キュヒ・ぺクは
韓国ビジネスの
頼もしい調整役
Hyein SeoからStüssyまで、数々のブランドの相談役として活躍するクリエイティブ ストラテジストが、上昇機運の韓国を語る
- インタビュー: Elaine YJ Lee

2020年が慈悲をかけた場所があるとすれば、それは韓国かもしれない。地球規模の健康危機をもたらした新型コロナウィルスの感染防止では、世界各国のなかでもトップクラスの成果を挙げた。インターネット世界の中心であり、もっとも情熱的なオンライン活動を、どこよりも組織的に実行する世代が形成されている。防弾少年団(BTS)やポン・ジュノ(Bong Joon Ho)など、独創的な天才を生み出した国でもある。韓国は爆発的に台頭した新現象であり、成長の一途を辿る韓国文化は止むことなく世界へ浸透しつつある。キュヒ・ぺク(Kyuhee Baik)は言う。「20世紀の世界文化は西欧に支配されてた。でもアジアには、これまで見落とされてきた長くて洗練された歴史がある」
ペクは、そんな国のファッションとクリエイティブの只中で大活躍している。今は、Stüssy Koreaを率いながら、Hyein Seoの戦略化に時間を振り分ける毎日だ。「ファッションの仕事をするなんて、夢にも思わなかった」。それもそのはず、名門に数えられるソウル大学校の奨学生として専攻したのは、人類学だった。「adidasにヘッドハントされたことで人生が大きく変わったの。エネルギー マーケティングという部署に新設されたポジションで、ソウルでadidasブランドを活性化する仕事だったわ」。adidasでおよそ2年を過ごした頃には、ファッションからホスピタリティ、メディア、食品飲料まで、多岐にわたる他企業にアドバイスを提供するようになっていた。韓国市場へ参入したい国際企業にとっても、海外進出を目指す韓国企業にとっても、まず最初に頼る調整役はペクだ。
ペクはカリフォルニア州カラバサスで生まれた。12年間ソウルで過ごして34歳を迎えた今、このまま韓国に根を下ろすことを視野に入れている。「ここ数年で、韓国文化に対する需要が飛躍的かつ大規模に高まった。商業ベースだけでなく、アングラでニッチな分野も含めてね。今になって、ついつい長居することになった理由に納得してる」。複数のブランド、彼女のレーダーが捉えたアジアの有望な人材、そして大切にしているモノのあいだで行き来する生活を、ペクが話してくれた。

Stüssyの整理
韓国でのStüssyの経営を監督して、ブランドを管理している。最初の大仕事は国内市場の大掃除だった。卸しレベルで飽和状態だったせいで、市場に製品が溢れて、手に入れるのが簡単すぎたわ。だから先ず、流通を抑えた。もうひとつの大仕事は、国内でのe-コマースを開発して立ち上げること。韓国の人たちは異常なほどオンライン通なうえに、迅速な配達に慣れてるから、かなり難しい挑戦だったのよ。色々な流通ルートをチェックして、卸し、小売、オンラインのすべてで常に安定したブランド体験を確保する。そのためには、どうしても、現場で管理する人間が必要になる。とはいえ、Stüssyでの私のいちばん大きな役目は、ソウルのクリエイティブ界で頑張っている人たちと本物の関係を築くことよ。

左:ユンホ・リ・ライト(Yunho Lee Right)の『Beer』(2019年) 右:「Stussy Seoul, Korea Tribe」
Hyein Seoの戦略化
初めてヘイン・ソ(Hyein Seo)に会ったのは、ソウルで開かれたStüssyのパーティー。当時、彼女はまだアントワープを拠点にしてたけど、アトリエは韓国へ移したところだった。ちょうど私も、自分のノウハウを他のデザイナーたちに提供したくて、ウズウズしてた。Hyein Seoは急成長ブランドで、いくら創設者のふたりにデザインの経歴があっても、ちょっと引いて、もっと大きな全体像を見なくてはいけなかったわ。デザインがいいだけじゃビジネスにはならない。運営とマーケティングとロジスティクスが必要だから。そこで、戦略面のディレクターになることを申し出たの。今は、週に2度Hyein Seoのオフィスへ行って、経営を管理してる。

「The DJ and His Public: Creative Liminality in the Hip Hop Party Ritual」と題した、修士論文用のリサーチ資料
家庭環境
両親は移民の家庭というものを、とてもよく理解してた。子供たちはアメリカ生まれで、韓国で育つのとは全然違うことを受け入れていたから、私は幸運だった。父は牧師だけど、すごくおおらかで社交的なの。こういう資質って、クリエイティブな能力のひとつだと思う。母はジャーナリストで、『The Korea Times』で意見欄を担当してる。私自身は執筆の道に進むことはまったく考えなかったけど、専攻は文化人類学で、批判理論に重点を置いて文化人類学と比較文学を勉強した。だから、多少は文章を書いた経験もある。書くことは、創作でもいちばん難しい領域ね。
韓国に腰を据える
音楽であれ、ファッション、フード、美容であれ、韓国はポップ カルチャーが今いちばん美味しい場所な気がする。韓国の人たちはとにかくデジタルで、休みなくカルチャーを消費するから、今の韓国文化はとても柔軟で、多くの人が繋がりを持てる。Hyein SeoやKanghyukみたいな新世代のファッション ブランドは、外国で勉強したものを持ち帰り、自分たち独自の目標と現代的な美学を作りつつあるし、ソーシャルメディアのおかげで、個人主義も浸透してきている。以前はそうじゃなかった。だから、今韓国にいられるのは大きな利点だけど、韓国政府や大企業が国内のクリエイティブ分野に正式な支援を提供するとは思わない。上海なんかは、例えばファッション界の若い人材を素晴らしくサポートしてるでしょ。その点、韓国の市場は、依然として、大企業と旧弊な人脈に独占されてるからね。私は、西欧と韓国の市場を繋ぐだけじゃなくて、アジア全体でも同じように市場の橋渡しをしたいと思ってる。ソウルから香港や上海、東京まで。20世紀の世界文化は西欧に支配されていたけど、アジアには、これまで見落とされてきた長くて洗練された歴史がある。産業化と資本主義のおかげで西欧世界が注目を集められたのは、近代代史のほんの少しの間だけ。エネルギーの大きな流れがアジアへ向かってるし、この流れは止まらないわ。

未来へ向かう創造力
「ダダイズム クラブ」というクリエイティブ集団の女性メンバーには、学ぶところが多いわ。メディア、フォトグラフィ、ビデオ、ファッションと、幅広い媒体に広い視点から取り組んでるの。メンバーのひとりが立ち上げたファッション ブランドのJICHOIが、私は大好き。ヤングアダルトが、自分たちが着たいものを自分たちで作る。そこに私の波長が、ぴったり合うの。「42mxm」はグラフィック デザインのコレクティブ集団で、最近では拡張現実を利用した作品を作ったわ。アプリをダウンロードして、「42mxm」が作ったジンやポスターの上に携帯をかざすと、活字が生き物になる。
気に入ってるモノ
CHOGISEOKのプリントとポラロイド写真

フォトグラファーのチョ・キソク(Cho Giseok)のテストプリントと私のポラロイド写真。スタジオへ行く度に、必ず1枚撮影される。
出版物

上から下へ:ダダイズム クラブのダソム・ハン(Dasom Han)とJICHOIが作った「Waves」クッション。2000年代にシンガポールでComme des Garçonsのゲリラ ストアをお膳立てしたテセウス・チャン(Theseus Chan)の『WERK Magazine』19号。クリエイティブ集団「Seendosi」のジン『MIN SUNG SIG』。私の詩が掲載されているHYEIN SEOの2019年秋冬キャンペーン ブック。FUTURのクリエイティブ ディレクター、フィリックス・シェイパー(Felix Schaper)のフォトブック『Wish you were here One』。Sang Blueのマキシム・ビューチ(Maxime Buchi )が描いたタトゥー デザイン集『1000 by Maxime Buchi』。
Cosmos Wholesaleの時計と植物

Cosmo Wholesaleで買った古い時計。上に発光して回転するプラスチックの花がついてる。私は造花も生花も好きで、いつもたくさんの植物に囲まれている。韓国へ移住してきた22歳のときからずっとひとり暮らしで、もう長いあいだ家族と離れているから、今は植物が一種の家族代わり。
ミニ オブジェ

左から:East Smokeの『クリーチャー』。透明なオブジェはGloryhole Lightsの照明具。ソウル在住アーティストのヘイン・パク(Hayne Park)のデザインで、底の部分に電球を入れる。右は、アーティスト兼画家のチュルファ(Chulhwa)が作った貝殻形のお香立て。
リビングルームのアート

上から:ナク・チョイ(Nak Choi)の写真。甥が描いた「スパイダーマン」。ジュン・ソン(Jun Song)、別名「Seoul Air」のWORST SKATESHOP ゲストデッキ。
Elaine YJ Leeは、ニューヨークとソウルを拠点とするライターで、韓国版『HYPEBEAST』の前マネジング エディター。『i-D』、『VICE』、『Complex』、『Highsnobiety』、『Refinery29』、『office Magazine』、その他多数に記事を執筆している
- インタビュー: Elaine YJ Lee
- 画像/写真提供: Kyuhee Baik
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: August 31, 2020