Kwaidan Editionsが描く創造的ビジョン
ラグジュアリー ブランドが誘うダークなアートの世界
- 文: Suleman Anaya
- 動画: Dominique Gonzalez-Foerster
- 写真: Camille Vivier (ライブ画像)

少し前の天気の良いパリの午後、薄暗い地下深く、デヴィッド・リンチ(David Lynch)が設計したことで有名なナイトクラブ、シレンシオの内部で、フランス人のアーティスト、ドミニク・ゴンザレス=フォルステル(Dominique Gonzalez-Foerster)が、青に染められたPVCコートに身を包み、舞台に立っている。

ゾーラ役のJoanna Cassidy、『ブレードランナー』、1982年
彼女がフランス語とドイツ語で囁くように歌う横で、バンド仲間のジュリアン・ペレーズ(Julien Perez)が、いくつもの楽器を演奏する。
ロンドンを拠点に活動するKwaidan Editions による、独特の雰囲気を放つ2019年春夏コレクションは、ブランドの最新コレクションとアーティストとのコラボレーションしたパフォーマンスを兼ねた、レトロフューチャーな趣のコンサートという形で発表された。ブランドの舵をとるのは、レア・ディックリー(Léa Dickely)とハン・ラー(Hung La)だ。没入型ディスプレイを背景にして、明確な方向性を持った最新ウィメンズウェアのアイテムが、観る人の感覚に強く訴えてくる。
他のブランドが、空虚なノイズや、メディアの注目を集めるための仰々しい演出で、本質的な弱さを埋め合わせようという中で、ひたむきに新たな境地をめざすKwaidanの仕事は、ファッション業界にさす一縷の希望の光だ。今回は、この静かなブランドの魅力的な世界を満たす、ブランドの創造的ビジョンの全貌を掘り下げてみようと思う。そして、彼らの長年のヒーロー的存在が、実際にどのようにそのビジョンに浸透しているのかを探ってみたい。


シレンシオでのパフォーマンスは、ゴンザレス=フォルステルによる現在進行中のプロジェクト、「Apparition」シリーズのひとつに該当する。2013年初頭から、このアーティストは、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)やマリア・カラス(Maria Callas)、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)、不幸な運命を背負ったバイエルン王ルートヴィヒ2世など、歴史や物語上のアイコニックな人物の幽霊になりきるパフォーマンスを行なってきた。先日のシレンシオのコンサートでは、アーティストは『ブレードランナー』に出てくるレプリカントの霊媒の役を果たした。

後になって、ゴンザレス=フォルステルは「透明なKwaidanのコートは、その下にあるものを保護すると同時に露わにする。これって、素晴らしいパラドクスよ。保護の役割を持つ構造が、包含し、骨組みを与え、剥き出しにし、覆うのだから」と話してくれた。彼女の背後の「Exotourisme」という巨大なネオンサインのまぶしい光をコートが反射して、アーティストが光に飲み込まれそうな不可思議な印象を受ける。この効果こそ、ロンドンを拠点にするブランド創設者のレア・ディックリーとハン・ラーが企図していたものだ。彼らにとってこのコンサート自体、自分たちの最新コレクションを見せるため、念入りに構成し、自らの感性を閉じ込めたシナリオの一部なのだ。

画像提供:Lewis Baltz
ゴンザレス=フォルステルのために特注で作られたスタイルが、Kwaidan Editionsの2019年春夏コレクションを貫く主要なテーマと合成される。テーマには、無菌室のようなネオンに照らされた環境や工場労働者、コーティング加工された表面があり、中でもライナー・ファスビンダー(Rainer Fassbinder)監督による1973年のSFスリラーの名作『あやつり糸の世界』が顕著だ。これは、監督がまだ27歳のときにドイツのテレビ用に制作されたものだ。ヴァーチャル世界のパラノイアを描いたこの古典的作品では、コンピューターによって作られた平行世界についての物語を通して、大昔からの人間の不安が探求される。セット全体が非常に豪華で、その中で、派手な70年代のパターンを使用した、ヨーロッパ的なデザイン性の高い衣装がぶつかり合う。これらのレファレンスのどれひとつとして現物がそのまま用いられているわけではないが、その強力なエートスは、特徴的な色彩や形、プリントなど、コレクションの端々に明らかに見て取れ、全体の雰囲気として滲み出ている。それは、今の時代に通じるよう、一貫性があって共感のもてるものに巧みに形が変えられていたとしても、変わらない。
ラーとディックリーは実生活でもパートナーなのだが、ラーによると、ふたりが出会ったのは2004年のことだ。そしてKwaidanとは、「14年間にわたって同じように受けてきた影響と対立するものの見方に基づいた、新たな言語なんだ。僕の役割は、レアのビジョンに命を吹き込むこと。彼女は頭の中でイメージを作り上げ、それをなんとか僕に説明しなければならない。その意味では、僕らのデザインは、本質的にコミュニケーションなんだ」と話す。

「僕たちはいつも、コレクションが存在できるようなセットや物理的な空間について話している。これが僕たちの土台となるフレームワークだ。どんなスタイルも服も、世界にフィットする必要があるからね」と彼は言う。これが、コートやスカート、トラウザーズといった簡潔にデザインされたアイテムへと読み替えられ、カットや質感、色調などに現れている。「僕たちは色を通して物語を語る。それに中身の濃い、思い切ったものを作るのが好きなんだ」。服を作るために使うことを想定されていないような異質な布地を使用するのも、Kwaidanの特徴のひとつだ。これらのシンプルな材料に明確なビジョンと強い信念が混ざり合い、この若いブランドは、2年も経たずして、揺るぎない熱烈な支持を集めていった。
奇を衒わない服を作っているブランドにしては皮肉なことだが、Kwaidanについて語る際に、単に服に関してだけ論じることはできない。ブランドの本質を理解するには、その服を取り巻く環境を理解するのが非常に重要になるからだ。コレクションがそれ自体では成り立たないというのではない。むしろ、十分に成立している。だが環境に目を向けることで、コレクションは、デザイナーの世界観(Weltanschauung)に直結する延長として捉えることができる。すなわち、服うんぬん以前に、ものごとに対する一般的な見方としての意味合いを持つようになるのだ。多くのブランドは、「インスピレーション」がどこから生まれたかや、整然と立案ポイントを説明した綿密なノートを作っている。だが、Kwaidanに関していえば、実は、こうした感情的イデオロギーそのものが彼らの商品なのであり、そのすばらしいウィメンズウェアは、そこからほとんど偶然に出てきたものにすぎない。

自分たちのやり方を貫き通してきたウィメンズウェアのラグジュアリー ブランドが、型にはまったファッションショーを退け、より複雑かつ本物の、明らかに映画的性質をもつショーを目指すのは、ごく自然なことに思える。毎回のように「伝説的」と言われながら最終的には忘れられてしまうファッションウィークが今年も開催される中、Kwaidanの発表が反響を呼んでいるのは、制作に15年以上もかけたファンタジーがクライマックスに達しているからだ。そのきっかけとなった「一目惚れ」が起きたのは、2000年代初頭、ディックリーがランスで美術大学の学生をしていたとき、ゴンザレス=フォルステルについてのエッセイを書くよう頼まれたときだった。
「衝撃的だったわ。自分と共通点のあるアーティストをようやく見つけたんだから。彼女の感性もだし、ほとんど頭の中で映画を作るみたいに、彼女が思考の中でイメージを作り上げる方法も。その上で、彼女はそれを人々と共有していた。自分の思いついた空間の中に観客を招き入れることで、その物語を完成させていた。これらの空間が表すのはとても具体的なものだけど、観客はそこに何かを加えることができる。『これよ!』と思ったのを、今でも覚えているわ。彼女がやっていることは、私が感じていることや、信じていることそのものよ」

『あやつり糸の世界』スチル写真、1973年
ゴンザレス=フォルステルにとって、ファッションデザイナーとのコラボレーションは、これが初めてではない。彼女はBalenciagaのために店舗ディスプレイのデザインを行っているし、彼女自身の作品の中でも、衣服やテキスタイルを使ってきた経緯がある。2014年にマンハッタンで行なった展覧会では、思春期から今まで着てきた服を展示することで、自分史の指標として、自分の内面に同時に存在するアイデンティティや軌跡を部分的に描いてきた。「服はひとつの言語であり、それはファッションという考えをはるかに超える表現の手段なの。服にはあらゆる種類の物語があり、感情的意味に変革をもたらすものよ」とアーティストは話す。彼女のコンサートも、同じように、変革をもたらすような思いがけないものだった。
2017年にゴンザレス=フォルステルとExotourismeを結成したジュリアン・ペレーズは、その複雑な生演奏で、以前リリースした80年代風ポップスのトラックに加え、今回のKwaidanのイベントのために特別に制作し、シレンシオで初公開となるオリジナル曲を披露した。「新曲では、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(Einstürzende Neubauten)みたいな音楽に影響を受けたノイズ的なインダストリアル ミュージックと、ちょっとリンチっぽく聴こえるアンビエント ジャズの間の音を探求しているんだ」とペレーズは語る。6曲目あたりで、観客の真ん中にある小さなスペースに、モデルたちが突然どこからともなく姿を現し、病院を思わせるグリーンや漂白されたようなホワイトやビニール袋のようなブルーの、完璧にあつらえたシャツドレスやフロックコート姿で、空間を「汚染」していく。

『あやつり糸の世界』スチル写真、1973年
Kwaidanのパフォーマンスを見たあとで、何らかの影響を受けずにシレンシオを去るのは不可能だった。ゴンザレス=フォルステルは、謎かけのように、撹乱と転位、さらには迫り来る人災までほのめかすことで、人々を動揺させた。ちなみに、国連が恐ろしい気候変動に関する報告書を公開したのは、そのわずか1週間後だった。そして、ほとんど無意識にそれを引き起こしているのが、Kwaidanのように見えた。ディックリーとラーはダークな人たちではない。むしろ、彼らの選んだ道を進むには、根っからの楽観主義なければならない。この世界と、異常な速さで変化を続けるファッション業界において、今、彼らのような存在が差し迫って必要とされている。Kwaidan Editionsが作るのは、この闇の時代における必需品なのだから。
Suleman Anayaは、ブルックリン、パリ、メキシコシティを拠点に、『T magazine』や『032c』、『PIN-UP』、『BoF』で執筆を行う。また、2014年以降、定期的にLOEWEやM/M (Paris)ともコラボレーションを行っている
- 文: Suleman Anaya
- 動画: Dominique Gonzalez-Foerster
- 写真: Camille Vivier (ライブ画像)
- 画像提供: SSENSE ソーシャルメディア チーム