ありのままの自分になれる服

Lemaireのデザイン デュオが、パリのアトリエで独立、チームワーク、SSENSE限定カプセル コレクションを語る

  • インタビュー: Eugenie Dalland
  • 写真: Saskia Lawaks

3月のパリ、曇り空の暖かい日。私が訪れた Lemaireのアトリエは、飾り気がなく、静かだった。つい先日パリ ファッション ウィークの2019年秋冬ショーを終えたばかりで、開いたドアの向こうにはコレクションを吊るしたラックが見える。グレー、オリーブのグラデーション、ベージュ、クリーム…どれもお馴染みのニュートラルな色使いだ。

トレンチコート、パンツスーツ、明確なラインのセパレーツといった定番のほかに、ドレープしたドレス、角ばったショルダーのブレザー、ユニークなニットが加わっている。日の光を受けて、入念に選ばれたポップなカラーが浮き出る…赤みを帯びたブラウン、森を思わせるグリーン、海のようにディープなブルー。束の間、色と形の夢想に浸っていると、目の前の作品を作り出したふたりのデザイナー、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)とサラ=リン・トラン(Sarah-Linh Tran)が出迎えてくれた。

クリストフ・ルメールが1990年に立ち上げたLemaireは、その後ほぼ30年にわたる歴史の中で、いくつかの変化を通過してきた。パリをベースにする新人デザイナーの支援イニシアティブとして有名なANDAMアワードを、2度も受賞した。ちなみに、同じくANDAMの奨励金で成長を助けられたブランドには、Margiela、Bernhard Willhelm、Y/Projectなどがある。その後、ルメールはLacosteやHermèsのクリエイティブ ディレクターを務めるが、2014年、自分のブランドに集中することを決意し、新たに、パートナーのサラ=リン・トランが共同デザイナーとして参加した。以後、ふたりが作り出すシンプルでエレガント、かつあくまで実用的な作品は、高い評価を受けている。Lemaireの独創性は、服作りに対する姿勢にも見られる。独壇場を演じるカリスマ デザイナーの神話が信奉される風潮とは反対に、Lemaireではチームワークと協働が尊重される。1980年代に、ファッションの制作は協働作業であることを認めるべきだと主張した、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の流れを組む考え方だ。2019年には、例えばUniqlo Uとのコラボを継続して、根強いファンを持つLemaireならではのシルエットを手頃な価格で提供するほか、SSENSEで発表するデニム カプセル コレクションにも期待が集まる。

Lemaireの理念には、優れた技術とファブリックの品質も重要な位置を占めている。ロゴマニアに浸食され、セレブやインフルエンサーが作り出す – パワーだけはあるものの上っ調子な – トレンドが趨勢の現在、時として不可避と思われるルールが、Lemaireに限っては当てはまらない。ブランディングに依存したファッション界の窮地を横目に、Lemaireは、ソーシャル メディア映えする華やかな見世物ではなく、日常生活を視点に据えた服作りのルールに従う。奇妙な言い方だが、この点で、Lemaireはファッション界の裏切り者かもしれない。一般的な「成長至上」のビジネス モデルを蹴飛ばして、誇り高く自主性を守り抜く。トレンドに屈せず、迎合のプレッシャーをかわして、どのシーズンも以前のシルエットのバリエーションを提案する。インスタグラムにタグ付けされた写真を見れば、顧客との持続的な繋がりを志向する姿勢が、Lemaireコミュニティの成長に現れている。ルメールとトランは、緻密な考察でバランスを取りながら、ビジネスと創造を分断する細いロープの上に立ち、ともすれば対立するふたつの要素を繋ぎ合わせる。そんなアプローチが、ファッションの世界に新鮮な息吹を吹き込む。つまるところ、私たちは衣服の話をしているのだ。それを思い出すと、安堵で肩の力が抜ける。それも、とても美しく、とても丁寧に作られた衣服なのだから。

ユージェニー・ダラン(Eugenie Dalland)

クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire) & サラ=リン・トラン(Sarah-Linh Tran)

ユージェニー・ダラン:先日の2019年秋冬ショーについて、教えてください。ちょっと、お芝居の上演みたいでしたが。

クリストフ・ルメール(CL):その通り!

サラ=リン・トラン(ST):一歩さがって考えてみたの。そもそも、私たちは毎日の生活で着られる服を作ってるのよね。だったら、作った服を見てもらう方法も、できるだけシンプルに考えるべきじゃないかしら、って。だから、場所的にも近いエコール・デュペレを会場に選んだのよ。[デュペレ(応用美術学校)]の修士課程とは提携関係があるしね。

CL:建物自体も、とても気に入ったんだ。建築とか、天井の高さとか、光線の具合とか...

ST:モデルが色んな部屋を歩いていくというアイデアも、距離感が日常生活に近くて、面白いと思ったわ。モデルと観客をリンクして、溝のない、一体感のある体験にしたいと思ったのよ。そうやって、私たちの作品を間近に見てもらう。

ある意味では、華やかなスペクタクルの要素は少なかったですね。

CL:ファッション界は、要するに自分たちは服を作ってるだけだと認めるのが恥ずかしいんじゃないか、と思うことがあるね。「ロックンロール風」とか「アート的」とか、どうしても何か言い訳をつけて、服を作るという行為を正当化しようとする。ノン! 僕たちは服を作ることをとても誇りに思ってるし、着る人がそれぞれの個性を表現できる服を作りたい。このことを、ショーで表現したかったんだ。

私としては、コレクションが、全体的に、ニュートラルな色使いでまとめられているのが良かった。だけど、ファブリックやテクスチャはとても変化に富んでいますよね。

CL:ファブリックの品質は、妥協しないよ。コストの中でも、ファブリックが大きな割合を占めてるんだ。そこが独立ブランドのいいところでね、自分たちの理念を貫くことができる。これが大きな組織だと、セールスからのプレッシャーが大きくて、妥協を強いられるかもしれない。

ST:信頼できるファブリックを使えば、信頼できる服ができるわ。ニュートラルな色を使うのは、組み合わせやすくて、着回しができるから。遊び心はあるけど、極端には走らない。

CL:僕たちはエレガントな服が好きだけど、凝り過ぎたり、気を使わなきゃいけないほど華奢なのは、どうもね。

最近、ポワシーへ行って、ル・コルビュジエ(Le Corbusier)が設計したサヴォア邸を見てきたんです。機能性、実用性をとても重視したデザインの近代建築で、すっかり感激したんですが、服作りに対するおふたりの志向に通ずるものがありますか?

CL:もちろん機能性と現実性が基盤ではあるけど、実利性100%ではない考え方もいいと思うし、ステッチとかボタンの選択とか、純粋に機能的ではないディテールでそういう魅力を出そうとしてる。僕はアルヴァ・アールト(Alvar Aalto)が大好きなんだ。彼が設計した建築をいくつか見たけど、機能的な美しさだけじゃなくて、感覚に訴えるセンシュアルな魅力があるんだ。ル・コルビュジエの建築よりもっと感覚的だし、僕に言わせれば、ル・コルビュジエの設計はいわゆるソーシャル アーキテクチャではないな。そういうセンシュアルな魅力、ちょっと大げさかもしれないけど「詩的な雰囲気」が、美しい建築や美しいオブジェ、素晴らしい服を作り出すんじゃないかと思う。合理的なものと非合理的なものが結びついたときに…。

ST:服のデザインと居住空間の創造を同じ視点から考えるのは、正しいと思うわ。だから私たちも、作った服を実際に着て、身体で体験してみるのよ。ポケットはどうか、サイドのスリットはどうか、ポケットに手が入りやすいか、コートの襟が体のシルエットに調和するか、どの程度のゆとりがあるか、そういうことを考える。実を言うと、Lemaireのファンには建築家も多いのよ!

CL:そう、日常生活での体の動き。服というものは、必ずしも周囲の人に見せるものじゃない。大切なのは、着ている人がどう感じるか。それが、僕たちの考え方だ。

最大の後悔は、ブランドを自分の名前にしたこと。正直言うと、僕の名前を選んだのはすごく若い頃で、ほかに何も思いつかなかった – クリストフ・ルメール

ボードレール(Baudelaire)の「コレスポンダンス – 万物照応」という詩を思い出します。ふたつの視点のあいだで交感されるイデア、創造的な呼びかけと応答は崇高だという内容なんですが、チームとしてデザインに取り組むことで、自分だけでは思いつかなかったアイデアが生まれると思いますか?

CL、ST:もちろん!

CL:僕たちはチームワークを信頼してるよ。常に対話と証明を続けるプロセスともいえるね。だから、「天才デザイナー」という神話は、僕にはちょっと理解できないね。優秀なパターン メーカーや、優秀なアシスタントや、優秀なチームや、優秀なコミュニケーション能力がなかったら、何も作れない。最初のアイデアを正確に反映したものが、最後に完成しない。コミュニケーションの始まりと経緯と質、時にはコミュニケーションで生まれる緊張が、創造の一部なんだから。

ST:事実、私たちの独創性は、私たちが持っている手段、私たちの現実的な能力や制約から引き出される部分が大きいのよ。

CL:僕の最大の後悔は、ブランドを自分の名前にしたこと。正直言うと、僕の名前を選んだのはすごく若い頃で、ほかに何も思いつかなかったからなんだ。僕にとって、ブランドとしての活動はコンセプトであって、自分ひとりが「所有」するものじゃない。ビジョンの一部は提案してるかもしれないけど、コミュニティがあって、僕以外の感性や想像力があって、ビジョンが育っていく。

Lemaireでなかったら、どういう名前にしますか?

CL:ずいぶん前のことだけど、「habits」にしたかったね。フランス語で「服」って意味だし、「住む」とか「暮らす」という意味の「habiter」にも通じるから。「vetements」も「服」って意味だけど、ご存知の通りもう使われてるし、それ以外にも理由があって使えなかった。それ以外に考えたのは「uniform」。だけどこれには反対意見も多くて、かなり...

ST:…討論があったわよね!(笑)

SSENSEでのカプセル コレクションについて教えてください。

ST:私たちはとてもデニムが好きだから、SSENSEに依頼された限定数量で、インディゴプロジェクトをやってみることにしたの。

CL:デニムが好きなのは、無意識にジーンズや反体制カルチャーを連想させることもあるけど、ファブリックとしても素晴らしいからだよ。洗練されたフォルムの作業着っていうアイデアがいいと思う。

ST:デニムの製造過程も特殊なの。デニムを扱う工場には、デニム特有のやり方がある。ウォッシュ加工の仕上げもとても大切だし、そういうことに敏感だわ。

CL:使い込むうちに表情が変わるのも、丈夫なところもいい。

ファッション界の仕事を始めた頃、クリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)の下で、アシスタントを経験していますよね。彼も非常にユニークな視点のデザイナーだけど、あなたと彼の美学はかなり違う。当時の経験から、どんなことを学びましたか?

CL:僕はかなり若いときにファッションの業界で働き始めて、クリスチャン・ラクロワと出会ったのは1980年代、彼がJean Patouにいたときだった。早い話が、仕事を探してたんだけどね! 文学やアートやアートの歴史と豊富に関連させてストーリーを語るラクロワのアプローチは、業界でも斬新だった。驚くほど文化に対する造詣が深くて、色やテクスチャをセンシュアルに理解する、そういう意味で単なるデザイナー以上の人物だ。とてもたくさんのことを学ばせてもらったよ。最初、ファッションと僕は、ちょっと捩じれて面倒な関係だったかもしれない。僕はスタイルと衣服に興味があったけど、ファッションのカルチャーは表面的な気がして、まったく関心を持てなかったから。だけど、クリスチャン・ラクロワを通して、違う視点から出発してもファッション デザイナーになれることがわかって、自信を持てた。それまでは、特定のやり方でないと正当なデザイナーとして認められないんじゃないかという不安があったけど、違う背景からもスタートできることを教えられたよ。

デザイナーとしての現在のあなたを、とてもよく理解できるお話ですね。特に、独自のブランドを守り続けて、大きくトレンドに左右されない点で。

CL:業界には、とてつもないプレッシャーがある。だから、働き始めてそれほど経たないうちに、落ち着かない気持ちになってきたんだ。僕自身の関心はずっと、時代に左右されない一貫したスタイルに向いてたし、自分独自のユニフォームみたいなものを確立してるキャラクターに魅力を感じたけど、同時に企業で働いてたわけだから。時代を象徴する風潮に乗り遅れちゃいけない、というプレッシャーがかかる。だからこそ、Lemaireには大きな価値があるんだよ。Lemaireはある種の一貫性を作り出すことに成功していると思う。シーズン毎に、まったく別のテーマを展開するわけじゃない。だけど同時に、進化して、トレンドを理解することも、もちろん必要だ。ブランド全体の雰囲気を進化させること。結局のところ、僕たちはファッション大好き人間なんだし! 当然、僕たちもファッションの動向には注目する。思うに、みんな、何度も見過ぎたものに反発して、何か別のものを求める衝動から別のスタイルを選ぶんだよね。だから、筋を通して一貫性を持ち続けながら、一方で、僕たちのやっていること、トレンド、時代の空気にとても敏感であること。このふたつのバランスをとることが大切だ。

そういうバランス感覚は本当に大事ですね。特に現代は、溢れるほどの情報の攻撃に曝されているような時代だから。デジタルの情報源とかソーシャルメディアとか…。

CL:僕はソーシャル メディアにはまるで疎いんだ。サラ=リンのほうが、よほど使いこなしてる。だけど、批判精神と対抗精神を失わないことが必要だね。フォローするばかりで、問いかけることをしない。走り続けて、どんどんスピードを上げて、立ち止まる時間なんかなくて、注意を逸らせるものばかりが増え続けて、結局自分を見失う。そういう超リベラルな世界はソフトな形態の専制と同じだし、僕たちはそのことにとても疑問を持ってる。一歩さがって、「ノー」と言っても構わないんだ。それが僕たちの考え方だ。

以前のインタビューで、そういうプレッシャーを「大きな不幸」と表現していますね。とても正しい意見だと、私も思います。

ST:ブランドとしては、初期のブログのおかげで、多少知名度が得られたわ。Instagramは、初期からフォローしていない人たちへ幅を広げるうえで、役に立ったわね。ようやく最近、新しい語り口のもっと軽いコンテンツをポストできるようになったところ。

CL:僕にとって、問題はソーシャル メディアじゃなくて、ビジネスの侵犯だな。

どんなふうに?

CL:今の世界は資本主義の後期だと思うんだ。あらゆる場所、僕たちの生活のあらゆる細部にまでビジネスが侵入してるけど、それは少しずつゆっくり進行したから、僕たちは気づいてさえいない。大量の情報だけじゃなくて、情報が伝達する価値観もそうだ。最近も広告の侵入について話し合ったことがあるんだけど、僕たちの思考や心理は広告に汚染されてるよ。何が現実で何が嘘か、何が良くて何が悪いのか、それを見分けられなくて、僕たちはすごく混乱してる。もちろん、インターネットやソーシャル メディアには、素晴らしい面がある。個人主義と同じで、個人が尊重されるのは素晴らしいことだ。個人が、社会や家族や社会のルールに大きく制約される時代は嫌だからね。つまり問題は、ソーシャル メディア自体じゃなくて、行き過ぎた資本主義が価値観を支配していることだ。誰もが自分を作り変えなきゃいけない、そんな世界に生きてるから、みんながおおきな不安を抱えてる。だけど、おもしろい時期にさしかかってるね。ちょっと待てよ、常に成長を続けなきゃいけない、常にもっと消費しなきゃいけないという今の考え方はおかしいんじゃないか、という人たちが出始めてるから。

そういう点を含めて、若い世代のデザイナーにアドバイスをお願いします。

CL:夢を描くことは大切だけど、現実を理解することも大事だ。例えば、僕たちがやってることはビジネスだ。多分、若い世代はもっとよくそのことを理解してるだろう。だけど、ビジネスの看板の後ろに何を置くつもりなのか? ビジネスで何をしたいのか? 価値があると信じることをしたいのか、それとも、権力を手に入れて認められたいのか? 何か新しいもの、何か理に適うことを実現するための方法なのか? ビジネス自体は問題じゃない。大事なのは、それをどうするか、それで何をするつもりかだ。

Eugenie Dallandは、ライターであり、『Riot of Perfume』マガジンの発行人でもある

  • インタビュー: Eugenie Dalland
  • 写真: Saskia Lawaks
  • 翻訳: Yoriko Inoue