのフィンガーレス。実にさまざまな手袋が登場して、多くを語る。

画像のアイテム:グローブ(Issey Miyake)

『トイ・ストーリー』(2010年)

『トイ・ストーリー 3』のいちばんの悪役は「ロッツォ・ハグベア」。みっちり中身が詰まった太っちょのクマのぬいぐるみで、後ろ足で立って歩き、色はマジェンタ、抱きしめるとイチゴの匂いがする。だけど、持ち主だったデイジーがうっかり捨ててしまったことに傷ついて、サニーサイド保育園のほかのオモチャたちを支配する、意地悪なリーダーになってしまった。いつも手放さない杖は、丸っこい手のままでも差し支えないようだが、万一手袋が必要なときに備えて、Issey Miyakeがロッツォにぴったりの手袋を作ってくれたようだ。イチゴの匂いはしない…が、違う匂いがする。何だろう? キアヌ(Keanu reeves)の匂い? きっと、そうだ。今年6月に公開予定の『トイ・ストーリー 4』で、ジョーダン・ピール(Jordan Peele)やキーガン=マイケル・キー(Keegan Michael Key)らといっしょに声優をやるという話だから。ともあれ、Issey Miyakeのピンク&グレー Eagle グローブで、ロッツォ(の見かけ)と同じ暖かみと親しみを楽しもう。

画像のアイテム:グローブ(Hugo)

『バリー・リンドン』(1975年)

スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick)監督が『バリー・リンドン』に託したメッセージ、すわなち「自分の行為は必ず最後に自分に跳ね返ってくる」いう考えは、ほぼ45年を経た現代に格別ふさわしく感じられる。無責任で有害で女たらしの卑劣漢が、ひとり残らず片足を失い、孤独な生涯を送る定めになったらどうだろう? 主人公のレドモンド・バリーは、アイルランドの田舎で生まれ育ったごろつきだったのが、嘘と欺瞞を弄し、裕福な未亡人レディー・リンドンの心を操って18世紀の貴族階級へ潜り込む。だが、そんな胡散臭いやり口には、必ず罰が下る。バリーの問題行動は、馬車の中でたばこを吸う場面で完璧に象徴されている。狭い座席でひっきりなしにパイプをふかすバリーに、レディー・リンドンはちょっとのあいだ止めてほしいと頼む。それに対してバリーは、パイプの煙をレディー・リンドンの顔に向けて吹き付ける行為で応えるのだ。レディー・リンドンの財産と自由意志を、ますます我が物にしていくバリーが如実に描写されているではないか。さて、そんな男が、自分の悪行から目をそらすために身に着けるものは何か? 手袋だ! しなやかなレザーは巧妙な手口を妨げず、かつ、悪魔がつけ入るという中味のない手を覆い隠す。確かに贅沢かもしれない。だがどうせ、バリーと上流階級の関係は長くは続かない。

画像のアイテム:タートルネック(Balenciaga)

『パリ、テキサス』(1984年)

『パリ、テキサス』を知らない人でも、ナスターシャ・キンスキー(Natassja Kinski)が演じるジェーンの、フューシャ ピンクの背中が大きく開いたアンゴラのセーター ドレスは、おそらく知っているだろう。さしたる理由もないのになぜか注目を集めたこのスタイルは、「過去10年、ムードボードにもっとも頻繁に登場したイメージ」賞の候補に挙がるはずだ。過去10年間のムードボードを追跡調査する方法があれば、の話だが…。いずれにせよ、クリシェは、真実を含むからこそクリシェ足りうる。これこそ、紛れもないクリシェの真実だ。そう考えて見直せば、ジェーンとトラヴィスの張りつめた再会シーンの背景全体に、統一された美学が行きわたっていることは否定できない。キャンディ アップル レッドのダイアル式の電話、亜麻色の髪、柿色のポリエステルのカーテン、淡赤色の壁…すべてが、壊れたハートを連想させる色調だ。トラヴィスを演じるハリー・ディーン・スタントン(Harry Dean Stanton)は、覗き部屋で働いているかつての妻ジェーンに会いに来た。だが名乗りはしない。ミラーガラスがふたりを隔てている。その両側をつなぐ電話に向かって、トラヴィスは声もなく涙を流し、相手がトラヴィスだとは気づかないジェーンは、華やかでやわらかなフューシャ ピンクに包まれながら途方にくれる。このシーンに手袋は登場しないが、ジェーンのセーターに合うのは、Balenciagaの2019年春夏コレクションの袖と一体型の手袋。あなたのトラヴィスの繊細な感情世界を探るには、やわらかな手袋が必要だ。

画像のアイテム:グローブ(Gucci)

『セレンディピティ~恋人たちのニューヨーク~』(2001年)

どこのギフト ガイドを見ても、ほぼ確実に、特徴のないブラックの手袋が載っている。保温タイプあるいはフィンガーレス、テクニカル素材あるいは高級レザー、等々。上司だろうがいとこだろうが、1年に1度しか顔をみない人には無難で間違いないが、退屈なプレゼントだ。とはいえ、ホリデー シーズンのショッピングで込み合うブルーミングデールでは、たった一組だけ残っていたベーシックなブラックのカシミアの手袋が、若き日のジョン・キューザック(John Cusack)とケイト・ベッキンセール(Kate Beckinsale)に、思いがけない出会いを与えてくれる。フローズン ホット チョコレートを飲むうち、「幸運な偶然、すなわちセレンディピティ」は束の間のロマンスに発展するものの、その後の数年は落胆に次ぐ落胆と、行き違いばかり。そしてついには、同じ手袋がセントラル パークのスケート リンクで再びふたりを引き合わせる。めでたしめでたし。こんなラブ ストーリーは、今時もうない。ハッピー エンドを願う気持ちは時代遅れになってしまった。だから、自ら事に当たり、自分の運命を自分で作らざるを得ない時代には、Gucciを選ぼう。目を瞑り、カシミア ライニングの手袋に包んだ指を願いの形に組んで、セレンディピティらしきものの訪れを待とうではないか。

  • 文: SSENSE Editors