サイモン・デニーが描く未来
ベルリンのスタジオにアーティストを訪ねて、カラーブロックからブロックチェーンに至るすべてを対話する
- インタビュー: Zoma Crum-Tesfa
- 写真: Lukas Gansterer

ニュージーランドのアーティスト、サイモン・デニー(Simon Denny)は、フランクフルトの美術学校に入学したとき、突然すべての友達と地球の反対側に身を置くこととなった。たちまち、ラップトップが生活の中心になった。生活の全てがその物体を経由するようになり、突如として彼は、ラップトップが世界に及ぼす影響に強い関心を抱くようになった。「自分の生活の中でおそらく一番重要な物に対して、もっと関心を向けるべきかもしれないと思ったんだ。スクリーンとは何か、みたいな形状的な面への興味が失せていって、誰がこんな物を作り出しているのか、っていう背景にもっと関心を抱くようになった。テクノロジー業界の文化的な価値や、特定の物が重要になっていく理由に、すごく興味を感じたんだ。そういうことを文化的に解読してみたかった」と、振り返る。そこからデニーは、テクノロジー業界の試みの数々をマルチメディアによる実体験型のアート インスタレーションへ転換した作品で、知られるようになった。扱った題材は、Samsungの経営に関する公式声明から、世界初のセルフィー スティック、ブロックチェーンの誕生に及ぶ。2015年に開催されたヴェネチア ビエンナーレのニュージーランド パビリオンで、デニーはニュージーランドが米国の監視プログラムに果たした役割をテーマに、以前NSA(アメリカ国家安全保障局)でグラフィック デザイナーを務めたデビッド・ダーチコート(David Darchicourt)に注目したインスタレーションを発表した。これによって、ダーチコートは、エドワード・スノーデン(Edward Snowden)の漏洩に関与した過去を公表する結果になった。
ゾーマ・クルム–テスファ(Zoma Crum-Tesfa)が、ベルリンにあるデニーのスタジオで話を聞いた。




ゾーマ・クルム–テスファ(Zoma Crum-Tesfa)
サイモン・デニー(Simon Denny)
まずは軽い話題から始めましょう。昔と比べて、最近はアートとファッションが結びつくことが増えましたが、ファッションの中の何らかを正当化するために、アートが使われる場合が多いような気がします。
確かに。わかるよ。
あなたはそういうファッショナブルなアーティストのひとりです。多くの作品のテーマがテクノロジー文化なのに、自分がファッショナブルなアーティストとみなされることに、驚きを感じますか?
自分がファッショナブルなアーティストかどうかは分からない。でも、テクノロジー文化を切り口にしていることとは別に、そうやって注目されることには驚くよ。世界には素晴らしいアーティストがたくさんいるし、卑下するわけじゃないけど、僕はそれほど見かけで売っているわけでもないしね。もちろん、自分の見た目には気を配ってるよ。小綺麗にして、人に不快感を与えないように、とかね。でも、僕が好きな人たちやアーティストの中には、自分の外見にもっともっと真剣な人たちもいるから。そういう人たちはファッション関連の話題をチェックしてるし、それは素晴らしいことだと思うよ。僕だって、スニーカーを買うときには、友達に相談するんだ。K-Hole(ニューヨークのトレンド予測グループ)の元メンバーで、アート プロジェクトでもコラボレーションしたことがあるエミリー・シーガル(Emily Segal)とかね。
なるほど。彼女は素敵な着こなしの女性ですね。
そう! 彼女は、僕が耳にしたこともないようなものに目を光らせて、それを手がけたりしてる。インパクトやスケール感があるものを扱う人の技、僕はそういう手腕を信奉してるんだ。僕自身は、そんな商売には関係ないけどね。人間ひとりが持ってるエネルギーの量は決まっているから、僕は自分のエネルギーのほとんどを、自分のプロジェクトを進めることに費やす。

そうですね。でも、大学に入りたての学生みたいに、年がら年中バスケットのショートパンツっていうスタイルでもないですよね。
(笑)そうなる可能性もあるな。とにかく今は、自分を高級に見せようって気がないんだ。個人的にはジャージが好きだし。でも、きちんと身なりの面倒を見てくれる、能力のある人を探すんだよ。
専門家の集団。
そう。
もしも専門家が間違っていたとしたら? 例えば、20年ぐらい経って振り返ったとき、当時ヒドい格好をしてたと思うようなことがあったら?
それはもう経験済み。初めてヴォーグ誌の撮影を受けた時、素晴らしいGucciのスーツを僕のアパートメントに持ってきてくれたんだ。ペイズリー柄のダブルのスーツにシルクのスカーフとか。それを着て、床に横たわるポーズだった。そのとき撮影した画像をもらったけど、すごくいい写真だった。さすがに天下のファッション雑誌だけのことはあったね。でも、現実には、僕はそんな服なんてまず着ないし、ましてやそういうのを着てコンクリートの上に横になることなんかない。だけど同時に、なんて言うか、Gucciのスーツを着て床に横になってる、それってスゴいことだよなと思うんだ。結局、細かいことなんてどうでもいいってね。
去年のヴェネチア ビエンナーレで、あなたが手にプラスチック袋を持ったまま、自分のパビリオンを紹介するインタビューを受けていたのが面白かったです。よく空港で買い物をするんですか?
あれはただのプラスチック袋じゃなくて、僕のトートバッグなんだよ! ビエンナーレでのグッズ販売の一環として作ったんだ。
あらら、それは失礼しました。
パビリオンを担当すると、公式のトートバッグを作らないといけないんだ。それで、色々なプロジェクトでパートナーを組んでるデザイナーのデビッド・ベネウィッツ(David Bennewith)といっしょに考えたんだ。「トートバッグがビニールの買い物袋だったら最高に面白いんじゃないか?」って。最終的には巨大なカタログ本も作ることになったから、そのカタログを持ち運ぼうと思ったら、袋を2枚重ねなきゃいけなかったけど。




紙ではダメだったんですか?
あのプロジェクトに関しては、プラスチックが良かったんだ。もっと毒っ気があって。生物分解性のプラスチックか何を使ったはずだけど、でもあれって、実は上手く分解しないんだよ。ただ、良いことしてるって気分が良くなるだけなんだ。
そのバッグの上に、何か絵は描いたんですか?
グラフィックは、ヴェネチアのために僕らが作ったロゴ。展覧会のタイトルにもなったニッキー・ハガー(Nicky Hager)の「Secret Power(秘密の力: 未訳)」っていう本から取ったんだ。ハガーは、ニュージーランドとアメリカの諜報機関が緊密に協働しているという考えを、最初に発表した人物のひとりだ。1990年代に出版された本で、素晴らしいグラフィックが載っていた。その中に地図があったんだ。ニュージーランドが地図の中央にあるせいで、世界の見えない部分がいっぱいある。プロジェクトにピッタリだったから、その地図を使ったんだ。
グラフィックを盗用したんですか? それともインスパイアされたということですか?
いや、その…。
盗用ですね。
両方さ。こういうのはいつも両面的なんだよ。
作品の制作プロセスや、個人的なプレゼンテーションの計画段階でも、複数の原作者が関わってきます。そういうことは、ヴェネチアの展覧会にどのように影響しましたか?
うーん、僕が何かを自分ひとりで創作することはまずない。規模はその時々によって大小だけど、僕には素晴らしいチームがいるし、交流のあるアーティストや思想家とのネットワークもある。そういう件に関しては、彼らが枠組みを作ってくれる。ヴェネチアは、僕にとってすごく良い時間だった。制作に関わった人たち全員にとって、とても意義があったと感じたからね。展示全体が、デビッド・ダーチコートというNSAで働いていたひとりのアーティストをめぐる作品だったんだ。僕の展示会のオープニングにイギリスのガーディアン紙が間接的に参加したことで、このダーチコートという男は、スノーデンが告発に使ったいくつかのビジュアル素材は自分の著作物だと、公に主張することになったんだ。それは、政治的に大きな成果だったし、僕個人にとってもそうだった。

Simon Denny: Blockchain Future States; Installation View; Petzel Gallery; 2016
Photo: Jason Mandella

Simon Denny: Blockchain Future States; Installation View; Petzel Gallery; 2016
Photo: Jason Mandella
協働的な試みという考えは、あなたがブロックチェーンに興味を惹かれる理由のひとつでもあるんでしょうか? 流通しているデータベースを使うブロックチェーンのようなシステムは、階層的な権力システムから距離を置こうとする運動と捉えていいんでしょうか?
ブロックチェーンが、極めてボトムアップ的な一例であったらいいね。例えばピア同士の交信を牛耳っているような多国籍組織とは違って、ブロックチェーンの交信パラメータはコード化されていて自動なんだ。だから、今言ったような組織は、これからどんどん不要になっていく。未来への見通しは、希望がないように感じられることもあるけど、僕は若干楽天的に期待してるんだ 。
その楽観性とは、どこにあるんですか? 例えば、私たちの未来においてブロックチェーンを避けて通れないことは理解できますが、私はそれを楽観的に捉えることができません。
じゃあ、インターネットを例にとってみよう。最初、インターネットは理想的なものだった。世界中の誰とでもコミュニケーションできて、無料の情報を手に入れることができた。でも、今のインターネットは、分散型というより、むしろ中央集権化だ。本質的には、いくつかの独占企業に植民地化されている状況なんだ。僕がブロックチェーンの提唱で好きなのは、そういう状況をリセットする必要があると主張していること。これだけ早く拡大して、多くの人に認識されるようになったことを考えてみても、かなり見込みがあると思う。
ブロックチェーンに対するあなたの見解に、私たちがインターネットに抱いているある種のノスタルジアを織り込むのは興味深いですね。ただ、正直に言うと、「さあみんな、ビットコインの発案者ブロック・ピアス(Brock Pierce)を見習おう」というぐらい賛同できるかと言うと、まだ100%の自信はないのですが。
例というのは、いつも役に立つ。例があれば、特定の出来事を紐解いて、主題の全貌を明らかにすることもできる。ポケモンGOが、市場に接近するためにノスタルジアを利用したのを考えてみてほしい。ああいう戦略は、今日的だし面白いよね。僕は、重要で緊急性があると思う主題を語ろうとしているんだ。例えばビットコインやブロックチェーンには、主権というものが将来どうなるのか、それに対する提案が含まれている。すごく複雑なんだ! こんな大切なことに人々の注目を集めるには、どんな助けだって借りたいぐらいさ。

そうですね。ただ、ブロックチェーンの経済的意図は明確な一方、地政学的意図がイマイチはっきりとしません。ブロックチェーンも、やがて同じように中央集権的になる懸念はないんでしょうか?
僕も100%の確信があるわけじゃないんだ。いろんな人の声を聞いているところさ。すごく懐疑的な人は、ブロックチェーンが過激な個人主義や自由至上主義を発展させて、持つ者と持たざる者との断絶がもっと両極化すると危惧している。もっと公平で、もっと分配が拡大して、より透明性のあるグローバリズムの基礎になると言う人もいる。もし現存のインフラの可能性と入れ替えたら、また違ったエコロジーが可能になるとね。でも、アーティストとして、多くの人の意見を考慮に入れることが、僕にとって大切なんだ。
新たなエコロジーがどんなものになるのか、具体的な希望はありますか?
僕は多くの可能性を受け入れるつもりだよ。自分が生きたいと思い描く未来について、微妙なディテールを具体的に想定するのは難しいよ。未来を形作るテクノロジーが、めまぐるしく変化するからね。

Simon Denny, Secret Power, installation view, 2015. Photo: Jens Ziehe

Simon Denny, Secret Power, installation view, 2015. Photo: Jens Ziehe
今は、どのブロックチェーン アプリを使っているんですか?
どれも、ほとんど使っていなくて、実はもっと使いたいところなんだ。どこかにビットコイン ウォレットを持ってるはずなんだけど、今現在、その中に何が入っているのかすら把握していない。僕のいちばんの目標は、リサーチをして、深く関わっている人に話を聞いて、入場者が参加できる展示を作ることにあるんだ。たぶん、最初はテクノロジーやブロックチェーンなんてどうでもいいと思ってる人もいるだろうけど、展示で目にするものから有意義な瞬間が生まれるだろうし、その結果、もっと深い関心を持つことに繋がるだろう。
でも、あなたが扱うテーマは、より直接的なアイデアや経験について考えることを、比喩的に表現しているわけではないですよね。
それだけではないことを祈るよ。僕は自分が作る作品やリサーチを、より良いシステムを目指して、建設的な提案を刺激するインスピレーションだと位置付けるようにしている。グローバリズムは上手く機能して欲しいよ。心の底から、そう願ってるよ! でも、理想的な未来は、エコロジー的に健全な世界じゃないといけない。世界中の誰とでもコミュニケーションできて、豊富な情報が無料で手に入る脱中心化されたネットワークを、誰もが経験して夢見ることができる世界。それが理想的な未来なんだ。


- インタビュー: Zoma Crum-Tesfa
- 写真: Lukas Gansterer