Rolexは通貨である
「時」の贅沢を求めて
- 文: Olivia Whittick

Rolex社が1960年代に打った広告キャンペーンによると、明日コンコルドに乗るなら、腕時計はRolexがふさわしい。明日国連でスピーチをするなら、腕時計はRolexがふさわしい。火事を消すのが仕事なら、腕時計はRolexがふさわしい。現在に置き換えてみよう。明日、ジャスティン・オシェイ(Justin O’Shea)が3名だけを招待したSSS World Corp 2020年秋冬ファッション ショーを見にモハーヴェ砂漠へ行くなら、腕時計はRolexがふさわしい。ウィル・ウェルチ(Will Welch)が編集長を務める『GQ』に目を通すのが仕事なら、腕時計はRolexがふさわしい。かつては宇宙飛行士、深海ダイバー、秒単位で沸騰時間を監視する世界一流シェフの御用達とされたタイムピース。その名声は衰えを知らず、今や時刻を教える機能をはるかに凌駕した。だが、いつからこんなことになったのだろう?
ジャマイカはオラカベッサ ベイの海辺に立つバンガロー。そこで書き物机に向かうイアン・フレミング(Ian Fleming)が処女作『カジノ ロワイヤル』をタイプしている。暑い午後だが、ジャロジー窓を吹き抜け、涼風が薄暗い室内へ流れ込む。Rolexの2本の針が12の上で重なると、昼食の時間だ。執筆中の小説では、イギリス秘密情報部の工作員が華麗に活躍している。その名はボンド、ジェームズ・ボンド。頭脳明晰で、羽振りがよく、優秀な殺し屋で、一挙手一投足に至るまで洗練されているボンドの腕時計は、信頼のRolex Explorer 1016。フレミングも同じモデルを愛用していたのだが、彼自身イギリス海軍情報部に勤務した経験があり、ボンドは多少なりとも自画像であったから、当然と言えば当然だ。フレミングが想像した強く有能な男の世界に欠かせなかったRolexは、以来、能力、意思、セックス アピールを併せ持つボンド ブランドの象徴になった。現在は、タトゥーだらけでスーツを着るポスト・マローン(Post Malone)や、2010年代でもっともスタイリッシュな男性に続きRolexのブランド アンバサダーにも選ばれたロジャー・フェデラー(Roger Federer)など、時代のアイドルたちの装いにボンドの美学が引き継がれている。
Rolexを手に入れることは、Rolexに象徴されるグループへの仲間入りを果たすこと
フレミング以後、Rolexは数々の有名人に愛された結果、文化的資産としての価値が飛躍的に上昇した。共にボンドを演じたショーン・コネリー(Sean Connery)とロジャー・ムーア(Roger Moore)に選ばれたのはともかくとして、Rolexと結びついた架空の有名人も数多い。例えば、『アメリカン サイコ』のパトリック・ベイトマン、『地獄の黙示録』でマーロン・ブランド(Marlon Brando)が演じたカーツ大佐、『グッドフェローズ』でレイ・リオッタ(Ray Liotta)が演じたギャングのヘンリー・ヒル、等々。スクリーンの外へ目を向けると、カーダシアン(Kardashian)一族は、ひとり残らず、最低ひとつのRolexを持っている。ヴィクトリアとデヴィッドのベッカム夫妻(Victoria and David Beckham)は、自分の尾を噛んで輪になったヘビ「ウロボロス」のごとく、プレゼントの交換が際限なく繰り返される様が想像できるというものだ。「Watch」では、トラビス・スコット(Travis Scott)とリル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)が文字盤の大きさを競っている。ドレイク(Drake)はコレクターだし、NBAドラフトで全体1位指名を獲得した日のザイオン・ウィリアムソン(Zion Williamson)もRolexをつけていた。ゲストが激辛ソースに耐えるYouTubeの人気シリーズ「Hot Ones」では、左の手首にゴールドのRolex Day-Datetを煌めかせたイドリス・エルバ(Idris Elba)が必死でチキンウィングを呑み下した。今もなおInstagram最多のフォロワーを誇るクリスティアーノ・ロナウド(Christiano Ronaldo)も、かつて生産されたもっとも高価なRolexを所有している。10月、エレン・デジェネレス(Ellen Degeneres)はビンテージのゴールド Paul Newmanを購入した。お値段は75万ドル。ジョン・メイヤー(John Mayer)にいたっては、音楽より腕時計コレクションで有名になりそうだ。エンタテインメント業界の成功者のあいだでは、Rolexを持っているのはもはや当然。問われるのは、その数と値段だ。

「大統領がRolexをしてるくらいで、どうしてとやかく言われなきゃいけないんだ? Rolexなんか珍しくもない! 50にもなってRolexを持ってないのは落伍者だ!」というのは、フランス大統領ニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)を庇って、友人の銀行家が言い放った言葉だ。このコメントはフランス国民の怒りを買ったが、特定のエリート層にとってはあながち間違いでもない。それを言うなら、広く大統領にもあてはまる。アイゼンハワー(Eisenhower)はDatejust、リンドン・ジョンソン(Lyndon Johnson)も同じくDatejust。フィデル・カストロ(Fidel Castro)は多数のモデルを収集したかなりのコレクターで、一度にふたつのRolexをつけるのが好きだった。マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)が「ジャックへ、変わらぬ愛をこめて、マリリンより」と刻んで1962年にJFKへプレゼントしたRolexは、ロマンスを表沙汰にしたくなかった大統領が補佐官に命じて隠した。任期中のオバマ(Obama)は実用的なFitbitを使っていたが、退任後はRolex Celliniへ代えた。大学卒業記念の指輪が特定の経済階層への移行を意味するのと同じく、Rolexを手に入れることは、Rolexに象徴されるグループへの仲間入りを果たすことなのだ。ただし、腕時計は指輪よりはるかに男性的だ。エリートの虚栄心は、実用的な機能という、薄い、だが決定的な膜で覆い隠される。
Rolexはスポンサーの王者でもある。ゴルフや乗馬などの競技スポーツから、深海探検、自動車レースまで、その強大な影響力が及ばない領域はない。デイトナ24時間レースでは、勝者全員にスティールのDaytonaが贈呈される。ウィンブルドン選手権、全豪オープン、全米オープン、全仏 オープンのグランド スラム全4大会では、オフィシャル タイムキーパーを務める。アカデミー賞のオフィシャル スポンサーとなった2017年からは、西半球でもっとも有名な人々が出番までの時間を過ごす豪華な控え室「グリーンルーム」を設える。また、パリ=シャルル・ド・ゴール空港、フランクフルト空港、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港、ロサンゼルス国際空港、ドバイ国際空港、香港国際空港、上海浦東国際空港のオフィシャル スポンサーでもある。ゲートへ小走りに向かう人々が神経質に見上げる時計には、シグネチャのゴールドの王冠があるはずだ。
至るところに登場するRolexがあるかと思えば、滅多にお目にかかれないRolexもある。公衆の目につく場所に掲げられるRolexがあるかと思えば、金庫や保管室の中で秘かに時を刻み続けるRolexもある。コレクターのあいだで「最重要指名手配」されている腕時計もある。有名なのに、歴史から姿を消してしまったように杳として行方がわからない。そういう時計をなんとか手に入れたいと、コレクターは悶々とする。例えば、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)、フィデル・カストロ、マーロン・ブランド(Marlon Brando)のGMT-Master、ポール・ニューマン(Paul Newman)の「Paul Newman」Daytona。だがニューマンのRolexは2017年に姿を現し、競売にかけられた結果、1780万ドルで即売した。これは腕時計の史上最高額を記録して、ビンテージ ウォッチ市場を永久に変えた。かつて精密製品としての腕時計に夢中だったというウィリアム・ギブスン(William Gibson)は、「ヘッジ ファンドのオモチャ」と評した。同様に、ブランドが演じたカーツ大佐の腕時計も12月に現れて競売にかけられ、匿名の入札者が195万ドルで落札した。ある幸運なカナダ女性は、古道具屋で25ドルで買ったソファのクッションにビンテージのPaul Newman Daytonaが挟まっているのを見つけ、Rolex専門の転売サイト「Bob’s Watches」のCEOポール・アルティエリ(Paul Altieri)に売った。アルティエリは手に入れた貴重な一品をサイトへは出さず、個人のコレクションに加えた。歴史の浅いビンテージ ウォッチ収集市場で値段を高騰させる要素は、明らかに「過去」だ。買うのは時計ではなく、そのレガシー。新品に興味のないバイヤーには、レガシーにこそ価値がある。
1月、Rolex社は密かに製品の価格を3〜6%値上げした。同ブランドの年間製造数はスイスのどの時計メーカーより多く、2016年現在で80万本を超えた。だが「時計業界のグレタ・ガルボ(Greta Garbo)」と呼ばれるほど秘密主義なので、最近の正確な製造数を知るのは難しい。ともかく、いちばん人気があるスティール モデルの出荷数が注意深く管理されているのは確かだ。身に着ける「投資商品」で、もっとも取引が活発なのはRolexだろう。腕時計コレクターの取引は、株式市場と似ていなくもない。「不景気になると投資家はポートフォリオの多様化を考えるから、貴金属や宝石と同じように、高級腕時計が安全な資産となる可能性はある。あるいは、有り余る金を独占する全人口の1%が価格を暴騰させた挙句、いつか破綻する一時的な資産に終わるかもしれない」と、アレックス・ウィリアムズ(Alex Williams)は『ニューヨーク タイムズ』紙に書いている。
買うのは時計ではなく、そのレガシー。新品に興味のないバイヤーには、レガシーにこそ価値がある
Rolexの腕時計が通貨代わりになって久しい。『レインマン』ではトム・クルーズ(Tom Cruise)がRolexを質に入れたし、ニコラス・ケイジ(Nicolas Cage)も『リービング ラスベガス』で同じことをした。『アンカット ダイヤモンド』ではラキース・スタンフィールド(Lakeith Stanfield)が偽物を売って小遣いを稼ぎ、アダム・サンドラー(Adam Sandler)は、最初から最後まで、Rolexを使って借金取り立ての時間稼ぎを図る。ちなみに、傷だらけの顔に豪華なRolexを付けた手を当てているサンドラーが、同作の劇場用ポスターだ。正規の腕時計市場の取引に大きな割合を占めているRolexは、同時に、闇経済の担い手でもある。高級腕時計の中でもいちばん偽造品が多く、マンハッタンのダウンタウンを横切るキャナル ストリートに限らず、路上の物売りにとっては手堅い生計の糧だ。小さくて値が張る腕時計は持ち運びが簡単だし、偽造品の世界では、1回分の密輸貨物で最大の儲けを意味する。また、Rolexは信じられないほどよく盗まれる。2020年だけで、Rolexの盗難はすでに驚異的な件数に上っている。パリ周辺では、1月のある週末だけで20件の盗難が相次いだことから、パリ警察がRolex着用者に警告を出したほどだ。コレクター同様、泥棒たちも「Rolex取引の旨味を十分に承知している」
100ドル札の顔になるよりずっと前、ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)は「時は金なり」と言った。それが真実であることを、私たちは思い知っている。時は贅沢であり、時が贅沢を作り出す。余暇の時間と労働の時間 ー 時間の使い方に、社会階級が明確に反映される。時そのものが資産なのだ。そして富裕階級と成功者は、持てる資産を憚ることなく享受する。手首でウィンクするRolexは、いやが上にも、成功と時間の関係を見せつける。やがて一元的な価値しかなかった製品に歴史が刻まれると、価格がロケット並みに高騰するのはご存知のとおり。「ビンテージ」と呼ばれるには20年、「アンティーク」と呼ばれるには短くても100年を要する。時は貴重であり、値段を超える価値があり、無限だ。人道主義を意識した多数の取り組みを見る限り、それはRolexが認識していることでもあるらしい。2020年度アカデミー賞授賞式でRolexが準備したグリーンルームは、「北極観測所」のデザインだった。極地探検のテーマは「地球上でもっとも貴重な環境のひとつにある美しさと傷つきやすさを、保護し、大切にする」ことを表現した。ジェフ・べゾス(Jeff Bezos)は、スタイロフォームで作った氷の峰に囲まれ、例年のごとくハリウッドの大スターたちが制限時間の45秒で政治的なコメントを述べるのを眺めながら、カクテルを飲んだのだろうか? テネシー・ウィリアムズ(Tennessee Williams)は書いている。時はふたつの場所を隔てるもっとも遠い距離である、と。
- 文: Olivia Whittick
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 20, 2020