Nike × Off-White:リメイクされた新鮮な「Air」
Nike & ヴァージル・アブローと過ごした、ロンドンの4日間
- 文: Adam Wray
- 写真: Dominic Sesto

Nikeとヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が組んだ「Off-Campus」サミットがロンドンで開催されて3日目。僕が話している相手は、DIY流ジンづくりのワークショップを終えたグラフィック デザイナーのネヴィル・ブロディ(Neville Brody) 。「いいかい、このワークショップは、キッズが、自分の欲しいスニーカーを手に入れるための足掛かりなんだ」と、ブロディは言う。「だとしても、その体験には、さらにどれだけすごいことが待っているんだろう」。僕が ロンドンまでやって来たのは、まさしくその質問の答えを見つけるためだ。企業がスポンサーして、互いから学んで作り上げていくストリートウェアは、ブランディングの実験から生れた最新の突然変異なのだろうか? もしそうだとしても、それによって、正当に有意義な体験を参加者に提供することが妨げられるだろうか?

「Off-Campus」は、複数日にわたって、コラボレーション「10」作のリリースを記念する対話型シンポジウムである。「Jordan 1」のような元祖の象徴から「Vapormax」のような未来的クラシックまで、超限定のNikeスニーカー10足はすべてアブローがリメイクした。ニューヨークとロンドンを会場にした「Off-Campus」は、 講演、パネル討論会、実践ワークショップというメニューで、首尾よく参加できた幸運なファンには、憧れのクリエイティブと対面して、普通は手に入らない貴重なノウハウやリソースを与えられ、もちろん地球上で最高にホットなスニーカー1足を獲得するチャンスがある。

アブローが表明した「Off-Campus」の意図を、これらのスニーカーがスタイルとして表現していることは、決して偶然ではない。そもそものコンセプトは、通常は目に見えないプロセスを明らかにすることに尽きる。 ワークショップと同様、このイベントの目標は、情報の共有による能力の増強だ。大抵は隠されているステッチが露出した状態で残されている。初期のサンプル段階で使われたファブリックが、最終的にリメイクされた10足のスニーカーに使われていたりする。そして、アブローのトレードマークであるヘルベチカ書体のラベルと引用符を使う手法が、いたるところに登場する。アブロー版「Air Jordan 1」は、すべてに注釈が付されている。すなわちシューレースには “Shoelaces” 、Nikeが特許を取得しているエア サスペンション システムを内包するソールの部分には “Air” と、それぞれ記されている。

単純で間が抜けたようなこの手法は、現代のブランディングの企みを露呈することに、とりわけ効果を発揮する。アブローの「Jordan 1」を目にするまで、Nikeが「エア」という概念を所有していると、僕ははっきり考えたことはなかった。それが、ほぼ30年におよぶ絶え間ないブランディング、デザイン、プロダクションの成果なのだ。「Air Max」「Air Jordan」「Air Mag」「Air Zoom」「Air Pegasus」。道をゆく人10人をつかまえて「エア」から連想するものを尋ねたら、 数人はNikeの製品を思いつくこと、受け合いだ。これは企業が披露する驚くべき合気道の妙義である。Nikeは人間の生命に欠かせないもっとも基本的なものを取り出して、文字通りにも比喩的にも、消費者商品に閉じ込めた。

してみれば、このレベルで、Nikeがブランドと消費者の関わり合いを再定義しているアブローとコラボレーションを組むのは必然と思われる。「Off-White」プロジェクトによって、 アブローは参加型ブランディングの時代をいち早くスタートさせた。まったくどこにでもあるものに焦点を絞り込んで、ついには我が物にしたNikeと同じく、アブローは世界中のインフラ設備やインフラ施設の標識で見受ける斜線の図柄を取り出し、彼自身の宇宙観に織り込むことで、Off-Whiteの視覚アイデンティティを作り出した。それからOff-Whiteの世界を外へ向けて開き、ソーシャル メディアを介して、しかし商品の購入は一切要求することなく、人々の参加を呼びかけた。
そして現在、Nikeはアブローから学びつつある。僕が「Off Campus」で見かけた光景は、マーケティングの未来のように感じられた。Nikeとアブローは、4日間にかけて、東ロンドンのショーディッチにある3階建ての倉庫をクリエイティブな活動拠点に変えた。参加者はデザイナーのマーティン・ローズ(Martine Rose)と、Tシャツをデザインした。デザイナーのグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)やOwenscorpのミシェル・ラミー(Michele Lamy)と「Air Force 1」を作り直した。グライム アーティストのJMEと一緒にランニングし、ブロディと人をコラージュし、DJのベンジー・B(Benji B)と音楽を語り、その他にも様々な活動に参加した。 アブロー自身も週末は会場に留まり、ワークショップをのぞいたり、参加者と雑談したり、セルフィーを撮ったり、サインをして過ごした。

アブローとNikeは、共同で、全く独創的で記憶に刻まれるものを作り出した。「Off-Campus」の参加者が、新しいスニーカーの再販価格として簡単に数値化できない、貴重な体験を持ち帰ったことは明らかだった。「Off-Campus」に来たいと思った思った理由を尋ねると、ほぼ全員の答えは、結局ひとつの答えのバリエーションに過ぎなかった。技能のレベルや経験に関わらず、アブローは彼らに創造に対する情熱の追求を刺激したのである。
「ヴァージルは、参加者が『畏れ多い』と萎縮してしまう心の壁を壊したのよ」。ワークショップでマーティン・ローズは語った。「私が会ったなかには化学専攻の学生もいたし、携帯電話の小売店で働いてる人もいたし、外科医の卵もいたわ。携帯電話を販売している店員が、心から尊敬してる人と2時間一緒に過ごせるって、どんなことか考えてみてよ。その価値はとても言い表せないわ」

「ここで起こったことには、宇宙的と言えるほど大きな転換が作用してたような気がするんだ」。そう語るパトリック・マタモロス(Patrick Matomoros)は、超有名なビンテージ ディーラーとして、Tシャツ デザインのワークショップを担当した。「自分のプロセスを隠して見せたがらないデザイナーが、とにかく多い。ヴァージルが、いやいや君にもできるんだよ、なんて言うのは素晴らしいね。 俺はあんまり深刻になりたくないんだ。所詮はただのTシャツだし、ただのテニス シューズだからな。ところがどっこい、そういうものでもない。前にイギリスで起こったノーザン ソウルのムーブメントでマントラになった歌があるんだ。『Love Is a Serious Business』。そのとおり、愛は真剣な仕事さ。ここに集まったキッズがその精神を大切にしてるのは、ビューティフルだ」



企業の枠組み内でのイベントにも関わらず、「Off-Campus」の可能性に関して、ブロディも同様に情熱を燃やしていた。「現在では、企業のような要素を操る必要がある。今回のように企業主導のイベントでも、チャンスだと考えなきゃね。キッズが自分もクリエイティブになれる、自分の存在を示せる、人と関わり合うことができる、オリジナルになれる、自分を表現できる。そういうことを理解できる機会になるという意味で、ここで開催したようなワークショップはすごくクールだ」
ブロディの言うとおり、「Off-Campus」が企業主導イベントであることを頭に入れて置くことが大切だ。すなわち、企業によるマーケティング目的の企画だ。だが、アブローに関する限り、基本的に広告戦術のイベントである事実は重要性を持たない。彼にとって、企業の紐付きと独立の二元論は、時代遅れの観念だ。「Off-Campus」の最終日、僕はアブローと一緒に腰を下ろして、その原動力に耳を傾けることができた。

「何かいいアイデアで皆が盛り上がったときに起こりがちなのは、でもそんなのは本物じゃないって貶める声が出てくることだ」。アブローは語る。「だからこそ、今回のイベントに大きな意味があると思うんだ。所詮マーケティングのプロジェクトだっていう考え方を、僕らは乗り越えた。競合ブランドのスニーカーを履いた参加者が、会場でNikeの製品に触ってる。『来場者が消費者だっていう観念を頭から追い払う』視点だ。Nikeのデザイナーとミシェル・ラミーが、アートの勉強をしたこともないキッズとプロトタイプを作る。人と人のレベルに立ってるんだ」

「Off-Campus」の弱さのひとつは、僕がアブローと話した日の前日、音楽の選択をテーマにしたアブローとベンジー・Bのセッションで明らかにされた。対話の途中、アブローは聴衆の中の女性たちにクラブでもっと聴きたいと思う曲を尋ねた。すると、発言のチャンスを利用したひとりの女性が、Nikeは「 10 」足シリーズの女性用サイズを用意していない点を挙げた。事実、「Off-Campus」参加者は圧倒的に男性が多数を占めている。

その理由をアブローに尋ねてみた。「もっとたくさんの女性に聞いてみたらいいんじゃないかな。多分答えを知ってると思うよ」。アプローは言う。「一般的に、スニーカーが男のものだからかもしれない。同じとは言わないけど、メイクアップの講座だったら、出席者は全員女性になるんじゃないかな」。確かに、スニーカーは従来男性大多数で発展してきた文化だが、それも変わりつつある。一例を挙げるなら、世界の女性クリエイティブが連携する国際集団「Girl Crew」に、Nikeは「Cortez」 のリメイクを持ちかけたばかりだ。そればかりか、ニューヨークとロンドンでのパネリストやワークショップのリーダーにも、堂々たる顔ぶれの女性デザイナーと女性アーティストが多数含まれている。あれほど進歩に熱心なアブローなのに、不必要に制限された現状に関しては、奇妙に受容的だ。その点が、「Off-Campus」のコンセプトが可能性を最大限に実現する妨げとなっている。

「Off-Campus」は膨大な可能性を秘めている。定期的にクリエイティブなリソースとノウハウへアクセスできる恒久的イベントになる日を想像すると、当然ながら胸が踊る。今回ロンドンとニューヨークで開催されたイベントは、そんな枠組みを作る草創期の青写真となりうるし、いつまでも記憶されるアブローの遺産に大きな部分を占めるだろう。「コミュニティという基盤からクリエイトできて、僕はラッキーだった。だから、今度は僕が尽くす番だ」と、アブローは言う。「僕から刺激を受けたキッズが大勢いるからって、それだけで成功感に浸って、贅沢なアパートに反っくり返ってる気はないよ。ここにあるシューズが売り切れることは確かだ。ただ、それがゴールじゃない。ものを作ることがどういうことか、Nikeというブランドにどれだけ革新が注ぎ込まれているかを理解している集団を作ること、本当のゴールはそれだ」
本来ならばそんなプロセスに触れるチャンスさえなかった若者にNikeのプロセスが明かされたとき、何が起こるか? それは誰にも予測できない。
アダム・レイは、SSENSEのシニア・エディターであり、過去に「Vogue」「T Magazine」「The Fader」といった雑誌でも原稿を執筆している
- 文: Adam Wray
- 写真: Dominic Sesto