タクティカル ファッションで見る現代の愛の物語

Helmut Langから Alyx、Off-Whiteまで、ディストピアの実用的スタイルを追う

  • 文: Tyler Watamanuk

ここ数シーズンのトレンド サイクルを見るに、ファッションは今、ありとあらゆるタクティカルなものに夢中のようだ。本来「戦術的」を意味する「タクティカル」なデザインは、実用的なワークウェア、クロスボディ バッグ、パフォーマンス系スニーカー、ハイテク系の小物といったアイテムに取り入れられている。同様の流れを汲むものに、フーディの上にストラップをあしらったボンバー ジャケットを着るスタイルや、カーゴパンツの再来がある。また、戦闘用に作られたようなミリタリー風ハーネスを装着しているような印象のアイテムもある。

おそらく、このタクティカル系トレンドを象徴するものとして、Alyxの「チェストリグ」に勝るものはないだろう。このバッグは、世界中のミリタリー ショップで購入できるような、機能性を追求したハーネスがモデルになっている。再入荷されるたびに売り切れるこのAlyxのギアは、実用的なだけでなく、着用する人の胸の真ん中に鎮座して、人の目も引く。コーデュラのストラップのついた高級ナイロン製で、正面にはシングル ジッパーのポケット ポーチをあしらっている。同様のチェスト ハーネスは、ミリタリー ショップならAlyxのバッグの値段の何分の1かで手に入るだけでなく、その収納能力ははるかに優れている。最も頑丈な部分は、最大4個の大容量のセミオート用の弾倉、2個のピストル用の弾倉、手持ちの無線機、さらには様々な「汎用」ポケットが付いているのだから。

他にも例を挙げよう。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)のOff-Whiteはミリタリー系のスタイルのベルトスリングのようなデザインの「インダストリアル ベルトなるものを作っており、これに使用されているストラップは、本来、重量貨物の輸送を支えるためのものだ。Heron Prestonは、その自身の名を冠するブランドで、同様のスタイルのアイテム、「クイック リリース」ベルトを作った。イギリス人のデザイナー、サミュエル・ロス(Samuel Ross)率いるA-Cold-Wall*は、昔ながらの拳銃のホルスターのディコンストラクト モデルのようなデザインの、実用的なホルスターを販売している。

このようなラグジュアリー タクティカルなアイテムが増加している背景には、銃の暴力に関する議論の高まりがある。現代社会の心理に、銃の存在や警察の蛮行、そして銃乱射事件が重くのしかかっている。AR-15ライフルや、警察部隊の軍隊化や、組織的殺人のニュースといったイメージが、どれほど私たちの日常生活を不気味に脅かすものとなったかを考えると、このファッション トレンドは、急に、とても居心地の悪いものに思えてくる。ハイファッションは非現実的なファンタジーを提供するものだが、銃の問題は、憂慮すべき現実世界の心配事だ。戦闘や暴力に関連づけられた服や小物を流行りのものとして見ることができるなら、ファッションは、芸術性や魅力を何にだって見出せるものと言えるだろう。

どれほど最新のスタイルに見えようと、ストリートウェアにも通じる、このミリタリー ファッションが、多かれ少なかれ、ヘルムート・ラング(Helmut Lang)の長年にわたる影響に辿り着く点は注目に値する。このデザイナーの大家が、1990年代後半、実用的なミニマリズムという概念を生み出しファッション界に一石を投じた。

現代ファッションに見られる、目立ったストリートウェアのトレンドのほぼすべてが、このオーストリア人デザイナーの名を冠し、1986年に設立されたHelmut Langに起源に持つ。ラグジュアリーなボンバー ジャケットであれ、単色の色使いであれ、デザイン モチーフとしてのジッパーやストラップであれ、人間工学に基づいたバイカー パンツであれ、元を辿ればほとんどが、プレタポルテの服をもっとアバンギャルドな何かに感じさせる、ラングの優れた能力に行き着くのだ。最も尊敬を集めるデザインは、ブランドが1997年と1998年に発表したコレクションで、ペイントが飛び散ったジーンズ、メッシュのタンクトップ、シャープにカットされたシャツ、そして、かつてVogueが「現代の甲冑」と表現した、防弾衣のようなデザインのベストなどがある。これらのHelmut Langコレクションが、実用性は装飾品として解釈し直せることを証明したのだった。

カニエ・ウェスト(Kanye West)は、初のYEEZY Season 1 コレクションのランウェイで、Helmut Langのアイコニックなベストのほとんど複製のような服を発表した。Louis Vuittonのメンズ アーティスティック・ディレクターを現在務めるヴァージル・アブローも、過去に努めたキム・ジョーンズ(Kim Jones)も、ラングと彼のデザインから受けた影響について語っている。エイサップ・ロッキー(A$AP Rocky)は、2013年のシングル「Fashion Killa」で、デザイナーについてラップした。この稀代のデザイナーは業界関係者から愛され、AlyxやOff-Whiteのような超人気ブランドが出てくる土壌を作った。

だが、私がタクティカル スタイルやアクセサリーについて考えるときに、念頭にあるのはファッションや90年代後半のHelmut Langではない。私が思い描くのは、2人の10代の青年が整然と13人を殺し、20人以上に重軽傷を負わせた、1998年のコロンバイン高校銃乱射事件における、あの有名な防犯カメラの写真だ。その写真には、ひとりの青年の姿がはっきりと見える。くっきりとした顎のライン、長めの髪、そしてカーゴパンツの大きなポケット。一方、共犯の青年は、背中にストラップのついた銃のハーネスを掛け、遠くを見つめている。「彼のカーゴパンツのポケットは、銃の引き金を引くまでの間、ソードオフ ショットガンの大部分を隠せるほど深かった」と、アメリカ人のジャーナリスト、デイヴ・カリン(Dave Cullen)は2009年に出版した著書、『Columbine (邦題:コロンバイン銃乱射事件の真実)』に書いている。「彼らはふたりとも黒のコンバットブーツを履き、1組の黒の手袋を、片方ずつしていた」。先のファッション デザイナーたちが気づこうが、気づかなかろうが、タクティカル ルックは恐怖と暴力、戦慄とパニックの記憶を引き起こしうるものだ。

これが、ファッションが意外な場所に創意工夫を求めようとする場合のデメリットだ。結局のところ、それが尖ったスタイルかどうかを左右するのは、一般社会においてどんなイメージがそれと結び付けられているかということなのだ。

きらびやかなソーホー通りのような場所で、防弾っぽいベストやミリタリーっぽいハーネスを着た人を見ると、胸が締めつけられるような気分になる。もしかすると、原因はもっと根深いのかもしれない。何の考慮も適切な規制もなしに銃弾が自由に飛んでいるような社会において、私たちの無意識の何かが、魅力的な現代の甲冑というファッションに、私たちを駆り立てているのだ。もしかすると、大好きなデザイナーのヒット作の焼き直しをしているだけなのかもしれない。あるいは単に、この贅沢なタクティカル ギアに、触発され、刺激され、心が突き動かされているだけなのかもしれない。ハイファッションが常にそうとは限らないから。動機が何であれ、ラグジュアリー タクティカルなファッションは、私たちがオシャレと考えるものの限界を押し広げるものだ。だが同時に、それは私たちの多くが決して現実には遭遇することがないよう願っている類の美学を理想化しているのだ。

Tyler Watamanukはニューヨークを拠点に活躍するライター兼プロデューサー。『GQ』、『Vice』、『Playboy』など多数に執筆している

  • 文: Tyler Watamanuk