色の物語:バーンアウト オレンジ
テクノロジーと幻覚の中で、朱色に染まる
- 文: Olivia Whittick

ネバダにあるエリア51は、土煙の上がる地面に打ちつけられた、赤みがかった鮮やかなオレンジ色の杭によって、はっきりと周囲の区域から区別されている。この色がバーンアウト オレンジだ。焼けつくようなモハーヴェの大地のオレンジと、ラスベガス ストリップで揺らめくネオンサインの赤の間にある色。それは、空を飛ぶ「燃える円盤」と呼ばれるUFO目撃の色であり、恐怖と嫌悪感、メスカリンでハイになったせいで引き起こされるパラノイアの色だ。その色味から思い出すのは、大自然のレッド ロック キャニオンやレッドロック カジノのホテルのような、砂漠の中の都市が見せる、うねうねと続く現実離れした光景だ。
グルービーで、テクノ フューチャリスティックなバーンアウト オレンジは、人で言えば、頭にアルミホイルを巻いているような人間だ。Balenciagaの2019年春夏コレクションのランウェイで、アーティストのジョン・ラフマン(Jon Rafman)が見せた、映像の「トンネル」の赤外線ストーブのようなオレンジ色。これについて、ショーノートでは、「不気味なデジタル エコシステム、異質な風景、今にも崩壊せんとする後期テクノ フェティシズムの文明へと至る旅は続く」とある。ラフマンは、テクノロジーが我々の生活に与える影響について関心を持っているアーティストだ。中でも仮想現実を頻繁に取り上げており、VRやビデオ ゲームを使った、デジタルな意味における非現実的次元を探求する作品で知られる。彼がファッションショーのために作った、「Ride Never Ends」と題したLEDの舞台セットは、 意識が拡大されるような没入型の純粋なテクノロジー環境を作り出すことで、デジタル化された彼の精神世界へと観客を誘っている。

バーンアウト オレンジは、EXITサインのイルミネーションやLEDの赤信号、三角コーンに見られる。危険を示す赤とオレンジは、平凡な日常に風穴をあけることができる色彩の生々しいエネルギーそのものだ。そして、くすんだ色にあふれた景色の中で、人々の視線を引きつける。それは新しいフォロワーであり、電話の不在着信であり、未読メールの山である。通知の色だ。バーンアウト オレンジは過剰なアラートの色であり、現代社会に蔓延する「燃え尽き症候群」の色であり、至るところにテクノロジーが介在する現代生活の物理的副作用の色だ。過剰なまでのやる気に満ちたオレンジ色。Off-Whiteの結束バンドのプラスチックのタグは、闘牛士が使うあの赤い布のごとく、流行に向かって猪突猛進するファッショニスタたちを引き寄せる。グラスの水滴が電飾のように輝く、Instagramに投稿されたアペロール スプリッツ。人為的に影響力を拡大する、イクラのような色のHermèsバーキン。だが同時に、これは洗剤のタイドポッドのオレンジでもある。そして、急速にプランクトンが増殖する赤潮のごとく拡散中の、コミュニストのマスコットになったグリッティ(Gritty)のミームの数々や、『Artforum』の表紙を飾ったグリッティのオレンジでもある。あるいは、レイリー散乱で赤く見える夕焼けの色。感覚過負荷に陥った脳を表す、興奮したオレンジ色だ。
その派手さにおいては現代的だが、褪せた色という点ではビンテージといえるバーンアウト オレンジ。これは、新たにカラーリングする前のリル・ヨッティ(Lil Yachty)の髪のように、長い間けばけばしい色彩を放っていたのが、ようやく落ち着いた色だ。暗闇ではより明るく輝いて見え、その素材は、この世のものとは思えない不思議な光を発する。たとえば、Acne Studiosの2019年秋冬コレクションのオープニングで見られた、知覚を司る末梢神経の神経繊維を思わせるデザインのセーターのように。バーンアウト オレンジを着ることは、過去の亡霊を召喚することであり、失われた精神性、つまり1960年代や70年代がもたらしたポップカルチャーを意識した、より高い次元への回帰を意味する。これを彩るのが、仏僧やハレ・クリシュナの僧が着る山吹色の僧衣「スタイル」を流用したオレンジ色だ。

左:Dries Van Noten 2019年春夏コレクション、右:Marni 2019年春夏コレクション
バーンアウト オレンジは、計算し尽くされた上品さに対する挑戦だ。Dries Van Notenの2019年春夏コレクションでは、ボタンアップからパンツ、コートに至るまで、オランダ人デザイナー、ヴェルナー・パントン(Verner Panton)のサイケデリックでマグマのようなインテリアからインスピレーションを得たアイテムが、朱色の光を放っていた。2019年プレ フォール コレクションでGucciが発表した、ド派手なヒッピースタイルの毛足の長いコート。Eckhaus Lattaによる2019年春夏コレクションの、ほどけたようなオレンジのニットドレス。熱した石炭の色をしたHermèsの2019年秋冬コレクションで使われた背景はニューロンを刺激し、A-Cold-Wall*のモデルたちは、文字通り、バーンアウト オレンジのスーツの暑さのあまり、汗をかいていた。Off-Whiteの2019年秋冬コレクションにおける、インターネット初期のグラフィックとクロシェ ニットを融合させたロゴ付きタンクトップは、この色が、いかにレトロ感と未来感、あるいはトリップ感とテック感を同時に醸し出すかを表した好例と言える。
バーンアウト オレンジは、高温状態で使用する電気工具のホットナイフのように、熱によって赤色が白色に変わり、それが元に戻るときに色あせてオレンジになったような色だ。Bicライターの点火ボタンを押す親指。火事を起こす危険性のある、ゆっくりと流体が動くラバライト。特別うっとりとするような地下室のカーペット。それは、テレンス・マッケナ(Terence McKenna)が「ジャングル スパイス」と呼ぶDMTのオレンジ色だ。想像するしかないのだが、キノコでハイになったときの記憶を辿れば建造方法がわかると彼が主張する、銀河を進む宇宙船もまた、このオレンジ色をしているはずだ。バーンアウト オレンジは、かつて赤だった。だが今では薬漬けで、明確な色と色の狭間、オレンジと赤のグラデーションの中で生きている。隙間の中でふたつの地平の間を移ろっている。月食に入ろうとする月の色であり、先頃発見された火星の地底湖の色だ。アウトキャスト(Outkast)の独特なアルバム、『Stankonia』のマンデルブロ集合をデザインしたアートワークの色、さらに、そのアンドレ・ベンジャミン(Andre Benjamin)も出演する、クレール・ドニ(Claire Denis)の新作SF映画『High Life』のオレンジ色の帯で表示されるクレジットの色だ。

左右:A-Cold-Wall* 2019年秋冬コレクション、中央:Marni 2019年秋冬コレクション
瞑想中の人々の脳の活動と幻覚剤を使用している人の脳の活動は、似通っていることが知られている。バーンアウト オレンジは、宇宙飛行士の傷を癒し、地球外環境で食物を育てるためにNASAが開発した装置、WARP 75の赤いLEDランプの色と同じ、熱を帯びた癒しの色だ。バーンアウト オレンジは、精神的に導いてくれるトリップシッターなのだ。また、最近流行りの「ウェルネス」の色でもある。現代のスピリチュアル信仰に取って代わり、健康と美容のため、新たにルーチンに加えられたレッドライト セラピーは、コラーゲンに刺激を与え、「毒素」を駆除すると信じられている。アペロールは、当初、スポーツ系の人々や体重が気になる女性のためのお酒と宣伝することで、優雅な飲み物として人気が出た。Dr. Dennis Gross Skincareが販売する家庭用の赤外光セラピー マスク、「アメリカ食品医薬品局の審査も通過したこのLED装置は、たった3分でシワを伸ばし、ニキビの原因となるバクテリアを撲滅。ハンズフリーで操作可能!」と謳うSpectraLite Faceware Proの色は、浸透性があり回復効果もある遠赤外線サウナの熱の色だ。この朱色こそ、最新の「デトックス」カラーであり、これは今にも「グリーン」に取って代わるだろう。疲労困ぱい、バーンアウトの色は、健康回復のための治療の色でもある。クヌギタケの仲間のオレンジ色のマジックマッシュルーム、マッシュルーム パウダーで実現するウェルネスである。

シリコン バレー以前のインターネット黎明期、現在の悪名を轟かすテック界のイノベーターたちの大部分が、まだそこに存在しないものを見るため、幻覚剤を使用していた。スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)は、LSDの摂取が彼にとって人生でもっとも重要な出来事のひとつだったと話しているし、他にも、初期のコンピュータの先駆者たちが、「LSDのジョニー・アップルシード」と呼ばれたアル・ハバード(Al Hubbard)によりもたらされたドラッグを使って実験したことはよく知られている。それがのちにシリコン バレーを形成した。パーソナル コンピュータは、60年代のカウンター カルチャー最盛期の中で誕生した。それは、イノベーションと情報の自由に対する、幻覚作用を用いたアプローチであった。インターネットからの刺激は増加を続け、それは、物質的現実や不変のアイデンティティを散り散りにし、実体を持たずに偏在する何かへと変えてしまう。その意味では、インターネットは、幻覚体験を論理的に延長した先に存在するものだと言える。テクノロジーの中心地では、就業時間中のLSDのマイクロドーズ(超微量の薬物投与)が、今も頻繁に行われている。現在、私たちの生活を決定づけているテクノロジーのうちのどれが、実は、幻覚剤で朦朧としながら次の革命を形にしようとするカリフォルニアのテック系男子によって開発されたのか、私たちには知るよしもない。バーンアウト オレンジは、自身に折り重なった未来主義、レトロ フューチャーの繰り返しである。私たちのバーンアウトはその旅路の果てなのだ。
Olivia WhittickはSSENSEのエディターであり、「Editorial Magazine」のマネージング・エディターも務める
- 文: Olivia Whittick