再生と再利用の
フリース神話

もこもこのポリエステルの盛衰をジェイミー・カイルズが語る

  • 文: Jamie Lauren Keiles

ギリシャ神話に登場するイアソンは、金のフリース、すなわち金色の羊毛を見つけだし、イオルコスの王座を手に入れるため、アルゴナウタイを集めて危険なボスポラス海峡に乗りだした。そして現在のグルジアに当たるコルキスに到着すると、王の娘と結婚し、土地を耕して竜の歯を撒き、その畝の間から生まれてきた戦士を倒すと、その金羊毛が自分のものであると宣言した。

誰もが求めるこの金羊毛には、当然ながら、努力して手に入れる価値があったはずだ。黄金の毛を持つ羊からたった一度しか取れない革である。とはいえ、だからこそあなたも今すぐにコルキスに向かわなければならない、と言いたいのではない。現代では、同じく、選ばれし王が手に入れるべきフリースが、ADER errorSandy Liangといったブランドで、400ドル程度で購入することができるのだ。時間とお金のトレードオフを考えると、これらのジャケットは、イアソンの金の羊毛に比べれば、おおむね手に入れやすいと言える。自ら権力を手に入れることに成功した人は、イオルコスであろうが、ブルックリンであろうが、他の場所であろうが、いつの間にか、地元シーンにおける王座を目指すようになってもおかしくないだろう。

フリースは、まさに今、流行の生地になっている。あるいは、ごく最近まではそうだったと言うべきか。今では、NAPAからWacko MariaIssey Miyakeのプリーツ入りのフリースまで、ラグジュアリーなフリースがあらゆるものに使われている。そしてこの柔らかなアバンギャルドな生地で作られたコートまで登場した。ついには、この生地は時代遅れで古いという宣言まで出てきたほどだ。転売ショッピングサイトGrailedの神託は「無知な大衆よ、目を覚ませ!」と言っている。

だが高級フリースの終焉と言っても、そもそも、その歴史はそう長くはない。ポーラー フリースとしても知られる、ポリエステルのフリースが登場するのは、ようやく1970年代後半になってからだ。繊維の長い歴史において、これは比較的新しい素材なのだ。初のフリースは、子ども用の冬服を専門とするマサチューセッツのこの織物製造業者、Malden Mills社によって生産された。ウールよりも軽量で早く乾くフリースは、赤ん坊特有のニーズを満たす、理想的な商品だった。

フリースは、まずポリエステルのペレットの形で存在する。これはビーニーベイビーのぬいぐるみの詰め物のようなものだ。そこから、ペレットが溶かされ、カシミアのように柔らかく、クモの糸のように細い糸が作られる。次に、このカペッリーニのように細い糸が、お腹を空かせたモンスターのような編み機に飲み込まれると、片面は編み目が輪になり、もう片面は滑らかな、完成半ばのシート状のフリースが吐き出される。そこから全体的に不揃いの輪を均一にするため、先の尖ったワイヤブラシで、タオルのようになった面の糸を慎重に梳いていき、不揃いな面の端を反対側に引っ張り出して、起毛する。

今日でも、フリースはオープンソースの錬金術のままだ

この過程によって、フリースは500%フワフワになる。(これは、金色の羊にとってはなかなかの脅威である。) これこそ映画『卒業』のプラスチックというセリフの真意である。恐竜の骨が石油となり、それがペレットになり、糸になり、布になって、ついには温かい赤ちゃん用の服となる。Malden Mills社はこの発明の特許を取得しなかったため、誰もがこの生地を利用できるようになった。今日でも、フリースはオープンソースの錬金術のままだ。神話のトリクル ダウンが起きて、体の冷えた人間の手に届くようになった。

フリースが初めて大人向けの市場に登場したのは、Malden Mills社と、当時できたばかりのアウトドア ウェア会社の創業者、イヴォン・シュイナード(Yvon Chouinard)のコラボレーションがきっかけだった。彼らがタッグを組み、もっとオシャレで、圧縮ウールに近い見た目の、シンチラと呼ばれるフリースを開発した。1985年に登場して以来、Patagoniaのシンチラ スナップ T フリースは、控えめでありながらアイコニック、頑丈だが豪華、そんなアウトドア派のゴープコア スタイルを決定づけるアイテムとなっている。このスウェットのおかげでフリースは一躍有名になった。「防寒ギア」という下位のステータスに甘んじてはいたが、生地でありながら、それ自体がメインストリームに登場するようになっていった。

80年代後半と90年代の大部分を通して、フリースは、意気地のない中流階級が着るアイテムだった。Gapは、そんな放蕩者のルーツと決別し、アイコニックなロゴ フーディのラインを発表した。1995年に卒業した学生たちとっては、フリースは、無難でありながら、トレンド最先端であることを示せるアイテムになっていた。同じことがThe North Faceのフルジップ ジャケットにも言える。このジャケットは、シカゴのノースサイドのオシャレな若者の間では、今でも人気が高い。

1998年のクリスマスには、家族全員に贈る理想的なプレゼントとして「高機能フリース」を薦めることで、Old Navyのフリースがヒットした。この商品コマシャールは、ただの服をはるかに超えたものだった。この宣伝が伝えたのは、ニュートラルで、誰にも不快感を与えず、手頃な価格で、人種問題を超えた世界という、フリースのユートピアだった。そんなユートピアに集うフリース愛用者たちはどのように心を通わせるのか。フリースの精神は、まさに特定の精神性の欠如にこそあった。そこでの家族とは人間家族、つまりはグローバル化時代の消費者という集団を表している。

西暦2000年が到来する頃には、フリースは企業の景品になっていた。大衆にプレゼントするための完璧な非売品である。スタジアムでは、ブランド名の入ったフリースのブランケットが配られた。左胸にロゴの入ったハーフジップのフリースは、プロフェッショナルたちのためのチームビルディング用アイテムという、新たな役割を担うようになった。Ebayで「カンファレンス + フリース」で検索すると、プラスチック製のビズカジ スタイルの服が大量に引っかかる。このフリースのベストは、Starbucksの会合のものであり、こちらは、いわゆるBurger Kingの「部長ジャケット」と呼ばれるものだ。さらに、こちらは、Goldman Sachs × Patagoniaのコラボレーションである。2008年、Snuggieによりフリースはさらに進化を遂げ、宗教を持たない消費者という祭司のための僧衣となった。ただし、この「着るブランケット」は、服も擦り切れるような世界的な景気後退を生き延びることはなかったが。

大部分のポーラー フリースは、再生プラスチックを使用しているが、生地そのものはリサイクルできない。イアソンが獲得した伝説の金のフリースがその後どうなったかはわからないが、現代に生産された、フリースの大半は埋め立て地に捨てられたゴミとして、そのまま存在し続けている。2011年のある研究によれば、1回フリースのジャケットを洗うごとに、1,900もの繊維が上水道に紛れ込んでいる。マイクロプラスチック汚染として知られるこの問題は、今なお、何ら取り組みが行われていない。Patagoniaはこの廃棄物の存在を認めているが、消費者は「リサイクル素材を利用」という言葉を受け入れ、それだけで満足しているようだ。バイヤーたちがフリースに難色を示すことがあれば、それは、むしろデザインが問題になっている可能性が高い。

では、このゴミになる景品は、どのようにして、ちょっと贅沢なステータス ジャケットになったのだろうか。どのようにして、フリースはその評判を埋め合わせたのか。ラグジュアリー トレンドとしてのカジュアル ウェアの起源は、おそらく、90年代のスウェット、あるいはそれよりさらに前の、50年代のTシャツに遡ることができる。会議室でもスウェット姿が一般的だった、シリコン バレーのせいもあるかもしれない。1万円くらいするスニーカーが主流になってきたことも、機能性とファッションを結びつけて、スペックを基準に服を買うようになった要因といえるだろう。アスリージャーが流行りだした頃には、くつろいだ格好をすることは、もはや非常識ではなくなっていた。

フリースは、ポリエステルを高価で希少なものとしてリブランディングすることで、自らの量販店での歴史を否定する

フリースは、こうしたトレンドから生まれ、同時に、そのトレンドを支えるアイテムでもある。Lululemonのレギンスが、受け身で「ダラけた」エレガンスを思わせるとすれば、400ドルのラグジュアリー フリースは、その上をいく、さらに突っ込んだ快適さを体現しているはずだ。ラグジュアリー フリースは、それを着ればどれほどリラックスできるか、誇張しがちだ。フリースは、自分たちの方が快適だというオーラを漂わせる。あの膨れ上がったBalenciagaのスニーカーの流行が、ある種のジョークとしての誇張に依拠しているのに対し、フリース ジャケットは、その生地の安さは棚に上げ、きどった態度で、ユーモアのなさを表すばかりだ。フリースは、ポリエステルを高価で希少なものとしてリブランディングすることで、自らの量販店での歴史を否定しているように見える。極端にモコモコとさせたSandy LiangのOllieは、着心地がいいのには「理由がある」ことを隠さない。Dickies Constructのメカニック ジャケットのフリースは、ユルフワな生地を選ぶことで、ブランド特有のクラシックで男性的なカットを打破している。われらがヤサ男代表の彼が、このトレンドのアーリー アダプターとして登場したことは、言うまでもない。

この独りよがりの快適さのトレンドの中で、目立った例外がひとつある。それは、最近のUndercoverのショーに登場した、もこもことしたフリースのローブや、ぼろのようなフリースのショールは、迫り来る伝染病のための悪趣味な服を表現していた。そこで見られたのは、贅沢さからいちばん遠い素材としてのフリースだった。そして、現在の病的な状況を映しだそうとする、フリースの姿だった。ネオリベラルな大衆の絶望の時代、環境に優しい見せかけの選択肢として、石油から作られたニットコートほど、理にかなったものはないだろう。純粋な恐竜の骨以上に、豪華なものなどないのだ。毛皮はいつか劣化し、ポール・マナフォート(Paul Manafort)のオーストリッチ革のコートも塵と帰すだろう。油田が枯れて長い時間が経過し、現在の私たちのドラマが神話となり、ポーラー フリースを買う人がいなくなっても、フリースは生き続ける。人類が滅んだ後でさえ、ゴミ廃棄場を埋め尽くしながら。

Jamie Lauren Keilesはニューヨークのクイーンズ地区在住。定期的に『New York Times Magazine』で執筆を行う

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