ブレンダン・ファウラーで
政治を着る

管理を吹き飛ばす「Election Reform!」

  • インタビュー: Arthur Bray
  • 写真: Arthur Bray

ロサンゼルスの腰の落ち着かない若者たちの一部にとっては、手作りで自費出版する写真集、裏庭で開くパンク ライブ、スケートボードで充分満足かもしれない。だが、ソーシャル メディアの幕開けと共に、クリエイティブがもたらす可能性を最大限追求し、例えばインスタグラムを利用して、自らの人格を作り上げたりでっち上げたりするミレニアル世代もいる。

アーティストあるいはデザイナーとして多分野で活躍するブレンダン・ファウラー(Brendan Fowler)は、表面上は全く異質に見えるふたつの世界でも、実際は見た目以上に類似点があると言う。「僕がまだ子供だった頃は、雑誌が本当に大きな存在だった。でも今は誰でも自分のコンテンツを公開できるようになって、出版界のコントロールが崩壊しつつある。そこが面白いところなんだ。今のエネルギーと独立独歩のDIY精神はコントロール不能さ」。ロサンゼルスの中心部にあるピコ ユニオン地区を車で走りながら、ファウラーは言う。

灼けつくような青空が広がる7月のある日。ファウラーは陽気で、とても睡眠不足でハンドルを握っているようには見えない。実は、「Some Ware」新製品のラインシートを作成するために、今朝の5時まで仕事をしていたのだ。レコード会社からアパレルに進出した珍しい経緯の「Some Ware」は、ファウラーとカニエ・ウエストのコラボレーターであるカリ・ソーンヒル・デウィット(Cali Thornhill Dewitt)のブランドだ。ロサンゼルスのエクスペリメンタル バンド「Purity」のレコードをリリースするという口実で、ふたりが「Some Ware」を立ち上げたのは2年と少し前。ほどなくして、フランク・オーシャン(Frank Ocean)、エイサップ・ロッキー( A$AP Rocky)、ふたりの親友であり仲間でもあるヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)らがサポートするようになった。そして熱烈な「Some Ware」ファン待望の新プロジェクト「Election Reform!」として、ファウラーは業務用刺繍機を使い、アメリカの選挙制度の不備に光を当てるアパレルを誕生させた。

「普通は、広告主が『これを出すぞ』と出版者に通知して、それに従ってスタイリストが 新しいスタイルをまとめるんだ」。ファイラーは続ける。「でも今じゃ、若い奴らが、自分のコンテンツを好き放題にソーシャル メディアに出す。 Vetementsのフーディとカーゴ パンツをミックスしても、誰も止められない」

DIYカルチャーの基本的な価値観は、プリント ショップでジンを作って写真をばらまくのと同じく、好きなように演出した画像をソーシャルへ載せるの行為と重なる。「インスタグラムが虚栄心を助長するっていうのは分かるけど、そういう状況が生まれて、みんながコミュニケートしてるのは客観的な事実だ」

音楽のデジタル化によって、物理的レコードの商取引は危うくなっている。そして、ファウラーの見るところ、この現象から新たな交換媒体が育ちつつある。「インディー系のロック、 反主流のヒップホップ、実験的なノイズ...なんであれ、キッズたちはサブカルチャーを実際に体験して、どんどん音楽を作って、互いにコネクトしてる。レコードをリリースする代わりに、サウンドクラウドにアップロードして商品にするんだ。そうやって、DIYカルチャーに新しい精神が生まれてる」

39歳のファウラーはここで口を閉じ、窓の外に見える 倉庫を指差す。コミュニティに根ざした音楽会場「The Smell」だ。デコンストラクトなワンマン ポップ バンド「BARR」として活動したファウラーの過去も、ここが舞台だった。「BARR」は、「Stephen/Steven」や「Ann Martin」など、その他の実験的なノイズ プロジェクトにも影響を与えた。

年齢に関わりなく、若者たちのプロジェクトやサウンドの追究を積極的に受け入れる「The Smell」の姿勢は、「Some Ware」にも共通する。「カリも俺も、ユース カルチャーしか知らない。俺たちはずっと、いろんなことをクリエイティブにやろうと決めた頃のままなんだ」。ファウラーは語り続ける。「『Sonic Youth』が50歳になったら、バンドにそんな名前を付けて馬鹿だって言われるかもしれないけど、あの連中は一生ロック ミュージシャンだし、歳を取っても、ずっとアバンギャルドなんだ!」若者文化に有効期限はないという信念は、「Some Ware」が開催する一連のパーティーにも染み込んでいる。年齢で入場を制限しない。10代の若者たち、DJたち、ファッション ウィークのパーティーやフェスティバルのヘッドラインに頻繁に登場するファウラーやデウィットの有名な友人たち。相互のギャップが消える。

ファウラーの描く展望は開放的な包含へ向かっているが、過去の創造活動で常にそうであったわけではない。ファッションへ転向する前、2000年代の後半にファウラーは音楽から離れ、ソロ アーティストとして写真と彫刻に手を染めた。ニューヨーク近代美術館に続き、リチャード・テルズ ギャラリー、ロサンゼルス カウンティ美術館で展示された「crash pieces」シリーズは、様々なメディアのアレンジメントを新たな枠組みに再構築する試みだった。

アーティストとしての評価を確立して間もない2012年、不正投票に関する記事を目にしたファウラーは、選挙制度の腐敗に関心を奪われた。ファウラーの政治への傾倒は、パンク ミュージックに耳を傾けた10代に芽生えたものだ。最初は、ただ、その頃悪戦苦闘していたデウィットのレーベル「Teenage Teardrops」のためにレコードをプロデュースして、自分の政治観をコミュニケートするつもりしかなかった。だがその音楽が日の目を見ることはなく、代わりに、リサイクルの古着に刺繍のコラージュを施して新生させる「Election Reform!」のコンセプトが伝達媒体になった。

この種のカスタマイズは、パンク集団がやっていたことに似ていただけではない。DIYの規範をストリートウェアの領域に応用するというカルチャーの交わりで、ファウラーは政治観を新たに表明することができた。同時に、2015年の「New Pictures, Six Sampler Works」や「Bench」シリーズなど、以前のプロジェクトで使用した業務用刺繍機を利用できたことを、特筆しておこう。もっと重要なのは、「Election Reform! 」によって、ソロ アーティストとして活動していたファウラーが、他の人々との共同作業を余儀なくされたことだ。最近のファウラーは「ソロで制作することに興味が失くなって」、以前には縁がなかった人々と信頼関係を築いている。

「ギャラリーで展示を開く前の準備期間は、ひとりの時間が多いんだ。アシスタントがいることもあるけど、大抵、人とのやりとりはちょっとだけ」と、ファウラーは言う。「作品が完成した後は、うまくすると、美術館で展示されて大勢に見てもらえる。もうひとつの可能性としては、金持ちに買われて、誰も寄りつかない大邸宅か保管庫に置かれる。一番多いのは、ひとつも作品が売れないケース」。ファウラーは続ける。「アパレルの場合、カリと俺がアイデアを作る。この時点からふたりで話し合うんだ。その後、パターン メイカーにコンタクトして、生地の製造業者に話をつけて、小売担当が製品の在庫を用意して、モデルを探して、ショーの会場を選んで...」。アート地区へ渡る橋に通りかかったこのとき、まるで何かが閃いたように、ファウラーは一瞬沈黙する。「もうレアな貴重品じゃないんだ。1%の富裕層のために作るんじゃない」

古着のTシャツを使うことは、新たな対話の道を拓く。そういうTシャツを有名なラッパーが着たとなると、インパクトは目に見えて明らかだ。「エクスペリメンタルなレコードを作っても『Election Reform!』の役に立ったかもしれないけど、俺たちが作ったTシャツをミュージシャンが着ると、コンセプトがもっとたくさんの目に触れる。そこから今度は、観衆自身が社会全体を見直すきっかけになる」

ファウラーにとっては、コミュニティがすべてだ。そのことは、デビューを飾ったパリ ファッション ウィークで明白に表明された。彼のカット アンド ソーのコレクションを着てランウェイに登場したモデルは、全員友人だったから。しかし、「Some Ware」の次のコレクションがドーバー ストリート マーケットのような大御所のファッション小売店に進出し、スター揃いの「友人」たちがこぞって「Election Reform!」の応援に駆けつけるとき、ファウラーが意図するデザイン美学のシフトは大衆と合致するのだろうか? 「Some Ware」と「Election Reform!」に共通する古着スタイルのファンは、 川久保玲のタータン チェック シリーズ、FACETASMのくたびれたホーボー ルック、あるいは70年代には抵抗の象徴であった安全ピンをジュエリー コレクションに登場させたAMBUSHなどのファンと似ている。パンクや反逆的サブカルチャーの核をなす信念がランウェイに吸収されて久しく、ファウラーが投げつけた荒削りな疑問としてのファッションも、直に、崇拝の的に祭り上げられるかもしれない。

ロサンゼルスの中心部、グラフィティに覆われたアート地区に到着だ。裏通りにあるスタジオの前に車が駐まる。アトリエへ通じる重いドアが背後で閉まる前に、僕は最後の質問をする。「スポットライトを浴びるのは往々にしてブランドである現状のなかで、ブロジェクトを中心に展開するあなたのデザインが認められ続けるには何が必要ですか?」

ファウラーは謎めいた表情で、ニヤリと笑う。「敏捷なフットワーク。今やってるのも、単にもうひとつのアート プロジェクトなんだ。そうでなきゃ、面白くないだろ?」

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