adidas × Wales Bonner:
今に続くスタイルと
抵抗のカリブ文化

2020年秋冬秋冬コラボレーションで、来たるべき試練に備える

  • 文: Ashley Clark
  • アートワーク: Justin Sloane

SSENSEは、2020年秋冬シーズンのadidas × Wales Bonner コラボレーションを記念して、ライター、批評家、映画プログラマーであるアシュリー・クラーク(Ashley Clark)に記事の執筆を依頼しました。映画と音楽を交え、ピュアなスタイルに浸透したカリブの文化と抵抗を語ったストーリーで、異国の地で今も息づく祖国の伝統にオマージュを捧げます。

フレディ・マクレガー(Freddie McGregor)は、1980年代に正統のルーツ レゲエを守り続けたジャマイカのシンガーだ。そのマクレガーは、「Jogging」で、当時のジョギング熱にうかされたキングストンの若者たちの心底を見抜いている。「モナ貯水池を3周、時にはスタジアム ガーデンズを2周、トラファルガー ロードからホープ ロードまで」走る若者たちを、たまらなく軽やかなグルーヴに乗せて観察している。 (蛇足ながら、僕の体験から、「Jogging」自体はあまりランニング向きではないことを付け加えておこう)

ラスタファリズムに改宗して5年、当時24歳のマクレガーが見たのは単なる健康のための運動ではなく、何かもっと深いものだった。ジャマイカの成り立ちを食い散らす資本主義、盛り上がりを見せたラスタファリズムに対する体制の迫害、賄賂で私腹を肥やす腐敗した政治家。混乱した社会のなかで、若者たちは「バビロンの地の砂を蹴って走り」、「試練に備えて体を鍛え」、無意識に「アルマゲドンを迎える準備を整えて」いた。そしてBメロ部分のコーラスが描写しているとおり、体を鍛えながら、スタイルもシャープにキメた若者たちは、「adidasを履いて」いたのである。

1948年から1973年にかけて、英国政府は労働力不足を補う目的でカリブ海諸国からの移民を奨励した。このウィンドラッシュ時代に英国へやって来たジャマイカ人の両親のあいだに、1959年、僕の父がサウス ロンドンで生まれた。蹴り立てて走る砂などないサウス ロンドンだったが、強暴なアルマゲドンは訪れた。その後に導入された英国の政策によって、人生の大半をイギリスで送ってきたカリブ系の人々が、突如、国外退去の危機にさらされることになったのだ。フランコ・ロッソ(Franco Rosso)監督は、『Babylon』(1980年)で、窮地に直面したカリブ系英国人を独特の雰囲気で見事に描いている。主人公はロンドンの若きサウンドシステムMCのブルー。演じているブリンズリー・フォード(Brinsley Forde)も、有名な英国レゲエ グループ「Aswad」のシンガーだ。ブルーと彼のクルーが、人種差別の警察網や雇用主、極右翼のイギリス国民戦線を支持する隣人たちと闘いながら、粘り強く音楽界での成功を目指す姿をカメラは追う。ゆっくりと長いあいだに蓄積された圧力がついに暴力となって避けがたく噴出するクライマックスは、強烈に脳裏に刻まれる。

『Babylon』の登場人物は、挑戦的で、臨機応変に困難な状況を切り抜け、独特のスタイルをしている。ドレッド ヘア、トラック トップ、カラフルなTシャツ、スラックス、真新しいトラック シューズだ。ジャマイカの小説家マーロン・ジェイムズ(Marlon James)は、ボブ・マーリー(Bob Marley)が「adidasをクールにして、それからはるか後にRun-DMCがadidasの地位を不動のものにした」と書いたが、そのとおり、ボブ・マーリーのスタイルは今も正しく受け継がれている。

2016年の終わり頃、僕はサウス ロンドンのブリクストンにあるリッツィー シネマで『Babylon』の映写会をやった。かつては英国で暮らすカリブ系住民の侵しがたい牙城だったブリクストンも、今や、上品で無個性なジェントリフィケーションの猛攻にさらされている。レゲエ ミュージシャンだった僕の父さんも、『Babylon』を観ていなかったので、映写会へやってきた。映画が終わって場内の照明がついたとき、僕が目にしたのは父さんの頬を伝う涙だった。スクリーンのサウンド、光景、スタイルは、試練に備えて体を鍛えた過去の日々を蘇らせたのだ。

この映写会の3年前には、別の映画へ父さんを連れて行った。バルバドス系英国人のベテラン監督メネリク・シャバズ(Menelik Shabazz)の『The Story of Lovers Rock』だ。ラヴァーズ ロックのミュージシャンとファンに捧げられた、心温まる素晴らしい研究であり賛辞だった。レゲエとソウルが融合したロマンチックなラヴァーズ ロックは、レゲエのサブジャンルとして確立され、人気を博し、1970年代終わりから1980年はじめの英国では独自の音楽シーンさえ誕生したほどだ。フレディ・マクレガーも最終的にはラヴァーズ ロックに歩み寄って、自分でもラヴァーズ ロックを歌うようになった。

ルーツ レゲエの政治に対するもっともな憤りとは対照的に、滑らかで聴きやすいラヴァーズ ロックは、英国で生活する黒人コミュニティが日々遭遇するトラブルから逃避する場所だ。体を寄せ合うダンスホールの親密感、ハウス パーティ、光沢のあるドレス、ニットのタートルネック、ヘア スプレイ、密なアフロ ヘア、デニム、ベルベット、コーデュロイの世界は、イギリス風のスマートなお洒落が混じって、ひねりの生まれたカリビアン スタイルだ。実を言うと、僕の父さんも『The Story of Lovers Rock』にちらっと出ている。自分のラヴァーズ ロック バンドだったNatural Touchと一緒にポーズをとった写真が、瞬きすると見逃してしまうほど束の間スクリーンに映し出される、嬉しい一瞬だ。

そのラヴァーズ ロックがリバイバルしつつある。1969年のウェスト ロンドンで、グレナダ人とトリニダード人の両親から生まれた映画監督スティーブ・マックイーン(Steve McQueen)のおかげだ。ずばり『Lovers Rock』と題された新作は、5作からなるアンソロジー シリーズ『Small Axe』の一部。野心と魅力に溢れた『Small Axe』プロジェクトは、1960年代後半から1980年代の初めにかけて、ロンドンのカリブ系コミュニティが体験した生活の様相を蘇らせる。『Lovers Rock』は1980年のハウス パーティを背景にしたシンデレラ物語で、マックイーンがこれまで作ったなかでは、いちばん楽しい映画だ。ハイライトは、ジャネット・ケイ(Janet Kay)が天まで届くような高音ファルセットでヒットさせた「Silly Games」を、パーティーにやって来た人たちがアカペラするシーンだ。この歌はほぼ間違いなくラヴァーズ ロックの代表作だし、歌声が続く長回しには催眠術のような作用がある。

『Lovers Rock』に限らず、『Small Axe』プロジェクトのすべては、カリブ海諸国の文化に連なっている。フレディ・マクレガーからボブ・マーリー、『Babylon』からラヴァーズ ロック、そして今は才能あるファッションデザイナー、グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)を得て、世界が僕たちの文化を分かち合えるのは幸運なことだ。スタイル、そしてそこに含まれた意味と抵抗の文化は、シャープな外見で、体を鍛錬し、来たるべき試練に備えている。

Ashley Clarkはロンドン出身のライター、フィルム プログラマー。現在はニュージャージーを拠点に活動中

  • 文: Ashley Clark
  • アートワーク: Justin Sloane
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: December 1, 2020