ヒール解禁:ルイ14世からハリー・スタイルズへ

男たちにヒールを禁じたジェンダーの歴史が終焉を告げる

  • 文: Max Lakin

ルイ14世ほどヒールを愛した男がいるだろうか? プリンス(Prince)やマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)の名が挙がるかもしれない。だが何と言っても元祖は、かの太陽王だ。10cmのヒール、特にLouboutinの原型ともいうべき赤のヒールを異常なまでに好んだのだのは、150cmそこそこという身長のせいだったろう。王朝に君臨する王がかくもヒールを愛用したのだから、彼の治世下では当然、男のヒールの高さが男らしさを測る簡便な尺度になった。もはやヒールの着用は王による絶対命令であり、貴族のみに許された特権でもあった。ちなみに冬のニューヨークで「車のエンジンをかけたまま、外で運転手が待っています」と急な知らせを受けたとき、パンプスでどれほど急行できるものだろうか? それと同じく、赤いヒールはどうしようもなく非実用的であり、絶望的に歩きにくかった。そして、そこがポイント。つまり、赤いヒールは歩く必要がないほどの富を意味したのである。

その後の歴史で、男たちの気取りはヒールを離れ、別の対象へ移った。18世紀末になると、男性がこれ見よがしに飾り立てた服装を捨てる「グレイト メイル リナンシエーション」と呼ばれる社会現象が起こり、男たちはハイヒールも女々しいと考えるようになった。もちろん、これはこじつけだ。考えうる限り最高にマッチョな男を象徴するカウボーイは、好んでヒールのあるカウボーイ ブーツを履くではないか。衝撃的なハイヒールとは言わないまでも、確かにヒールがある。あれほど明白なのに見逃されるのは、鞍のあぶみに踵を引っかけるという実用目的のおかげだ。それにしたって、数インチ余分に背が高くなれば、誰だって絶対気分が良い。

にもかかわらず、男が履くヒールには反体制的な何か、勝手に決められた慣行を無視する喜び、許されず結論も出ていないものに付随するスリルがある。女性にとっては、過去1世紀、スティレット ヒールが性的パワーの源泉だった。であるから、男性がくびきから逃れて解放されるのも、時間の問題に過ぎなかった。ポップ ロックのアーティストたちが自信たっぷりに誇示するスタイルを嬉々として引き継ぐハリー・スタイルズ(Harry Styles)は、稼ぎがいいおかげで、Gucciのさまざまなヒールを履いて歩きまわっている。先月、次のワールド ツアーが発表されたが、ヒールの部分だけを大胆に切り取ったビジュアルが目を引いた。マーク・ジェイコブスは、Rick Owensの目眩がしそうなほどヒールの高いKISSブーツ コレクションを履いて、ニューヨークの街を闊歩している。アンクルハイの角ばったチェルシー ブーツで、素材はバフ レザー。ミッドソールには、急流すべりの支柱のごとき7.5cmを超えるスタック プラットフォームがそびえ、ブロック ヒール全体での高さは驚きの11.5cm。完璧で、揺るぎない自己主張だ。これを履いてダウンタウンを歩き、セントラル パークの樹々を愛で、ダンサーのように両手の指を大きく広げた写真を見るかぎり、ジェイコブスは今まででいちばん楽しそうに見える。

男たちは、ジェンダー別の決まりごとを、巧みな方法で迂回している。凝り固まったジェンダーの規範のために長年抑圧されてきた、洒落たハンドバッグに対する男たちの切望は、ハーネス パックによって解放された。どこから見てもバム バッグだが、銃のホルスター風のデザインは、ストリート ウェアで頭が混乱した35歳以下の男たちからは、おしなべて、許容範囲内の譲歩策として認められている。例えば、Dr. Martensのコンバット ブーツという先例もある。ずっしりしたミッドソールとそれに釣り合うがっしりしたヒールの本格的コンバット ブーツは、ロンドンやニューヨークのパンク シーンで愛用された歴史から、申し分なくハードコアのエッジーな雰囲気を醸し出す。もう少し懐に余裕がある場合は、Christian Louboutinもある。少しばかりヒールを強調した洗練のデザインには、男性に課された規範を押しのけようという意図がうかがえる。

かつてのメンズウェアでは、斬新と言えば、スーツの襟幅が僅かずつ広がる程度に過ぎなかった。しかし、2019年の男性には豊富な選択肢が与えられている。これは、ひとつには、アメリカのファッション センスにヨーロッパ テイストが入り込んだおかげだ。アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)による、Gucciのメディチ家風マキシマリズムが気に沿わなければ、デムナ・ ヴァザリア(Demna Gvasali)によるBalenciagaのセントラル ブロック風シックがある。嗜好とデザインは甚だしく異なる両者だが、男性にブロック ヒールを提案している点は共通だ。Gucciは、ホースビットをあしらったアンクル ブーツ。約5cmのスタック ヒールに「Kitten」の文字が刻印されている。一方のBalenciagaは、光沢のある「ブサ可愛い」スクエア トゥのデザイン。ヒールは若干控えめな3cm強。これにBalmainLemaireFendiで、5cm ヒールのストレート フラッシュができあがる。Y/Projectで際立つのは、パテント レザーがオイルのような光沢を放つ、スタックヒールのカーフハイ ブーツだ。ピンバックルで調節できるストラップとアンティーク ゴールド トーンのハードウェアをほどこされたThom Browneのハイオクタン級ブーツは、いわば成長ホルモンを投与されたTimberland。マディソン アベニューで登山を楽しむ朝にはうってつけだろう。Amiriのスエード ジョッパーは、シルバーのスタッドをあしらったストラップが渋い魅力を感じさせる。早期退職後、パーム スプリングスで楽しむロビン・フッドのような男性に、是非、すすめたい。

言うまでもなく、いちばんクラシックな男性用のドレス シューズには、控えめながらも常にヒールがあった。ネクタイと同じく、もはや公然の秘密、無意識に主張される男らしさの遺物なのだ。ヒールを履くなど男らしくないと尻込みする男性たちの大多数が、すでに毎日ヒールを履いているのだから、おもしろい。男性諸氏の心理をなだめるために、通常、スタック ヒールには傾斜をつける手法が用いられる。フラメンコの踊り手が好んだことからキューバン ヒールと名付けられた、もっと頑丈なヒールがモデルだ。反対に、先細りのスティレットは女性の理想の体形を模している。

現代社会においてヒールは長らく男性に禁じられてきたから、ヒール姿の男性はハトの群れに紛れ込んだマキバドリ同然、自然の驚異に近い。そして、部分的な個性や全体的な雰囲気などお構いなく、即座に挑発と理解される。タビ ブーツがまさにそうで、1988年にMaison Margielaが発表した、つま先の割れたデザインは、いわばヒールとは暗黙の盟友と言えるだろう。長らくディープなファッションとしての位置付けに甘んじてきたが、昨年男性用サイズが導入され、「なんでもいいから何か」を探し求めていた新種の男性に向けて、これまで閉じられていた扉が開かれた。Yves Saint LaurentやZengaのデザイナーを歴任したステファノ・ピラーティ(Stefano Pilati)が、2017年にフィレンツェで開催されたピッティウォモに参加したときの写真には、計算されたノンシャランがはっきりと滲み出ている。履き慣れた感じで円筒形スタック レザーのタビ ブーツを履き、陽光で色あせた壁に寄りかかるピラーティは、石畳から優に8cmの高みにそびえている。足元には、イタリア産ミネラル ウォーター「サンペレグリノ」の空き瓶。高く上昇することの喜びを、ヒール以上に男性に実感させてくれるものがあるだろうか? あるとしても、それはまだ未知の世界に留まっている。

Max Lakinは、ニューヨーク シティで活動するジャーナリスト。『T: The New York Times Style Magazine』、『GARAGE』、『The New Yorker』、その他多数に記事を執筆している

  • 文: Max Lakin
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: December 19, 2019