難民キャンプ育ちの
シンデレラ
新進デザイナーのフィーベンが舞踏会のドレス、ビヨンセ、黒人コミュニティへの愛を語る
- インタビュー: Helene Kleih
- 画像/写真提供: Feben

「さっと見てお終い。そんなものじゃ、どうしようもないでしょ?」。ロンドンでウィメンズウェアをデザインしているフィーベン(Feben)の口癖だ。彼女が頭に描く女性を要約するなら「楽しくて、カッコよくて、ちょっとあばずれ」。それを体現しているのは、旺盛な反抗精神で大きな影響力を発揮したアーサ・キット(Eartha Kitt)やマヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)、そして「さまざまな色、友人たち、知らない人たち。意味のある物語を語るすべて」
フィーベンの活躍は目覚ましい。新型コロナウィルスが猛威を振るうなかでセントラル セント マーチンズ校修士課程の卒業コレクションを終えた後は、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)、ロビン(Robyn)、セレステ(Celeste)、最近ではミカエラ・コール(Michaela Coel)とジャネール・モネイ(Janelle Monáe)がフィーベンのデザインを着て『AnOtherMag』、『Love Magazine』、『Office Magazine』、『Garage Magazine』各誌の表紙を飾った。パンデミックが課した数多くの制限にもかかわらず、彼女の2020年は豊かに実を結んでいる。ビヨンセの大作映画『Black is King』でスタイリングと衣装デザインを担当し、『Vogue Italia』は「Black Nonsense」と題してフィーベン特集を組んだ。それも、写真家であり映像作家でもあるタイラー・ミッチェル(Tyler Mitchell)と脚本家のジェレミー・O・ハリス(Jeremy O. Harris)によるキュレーションという力の入れようだ。フィーベンの最新キャンペーン「It’s Not Right But It’s OK」にはロンドンのクリエイティブ界でもトップクラスの面々が登場し、過去30年にわたって黒人文化を記録し続けてきたパイオニア的写真家のリズ・ジョンソン・アルトゥール(Liz Johnson Artur)が撮影、独創性で今や引っ張りだこのイブ・カマラ(Ib Kamara)がスタイリングという豪華な顔ぞろえだ。
2020年の世界的な惨状にもかかわらず、フィーベンは突き進む。混乱や動揺は問題じゃない。その精神は仕事に表れている。プリントの斬新な組み合わせ、アシンメトリーなシルエット、メリノ ウールに織り込まれたメッシュ、たっぷりのボリューム。堅苦しい正統の学習や理想には関心を払わず、実験を志向する。教育と美学によって変化を促すことを目指す。自分自身と黒人であることの意味を考え、「現実世界を超越した視点から黒人としてのアイデンティティを築き、奪われてきたものを取り返す」。デクスター・ランダー(Dexter Lander)とのコラボレーション プロジェクト、Black Minds Matterのために制作した「最後の晩餐Tシャツ」では、10体のミニチュアの黒人人形に「It’s Not Right But It’s OK」コレクションの服を着せた。黒人女性はそのどれかの人形に自分を重ね合わせることができるだろう。痛みが抑圧されず、喜びも蔑ろにされないひとりの女性として。
これらの人形に象徴された小宇宙から、フィーベンはファッションと向かい合う。装いが女性の人格の機微と陰影を映し出す。フィーベンは常に勇敢だが、黒人女性を没個性で均一な集団に変えることはしないし、強い黒人女性にも傷つく繊細さがあることを認める。

撮影:Ib Kamara
エレーヌ・セラム・クレイ(Helene Selam Kleih)
フィーベン(Feben)
エレーヌ・セラム・クレイ:ビヨンセ(Beyoncé)が製作した『Black is King』で、「褐色の肌の少女」のスタイリングと衣装デザインを手掛けたのよね。アイデアはどこから?
フィーベン:舞踏会のドレスを見て、それをデザインし直したの。私のデザインは元々ボリュームがあるし、立体的なドレープを多用するから、一言の注文でもまったく問題なかった。ビヨンセは、本当にたった一言、「美しい」ものとしか言わなかったから。
その他には、鳥を参考にした。本当の話よ。鳥が平たい場所に坐ると翼の部分が盛り上がるんだけど、そんなデザインのドレスが登場するシーンもあるよ。衣装って安っぽくなることもあるから、要求されてるものとデザインする私自身の視点を、区別して考えることがすごく大切だと思った。
今振り返って、どんな体験だった?
私はずっとビヨンセの大ファンだし、ほとんどの女の子がそうだろうけど、デスティニーズ チャイルド(Destiny's Child)も大好き。だけど本当に大事なのは、若い女の子たちがすごく楽しめるところだよね。文字通り、「褐色の肌の少女」のためにある。自分たちが属している場所、自分たちが美しいことを見せてくれる。今私が小さい黒人の女の子だったら、きっとすごく影響されるだろうし、社会のなかでもっと自分の価値を感じられると思う。
ブランディ(Brandy)がシンデレラを演じたのもそうだったね。魔法使いの妖精をやったホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)の「Impossible」って歌、覚えてる?
セントラル セント マーチンズにいたときは、いつも歌ってたよ。私は場違いだと感じてたからね。すごく厳しくて、デザイナーに必要なことをみっちり教えてくれるけど、心が折れそうなときもあった。なにせクラスのなかで黒人の女生徒は私ひとりだったし、それまでの人生や私が繋がっているものがまるで通じなかったもの。自分にこだわり過ぎるって言われたけど、実際は、他の人たちの経験とすごくかけ離れてただけ。
どういう点で、自分のアイデンティティを視覚的に表現することが大切だと思う?
デザインに私自身の人生が表れるところ。私の世界に向かって開いた窓なんだから、私がこれまで辿ってきた人生を表現するのが当たり前だし、そうしないことのほうがほとんど不可能だね。時代と個人としての価値観を作品に反映することが大切なんだと、私は思ってる。

この前のコレクションで、バッグにあなたのお母さんの画像を使ってたね。あなたがデザイナーになるうえで、お母さんからはどんな影響を受けた?
私の母は強い黒人女性よ。ひとりで私を育てて、いつも後押ししてくれる。私はスウェーデンのあちこちの難民キャンプで大きくなったけど、無一文からでも何かを成し遂げられる、何かを達成できるのは中産階級の人たちに限らないってことを、母は身をもって示したからね。不自由な環境のなかで、なおかつ素敵でいられることも教えられた。
私は18のときにスウェーデンを出て、シドニーで1年暮らしたんだけど、お誕生日に帰省したとき、母に「これからどうするの?」って尋ねられてね。それから何日か後に、母がインスタント ヌードルとミシンを詰めてくれたスーツケースと有り金70ポンドを持ってロンドンへ発ったんだ。
あなたが置かれていた環境は、どんな形で作品に表れてる?
エチオピア、スウェーデン、ロンドン…、私を取り囲んでいた文化が私のスタイルを作ったのは確かよ。黒人の女性として生きてきた私自身の体験、私が触れた色々な文化、自分は「こうあるべき」だと求められた鋳型、その全部がデザインに反映されてる。つまるところ、私がやりたいのは、黒人としてのアイデンティティに誇りを持って、黒人コミュニティの精神を高揚することだから。
今でもスウェーデンへ帰るたびに昔の写真アルバムを見直すんだけど、そしたら必ず、見落としてたものに気がつくんだよね。それから、インスピレーションを刺激された物を集めてる。色んな国の物。必ずしも大きな物じゃなくて、テーマがないというか、まったくバラバラのコレクション。色や形が好きとか、風合いが好きとか。そういう小物から発想して服や全体的なスタイルが生まれたりするから、カササギ並みに集めまくる!
ファッションの面で、指導やサポートをしてくれた人はいる?
ヘンダーソン・マッキュー(Henderson McCue)。ロンドン カレッジ オブ ファッション時代の先生だったけど、その後友だち付き合いになって、仕事の面でも気持ちの面でも、アドバイスが欲しいときはいつでも相談に乗ってくれた。でも昨年亡くなって、悲しい。LCFで教える前、彼はGareth Pughのクリエイティブ パターン カッターだったの。この前のコレクションでデザインしたZillaスーツは、袖をヘンダーソンへのオマージュにしたんだ。

あなたはいつも黒人社会を念頭に置いてデザインしてるね。家族みたいな感じ。
色々リサーチするし、いつも黒人コミュニティの力を高めたいと思ってるから。社会の認識を促すのも、黒人の体験を表現するのも、結局は私の理念と私の世界を信じてもらえるかどうかなんだよね。私たちは常にお互いを高め合うことができると思う。「ファミリー」と一緒に仕事をするのは素晴らしいことだし、そういう人との繋がりって、本当に貴重だね。
ファッション界でのキャリアを目指してる人にアドバイスするとしたら?
一生懸命頑張って、目標を見失わないこと。世界へ向けて自分が何を発信するのかを考えて、笑顔を忘れないこと。自分の可能性を疑わないこと。何も持ってなくても、できることはすごくたくさんある。私の「シンデレラ物語」もその結果だからね。ずっと何もない状況を乗り越えて来ることができた。本当よ。大変だったけど、とにかくやり遂げた。
これからの自分に期待することは?
どんな環境でも、いちばん好きなことを続けられたらいいと思う。黒人のコミュニティをもっと元気づけたいし、もっとたくさん、もっと広く、みんなと力を合わせてやっていきたい。自分なりの視点はずっと持ち続けるつもり。表現したい夢を詰め込んだバッグと一緒にね。ま、なんだかんだ言っても、とにかく母さんを喜ばせたいな。

Hélène Selam Kleihはライター、出版者、モデル。人間と心の健康をテーマにしたアンソロジー『HIM + HIS』の筆者であり、創設者でもある
- インタビュー: Helene Kleih
- 画像/写真提供: Feben
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: November 6, 2020