スーツケースひとつで生きていく
Rimowa、Tumi、Awayのラグジュアリーな旅行カバンの世界
- 文: Olivia Whittick

2018年は、ペテン師の年だった。大手を振って気ままに出回っていた詐欺のエキスパートたちが、晒しあげられ、持ち上げられ、逮捕された。そう考えると、このような時代の最中にクリエイティブ ディレクターが全盛期を迎えたのも、おそらく偶然ではないのだろう。そしてコロコロのスーツケースは、そうしたクリエイティブ ディレクターの肩書きと切っても切り離せない気がする。2018年に開催されたハイプフェスト(Hypefest)では、多くの若い男の子がライターのキャム・ウルフ(Cam Wolf)に対して、いつかこの謎めいた役職に就きたいと語った。きっと彼らはイベントに出店していたRimowa × Off-Whiteのメリーゴーランド風ポップアップの近くにいたはずだ。実際のところ、クリエイティブ ディレクターが何をしているのかは誰も知らないが、想像するに、次から次へと忙しく飛び回る生活なのだろう。海外でネットワークを広げ、何かを作り、クリエイティブなことをディレクションする。何をするかは重要ではない。重要なのは、とにかく忙しそうに見えること、居場所があること、そして動いていること。コロコロのスーツケースとは、その可動性を体現した商品なのだ。
人の移動がとりわけ制限され、監視、管理されている時代にあって、自由に旅行できることは、たとえそれがファッションを通して旅行の可能性を仄めかすだけであったとしても、色々な意味でその人の特権を表している。となると、空港や国境からかなり離れている場所にいる場合にも、スーツケースがまたもや重要なステータス シンボルとなるのは、理にかなっている。コロコロのついた、光沢のあるハードケースは、有効なパスポートに相当するアクセサリーだ。ラグジュアリーな旅行用バッグにお金をかけることで、頻繁に旅行している印象も与えられる。キャスター付きスーツケースは「私はいろんな所に行く」と言っている。もっと正確には、「私には可能だ」と言っている。
誰もがRimowaを買えるようになったのと時を同じくして、ここ10年で起きた、旅行カバンがラグジュアリー アイテムとして扱われるというトレンドは、過去に対する懐古の表れのような気がする。旅客機が登場したばかりの、飛行機での旅行がラグジュアリーの頂点にあったあの時代。世界を飛び回る営業マンや国際的に活躍するビジネスマン、あるいはフランク・シナトラ(Frank Sinatra)の音楽に合わせてセキュリティー チェックをすり抜けていく『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の詐欺師の時代である。飛行機での旅行が一般化する前は、列車の旅の時代だった。そこでは、四角ばった車掌車や客車の前方に積み上げて置きやすい、Louis Vuittonのトランクやハードケースが、業界を代表する旅行カバンだった。駅や空港の雰囲気が通常どれほどぱっとしないかを考えると皮肉なことだが、ヘイリー・ムロテック(Haley Mlotek)が書いているように多くのロゴやラグジュアリー ブランドは、旅行カバンから始まっている。

特許を取得したRollaboardの初期のデザイン (1989年)、Virgil AblohとRimowaのコラボレーション、Robert PlathとRollaboardのスーツケース
空の旅が陸の旅に取って代わり、空港が拡大を続けるなか、お抱えの運転手やポーターがつきっきりで荷物を運んでくれるのでない限り、旅行カバンを持ち歩くのはもはや不便になっていた。1970年代、バーナード・サドウ(Bernard Sadow)は、スーツケースにキャスターと引っ張るためのストラップをつけるアイデアを思いついた。そして10年を経て、パイロットのロバート・プラス(Robert Plath)が、同僚のパイロットや客室乗務員の間で彼の発明品「Rollaboard」を使わせたことで、ようやくこのスーツケースは市民権を得た。現在では、キャスター付きスーツケースはメンズウェアのアイテムとして特に人気だが、当時のサドウは、皮肉にも、男性は車輪の力を借りることにかなり抵抗があるのでコロコロの旅行カバンが定着するには時間がかかると考えていた。キャスター付きのスーツケースに対する嫌悪感について、サドウは「とてもマッチョな反応だった」と語っている。
今日、マッチョというのは、肉体的な強さよりも、ステータスや移動の可能性を意味している。笑えるのが、Off-WhiteのRimowaのようなものが、10代の前半のOff-Whiteマニアの子どもたちを、上品で粋な気分にさせているらしいことだ。ただそれを転がして袋小路から出てきたり、(10代前半の子たちが行きそうな場所ならどこでもいいのだが) セブン-イレブンまで行ったりするだけで、彼らはコスモポリタンな気分になる。コンパクトなキャスター付きのスーツケースは、現代のライフスタイルの象徴だ。テック系の効率とやる気がかけ合わさってできた、このおしゃれな旅行カバンには、DJ設備やかっこいいスニーカー、高価なデオドラント、コラボレーションの計画、あるいはただ新しいアイデアがいっぱいに詰まっていると、彼らは考えている。
ラグジュアリーな旅行カバンは、定住する場所を持たない人、そして1ヶ月分の家賃を、この先住む場所にではなく旅行用のスーツケースにつぎ込むような人のためのものだ。たとえば、Tumiの「スマートバッグ」はGPSを使った位置特定デバイスを備えており、Awayの完璧なサイズのキャリーオン バッグには、デジタル デバイスの充電用のポータブル バッテリーがついている。これらのブランドが示唆するのは、デジタル ノマド時代の新たな「旅するセールスマン」なのだ。現代は、あえて安定した仕事につかず、スーツケースひとつで生活するような時代である。若者たちが憧れるのは、ホテルやRoamのような生活の場を兼ねた仕事場など、こざっぱりとして、シンプル な「シムピープル」のような生活を保証してくれる場所で暮らし続けるような生き方だ。ちなみに、こうした移動するノマド生活者の大部分は、テクノロジー産業の中心地から流れてきた男性である。Awayは、デジタル人間の物理的なニーズを軽減し、インフルエンサー マーケティングを頼りにブランドの知名度を上げていった。人々が人生の大部分をアバターのように生きている今日、本当に必要なものとは何だろうか。ポスト「こんまり」時代における、ソーシャルメディア以降のラグジュアリーのモデルでは、服装のスタイルではなく、ライフスタイルこそが重要になっている。近藤麻理恵が言うように、何を所有したいかという問いは、実のところ、どんな暮らしがしたいかという問いに他ならないのだ。
Olivia WhittickはSSENSEのエディターであり、『Editorial Magazine』のマネージング エディターも務める
- 文: Olivia Whittick