サーカスからランウェイへ:誰でも歓迎、千客万来!
Bode、Y/Project、Schiaparelliのショーに見るファッション界の変わらぬサーカス愛
- 文: Maxwell Neely-Cohen

ファッション界は、サーカスへ出かけるのが大好きだ。何度も何度も、繰り返しサーカスへ足を向ける。ファッション雑誌が誕生してからというもの、必ず10年毎、見開きのページに悲しい顔の道化師、アクロバット芸人、花形が姿を現す。
デザイナーは、なぜ、サーカスの芸人、興行師、手品師、特殊な才能に恵まれた畸形人に仲間意識を感じるのか? その理由は容易に推察できる。共通項は、ギャンブル的なビジネス、舞台、渇望、訓練、精度。ランウェイは、サーカスのテントで繰り広げられる見世物のお洒落バージョンだ。もちろんその他に、エリート層のご贔屓と大衆へのアピールを両立させるジレンマも共有する。サーカスは騒々しい世界だ。バーナム アンド ベイリー サーカスを創設したことで有名なP・T・バーナム(P.T. Barnum)が「騙される馬鹿が1分毎に生まれてくる」とは言わなかったにしても – 事実、彼がそう言ったという証拠はまったくない – 意味するところは理解できる。
例えば、Schiaparelliのクリエイティブ ディレクターとしてデビューを飾ったダニエル・ローズベリー(Daniel Roseberry)の2019年秋シーズン オートクチュール ショーには、リングリーダーもかくやと思われるスタイルが登場した。リングリーダーは、サーカスの舞台の中央で口上と出し物の進行を受け持つ重要人物。異なる色とファブリックを交互に配置した鮮やかで長いカットは、リングの周囲をぐるりと取り囲む観客に公平な眺めを提供する完璧な衣装だ。ルーブル礼拝堂で開催されたY/Projectのショーには、遠くからも目に付くサーカスのテントと同じく、カラフルなストライプを垂直に並べたドレスが見受けられた。クリエイティブ ディレクターを務めるベルギー生まれの天才、グレン・ マーティンス(Glenn Martens)には、ひねったユーモアをテーラリングで表現する才がある。タイトなレギンスと体に密着したシア素材のシルエットは、カーニバルのキャラクターを連想させる。マーティンスがデザインしたスタイルは愉快で、視線を吸い寄せる。シリアスなんだが、シリアスじゃない。

Bode 2020年春夏コレクション
Diorの2019年春シーズン オートクチュール ショーは、文字どおり、サーカスのテントを会場に選んだ。ランウェイの両脇にアクロバット芸人が配置され、形を変え続ける人間タワーのあいだや人間アーチの下をモデルが歩いた。同年のMETガラのテーマは「キャンプ」だったが、カーラ・デルヴィーニュ(Cara Delevigne)が着用した頭からつま先まで全身ストライプのアンサンブルは、このコレクションの作品だ。一方、メンズウェア ブランドBodeのデザイナーであるエミリー・ボディ(Emily Bode)の家族はリングリング ブラザーズ アンド バーナム アンド ベイリー サーカスのワゴン大工だったらしく、そんな家族の歴史が2020年春夏コレクションのテーマだ。デザインにあたり、ボディはフロリダ州サラソタにあるリングリング美術館を訪れて、リサーチに時間を費やしたという。ショーで使われたファブリックは、あちこちを渡り歩くショーにふさわしく、雑多なものを手作りする職人や大工の仕事に耐える作業着だ。サーカスというコンセプトが普通とは違う奇妙な悪夢的世界と結びついているからか、ゴールデンイエロー、マルーン、グリーンなどの服を着たモデルは、じりじりするほどゆっくり歩を進める。綱渡りや一輪車、アクロバットを見てるようだ。ストライプのパンツ、短いショーツ、バレー スリッパのスタイルは、発射を待つ人間大砲か?
道化師、アクロバット芸人、猛獣使い、軽業師は、すべて、太古の昔から存在していた。フェア、カーニバル、ボードヴィル、バレー、オペラ...サーカスにはこれらすべてが含まれている。現代の世界があらゆるものを粉砕して一緒くたにするように、サーカスもあらゆる見世物を粉砕して吸収した。
現代サーカスの父と呼ばれるフィリップ・アストリー(Philip Astley)は、18世紀イギリスの騎兵隊軍人だった。七年戦争のあいだに馬術の腕が上達したので、退役後、曲馬ショーを見せ始めた。やがて、遠心力が馬上のアクロバットに有利に働くこともわかって、曲馬ショーの達人たちは円形の会場「リング」を使うようになる。
飽くことなき発明家でもあったアストリーは、道化師を雇い入れ、曲馬ショーの合間に観客を楽しませた。それが当たると、次々に芸人を増やしていった。リングの周辺で跳躍や回転を披露するアクロバット芸人、ショーの最後から最後まで決してボールを落とさない曲芸師、頭上でバランスをとる綱渡り、後ろ足で立って踊る犬たち。アストリーは、宮廷やフェスティバルで、王侯をはじめとする富裕階級だけでなく貧しい庶民もサーカスを披露した。ジェーン・オースティン(Jane Austen)、チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)、ジェイムズ・ジョイス(James Joyce)の作品にも、彼のショーが出てくる。アストリーが成功を収めると、競争相手が続々と登場し、それぞれが各地を巡業するようになった。

Y/Project 2020年春夏コレクション
アメリカ人がサーカスに付け足したのは、テントと珍しい動物だ。空中ブランコはフランスで生まれた。ジュール・レオタール(Jules Léotard)という名前の若者が、父親のプールの上に吊るした棒で遊び始めたのが始まり。その後1859年に、レオタールは会場に5000人を収容する「シルク ナポレオン」に入団した。ちなみに、空中を跳躍するために彼が考案した衣装は、「レオタード」の名称で現在に引き継がれている。
サーカスの歴史は、偉大で残虐な帝国の歴史でもある。ローマ、イギリス、フランス、ロシア、アメリカ、中国。ファッションと同じく、サーカスは第一に視覚的なアート、言語の境界に制約されない伝達のシステムだ。その進化は国境を打破し、19世紀に入ると、世界中で、現在のサーカスに近い形態が雨後の筍のように出現した。
サーカスをヒントにすると、デザイナーは歴史という通常の時間枠を飛び越えた場所からスタイルを復活させることができるし、また、それが許される。美術館に飾られた絵画の背景でしか見られないファッションが、サーカスには生き残っているのだ。道化師やアクロバット芸人の衣装は、仮面をつけて演じたイタリアの即興演劇「コメディア デラルテ」へ、さらには中世の芸人一座や道化師にまで遡る。
ファッションは歴史を頼みにするものだが、デザイン、特にメンズウェアのデザインが200年以上前まで遡ることはめったにない。ところが、サーカス コレクションなら、真っ赤な燕尾服であろうが、ルネッサンス期のタイツ、あるいは山高帽であろうが、すんなりと収まる。サーカスは、産業革命以前の衣装とスタイルが、今も正当な場を与えられて存続する最後の場所のひとつだ。そして、高尚なオペラやバレーと違い、過去も現在も、サーカスは大衆のためにある。誰でも歓迎、千客万来。

Bode 2020年春夏コレクション
ヴァシリス・ロアジデス(Vasilis Loizides)の2019年春夏コレクションには、もっとも強烈な個性の興行師に似合いそうなスタイルが並んで、まるでファンタジーの世界か未来からやって来たサーカスを思わせた。それでも、結局は過去への逆行、別世界ほどに遠い過去のスタイルの名残りだ。2019年秋冬コレクションには、ライオン、トラ、シマウマ、飾り立てたショーの馬など、サーカスのテーマをさらに明確に表現したプリントが登場した。中には、胸から象の頭部が突き出たトップス、むこう脛の部分から象が頭を突き出したお揃いのパンツもあった。
「現代的」なサーカスは、もはや存在しない。大衆の意識が変わるにつれ、動物を酷使するサーカスが終焉を迎えたのは当然だ。だが、徹底して見世物をめざすショー作り、金のためなら何であれ訓練し、手なづけ、生き延びる技へと集約するサーカスのレガシーを、ファッションは表現する。観客の来場を乞い、誤魔化すことなく、本物の芸を演じ、なんとか生き抜くことを目指すマニフェストのように。
Maxwell Neely-Cohenはニューヨーク在住の作家。著書に『Echo of the Boom』がある
- 文: Maxwell Neely-Cohen
- Date: August 12, 2019