宮下貴裕が作る烏羽色の世界

ティファニー・ゴドイがメディア嫌いのTAKAHIROMIYASHITA TheSoloist.デザイナーと語り合う

  • インタビュー: Tiffany Godoy
  • 写真: Alessandro Simonetti (宮下貴裕ポートレート写真)

日本人は、もしかすると現代を生きる最後の本物のデザイナーなのかもしれない。最近のメンズウェアを見ると特にそう感じる。無限の熱狂を売ってまわるクリエイティブ ディレクターに溢れる中、宮下貴裕の話す言葉は、好き放題グラフィックや、連名のセレブリティの名前や、ソーシャルメディアの速度などには頼らない。彼の表現、一貫して着用可能な、現代のサルトリアリズムに凝縮されている。それは彼が2010年に立ち上げたブランド、TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist.のジャケットのライニングを見れば一目瞭然だ。

まだ宮下の服を知らないのなら、今すぐグーグルで検索してほしい。最初のブランドNUMBER (N)INEを彼が始めたのは1997年で、これはカルト的な人気を集めた。ビートルズに由来するブランド名と、宮下のデザインが、彼の愛する音楽と映画のふたつと切っても切り離せないことを考えれば、驚くには当たらない。NUMBER (N)INEはいわばダークホースであり、その無口なクリエーターの頬をつたう消えない涙のようなものだ。そのアーカイブは、黒の虹をまとった軍勢で溢れている。宮下の聖なる影だ。

だが2009年、宮下は突如として、NUMBER (N)INEから降りてしまう。そして1年の沈黙の後、2010年になって、彼はTheSoloist.とともに復活した。彼のスタイルの幅は広がり、扱う生地はより繊細になった。そして嵐の中を駆ける不機嫌なバイカーを思わせる雰囲気から、どことなくフォーク音楽っぽく、フェミニンな雰囲気へと変化していた。

それから、長い紆余曲折を経て、ついに彼はランウェイに戻ってきた。2017年10月、TheSoloist.としてランウェイでデビューを飾り、Amazon Fashion Week TOKYOで2018年春夏コレクションを発表した。これは、宮下を始め、 SacaiUndercoverなど、海外でも人気の日本人デザイナーの数々が凱旋するファッションウィークとなった。そして1月のピッティ・ウオモでは、Undercoverと合同で特別にゲストデザイナーとして、disorder/orderというタイトルでショーを行った。ランウェイは宮下を切望していた。そして宮下の方でもまた、ランウェイが懐かしかったようだ。「言いたいことを言葉で伝えられない」と彼は言う。だから、「洋服を使って言いたいことを言っている」のだと。「これまでの展示会では、言いたいことも言えてなかった。ショーをやるっていうのは、僕にとっては自分の感情を出すにはベストな方法なんだ」

宮下は寡黙なことでよく知られているが、パリでのメンズのショーの期間中、マレ地区のショールームで、ピッティのコレクションに囲まれ、最近のお気に入りのバンド、シガレッツ・アフター・セックス(Cigarettes After Sex)を聴きながら、色々と打ち明けてくれた。

ティファニー・ゴドイ(Tiffany Godoy)

宮下貴裕(Takahiro Miyashita)

ティファニー・ゴドイ:宮下さんは、若い頃、どのようにファッションと出会ったのですか。

宮下貴裕:小さい頃からおそらく、周りの友達とか、その自分がいた環境の中では、誰よりも洋服が好きな少年だった。けど、自分がファッションデザイナーになるなんて今でも信じられないというか。そんな簡単になれるものじゃないだろうし。今でも信じられないし、まだ本当になれてるとは思ってない。まだ僕は勉強中だから。

かれこれ15年くらいあなたのことを知ってるけれど、いつもそのパッションを感じる。ファッションについて話すとき、いつも服に対する絶対的なリスペクトがあるというか。東京生まれですよね?

東京。

若い時どういう洋服をよく着てたんですか。どんなものが好きでしたか。

僕のファッションは、やっぱりアメリカのカルチャーに大きな影響を受けてた。音楽はイギリスのもの影響を受けたわけだけど。でも、小学生の頃とかなんて、ビートルズがアメリカ人だかイギリス人だかも分からない状態だったし、すべてがアメリカだと思ってたようなところもある。

その頃は、古着を着ていましたか。東京では80年代初頭に古着に人気が出ましたよね。

うん、結構着てたね。そんなに裕福な家に生まれた訳ではなかったから、古着を買うことも多かった。10歳超えたくらいからは、自分の足で自分が行きたいところに行って、洋服を見て、買うようになっていった。見るだけでなんか楽しかったし、洋服やファッションに関係しているものが楽しかった。音楽も、映画も、人も、絵も、建物も全部、洋服に関係しているすべてのものが。たとえば、いくつかコッポラの映画を観て、ジーンズをいっぱい欲しくなったり、Tシャツやバンダナが欲しくなったりとか。

あなたは黒一色で構成されたコレクションや、カート・コバーン(Kurt Cobain)のように特定のテーマにしぼったコレクションを作っているけれど、こうして焦点を絞る様子を見ると、あなたがひとつのことを徹底的に追求していく人だとわかります。

黒っていう色は、本当に一番やっかいな色で難しい。黒は青にも見えるし、緑にも赤にも見えるし。何色にでも見えてしまう。黒だけは、他の色と違って、全ての色が中に入っているから。一番恐ろしい色だと思う。簡単に着ることもできないし。でも、難しいのがわかってるだけにいつも黒は頭の中にある。最近は特に。それで、どうにかみんなと違う黒の表現をしたいな、とか。

なんか、黒のラブソングを書いているみたい。

僕には、黒っていう色が一体どこに存在しているのか、どんな意味をもつのか、まだ分からない。

ピッティ・ウオモで発表したコレクションは、みんなが少し終末的というか、ちょっと暗いと感じたかもしれない気がするけれど、あなたの考えでは、それは完全に逆だったんでしょうか。つまり、終わりではなく、始まりであると。

言葉の裏にはいろんな意味があるけど、今回は、そんなに過去を振り返ろうという気持ちで洋服を作っていなくて。前だけを向いたはずなのに、暗く見えてしまうとか哀しいというのは、僕のパーソナルな、内側の問題だと思う。

ファッションを通して、特定のイメージや偶像を作ることで、内面を覆い隠すことができると思いますか。

身を隠したりとか、その存在を消したりとかっていう守りの作業は、この何シーズンかではあったのかもしれない。今回は「守る」というよりは、もっと生き延びるというか、しっかり歩く感じ、前に進む感じになったとは思う。まあ、それでも暗いんだと思うけど。

画像のアイテム:TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist. 2018秋コレクション

画像のアイテム:TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist. 2018秋コレクション

でも色も一部使っていましたよね。

うん。オレンジはね、全部寝袋を解体してつくった。Solというブランドが緊急用の寝袋をつくっているメーカーで。多分、言いたかったのは、緊急避難したいってことだった。僕の心のどこかで、何か不満とか、今の状況に怒りとか、なんか色々あるんだと思う。

音楽と映画が人生において大きな位置を占めていますよね。コレクション全体にもその影響が散りばめられているし、Instagramにもそういう投稿をしているし。ある意味、音楽や映画に合わせた服を作っているというか。

音楽と映画は、僕が洋服をつくる上で、いちばん利用させてもらっている2つの要素だと思う。僕は映画監督じゃないし、音楽家でもない。でも、その2つは、申し訳ないけどものすごく利用させてもらっている。

『I, Tonya』や『The Post』など、かなりコマーシャルな映画から、とてもアーティスティックな映画まで幅広く見てますよね。「それも観てるんだ!」と、守備範囲の広さにいつも驚いています。

カテゴライズするのが、いちばん嫌いなことだから。自分がインディペンデントだと言う気もメジャーだと言う気もないし。どこにも属したくないし、ひょっとしたら、どこにでも属したいのかもしれない。だから、自分で聞いたり見たりする前から、こういうものは嫌いだと拒絶はしたくない。

画像のアイテム:TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist. 2018秋コレクション

その全部が文化を作っているもの、ということでしょうか。世界をとてもフラットに、純粋な目で見ているんですね。

男性だろうが女性だろうが、すごく有名だろうが無名だろうが、それは僕には関係ない。かっこいいことを、美しいことをやってれば、それが一体誰であろうが構わない。

NUMBER(N)INEというブランドを2009年までやっていましたが、このコレクションは、今着ても、すごくかっこよく見えますね。2006年にはAxl Roseをテーマにしたコレクションも…

今だから言うけど、本当はアクセル・ローズ(Axl Rose)のコレクションじゃなくて、ステファン・スプロウズ(Stephen Sprouse)をやりたかったんだ。僕はステファン・スプロウズの大ファンで、アクセル・ローズもだけど、ブロンディ(Blondie)を作りあげたのだって彼だから。みんながアクセル・ローズ!アクセル・ローズ!って言ったから、まあいいやそれでって思ったんだけど。[笑] コレクションを考え始めるときは、必ず特定の人間についてのアイデアが僕の中に出てくるところからスタートするんだけど。まあ、僕はあまり説明をしないから、時々みんなが思ってることと僕がやったことが、実は違うときがある。

それなのに、みんなが完全に誤解していても、訂正しないっていう!

でも、それもファッションだから。みんながどう感じるかっていうのは、とても面白いと思う。僕がこうしてくださいって言う義務も権限も無いし。そういうことを言ってしまうと、面白くなくなってしまう。

デザインを始めた当初のファッションと今のファッションを比べると、いちばん大きな違いは何ですか。

それは次の作業に入らないと、分からない。ただひとつ言えるのが、NUMBER (N)INEをやっていた当時、僕がいちばん嫌だったのが、すごくNUMBER (N)INEぽいねって言われることだったということ。僕は常に変わりたい。勉強したい。毎回、違う、新しいレンズに変えたい。できれば、同じことを繰り返したくない。

この新しく今までとは違う方法で、ファッションの旅をこれからも続けたいということですが、何か特にアイデアがありますか。

まあ一つやりたかったのは…うーん、あんまり言わない方がいいかな?

聞きたい、聞きたい!

メンズの紳士服が、僕には全部同じに見えてしまうときがあって。ネイビーのブレザーを着て、グレーのパンツを履いて。どうして洋服のそんなに狭いところしか見ないのかな。僕がやりたいのは、Undercoverの盾くんがやっているような、振り幅と、視野を広げること。洋服というのは、とてもカラフルなもので、すごく夢がある。ひとりでも多くのファッションに携わる人の視野を、広角のレンズにしてあげたい。ベルリンの壁じゃないけど、その壁を取りたい。トランプみたいに壁をつくるようなことをしてるヤツもいる。まあ、これはあまり言っちゃいけないね。でも、その必要の無い壁は、僕は取りたいと思ってる。僕の服はメンズかもしれないけど、女性にも着てもらいたい。僕には別に、女性も男性も性別も関係ないし。もし服で、そういうことを伝えられるんだったら、そういうくだらないルールは、一つ一つなくしたい。

Tiffany Godoyは近日刊行される『The Reality Show Pre-sents』の編集長。また『Vogue Runway』に寄稿し、Cartier、Valentinoに向けたコンテンツも制作しており、最近ではChanelのポッドキャスト3.55の司会を務めた

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  • 画像提供: TAKAHIROMIYASHITA TheSoloist.