ゼラチン質の
未来
超個体の装いを探る
- 文: Lucas Mascatello

未来はゼラチン質の海だ。そして未来はクラゲの時代となる。魚よりも哺乳動物よりも弾力性に優れた彼らは、私たちよりはるか以前から存在し、私たちが消滅した後もずっと存在し続けるだろう。
カツオノエボシは、実はクラゲとはまったく異なる生き物だ。私たちと同じく、これはコロニー型の有機体で、数多くの小さなポリプから構成されており、各個体が互いに生理的に結びついて共生している。全体として見れば、私たちもまた、秩序なく相互に結びついた、過剰なほど能力の高い人々でできた曖昧な存在になってしまった。インターネットは、人類を、巨大なもの言えぬ超個体へと変えたのだ。それは、未来に向かって突進する、一体化していて形を持たない曖昧な存在だ。
クラゲ的なゼラチン質の未来は、ある種のトランスヒューマニズムを示している。そこでは、私たちは柔らかく、粘ついて、ぬるぬるとした集合体としての身体を共有する。ここで取り上げるアイテムは、このような変化を先取りし、従来の物質性や形態に関する概念を改めて問うものだ。それらは、身体やこれまで慣れ親しんできた形態を超えて、新たな次元へ到達する助けとなるようなツールやアクセサリーである。Tide ジェルボール洗剤の丸とも四角ともいえない形が、Raf SimonsのOzweego スニーカーの表面にあしらわれたジェルに吸収されたように、私たちが固体だと考える形の中にも、一定の形を持たない曖昧なものが侵入してきている。

画像のアイテム:スニーカー(Raf Simons)

身体の連結
私たちは生き延びるために互いを必要としている。にも関わらず、私たちは皆、ひとり突出し、個人としてあることを切望している。ゼラチン質の未来は、必然的に共依存の関係にある。ここでは好むと好まざるに関わらず、私たちの身体と精神は密接に関係している。モノに物語が蓄積されていく過程で、モノは多様で複雑な意味合いを帯び、進化していく。このような世界においては、クラッチバッグもまた、何かを包むものという点において、新たなシャツにもなりうるのだ。そしてJimmy Chooの靴は、Off-Whiteの靴にもなる。ゼラチン質の未来のマジックは、一見完全に異なるからなるパーツから、新しいものを作り出す能力にある。

画像のアイテム:ヒール(Off-White)、帽子(Comme des Garçons Shirt)、ノートパソコン用バッグ(Doublet)、T シャツ(Marine Serre)、トラウザーズ(Molly Goddard)
双方向性
人々は、自ら進んで集団主義に服従するのではない。服従せざるをえないのだ。歴史、文化、そしてファッションは、もはや直線的には展開していない。私たちは前進しているのではなく、むしろ円や楕円を描くように進んでいる。そしてそのグニャグニャはただ拡大を続ける。この不明瞭な未来では、お互いや周囲の環境との接触のために新たな方法が必要だ。内部と外部、有機体と非生命体の間にある障壁を取り払うため、私たちの身体との関係や、その限界を押し広げなければならない。コラーゲンのシートマスクは合成物質だ。だがヒルやフジツボのように付着し、身体の一部となる。私たちは、相互の利益のため、この他者と恒常的な絆を作り上げる。サイクリング パンツには肉を模したジェルの入ったパッドがついているが、このように自分の尻を拡張してマントヒヒのような形にすることで、快適に自転車に乗ることができる。ポリウレタンのジャケットは、柔らかな肌を、水を通さない合成のバリアへと変える。身体は一時的に、ゆるやかに変容している。これは、個人と物体らしきものが集合することで、より複雑な形態へと変化することを意味する。

ネバネバ
生きているものは何かという標準的な形の性質に疑念が挟まれ、別のものに取って代わられつつある。形のなさこそが未来の姿であり、それは無生物と感覚をもつ生物の間の連続体の上に存在する。このネバネバは、無感覚で無形である。この種のバイオな未来主義が示すのは、新たな種類の合成物質や物質性だ。ここでは、無機的なアイテムに有機的な性質が取り入れられる。バッグの表面は油分を含み、肉のようなものでできている。『マトリックス』でネオが目覚める、あの栄養物で満たされたピンクのネバネバだ。私たちの知っている素材の状態についても、疑問が呈されるだろう。固体、液体、気体、プラズマの間にはネバネバが存在する。結合組織であり、そこにある新たな状態そのものでもある。私たちは、ASMR動画でそのネバネバが出す音を、スマート冷蔵庫のメンブレンスイッチで手触りを、エナジージェルで味や匂いを、それぞれ体験する。有機的な性質を取り入れることで現実と偽物の境界を消してしまうような合成物質と、私たちは関わっているのだ。

画像のアイテム:スニーカー(Common Projects)
第二の肌
ゼラチン質の未来はいずれ落ち着くべきところに落ち着く。合成物質が有機的な性質を取り入れるように、有機物もまた、 合成物質の性質を取り入れるようになっていくだろう。そして新たな形態が出てくるにつれ、私たちの身体は新たな感覚を得られるよう修正されていくだろう。暗闇で発光するウサギを作るにしろ、バイオテクノロジーを使ったバーチャルリアリティ ゲームを作るにしろ、私たちは新手の方法を見つけては、自然をゲーム化し、もてあそぶことだろう。これはつまり、クリエイティブな力を身体に対して行使することなのだ。そして、さらに直接的な方法を生み出して、それを環境や他の人々に連結するということだ。ラテックスの衣服は、空気を入れて膨張させることが可能な伸縮性のある肌を作り出すと同時に、身体そのものの境界を拡張している。偽物の尻は、その限界を拡張するため、異物を身体に吸収することに成功したのだ。

画像のアイテム:ブーツ(Unravel)

画像のアイテム:イヤリング(Prada)
光沢
ゼラチン質の未来において、私たちを他者から目立たせるのに一役買っていたディテールや欠陥や差異は曖昧になる。私たちが粘着性のある集合的身体に統合されるとき、結合体そのものが平滑化プロセスのように機能する。継ぎ目のない表面には無限の奥行きがある。光沢のあるものは、個体を流体のように見せることで、自らの身体性に疑問を投げかける。反射性や光沢は、外部からの尋問の目をそらす手段なのだ。好むと好まざるに関わらず、現代の文化は、ゼラチン質の未来への統合に向けた無意識での準備段階に他ならない。そこでは、私たちは皆ひとつになる。
Lucas Mascatelloは、ニューヨーク在住のアーティストであり、ブランド ストラテジストである
- 文: Lucas Mascatello
- 画像提供: Lucas Mascatello