ファッションの次世代を育てる
ファビオ・ピラス
セントラル・セント・マーティンズの
ディレクターが授ける英知
- インタビュー: Robert Grunenberg
- 撮影: Robert Grunenberg
- 画像提供: Central Saint Martins


ラインナップを計画中のMarkus Wernitznig
©ANNA FOX
ロンドンのセントラル・セント・マーティンズ、略してCSM。ファッション デザイナーを志望するクリエイティブな若者なら、誰もが目を輝かせる大学である。アートとデザインを教育するこの芸術大学は高い人気を誇り、50年以上にわたって、世界中からあらゆる種類の学生が集まってきた。競争率の高い入学査定、卓越したトレーニング、そうそうたる名が連なる卒業生の実績を基盤に、ファッション修士課程は芸術的な光輝に包まれている。アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)、クリストファー・ケイン(Christopher Kane)、メアリー・カトランズ(Mary Katrantzou)などのデザイナーを指導したルイーズ・ウィルソン(Louise Wilson)の後任として、3年前、スイス生まれのイタリア人ファビオ・ピラス(Fabio Piras)がファッション修士課程のディレクターに就任した。自身もCSMで学び、ファッション デザイナーとアート ディレクターの経歴を経て、現在約85名の気鋭の才能を指導するピラスを、ローベルト・グルーネンベルク(Robert Grunenberg)が訪問した。そして、温かく歓迎されたピラスのオフィスで、指導、才能、ファッションがユートピアを必要とする理由について対話した。

フィッティング作業中のLaura Newton ©ANNA FOX
ローベルト・グルーネンベルク(Robert Grunenberg)
ファビオ・ピラス(Fabio Piras)
ローベルト・グルーネンベルク:あなた自身が指導者から貰った、いちばん貴重なアドバイスは?
ファビオ・ピラス:私が師と慕った人物は、ポーランド人の女性です。17歳のとき、スイスのジュネーブでフランス語を習ってました。この人は、新しいこと、新しい作家を見つけることも、私に教えてくれました。異常なくらいジャン・コクトー(Jean Cocteau)に夢中になっていた私の目を、ヌーヴォー ロマン作家に向けてくれたんです。ミシェル・ビュトール(Michel Butor)とか、アラン・ロブ=グリエ(Alain Robbe Grillet)、マルグリット・デュラス(Marguerite Duras)。ヒッピーで、とても視野の広い人だったけど、教えてくれた作家たちはそうじゃなかった。私を理解してたんですね。当時の私はヒッピーとはまったく無縁だったけど、彼女の詩的な誠実さには強く惹かれました。どうしてウマが合うのかわからないけど、なんだか自然に繋がりが生まれることがあるでしょう。私たちは、一種の儀式を辿ったんでしょう。私が彼女の世界の中に入っていく体験。お香や、パチュリのパッチワークのブランケット、アフガニスタンのラグ...そういう人だった。彼女と語り合うのは、本当に楽しかった!
当時学んだことで、指導者としての現在の役割に役立っているものはありますか?
精神で繋がること。誰とでもそうできるわけじゃありません。そんなことができたとしたら、偽物だ。私は、学生と個人的な関係を持とうとは思っていません。私的な形で、自分の世界に学生を入れようとは思わない。先ほどの師に感謝するとすれば、それは私を解放してくれたことに対してです。私自身の環境では決して開くことのなかった扉を、開けてくれたことに対して。未知の扉を開いて初めて体験できる経験や出会いがある、そして、誰かに関心を持ったときは自分の直感を信じる、という考え方を教えてもらったんです。ちょうど今、新入生を選抜しているところですが、必ずしも飛び抜けて素晴らしいポートフォリオを基準にするわけじゃありません。表現したい世界が、まだはっきり形になっていない場合もあります。明確な表現ではないが、何か独特なものが暗示されている。時には、そこに賭けなくちゃいけない。全くの見当違いということもありますが、正解の可能性があるという事実の方が間違いより大切ですから。

全くの間違いだったということもあるけれど、正解の可能性があるという事実は間違っていることよりも重要なんだ。

フィッティング作業中のMarkus WernitznigとAlber Elbaz ©ANNA FOX

撮影:Robert Grunenberg
学生の美学があなたの美学とずれていて、必ずしも理解できない場合、自分を克服するのは難しいですか? どうすれば、オープンな姿勢で、異なる美学を受け入れることができるのでしょうか?
自分の美学だけに制限されていたら、広がりは生まれないし、退屈だ。何か語りかけてくるものがあるなら、個人的な好き嫌いは別にして、取り上げるべきです。私の仕事には、多様な視点が要求されます。色々なアイデンティティを理解して、対応できなくてはならない。そうでなくては型通りのやり方になるし、型通りではうまくいかない。私が理解できないのは、学生の側に伝えたいことがさほどない、あるいは伝えたいと思っていないときです。アイデンティティがこちらに届いてこない。そういう場合、私は興味を失います。だけど別に、私の視点だけでものごとを考えなくてもいい。そこが良いところです。それぞれ別の40の視点を考慮して、自分の視点と関連させるのは、一種精神分裂的な仕事ですがね。
才能の定義とは?
才能はたくさんのものを意味します。何を表現したいか、どのように表現したいか。自分の技術をどう活かすか。世界観、関心の対象、美学。クリエイティブな表現が、どの程度、個性や独創性を主張しているか。あるいは、これらすべてをどう位置付けるか。
あなたの才能は?
可能性を取り上げて、表現の方向性を指導することですね。私は、反応し、批評し、挑発し、問いかけるタイプの教師です。そうやって、学生に自分自身を発見させる。学生がやろうとしていること、向かおうとしている方向性を理解することは上手です。
ご自分の世代と今の世代を比べた感想は?
比較することには、さほど興味がありません。この世代も私たちの世代と同じ程度に、政治や社会や環境問題に関心を持ったり、持たなかったりするでしょう。でも、この世代は、どうしても自己中心をの方向へ向かう。そこが歯がゆいですね。世代としては公益や幅広いコミュニティに関心を寄せるのに、個人のレベルでは、自己陶酔で、脆弱で、孤立している。先日、学生のひとりが、怒りは何も解決しないネガティブな感情だと言うんです。社会としての人間の苦しみに対しては、幸福の方がもっと破壊的な反応だということでしょう。そこが違いかもしれない。私はいまだに怒りの方を評価しますから!
今の世代は、とても抽象的ですね。何かに対して、具体的になったり集中することができないらしい。何もかも早送りで、充分に時間をかけない。同時に、「大切なもの」に立ち返って、時間を作ることに一生懸命だ。現在の世代は、確かに、もっと現状を強く意識している。私に言わせれば、それは未来と過去の概念に代わるものであって、見方次第で、危険と解放のどちらにもなりうると思います
あなたがCSMでファッションを勉強していたときとの違いは?
私たちはもっとうぶでしたね。ファッションの世界に入りたくてたまらなかった。インターネットもなかったし、情報の消費も今ほど速くなかったし。
現在の学生は、ヒーローや精神的なリーダーを求めていますか?
もしそうだとしても、決して表には見せないでしょう。ヒーローはいるのかもしれないけど、人に教える必要はないだろうし。精神的なリーダー、という考え方はしないでしょうね。影響を受けているとは絶対認めないだろうけど、なんらかの意味で、学生たちに刺激を与えているデザイナーの世代は確かにいます。例えば、VetementsとかBalenciagaの動向。ありきたりではないソリューション、違う考え方をするデザイナーたちに惹かれるんだと思います。最近の卒業生には、今世代のデザイナーが登場し始めていますよ。言うなれば、クレイグ・グリーン(Craig Green)やフィービー・イングリッシュ(Phoebe English)やフォスティン・スタインメッツ(Faustine Steimetz)以後の世代ですね。ロッティングディーン・バザー(Rottingdean Bazaar)、マティ・ヴォバン(Matty Bovan)、チャールズ・ジェフリー(Charles Jeffrey)、アレクサンダー・ジョン・スケルトン(Alexander John Skelton)あたりは、ファッション界が自分たちに与えるものとも与えられないものを、明確に理解している。いわゆるファッションのシステムとの関わり方を作り変えています。

フィッティング作業中のJohannes Boehl ©ANNA FOX
なぜ全てのコメントが否定的なのかって? それは、私が全てのコメントをポジティブにしてしまったら、学生たちはそこから何をすべきなのかわからなくなるからね。

Johanned Boehl。スタジオにて ©ANNA FOX

撮影:Robert Grunenberg
前任者のルイーズ・ウィルソンとも、長年、いっしょに仕事をされましたね。ディレクターという仕事に関して、彼女の考え方との違いは?
私はもっと反逆的な方向を目指しています。別に、ファッションの反逆児を育てるという意味じゃありません。そうではなく、十分な知識を持ち、世界や業界に対する明確な視点があり、システムを理解し、その中で仕事をする上での条件を理解しているデザイナーの育成です。ありがたいことに、うちの卒業生は、大抵、批判的で、ポジティブで、打たれ強い。
厳しい現実を甘く見ている学生の思い込みに、どのように対処しますか?
挑発して、疑問を提示して、思い込みを見直すように指導することですね。自分の技術は何か、何を提供できるか。将来何を実践できるか。同時に一市民として、自分は何者で、何を要求するのか? 必ずしも、学生たちがやっていることを励ますわけではない。学生たちに批判の目を与えることです。学生から見たら、私たちはかなり手厳しい存在ですよ。敬意が足りないと感じることもあるでしょう。それがいちばん困ります。学生を尊重しないつもりはありませんから。学生たちはとても傷つきやすい。もちろん、自分のやっていることが十分ではない、未熟だ、と批評されるのは辛いことです。そして、解決のヒントや魔法の薬を欲しがる。しかし私は、そんなに都合のいいものは持ってません。それに、もし私が学生の立場だったら、ヒントをもらう方が恐ろしいですよ。ヒントを与える必要がありますか? でも批評なら与えられる。建設的な批評は進歩を促します。どうして、コメントはいつも否定的なのか。ポジティブなコメントだけだったら、やるべきことが分からないでしょう。
文化や社会に対して、ファッションはもっとも迅速に反応できるメディアでしょうか?
社会で発生している文化や政治の変化が何であれ、時代や現状に対して直接的に反応することからファッションは始まります。ファッションは、現在の中で表現されなくてはいけない。その儚さが素晴らしさでもある。もちろん、収集することも歴史的に記録することもできるし、時代を凝集した存在として蘇らせて、未来の現在に影響を与えることも可能です。ファッションは動き、進行する生命体なんです。
今年の6月、エリザベス女王がイギリス議会でスピーチをしたときの帽子を見ましたか? 青地に青い花があしらわれているのですが、花芯が黄色で、欧州連合の旗を連想させました。あんなふうに、複雑な政治問題に対して、ファッションは軽快で力強いコメントを表現する手段になりますね。
ファッションは、時に風刺的に、時に皮肉として、メッセージを伝達できます。女王は気づいていたのかな? それがファッションの良いところですよ。とても微妙な、ほとんど気づかないレベルで、視覚的なメッセージを表現できるのです。言葉は必要ない。
どんな社会や政治の動きに注目していますか?
社会的な動きは、常に政治的な要素を表現しています。今私が関心を持っているのは、ジェンダーの抽象化と流動化だな。一時の流行だとは思わない。人を何らかのカテゴリーに閉じ込めようとする世界への、革命的な反発です。ジェンダーの外見や在り方に流動性を認める考えは、人をどこにも分類しない。自由になる。魅力的だし、破壊的だし、とても勇敢なことだと思います。
昨今は、ファッションを幻想や詩として位置付けた、ユートピア的な夢想や思考が実験されないですね。そういうものをあまり目にしません。
悲しいことにね。ファッションのシステムでも、その種のファッションを販売する店舗でも、あまり見かけない。皮肉なことに、ストリートでは見かける。とくに若い人たち。学内でも見かけますよ。この大学はユートピアで溢れています。視覚的にとても面白いですよ。バカげていることもあるけど、自分のスタイルを、純粋に、空想力豊かに表現していることもある。SelfridgesとかHarrodsとか、とにかくデパートと名が付くところのバイヤーは、ただ着るだけではなく考えたいという顧客の欲求に、どれだけ対応してるでしょうか? ちっとも代わり映えがしない。ユニークどころか、特別と感じさせることもない。ただのモノ。そんなモノを、消費者が買い続けると思いますか?

Joshua Beatyの小道具 ©ANNA FOX

Peter Movrin at LFW show, 17.02.17 ©ANNA FOX
私は人間のリアリティに興味があるから、バーチャルリアリティには興味はない。
逃避して、夢を見る場所が必要ですね。
その通り。そして、ファッションはいつもその役目を担ってきたんです。夢や幻想のないファションは最悪です。夢を形にするのが創造ですから。夢を現実に変えるアイデアに、命を吹き込むことなんです。
クリエイティブ業界のデジタル化について、どう思いますか?
デジタル化は新しい可能性だと思いますよ。デジタル化に私たちが制限される必要はありません。デジタル化は、私たちがやることをサポートして、向上するためにあるんですから。
バーチャル リアリティに、期待していますか?
私は人間のリアリティに興味があるから、バーチャル リアリティに興味はないんです。バーチャル リアリティが作り出す断絶に、問題を感じるんです。あらゆるものが存在しなくなる。バーチャルがリアリティになってしまう危険があります。

Markus Wernitznigの初コレクションを監督するピラス。2017年2月17日、ロンドン ファッション ウィークにて ©ANNA FOX
- インタビュー: Robert Grunenberg
- 撮影: Robert Grunenberg
- 画像提供: Central Saint Martins