パオリーナ・ルッソのコルセット

サステナブルな資源としてのレザークラフトとノスタルジー

  • インタビュー: Rebecca Storm
  • 写真: Rebecca Storm

パオリーナ・ルッソ(Paolina Russo)の寝室で、私はサッカーボールに入った紅茶を飲んでいる。「まだイギリスの味は上手く作れなくて」と、カナダからロンドンに移住した彼女は言う。「技ね。本当に味が違うのよ」。飲んでいるサッカーボールはマグカップだが、他にも、部屋中にサッカーのフライヤーやポスターなどがある。ここでは、古いスポーツ用品が湿っぽいガレージの中で芝刈り機の横に突っ込まれていたり、埃でべとついていたり、泥がこびりついていたり、棚に押し込まれたりせず、大切にされている。そして部品として解体され、それを寄せ集めて、新たなデザインが作られる。複雑なコルセットや、スポーツメダルのリボンを再利用したストラップが付いたパッチワークのレザーバッグの形になって、完成作品のいくつかがラックに掛かっている。この24歳のデザイナーが初めてファッション業界の注目を浴びたのは、2018年、セントラル セント マーチンズの卒業コレクション『I Forgot Home』で、ロレアル プロフェッショナル ヤング タレント賞を受賞したときだ。彼女の革細工師としての技術と、素材の再利用へのこだわりは、強烈な印象を残した。

使わなくなったサッカーボールのレザーの使用と並行して、ルッソの制作プロセスと美学には、ディストピア的な意味合いがある。FKAツイッグス(FKA Twigs)の最新ビデオ「Home With You」にも一部登場している、凝った装飾のボディスやコルセットは、レトロ フューチャーな鎧のようであり、終末世界のクチュールを思わせる。『マッドマックス 怒りのデス ロード』、『チェリー2000』、『ブレードランナー』といった映画の衣装では、最後の手段として、枯渇したエコシステムから廃物をかき集めるというコンセプトを突き詰めて、かつて最先端だったアイテムの断片がつなぎ合わされている。スポーツ用品もSF的に感じることが多い。ツルツルに輝き、動き、スピード、機敏さを暗示するからだ。だが、靴が片方なくなったり、シンガードを留めるマジックテープが破れたりすると、その頑丈さや速さは無駄になる。ルッソは、廃棄されたスポーツ用品を、儀式用にも思えるような豪華なアイテムへと作り変える。

そのシグネチャとも言えるスタイルが世に出るきっかけとなった卒業コレクションについて、ルッソは「本当に感動した」と話す。「本当に遠くまで来たものだと思った。最後に家に帰ってからずいぶん経っていたから。初めてのコレクションは、寄付してもらった物で作ったの。すべてのレザーを再利用したわ」。彼女は、こうした忘れられたスポーツ用品とその思い出からエネルギーを発掘し、サステナブルな素材を新たに作り出す。現在、セントラル セント マーチンズでニットウェアの修士課程修了に向けて励んでいるルッソは、永遠に使い続けられるユニフォームを制作する中で、記憶というテーマの探求を続けている。

レベッカ・ストーム(Rebecca Storm)

パオリーナ・ルッソ( Paolina Russo)

レベッカ・ストーム:あなたが育ったのは、カナダのオンタリオ州にあるマーカムですが、そこでファッションに興味を持ち始めたんですか?

パオリーナ・ルッソ:美術の特別プログラムがある高校に通っていたの。ファッションの概念は、あまりわかってなかった。絵画やドローイング以外のクリエイティブな世界を理解していなかったのね。だって美術学校にはそれしかないから。「私はクリエイティブだ」と思っていても、学校では「はい、では絵を描きましょう、ドローイングをしましょう、彫刻をしましょう」という感じで、それが得意じゃないなら、自分はクリエイティブではないということになる。ロンドンを訪れたのは16歳の時で、それが初めてカナダを離れたときでもあった。サマースクールで、パフォーマンス アートとファッションとテキスタイルの短期プログラムに参加したんだけど、衝撃的だったわ。そういう創造的な表現手段が存在することさえ知らなかったんだもの。ずっとファッションは大好きだったけど、私の中のファッションは、リサイクル ショップのValue Villageに行って服を買うことで、自分で作れるなんて知らなかったの。たまに服を作ることはあったけど、仕事になるなんて思えなかったわ。

サッカーをしていたのですか? また、どのようにしてあのスタイルに繋がっていったのでしょう?

子どもの頃、たくさんの競技スポーツをしたわ。他にやることも特にないし、郊外に住んでいると人生の通過儀礼のようなものね。水泳やサッカーをしてた。高校生のときの主なスポーツはテコンドー。全国レベルの選手だったのよ。卒業コレクションを始めたとき、家に帰って自分の古いスポーツ用品をすべて整理したの。そして、たくさんのリサイクル ショップに行って、クロシェ編みのブランケットのような、私の出身地を表現していると思うリサーチ用のアイテムを集めた。伯母がマーカム サッカークラブの代表をしていたので、スニーカーでもサッカーボールでも、何でもいいから古くなったスポーツ用品を寄付するように地域の人たちに呼びかけてくれたのは、最高だった。コミュニティの努力の賜物よ。長い間、実家に帰ってなかったから、人生における他のことは、何もかも夢のようだった。理解してもらえるか、わからないけど。

わかるわ。自分が実は誰なのか、戸惑ってしまう感じですよね。

そう! 実家に帰ると何もかも以前とまったく同じだから、過去に戻ったみたいなの。そのおかげで地に足をつけたままでいられる。家に帰るのは大好き。家族とは本当に仲がいいのよ。私がやっていることを話すと、家族は本当に喜んでくれるけど、彼らにも自分たちの暮らしがある。私のやっていることなんてどれもたいした問題ではないというのは、すごい観点よ。前はファッションを中心にして生きてる人たちに囲まれてた。それだと、どっぷりファッションに浸かれるけど、ファッションのことしか考えなくなるし、それだけが重要な気がしてくる。だから時には距離を取るのも良いわ。おかげでクリエイティブなままでいられる。そうでないと、疲れ切ってしまうもの。

ファッション業界の外にはけ口があることは、続けていく上で大切なことだと思いますか?

正気を保っているために?

そうです(笑)

すごく大切!皆、趣味も持ってないし、閉じられたファッション界の外にも面白いものがあるのを忘れてるのよ。情熱を失わないことはとっても大事。自分がしていることが嫌になりたくはない。ストレスが溜まりすぎたり、いっぱいいっぱいになったりするせいで、自分がしていることにうんざりするなんて嫌だもの。ロンドンに引っ越したばかりのときは、怖気づいてしまうものよ。ここの業界は強固で、誰を知っているか、自分をどう表現するかですべてが決まるから。でも、良い仕事をするには良い暮らしが必要だし、それがいちばん大切なことなの。作品は何もないところから出てくるわけじゃない。私たちはいつでも良い物が作り出せるただの機械ではない。良い仕事をするためには、生きた経験が必要よ。ずっとそう感じてきたけれど、ここに越してきたとき、周りはそう思ってなさそうで怖くなったわ。私は頑なに、自分のあり方や、自分の性格、自分のライフスタイルを守ってきた。「ノー」は私にとってとても大事な言葉。だって、新しい機会に「イエス」と言うのは本当に簡単だけど、「ノー」と言うこと、そして自分を大事にして、自分の心を気遣うことは何よりも難しい。だからといって、自分が一番で仕事は二の次ということではないけれど、まずは確実に自分のことを考えないと、作品も作れない。

良い仕事をするためには
生きた経験が必要

今の新進のデザイナーたちには、以前にも増して、プレッシャーがあります。それについてはどう思いますか?

プレッシャーは大きいわね。どうやって表舞台に出るのか、いつ出るのか、どれくらいの速さで出るべきなのか。ただ成功するのではダメで、早く、特別な方法で成功しなくてはならない。ビジネス的にも人生的にも、それがどれほど健全なのかはわからないわ。私はマイペースで物事を進めるのが好き。頑固なのよ。今、私は運転席にいて、できるだけ長い間ここにいたいと思ってる。これがずっと続くとは限らないとわかってるからね。

そこが勝負どころなのでしょうが、大変そうですね。

その通り! ときどき本当に辛くなる。でもどれくらい上手くやっているか、自分を責めても意味がない。ソーシャルメディアでは、こうした成功の考えが蔓延してるけど、成功ってすごく幅広い概念よ。人によって違うし、私は自分が本当に成功していると感じてるの。今まで自分に嘘をつかずにやってきた。皆が服を好きになってくれるのは素晴らしいけれど、私が伝えようとする雰囲気やコンセプトをわかってもらえて、共感してくれる人がいるのは、もっとすごいことだわ。私にとってのいちばんのご褒美は、仕事を通して、志を同じくする他のクリエイティブな人と出会えること。そして作り続ける素晴らしい機会があることね。この点はとても感謝してる。

チームスポーツの素材を使っていますが、チームウェアのコンセプトについて、どう思いますか? チームというか、コミュニティみたいなのを作ろうとしているのですか?

私が作るものって、着やすいものではないの。本当に明るくてカラフルで、体にぴったりしたアイテムの多くは、かなり大胆なデザインよ。私は大胆になりたいと思う人が好き。チームを作っているのかはわからないけど、コミュニティという考えはいいよね。すべての人に応えようとするブランドには絶対にならない。トレンチコートや、あらゆるコートやドレスを扱ったコレクションを作ることはないわ。私は作りたいものを作るし、皆は自分の欲しいものを持てばいい。

求められるものに応じるのではなく、信ずべきところから発するのはいいですね。

ええ。そのサイクルに応じているの。シーズンごとにショーをやって売るという考えは好きじゃない。ストリートウェアのブランドのやり方が気に入っているわ。発表したいときに発表して、シーズンごとに取り組む義務がない。その年にたったひとつ、大規模なコレクションがあって、それから雰囲気が変わる。是非そういうことをやってみたいな。今関わっているチャリティーでは、余分な衣類や余分なレザーがあると私に寄付してくれて、本当に親切なの。片方だけのシューズや傷がついたアイテムのように完璧にいい状態でも売れないもの、使えない素材を使って作業ができるという側面はとても気に入ってる。今は、こうして寄付してもらえる他の方法がないか、考えているところ。

今、サステナビリティは大きな議論を呼んでいるトピックで、サステナブルを自称しながら、実際にはサステナブルな活動をしていないブランドが増えています。

若いデザイナーとしては、自然とサステナブルにならざるをえないのよ。素材がすごく高いんだもの。学生もそうだけど、何をするにも、生地を買うときにはサステナブルじゃなければならないし、学生時代は1メートル100ポンドの生地なんて買ってられなかった。売れ残った、生地のロールの最後の切れ端を売る店に通ってた。それが今は自分のやり方に叩き込まれてる。私の作業の仕方だし、これからもずっとそうよ。

1つのアイテムを制作するのにどれくらいかかりますか?

レザー アイテムを作っていたのだけど、1つのバッグを作り始めると完成するまでが本当に長くて、何時間もかかるの。すべての行程を分けて、ほとんど工場の生産ラインのようにすると、1つ作るのに1週間はかかるでしょうね。私は3つのレザー アイテムを作るのにまだ1週間かかるわ。ただ、すべての同じ工程を一度にやるの。それだけに集中して、作業中は映画を見る。これはただの労働よ。時々手伝ってもらえるように、やり方の一部を母にも教えたの。一緒に座って映画を見ながら、クロシェ編みをする。この部分は本当にリラックスできる。何もないところから何かを組み立てるからね。何もないところから始めて、美しい手作りの作品が完成するというのは、本当にやりがいがあるわ。絶対に大量生産はしたくない。数は問題じゃないのよ。

薄れていく記憶やノスタルジーと作業をするという考えについて語っていましたね。それを念頭に置いてデザインをすることは、こうした記憶を持ち続けることに一役買っていますか?

ノスタルジーとファッションの関係は諸刃の剣と言ってもいいものよ。最初に表現した時点ではとてもピュアで、記憶やアイデアに直接反応したものだけど、誰もがそれを着る頃にはそのことは忘れてしまっていたり、あせてしまっていたりする。見方によれば、現にそれが世界に存在しているがゆえに、その記憶が留められている。振り返ってみると、自分の作る服にノスタルジーみたいなものを感じるの。そのアイテムを見て、それを作ったときに何を考えていたのか正確に思い出すのよ。

自分が一番で仕事は二の次ではないけれど、まずは自分のことを考えないと、作品も作れない

自分の服をどのように着てもらいたいですか? クリートやシンパッドを再利用したレザーは、保護するために作られたようにも見えます。

サステナビリティの大部分を占めるのは、やっていることが環境を傷つけないようにすること。でも、ファッションを作っているのならば、本当に全力を注がないとならない。新しいものを作りたかったら、必ず良いもの、永遠のものでなければならないの。この地球上に何かを作り出すのなら、それは永遠でなくちゃならないわ。簡単なものを作るためにここにいるわけじゃない。誰かが買ってくれたのは、それが特別なもので、永遠に持ち続けるものだから。私もそういうものを持っているし、そういうふうに、私はファッションに共感してる。高くて買えないから、いつもデザイナーのものを買うわけじゃない。でもとても気に入ったものを買う場合は、それを永遠に持っていたいと思うから買う。そうやって私の創作プロセスを受け止めているの。すべてのファブリックを自分で作って、すべて編み物で、そうでなければレザーを再利用する。私は存続するものを作っているのよ。

  • インタビュー: Rebecca Storm
  • 写真: Rebecca Storm
  • Date: October 28, 2019