シネフィル: サングラス
Dior、Saint Laurent、Dries Van Noten
とともに映画の世界を彩るアイウェアを探求する
- 文: SSENSEエディトリアルチーム

「シネフィリア」とは、めくるめく映画の世界に対する、情熱的で、ほぼフェティッシュに近い執着を意味する言葉である。シリーズ「シネフィル」では、この執着を通して、珠玉の映画の中に登場したファッションやアイテムの、スタイリングやその演出手法を分析する。
今回は、取り上げるアイテムは、サングラス。レンズの色が濃いものから薄いもの、大ぶりなものから小さいもの、洗練されたものから不格好なものまで多岐に渡る。サングラス本来の目的は目を紫外線から守ることだが、身に着けている人の心情をさり気なく映す役割をも果たす。人目につきたくない時には身分を隠してくれ、空からスカイダイビングする際には様々な物体から目を守ってくれ、悲惨な初デートでは相手を寄せつけないための防護壁になってくれる。目を覆いながらも「私を見て!」と主張するサングラスもあれば、あまりにも顔に馴染んでいるせいで、靴ヒモよりも目立たないサングラスもある。今回「シネフィル: サングラス」では、SSENSEのエディトリアル チームが、時代を越えて人びとを魅了しながらも儚さも感じさせるアイテム、サングラスの美学を検証する。

画像のアイテム:サングラス(Tom Ford)
『ボーダーライン: ソルジャーズ・デイ』 (2018)
ドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)による2015年の映画『ボーダーライン』は、ほとんど非の打ち所のないアクションムービーだった。言うなれば、マイケル・マン(Michael Mann)の『ヒート』を思わせる完璧さ。この手の話が好きなカルトファンが、今夏(日本では2018年11月公開予定)もっとも待ち望むアクションムービーとして、続編『ボーダーライン: ソルジャーズ・デイ』が公開を控えている。この続編では、ベニシオ・デル・トロ(Benicio del Toro)が、凄惨な過去を持つ無情な殺し屋のアレハンドロ・ギリック(Alejandro Gillick)を再び演じる。ベニシオはスクリーンの中でも私生活においても、キアヌ・リーブス(Keanu Reeves)のような、唯一無二の、とびぬけたクールさを備えている。『ボーダーライン』で彼がかけていたスタイリッシュなシルバーのIzodのサングラスや、『ボーダーライン: ソルジャーズ・デイ』での全面黒のラップ型サングラスは、彼の異様な冷淡さを一層際立たせている。ベニシオ演じるアレハンドロ・ギリックは、まさに伝説への階段を上りつつあるアンチヒーロであり、サングラスはその過程において欠かせない要素だ。それは、実用的でありながら、とらえどころがない。

画像のアイテム:サングラス(Saint Laurent)
『SET IT OFF』(1996)
『SET IT OFF』は、時代をかなり先取りした映画だった。1996年に作られたこの映画は、現実社会のなかで翻弄される女性たちの物語だ。そんな毎日に疲弊しながらも、ベストフレンドの4人は、様々な手段を使って互いを支え合う。彼女たちのユーモア、強さ、絆が、映画の中での彼女たちの個性を引き立てており、それが彼女たちの友情を新たな展開へと導く。それは、銀行強盗。強盗に際して、彼女たちはマスクを被る代わりにお揃いのサングラスをかけることを選ぶ。めちゃくちゃ大胆でカッコいい行動だと言わざるを得ない。そしてクレオ、ストーニー、フランキー、T・Tの4人は、巨大なプレッシャーの中でも、見事な離れ業をやってのける。よくよく考えてみれば、サングラスはまさにそのためにあるのだ。

画像のアイテム:サングラス(Gucci)
『ミニー&モスコウィッツ』(1971)
ジーナ・ローランズ(Gena Rowlands)が、彼女の夫であるジョン・カサヴェテス(John Cassavetes)が監督した1971年の映画『ミニー&モスコウィッツ』の中で演じる主人公ミニー・ムーアは、人を惹きつけるだけでなく、優雅であり、そしてちょぴりもの悲しい。人生に幻滅した人間がどんな風なのかを知りたければ、ミニーを見れば一目瞭然だ。「映画は陰謀だわ。信じ込むように作られているの…。何ごとも信じ込むように。」彼女はそんなことを言う。タバコに火をつける時、ミニーは、大抵希望に満ちている。だが同時に、彼女の心は完全に死んでいる。おどけてもいる。そして、大胆で少しだけ酔っ払っている。ジーナ・ローランズはどんなシーンでも、表情がとても豊かだ。オーバーサイズの八角形のサングラスで顔の半分が覆われているにもかかわらず、彼女にはどことなく落ち着いたオーラが漂い、心ここにあらずといった様子のミニーを見事に演じきっている。その演技力は驚異的であるというか、ただただ素晴らしい。ローランズは、デートに、まるで葬儀に参列しているかのようなこの大きなサングラスをかけていく。義理の両親に会う時も、あるいは単にLAの容赦ない日差しを遮り、社会的に求められる整然とした身なりをする時も、サングラスをかけていく。そうでもしなければ、LAの日差しの下で、どうやって最悪な思い出しかない過去の関係を回顧することができるのか。どうやって午前2時にひとりでアイスを食べるスリルを楽しめるのか。あるいは、最もシンプルで怖い質問、「お元気ですか?」に答えられるのか。どうやって傷心した後、普通の日常生活に戻ろうと自分を奮い立たせるのか。このサングラスをかけたローランズは驚異である。サングラスは彼女の顔を部分的に覆っていてるが、心の中を透かしてみせる。移り変わっていく彼女の気持ちを。未来には楽しいことが待っていることを。サングラスは一時しのぎであり、少しの時間と場所を与えてくれる。そんなサングラスのおかげで、彼女はまた信じることができるようになるのだ。きっと。

画像のアイテム:サングラス(Dries Van Noten)
『ビッグ・ダディ』(1999)
90年代は、何と言っても、双子の俳優の時代だった。 また、90年代は『ザ・エージェント』のジョナサン・リプニッキ(Jonathan Lipnicki)といったキュートなブロンドの小さな男の子たちがテレビや映画を席巻した時代でもあった。さらに、90年代と言えば、小ぶりで横長のサングラスの時代だった。そして1999年に『ビッグ・ダディ』が公開された際、アダム・サンドラー(Adam Sandler)とのW主演で、双子のディランとコールのスプラウス(Dylan、Cole Sprouse)が5歳のジュリアン役を交代で演じたことで、「双子」「キュートなブロンドの男の子」「小ぶりの横長のサングラス」という90年代を象徴する3つのトレンドが、次の10年を迎える手前でひとつになってピークに達したと言っていいだろう。そのスプラウス兄弟は、今でもアダム・サンドラーを、彼らにとって多大な影響を与える、お手本のような人物として挙げる。一方、映画の中でサンドラーが演じるソニーは、家を留守にしているルームメイトの子供を預かり、自分に愛想を尽かした元カノに責任感のあるところを見せようと画策するダメ男だ。彼の育児スタイルはどちらかというとメチャクチャで、間違いなく型破りなものだったが、結果的には、ソニーとジュリアンの間には疑いようのないほど愛情に満ちた絆が育まれていく。「これを見てごらん。魔法のサングラスだ」とソニーはジュリアンに言う。「いいかい、もし不安なことがあったら、これをかければいい。透明人間になれるから。」そしてジュリアンがこの完璧なまでにダサかっこいい90年代のフレームを顔にかけると、その通り、透明人間になったかのような気分になるのだった。
『恋する惑星』(1994)
「僕たちは燃料を満タンに積んで飛ぶジャンボジェットのように、長い航路をずっと一緒に旅すると思っていた。でも、僕たちは進路を変えたんだ」。警官663号は、スチュワーデスとのこじれた関係をそう嘆く。「重慶急行」を意味する原題の通り、この映画はどうやら変化や動きが中心的要素であるようだ。私たちの存在は絶えず流動的であり、時にはアイデンティティですら流動的である。他人の人生を軽くかすめながら、私たちは自分の人生の舵を取り、時に図らずも他人と空間を共有する。カリフォルニアを夢見ながら香港のデリで働くウェイトレスのフェイは、頻繁に警官663号の接客をし、彼との間で微妙な男と女の戯れを繰り広げる。ロマンスが完全に成就する前に映画は終わりを迎えるが、ある種の達成感をも感じさせる。儚いものだけが醸しだすことのできる、極めて優美な雰囲気。それはまさにフェイがかけていたサングラスの半透明で乳白色のフレームのようだ。

画像のアイテム:サングラス(Saint Laurent)
『グリース』(1978)
「Mesmerized」のミュージックビデオで、ジャ・ルール(Ja Rule)とアシャンティ(Ashanti)が証明してみせたように、1978年の名作『グリース』は、恋愛における究極の教えを伝授してくれる。すなわち、いかに好きな相手の気を引きつけ、つなぎとめておくか。劇中に登場するアイコニックな仲良しガールズグループ「ピンクレディース」がささやかなヒントを与える。コツは、まずはさりげないシンプルな行為から始めること。そしてサングラスをうまく小道具として使うこと。好きな相手を遠くからじっと見るために上目遣いをしようと、相手が引いてしまうことを仄めかす際に眉毛を上下にヒクヒクと動かすといったウザったい仕草をしようと、サングラスには人が求愛行動をとるための機能が備わっているのだ。ハート目の絵文字のDMを現実世界で体現することで、さらに上のレベルを目指そう。Saint LaurentのLou Louサングラスで、意中のあの人を釘付けにするのだ。

画像のアイテム:バイザー(Dior)
『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(2018)
シリーズ6作目の予告編から判断するに、『フォールアウト』はあなたが想像する2018年版の『ミッション:インポッシブル』そのものだ。騒がしくて速くて、バカバカしいくらいのアクションが詰まっている。クライマックスシーンのひとつでは、トム・クルーズ(Tom Cruise)が高高度降下低高度開傘、通称HALOを用いてジャンプし、危険な任務ならぬ「リスキービジネス」(1983年製作のトム・クルーズ主演映画『卒業白書』の原題)に乗り出していく。このスタントを俳優自身がやり遂げたのは、トム・クルーズが初めてであり、それもあの特注ヘルメットがなければ実現していなかったかもしれない。彼がこの離れ業を成し遂げる様子を撮った短編プロモーションビデオによれば、そのヘルメットは「撮影用の小道具であり救命具でもある」らしい。さらに話はここで終わらない。このような特徴を備えたアイテムは、エリートのスカイダイビングセレブたちのためだけものではないらしい。実はDiorからも、「小道具」と「救命具」の両方の要素を多少なりとも兼ね備えたアイテムが発売されているのだ。「見た目」目的のアイテムではあるが、同時に100%日焼けを防いでくれる。これはバイザーだろうか? それともサングラス? 例えそれが何であろうと、シースルーで、UVプロテクション効果がある。HALOでスカイダイビングを行うことも、低酸素症を避けることもできないかもしれないが、トムが映画の中でそのスタントをこなす勇姿を鑑賞するべく映画館へとバイクを飛ばす際には、おそらく、いや間違いなく、顔に風が絶え間なく当たる煩わしさから解放してくれるはずだ。
- 文: SSENSEエディトリアルチーム