バランスを崩せ:ファッションの聖なるジオメトリー

アシンメトリーなシルエットと、斜めに着るこだわりを探る

  • 文: Erika Houle

この夏、adidas Originalsは、「Original Is Never Finished」のキャンペーンで、レオナルド・ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図に新たな解釈を加えた。ケンダル・ジェンナー(Kendall Jenner)は結ばれたロープをまとい、印象的なポーズをとる。その彼女の周りに空から熊手が降ってきて突き刺さる。ジェームズ・ハーデン(James Harden)はバスケット ショーツ1枚で氷風呂に浸かり、逆さまになった ヤング・サグ(Young Thug)はビニールのゴミ袋で作った着物に身を包む。

画像のアイテム:ジャケット(Eckhaus Latta) 冒頭の画像 モデル着用アイテム:コート(Marques Almeida)

円と正方形の両方の中に配置され、大の字になった完璧なプロポーションをもつ男性。ダ・ヴィンチがこの象徴的な人体をドローイングした際、流行を先読みしていたのだろうか。15世紀初頭に描かれたこのデッサンは、環境という型に身を合わせることができるという、人間の得体の知れない能力を象徴している。専制政治とフェイクニュースの時代において、これは何を意味するのか。自然の「完全な調和」を示す例として正確に左右対象に描かれたダ・ヴィンチの男性は、全裸でそこに立っている。だが、取り囲む世界と折り合いがつかなくなると、私たちは歪み始める。そこで、衣服を通して身体を意味づけることで、私たちは反撃をする。それは、いわば社会の状況に対する不満を映し出して描くという手法だ。

Eucalyptus Bark Swirl、Nancy Locke

現在、未だかつてないほどに世界は歪んで感じられ、デザイナーたちはそれに呼応するようなデザインを生み出している。新たなトレンドという枠を超え、共通の対処メカニズムとして生まれたのが、このアシンメトリーなシルエットだ。袖のないシャツ、裾がギザギザになったスカート、ボタンが斜めについたセーター。これらは混沌に追いやられたライフスタイルの副産物なのだ。終末感が高まるにつれ、このような状況でも機能する新たな重心を作り出さざるをえない。意図的にバランスを崩した中に、美を見出す。アシンメトリーなデザインは、わずかに斜めになったヒールから、無節操に拡大した袖の先まで多種多様だ。

花を用いた日本の伝統芸能である生け花は、アシンメトリーの実践例のひとつだ。生け花の伝統では、人間と自然の関係性を探求する際、自然の規則に従い、あえて不均衡な構図を構成する。そこには、文化とファッションに相当する二項対立の世界がある。生け花が思考と美の未知の領域を明らかにしようとするように、デザイナーは進化する人間のファンタジーを露わにしようとする。假屋崎省吾のオモチャのように自由な生け花の配置や、川久保玲の身体を改造したようなシルエットが良い例だ。目立たないところで花開いたこれらの新しいクラスターが、今日のInstagramのフィードの中心になったのも偶然ではない。「生け花とは、ただ花器に花を飾ることではない。愛と美しい形を作らねばという芸術家の必然が根本にある」と生け花の大家、勅使河原蒼風は言う。同様に、2017年においては、衣服を身につけることは、単に身体を布で飾ることではない。そこにあるのは、時代の危機に対する反撃の必然性だ。

また、近代建築のレンズを通してアシンメントリーのシルエットを検証することも可能だ。衣服と同様に、建築もまた、大前提である住居の提供という目的を超越する。快適な空間に身を置きたいと思うのと同じように、服の着方によって開放感を感じたいという欲求があるのだ。「抽象芸術家」または「曲線の女王」としても知られるザハ・ハディド(Zaha Hadid)の後年の作品において、その建築構造を発展させ、重力に逆らうような異世界の形状を作り出した。彼女はかつて「素材やバランスで大胆に実験する人たちの作品を常に高く評価してきた」と発言していた。初の女性かつムスリムとしてプリツカー賞の受賞者である彼女は、建築を通じて想像力と感情のパワーを過激に表現した。恐怖が植え付けられ基本的な権利が奪われるような時代に、ハディドの建築物は前例を残した。脱構築したパターンやかがり縫いされたアップリケでもいい。重要なのは、どんな方法であれ可能な限り抵抗を形にすることだ。

ウィーン経済大学 図書館と学習センター、Zaha Hadid Architects

斜めになったブレザー、片方で結んだブラウス、両脚が異なる色のトラウザーズ。2017年秋冬のショーでは、Marques Almeidaのモデルは、イメージにぴったりのニーナ・シモン(Nina Simone)のサウンド トラックに合わせてランウェイから降りてきた。コレクションのほぼ全てがアシンメトリーなアイテムで構成されており、観客は嫌が応でも二度見させられるのだった。一瞬ではあるが、一見しただけでは違和感を感じるために、イメージする完璧な理想について再考を迫られる。昨今これほどまでにアシメントリーに心を動かされる理由は、おそらくここにある。私たちが住む世界に表面的な定点は存在しない。だが、視点を変えて注意をしてみると、この世界での生き方に対する理解の幅も広がっていく。

画像のアイテム:ドレス(Ottolinger)スカート(Vejas)

  • 文: Erika Houle