スリープモード:癒しと眠りのファッション

スリッパと上下揃いのパジャマと寝袋で実現する白昼夢の装い

  • 文: Erika Houle

寝るときに着る服、あるいはベッドを中心とした装いは、私たちの幸福について何を明らかにするのだろうか。2018年のエミー賞で、トレイシー・エリス・ロス(Tracee Ellis Ross)は、華麗なピンクの羽毛布団のようなドレスに身を包み、雲を歩くかのように軽やかに、レッドカーペットを歩いた。スターが、ファッション トレンドの主導権を握っているという事実は、彼らがテレビに寝室の装いを持ち込むのを許されていることに如実に表れている。最近の深夜のトーク番組では、ジム・キャリー(Jim Carrey)が、金色のキスマーク柄の上下揃いのパジャマで登場した。ヘアスタイル七変化や、自分で描いたドナルド・トランプ(Donald Trump)のイラストを披露する前に、彼は、「これが俺のパジャマなんだ」と叫ぶと「見てよ、オシャレだろ」とポーズをキメた。この夏の終わりには、カニエ・ウェスト(Kanye West)が、「ヴェルサーチェ マンション」で行われた2チェインズ(2 Chainz)の結婚式で、サイズの合っていないクッション性のあるカジュアルなスリッパを披露したのだが、足を引きずって歩く姿自体が、何かの暗示のようだった。セレブ文化が何らかの兆候であるとするならば、私たちのパジャマに対する考え方は、私たちの全体的状況を映しているはずだ。

実際、2018年はベッドに向かわざるをえない年だった。Casperなど、ベッドをボックスに入れて届けてくれる企業の登場により、マットレス業界に革命が起き、ウォーターベッドの返品はもちろん、ブログ記事、マットレスを箱から出す様子を撮影した動画、ポップアップ ストア、寝具の月額制のサブスクリプションまで、ベッド関連のニュースがあの手この手で私たちのフィードに紛れ込んできた。ビーンバッグ チェアや昼寝専用ポッドの導入や、自宅勤務(あるいはベッドから仕事)の一般化も進み、会社における仕事環境は、ますます「眠りに優しい」ファンタジーの世界に変容しつつある。Pantoneが選んだ2018年の色はウルトラ バイオレットだったが、最先端技術の祭典サウス バイ サウス ウェスト(SXSW)で、マックス・リヒター(Max Richter)が行なった、8時間に及ぶ Beautyrest提供「スリープ」コンサートの舞台セットに使われたのが、この深い瞑想と意識世界を思わせる紫色だった。Netflixのヒット作『マニアック』では、ジョナ・ヒル(Jonah Hill)とエマ・ストーン(Emma Stone)が、薬物によって引き起こされる睡眠を通して、数々の現実を見せてくれた。Appleのアプリ「ベッドタイム」は、毎晩の睡眠時間をモニターし、睡眠が健康に深く関わっていることを思い出させてくれ、Equinoxのような高級ジムは、会員が夜間に良質な休息をとるのをサポートする取り組みを始めた。インフルエンサーの世界では寝室が重要な役割を担っていることや、「The Cut」の夜の9時までに就寝すべきというアドバイスのおかげで、今では、ネットやソーシャルメディアすら眠りにつくようになっている。

バスローブにヘア タオル、そしてボディケア トリートメントの急増など、おびただしい数のシャワー後セルフィーの登場によって、アスリージャー スタイルは「バスリージャー」スタイルに移行しつつある。ワークウェアに疲れた私たちは、さらに進んで、リラクゼーションへと向かっているのだ。2019年の春夏コレクションでは、Batshevaや Cecile Bahnsenがクラシックなネグリジェにひねりを加えたアイテムを発表し、パジャマがランウェイを席巻した。モデルたちは、『グリース』にあった、女の子のパジャマ パーティーのような、シックでお人形のようなパジャマや、シュミーズ、フリルで優美に着飾った。癒しのクリスタルを持ってまわっていることで知られるヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)だが、彼女の最新コレクションは、タータンチェックのナイト シャツやペイズリーのパジャマ スーツなど、それ自体パワー回復にぴったりで、クリスタルの出る幕などないほどだ。Thom Browneのニューヨーク旗艦店では、まさかの寝袋を販売している。Thom Browneならではの仕立てで作られているうえに、アップリケをほどこした、いつでも丸めて好きなところに持ち運びできるフカフカの寝袋だ。Craig GreenSimone Rocha, ValentinoPalm Angelsなど、今年はあらゆるブランドがMonclerとコラボした感があるが、このジャケットが冬眠しながら活動するために作られた羽毛布団のように見えるのも、偶然ではないだろう。今の時代、水分補給を心配するだけでは飽き足らず、ちゃんと8時間の睡眠がとれたかまで気にしなければならないのだ。

今日の美容とウェルネスの領域が促進するのは、問題解決型と順応型という2種類の人々だ。言い換えれば、業界が提供するのは、問題を解決するか、あるいは問題自体を誇示するための商品やサービスということだ。美容をビジネスに変えた立役者、タイラ・バンクス(Tyra Banks)が、不完全であることは人にとって大切な宝だと考え、「ダメなところがあっても、あなたはすばらしい」という意味の「flawsome」という新語を生み出したとき、彼女にはちゃんと目論みがあったのだ。私たちは、自らの物質主義的な傾向を満たしてくれるセルフケアという形態を当てにしつつ、そのうわべだけではなく、はるか先へと向かっていた。パジャマの装いというのは、周りに共感を抱いてもらいながら、同時にゴージャスに見られたい人々のためのものだ。シルクのガウン姿でプレイメイトたちを侍らせていたヒュー・ヘフナー(Hugh Hefner)のような、かつては大金持ちの着るラウンジウェアと考えられていたパジャマ。私たちは今、それをピロートークと同様の意味を持つ服装として考えるようになっている。人のプライベートな領域を覗き込むように、親密さや人間味をほのめかすパジャマ。これは、人前での精神崩壊と、その後のキャリア復帰の両方に最適なユニフォームである。つまるところ、弱い人間であること自体、流行であり、人のことがいちばんよくわかるのは、ベッドの中なのだ。

ただひたすら敗北感しか得られない社会的風潮の中では、私たちもシャットダウンするよりほかに選択肢はない。緊張を解くのだ。元気を取り戻し、消化し、リセットし、成長するには、身体のシステムに、深い睡眠のステージが必要だ。だが、自己回復のために、夢を見ているかのような装いを意識的に選択することはできる。長い1日のあとで布団の中に潜り込み、左右から引っ張られるように手足をぐっと伸ばし、最後に体を丸めて胎児のようなポジションになる、あの幸福感を体現するのだ。昼夜の着こなしの規範を逆転させるのは、ただ怠惰な行為なのではない。それはむしろ、周囲の状況を体験する際の安心レベルを自らで制御する行為と言うべきだ。豪華なシルクの心地よい手触りや、ふっくらとしたリネンの通気性に抗いがたいのも無理はない。自分の着る物がウェルネスを高める静養所へと変容すれば、毎日が休暇になるのだから。

Erika Houleはモントリオール在住のSSENSEのエディターである

  • 文: Erika Houle